「レイゼルさん!子供達が‼︎」
数日前までレイゼルが砲撃から守っていたはずの子供達が突然病気になり、倒れてしまった。高熱になるほどの発熱が出て、布団に寝込んでいる。エルシャは子供達数人が突然倒れたことに驚いており、どうやって処置すればいいか慌てている。
「さっきまで遊んでいたのに、突然倒れて…」
「…濡れたタオルとお湯を用意してくれ。今寝かせているのなら毛布と、頭を冷やすための保冷剤もだ」
「分かったわ!」
レイゼルはその症状をよく知っているために現状での緊急手当をとる。
一人一人に食欲があるか、身体のどこが辛いのか、身体の様子をチェックしていく。顔が赤くなっている子や、震えが止まらない子、子供達一人一人に適した対処をしておく。
このまま病気を完全に治せず何の薬も処方されてない子供達は、幼い体である以上ウイルスにやられて衰退したまま死んでしまう。風邪を治す薬は存在してあるものの、エルシャがこの国に詳しいわけがない。アルゼナルならジャスミンモールとやらで何でも買うことができたが、そんなものはここにはない。
仮に、エルシャかレイゼルの二人がその国の薬局に向かったところでマナを使わないことを怪しまれるか、最悪マナではないことが発覚したら町では大騒ぎになる。
(頭を下げてでも、あのクソ男に子供達のために薬を買って欲しいと頼むか?)
レイゼルはエンブリオに買いに行って欲しいと頼もうとも思っていたが、彼がエルシャの手伝いをしているわけでもないのだから、そんな話を振っても手を貸してくれるかどうか不明だった。同時に子供達の苦しむ顔を見てレイゼルの胸がスッとしていた。彼らの存在がレイゼルを大きく悩ませたのだから。
だが、後々よく考えるとそれは
(⁉︎今、一体何を考えてたんだ俺は…)
子供達が都合良くいなくなるといったことがまたとない好機だと、ホッとしていることに悪寒がした。
冷静に見捨てようかという考えに至った。
自分無しでヒルダを放って置くわけにはいかない。だからと言って、母親は勿論子供達も見捨てるわけにはいかない。
そういった矛盾が頭の中でごちゃ混ぜになっている。このミスルギ皇国にいるたびに、自分の優先順位が段々と狂わされていく。アンジュには一体何がしたいのかと突きつけられ、いざというチャンスの時には足が全く動かせなかった。自ら動かそうとしても、前に進もうとしてもまるで身体が暗示でもかけられているかのように進むことすらままならない。
このまま子供が死んでくれれば、少なくともこのしがらみから解放されるという期待をしていた。レイゼルはそんな薄汚いことを考えてしまうことが情けなくて、
(畜生が…)
そんな発想に至ったことにみっともないと自覚せざるおえなかった。
*****
やれるだけのことはやれても、子供は苦しんだままだった。エルシャはエンブリオに病気を治すよう頼みに向かってる。
「あの、エンブリオさん」
「?どうしたね、エルシャ」
当然死者を生き返ることを可能にした彼なら子供の病気を治すこともできるのであれば、彼にすがるしかなかった。
(…間に合ったか?)
レイゼルは子供達の面倒を見て、やっと落ち着いて眠っているのを確認した後に彼女をつけてきた。もしエンブリオがアルゼナルで助けていた時と同じように子供達を助けるのであれば、もうレイゼルはもう一体何が正しいのか頭の中で混乱してしまうだろう。
レイゼルにとってはアルゼナルを潰そうとする際に子供がきっかけで思い止まっていたのだから。
「幼稚園の子供達が、病気になったんです…だから治してもらえないでしょうか?」
「それはできない」
「えっ?」
エンブリオにとってこの世界の住民がどうなろうが知ったことではない。
彼が目にしているものは新しい世界だけ、彼がその新しい世界に連れて行くのは気に入られた人達のみ。
それは子供達には含まれていない。
「新しい世界は新しい人類のもの。あの娘達は連れてはいけないんだ。
私があの子達の病気を治して、生かしたところで無駄になる。
だからね…」
ーーーー君には新しい世界で、新しい人類の母親になってもらう。分かってくれるね?
「いや…嫌っ‼︎」
エンブリオがエルシャを勧誘した理由は、子供達を助けることでエルシャを救っただけ。エルシャという賢い女が欲しかっただけで、子供はついで扱い。
確かにエルシャを救ってエンブリオに協力することになった。が、彼には救った子供達の責任を取るつもりなどなかった。
「あの子達は、あの子達は私の全てなんです!私はどうなってもいいですから…‼︎」
エルシャは泣きながらも掴んで、エンブリヲに頼み入るものの今度は力で押さえつけている。
「少しは物分かりのある女だと思っていたんだがな?」
エルシャの首を絞め、押さえつけて黙らせた。エルシャは自分がどうなってもいいからあの子達を救って下さいと何度も言っているものの、エンブリオは聞く耳を持つどころか切り捨てている。
「これ以上邪魔をしないでもらいたまえ。私は忙しい」
彼女は床に倒れこみ、もう泣くことしか何も出来なかった。
(この下衆野郎がっ…‼︎)
エンブリオがエルシャを切り捨てたことに、散々苦悩していたレイゼルはその光景を見て完全に吹っ切れた。
*****
(答えは出ましたか?その様子だと覚悟を決めたようですが)
「あぁ、ようやっと答えが出たよ…レヴェン」
レイゼルは密かにレヴェンのデバイスを使い、この皇国を脱走する計画を立てた。もうこれ以上ここに滞在する気は微塵もなかった。
(調律者という全ての元凶であるクソ野郎と話すのも、変な名前の騎士団を作るようなメンヘラ女共を相手するのも…もうウンザリだ)
「母親は諦める。それでも生きているなら必ず迎えにいく」
『そう、ですか。決心なされたのですね…脱走するのであれば今後の方針はどうされるのですか?』
本来ならば一人だけで出ていく予定だったが、さっきまで悩んでいたように子供達とエルシャのことを気にしていた。
「レヴェン。脱走のこともあるんだがいくつか頼みたいことがあるんだがいいか?」
『何でしょうか?」
レイゼルとライラならばアルヴァアロンで抜け出すかもしれないが、エルシャが育てた子供を置いていくわけにはいかない。最悪人質に使われる可能性も考えられるかもしれない。
だからこそ、彼女達の身の安全のためにレイゼルが連れて帰るという方針になった。彼女達の病状をレヴェンに送ると、
『…治療するにしてもこちらの船に子供達を乗せる必要がありますね。それに、そこにある輸送機を改造でもしない限り運ぶことすらままなりませんよ?
だってマナの使い手なんていないのですから』
母親を置き去りにすることに後ろめたさもあったが、それよりも先にヒルダ達と合流してエンブリオをどうにかしなければならなかった。
「ところで、俺達の船…俺とエルシャ、子供達を含めて入れれるか?」
『プトレマイオスについては貴方がいない間に暇つぶしとして改造していたので人数分は入れると思います。貴方がそうしたいのであれば、こちらに帰るまでの準備を着実にやるのですよ?
今なさるのであれば…子供達との交渉ごとで失敗とか、エンブリヲに気づかれるとか、そう言ったような事態にならずに、穏便に。
くれぐれもヘマしないように』
「暇つぶしって…お前な」
*****
泣き止んでいたエルシャは子供達に顔合わせできないまま暗い顔をして、落ち込んでいた。
「さっきの会話、全部聞かせてもらった。これであいつがどういう奴なのか分かっただろ?」
「レイゼル、さん…」
「ちょっと来てくれないか?」
レイゼルはエルシャに近づき、落ち着けれる場所へと移動する。外は雨が降っており、子供達とは離れた場所で会話する。
「なぁエルシャ。正直に言って俺は、子供と触れ合いつつ…君と話していくうちに散々悩んでいた。エンブリヲがもし、責任を取るだのとか言って正義感にありふれた存在だったら。
子供を救うことになったのならば、一体何が正しいのか…本当に頭がおかしくなりそうだった。
でもサリア…いんや、あいつは誰も愛さない。子供達にも愛があるのならば、助けることはできたんだからな。
エンブリオがあんな発言をしたのならもう悩む必要は無くなった。ようやっと俺も正気に戻れたんだ。
…このままだと子供達は間違いなく死ぬだろう。だって薬を処方してない彼女達をまた何日間も看病しなくちゃいけない。
そこでエルシャ、俺と取引しないか?」
「とりひき?」
レイゼルは脱走する前にエルシャと話すことを持ちかけた。あと僅かの子どもの命か、エンブリヲの忠実なしもべなって新しい世界の母親になるか。
「そうだ。運が良ければもしかすれば子供全員は助かるかもしれない。
ただし、子供達を助ける前提として俺の脱走に協力する必要がある。エンブリオはさっきの通り救う気がない。
俺の取引を断って応急処置でそのまま施しても…このままいけば子供達の何人かは死ぬ。でも、こっちにはその子達の病を治療できる技術を持っている。
選ぶのはお前だ」
「本当なの?」
「俺単体じゃこの場所から脱走ができないかもしれない。だから、手を貸してくれ」
(信じて、いいのかしら…)
レイゼルは手を差し伸べているものの、彼女は戸惑っている。このレイゼルという人もエンブリヲと同類なのではないのかと手を握ろうとしても狼狽えている。
彼女はエンブリヲに唆され、利用された。言葉巧みに受け入れて、助けることはしても責任を持つことはしない男に踊らされたちょろい女だったことをようやく分かってしまった。
「ねぇ、子供達を本当に助けることってできるの?」
「エルシャ…俺は、俺自身が助けたいと思ったから、あの子達を助けた。それだけだ…それ以上もそれ以下もない。
俺は子供達の世話も手伝ったし、こうして助けようと動いている…アルゼナルで子供達ごと撃たなかったことも、自分の機体で子供達を助けたことも今は後悔していない」
レイゼルは先日に襲ってきたあのパラメイル三体との戦闘中に、ずっと守ってきたのだ。レイゼルは子供達の世話をし、被害に合うのを防いでいた。
彼自身が盾になってでも。
「ごめんなさい…貴方の手を握るのに不安だったから。また騙されるんじゃないかって…でももう大丈夫だから」
エルシャはレイゼルの手を握り、強く決心した。
「分かったわ…貴方のことを信じますっ!」
「ありがとう。エルシャ…!」
こうして目を覚ましたエルシャは見捨てたエンブリヲに身を委ねず、子供達を助けようとするレイゼルの側についたのだ。
****
(さようなら、お母さん)
「子供達全員を輸送機に入れてます。これで私とお兄様だけですね?」
そう心の中で言いながらも、子供達を輸送機に入れている。ライラは先にレイゼルのアルヴァアロンに乗るようにして待っている。近くにある輸送機をレヴェンがハッキングし、すぐさま改造中にしている。
腕輪にあるデバイスを何度も確認しつつ、あと5分で完了するとの通知を受けた。が、
「駄目だ。3分で済ませろ…エンブリヲが感づいたらそれこそ不味い。悠長にしている時間はない…」
『了解しました』
位置がバレればすぐにでも転移して駆けつけてくる。彼の能力が途轍もなく恐ろしいことは、襲撃した時によく知っている。
スタンド攻撃で殺しても死なない、機体で死体ごと焼却しても平気な顔をして無傷の状態のままで復活している。
輸送船の魔改造をレヴェンに頼み、エルシャはラグナメイルの準備をしてミスルギ皇国から出て行こうと準備をする。
『レイゼル。輸送機の魔改造が完了しました。ステルス性能をオンにして飛ばします。予定時間より1分遅れてしまい申し訳ありませんでした。マスターも後からついてきてください』
時間がかかっていた理由は、輸送機の移動の際にピレスロイドや他の機体に見つかることはない為の予防策を何個か詰めて合わせて
「エルシャと子供達を逃がすことができた…あとは俺が逃げるだけ「待ちなさいっ!」…そういうわけにはいかんか」
エルシャは既にラグナメイルに乗って逃げていこうとしている。サリアとその取り巻きの二人含めて、拳銃を取り出して止めようとする。
「やっぱり貴方もアンジュと同じようにエンブリヲ様の邪魔をするのねっ‼︎」
「あのメンヘラ共か…」
イルマとターニャの二人はアンジュのことについては嫌悪していなかったが、サリアだとエンブリヲに愛されることに執着しているせいでレイゼルにその憎悪が向けられている。
エンブリヲはアンジュのことばかり気にしているせいで、サリアは全然見てくれないことに悲しんでおり、敵対するレイゼルにその矛先を向けている。
(いい迷惑だ、ホント)
エルシャのラグナメイルを見て、同じ知り合いであるせいなのかそれともエンブリヲの忠誠に揺らいでいるのか、彼女に関しては脱走を見過ごしている。
彼女達は先にレイゼルの捕獲を優先してきた。少なくともアルヴァアロンに乗っているライラには被害は及ばない。
(できればこんな連中相手にスタンドなんてあまり使いたくないが…)
スタンドを展開し、いつでも時が止められるように構える。身体能力で拳銃を避けるか、3人の拳銃をリボルバーで破壊しても良いが子供達を逃しているのに状態なのだから回りくどいことをするよりも敵が撃つよりも早くスタンドで一掃する方が手っ取り早い。銃声なんて音を聞かれたらエンブリヲはすぐに駆けつけてくる。
「悪いけど、急いでるんでね」
そう言ってレイゼルは
「きゃァァァァァァッ‼︎エンブリヲおじさまァァァァァッ‼︎」
「「⁉︎」」
アンジュの妹であるシルヴィアの叫び声が家中に聞こえてきた。サリア達はエンブリヲが危険な目にあっていることに驚き、レイゼルのことなんて気にもせず走る。
「エンブリヲ様っ‼︎」
(…まぁいい、この隙に俺は逃げるとしようか)
サリア達はレイゼル確保よりも先に、大事なエンブリヲの身の安全を優先して戻ってきた。レイゼルはサリアがエンブリヲの元に向かう隙に、さっさとアルヴァアロンに乗って帰ろうとする。
「待たせたな。さっさとここから逃げるぞ、ライラ」
「はい、レイゼルお兄様!」
*****
レイゼルを捕まえることを放棄し、サリア達は叫ぶ方向へ駆けつけ、部屋へと入る。
「なにがあっ…⁉︎」
そこには、失神して倒れているシルヴィアと、エンブリヲが宙吊りになって滅多刺しにされた。
置かれている机や椅子の全てが破壊されており辺りは血で飛び散っている。
「え、エンブリヲ、君?」
サリアよりもクリスが駆けつけており、彼は枯れ果てた姿を見て呆然としている。彼女にとってエンブリヲは命を助けてくれた安産であり、かけがえのない友達だったのに、まさかこんなことになっているとは思ってもなかった。
「嘘だよね、これって何かのドッキリだよね。冗談はやめてよもう…早く降りてきたよ。あれ、なんでまだぶら下がっているままなの?もういいんだよ?」
そう呼びかけても彼は戻ってこなかった。エンブリヲの遺体もそのままで、彼の血が溢れる音しか何も聞こえない。彼女は目を大きく見開いて、泣くことしかできない。
「そんな、嘘だ、嘘だ、エンブリオ君が…私のかけがえのない友達が…嘘だぁぁぁぁっ‼︎」
「エンブリヲ様…そんな、守れなかったっていうの…」
壁には銃痕が残っており、床にはエンブリヲが所持しているレイピアと拳銃が置かれてある。干からびた身体、滅多刺しにされた腹部、世界を管理している調律者の最期だった。そして壁には、
【Massacre】
という血文字が壁に記されている。近くには、血が一杯で満たしてるバケツがあるため、それで描いていた。
その英語には【皆殺し】という意味。
「「大丈夫ですか!」」
「許せない…よくも、よくもエンブリヲ様をこんな‼︎誰が、誰が殺したのっ‼︎」
彼女は最愛を殺されたことに怒りながらも必死に、エンブリヲを殺した犯人を考えた。
アンジュはまずあり得ない。彼女が抜け出して以降でもエンブリヲは生きていた。レイゼルという線も考えたが、エンブリヲを殺せるならばここを出て行くよりも先に殺した方を優先するに違いない。シルヴィアやクリス、サリア達にできるわけがない。
となればもう答えはおのずと出ている。
「クルエルっ…あいつがエンブリヲ様を‼︎何処にいるのっ…見つけ出して必ず殺してやるっ‼︎‼︎」
かつて転生したキューエル兄妹を殺そうと脅かし、黒い機体とドラゴンといった技術をミスルギ皇国に提供してエンブリヲと手を組んでいたクルエルという存在の仕業だった。レイゼル陣営の弱点として母娘を人質にしていたのも、娘にマナを使えなくさせて、哀れで惨めな姿を民衆達の目の前で晒したのもクルエルが提案したものだった。
どんな手段で殺したかは不明だったが、少なくとも目の前で起きている惨状からエンブリヲを裏切って殺したという考えしかもう彼女達には浮かばなかった。
彼女達を助けて手綱を握っていた調律者はもういなくなり、ブレーキの効かない暴君共がそこにいた。