アンジュが目を開くと、彼女は自分の部屋にいた。部屋はアルゼナルに連れ去られる前から、何も変わっていない。
辺りを見渡すとベットに横たわっており、その隣には妹のシルヴィアがいた。
「あれっ…ここっ私の部屋?
それに切ったはずの髪も」
起きたばかりで混乱しながらも、今までの記憶を整理する。今までヴィルキスに騎乗していたはずなのに、突如背後に出現した骸骨のカーテンに覆われ、気を失っていた。
(あれからどのくらい時間が経った?
タスク達は無事なの?
何で私、空にいたはずなのにミスルギ皇国にいるわけ?)
髪も処刑される前の頃と同じままで、いつの間にかミスルギ皇国に戻っている。開きっぱなしのカーテンには太陽の光が差し、予期せぬ出来事で眩暈がする。
「あ、おはようございます。
アンジュリーゼお姉様」
「シルヴィア…」
横に抱き着いていたシルヴィアはパジャマ姿でアンジュを抱きしめていた。
ノーマとして連行される前、かつて妹と一緒に馬に乗って楽しんでいた時に、妹は転落して両足に障害を負ってしまった。しかし、今目の前にいるシルヴィアは罵りも嫌悪した顔もしておらず、健気な表情と眼で首を傾げつつ姉を見つめていた。
「あの…さっきから何を呆然としてるのですか?変な夢でも」
「二人とも、ちゃんと起きたのですね」
部屋に入ってきたのは、母親たった。
生まれた時から忘れられることのない声、かつて心を落ち着かせるために歌を教えてもらったこともあった。
「お母、様…⁉︎」
「あ、聞いてくださいお母様!
お姉様ったら、起きてからずーっと口を開けて、目を丸くしてましたわ」
かつて裏切って死んだはずの兄、ジュリオまでいる。彼もまた、最後までわかり合うことなくエンブリヲの手によって死ぬはずだったのに生きている。
「姉妹揃って二人とも仲が良いのは相変わらずのようだ。
アンジュの方は…どうしたのだ?
私をそんな目で見つめて」
「兄に、モモカ?」
アンジュリーゼが警戒しながら震えて身構えていた事に、ジュリオは彼女の様子が変だと。
「まぁ、お兄様ではなく兄って呼び捨てするなんて」
「寝相が悪くて何処か頭を打ったのだろう。
妹を心配するのは兄として当然のことではないか?今までそうだったように」
いつもとは違う綺麗な兄にアンジュは血の気が引いていた。彼女自身が知らなかったとはいえノーマだと白日の元に晒し、守ってくれた父母を死に陥れ、アンジュをアルゼナル送りにした。
腰につけてあるナイフも消えてしまい、衣服も寝る用の衣服に変えられている。
「やれやれ…呼び方は兎も角、起きていても長々と呆然としているのは困ったものだ。
これは相当に頭の打ち所が悪かったみたいだな?
それとも怖い夢でも見て、かなりうなされてたのかい?」
「さっきからずっと動揺してるみたい」
切ったはずの髪もアルゼナルに連れ去られる前と同じ長いまま。時間が遡っているのではないかと思っていたが、彼女の手には皇女の指輪がはめられている。
「とにかく、二人とも着替えて。
朝ごはんにしましょうか」
「では、私と父上は先に向かうとします。いつまでも私がここにいても、妹達が困ると思いますので」
ジュリオは二人を見て苦笑しながらもアンジュリーゼの部屋から出て、先に食卓へと向かう。
呆然としていたアンジュは、この状況に混乱していた。
(お父様も、生きているのっ…ちょっと何なのよこれ⁉︎一体どうなっているの⁉︎)
二人とも用意されている衣服に着替え、食堂へと向かっていく。食卓には撃たれた筈の母親も、処刑された父親も死んでいたはずの家族が生きて、笑い合っている。
四人が些細な話で笑い、アンジュはその話している光景を不気味に眺めている。食事をしても、心の何処かでは違和感を抱かずにはいられなかった。
(家族の誰かに聞く?いや、それなら次女に)
「ねぇモモカ、年月日のことで教えてくれない?」
「年月日ですか…?わかりました」
そばにいたモモカは、マナの光でカレンダーを見せる。
その日付に、アンジュは驚いていた。
(嘘っ…洗礼の儀の日付以降ってこと?)
「ありがと…」
このカレンダーが本当なら洗礼の儀が事なきを得て成功し、ノーマだとバレないまま父親も母親もちゃんと生きていることになる。
(どうなってるの?母も父も…ノーマだとバラした兄も死んだはずなのに。
何が目的で、こんな世界に私を閉じ込めたの?
私の中では、あの3人は死んでいる。
だったら、私のやる事は…この歪な壊してでもここから抜け出すこと)
死んだ者が、生き返ることはないと割り切る。
そのままテーブルにあるナイフを手に持ち、立ち上がって殺そうと動くが、
(えっ…戻らされた⁉︎)
食事する時にはナイフを持つことはできたのに、いつの間にか席に戻らされていた。食事を終えて以降、彼女が武器と判断して実行に移そうとすればまた時間が戻ってしまう。
ー武力行使では、この世界から脱出することはできない。
凶器を持たずに殴るか、殺そうとしても強制的に数秒前の状態に戻ってしまう。
しかも、試しに自分の髪の毛を切ろうとナイフを手に取って断髪しようとするが、家族の生殺以外でも結局戻らされてしまう。
エンブリヲの使用した能力とは、何かが違っていた。まるでこの世界がアンジュの行動を監視して制約をかけ、抑止しているかのようで。
(一体どうなってるの…⁉︎いくら試そうとしても、数分前に戻らされて)
何度も何度も試そうとするが、全て失敗に終わる。殺すことをやめて暴言を吐こうとしても、時を巻き戻されていく。
そんな脱出の為の試行を繰り返す毎に、彼女の精神がすり減っていく。
(これ…エンブリヲのとは、違う意味でキツいわね)
「あの、お姉様?どうなさいました」
「…私の事は気にしないで頂戴。休んでくるから、少し部屋に戻」
彼女は偏頭痛のまま歩こうとすると、足を滑らせて転びそうになる。近くにいたシルヴィアが体を支えてくれたおかげで、床に倒れずに済んだ。
「つっ…足が」
「その様子だと、全く大丈夫じゃないですよ。
私が良い場所に案内しますので、ついてきて下さい。
転ばないように私が支えますから、一緒に歩きつつ行きましょう」
アンジュは両足を眺め、シルヴィアの言葉を信用して良いのかと疑いつつも少し時間をおいたが、
「ええそう…なら、任せてもらうわ」
「はい、任されました!」
巻き戻しを何回も経験しているせいか疑心に考えても頭が回らず、ほとんど限界になっている。
アンジュは諦め、笑顔で返事するシルヴィアの提案に乗るしかなかった。
シルヴィアはアンジュの手を掴み、屋敷から外に出る。疲労でぎこちながらも、支えてもらいつつ少し歩いていく。
辿り着いた先には庭園が見渡せれるところに辿り着き、二人は巨大な木に背もたれた。
「ここです。見晴らしも良いですし、暫くは眠ってても大丈夫ですよ」
何も考えずにゆっくりと休めます」
「そうね…ありがと…」
「お気になさらず、この時は全ての重荷を忘れて…ゆっくりしてて下さい」
心地の良い風は、彼女を眠りへと誘う。
思考することを放棄し、開いていた目は段々と閉じていこうとしている。疲労を癒すと同時に、宿命と戦いの思い出を忘れるように。
(どうして、こんなところにいたんだっけ。
何か大事なことを忘れちゃいけないような)
虚な目をし、言葉に乗せられいけばいくほど自らの記憶がぼやけていく。太陽の日差しにに照らされ、眩しさで眠れないはずなのに気持ちよく眠ろうとしている。
身につけていたものを渡したはずなのに、何故かパンツを履いていることに違和感を抱く。
(タスクに渡してたパンツ、まだ返してもらってなかったっけ。
なんで履いてるんだろ…あぁ、そうだ…思い出した。
まだ何も成しても、革命も終わってない。
こんな大事なことどうして忘れたの。
それなら眠ったら駄目…まだ起きてなきゃ、タスクとの約束も、リベルタスも終わってないのに)
「ちゃんと眠らないといけませんよ。
疲労は知らぬうちに蓄積していくものですから」
この世界から脱却する為に、ラストリベルタスを完遂しないといけないと争っている。彼女は睡魔に負けじと瞼を開閉を繰り返していた。
「待って…まだ、本当にまだダメなの」
「ダメって何でですか?」
これ以上何か喋ろうと口を開けば開くほど、睡魔が襲い続ける。体力が削ぎ落とされ、遂には身動きが取れなくなっていた。
アンジュは眠りにつく前に、声を振り絞ってシルヴィアに質問する。
「…寝る前に一つだけ、絶対に確認したいことがあるのだけれどいいかしら…」
「はい、何でしょう?」
「そう。ねぇ、私を…こんな場所に幽閉しているのはどうして。
貴方がやったんでしょ?」
そう質問しても、シルヴィアは分からないような顔をしていた。
「あの、お姉様何の話を…」
「…惚けないで」
今度は脅すような声色でシルヴィアに問いかける。本当ならエンブリヲの時みたいに武器で尋問するのが得策だが、この世界ではたとえ素手だったとしても凶器とみなされ、危険極まりない発言・暴言であっても戻らされてしまう。
だから、アンジュは眠気に堪えながらも妹に手を出さずに口頭で責めていく。
なんとか時間を稼いで、気づかれないようにある決意を決める。
もし殺害、傷害、否定が駄目なら
「もうお姉様ったら…本当にお疲れなんですね。
惚けるも何もわたしは何も知りませんよ?
とにかく、お身体が大事なのですからもう何も考えずお眠りに」
「…結構よ、もう起き上がるわ」
そう伝えようとした瞬間、アンジュは起き上がる。シルヴィアは眠気に負けず、力尽くで立ち上がっていることに驚いている。
彼女の左手には、切り傷で出血している。
「えっ、血…⁉︎まさか、お姉様」
「ええ…やっと目が冴えてきたわ…っつ」
眠りかけながらも持っていたナイフで手に切り傷をつけ、鈍っていた感覚を強制的に通常へ戻した。
閉じかけていた目が、段々と冴えていた。
「一体何を考えているんですか!眠らないために自分で傷を負ってまで…貴方って人は‼︎
そうまでして嫌がるんですか…この世界で眠るのが‼︎」
「ここまでやらなきゃ、いつまで眠らされるか分かったもんじゃないわ…だから、目覚まし代わりにここまでやったのよ。
まだ生きてやるべきことがあるのだから。
貴方、私の知ってるシルヴィアじゃないわね。
この世界でってどういうことかしら?」
シルヴィアは話に気を取られ、ナイフを持っていたことに気づかなかった。殺されても元に戻ると言う考えが、アンジュの企みに嵌められている。
「ハァ…ばれちゃいましたか。
大抵の人は辛い現実に耐えきれず、涙を流しながらこの夢を容認してそのまま快く眠りにつくんですけど、まさかこんな方法で突破されるとは思ってもみませんでした」
「当たり前でしょっ!気味の悪い骸骨のマントに覆い隠されて、目が覚めたら家族が生き返ったり、逃げても抵抗しても時間が巻き戻されるような…こんな訳の分からない所に放り投げられて。
挙げ句の果てには、さっきまでの戦いを忘れて眠れだなんて、どこまでふざけたことを抜かしてるわけ…‼︎」
アンジュはシルヴィアに敵意を向けている。
彼女は医療室から予め用意した傷薬も短めの包帯を持ち出しており、それを取り出していく。
切り傷を負った左手に傷薬を塗り、包帯で巻く。
ナイフは、右手に持ち替えた。
「…先ほどの質問ですが、シルヴィアかっていうのはイエスでもありノーでもあります。
貴方を例外として、この世界にいる私と家族全員も同様です。この世界は貴方がかつてこうであって欲しいという思いで生み出された産物です。
家族全員にクルエルの知識がインプットされています…これは、貴方が渇望した望みです」
「だったら元の世界に返して。
ここがわたしの望んだ世界で、貴方がクルエルの一部ならそれくらいのこと」
「それはできませんよ。貴方の意思が、そのままこの世界に反映されてるのならとっくに体外に出ています」
アンジュの質問に、シルヴィアは即答した。
クルエルが創造した世界の知識を持っているからこそ、易々とこの世界から抜け出せないと断言する。
「私はもう、あの頃には戻れない…私だけじゃないわ。
人の人生は元に戻すことはできない。
死んだ人間も、簡単には生き返ったりしない」
「戻せなくても、夢ならばあの頃に戻ることはできます。長く生きていれば忘れたい思い出だって誰にでもあります。
ここにはアンジュリーゼお姉様の求めていたものが確かにあったはずです。
幸福も、欲しかったものはここにあります。
全て夢であったとしても、それはかつて望んでいたのではないのですか?」
「…そうねここは、かつてノーマだと明かされて絶望した私が望んでいたものよ。
それは否定しないわ」
「でしたら…」
髪を切らずにミスルギ皇国に帰りたいとせがんでいたアンジュリーゼが望んでいた願いがここにある。
だが、ノーマだというだけで生きている家族ですら拒絶されたことを鮮明に覚えている。
エンブリヲの洗脳にも操られそうになり、
「残念だけど。私、誰かに求められるほど空っぽな女じゃないの」
「求めなくとも良いです。
誰の為でもない、貴方自身の幸福の為に。
何も恥ずかしいことではなりません。
一人一人、自分の為に幸せに生きていくことは誰にだってあることなんです。
もう充分、死にたくなるほどのお辛い経験をされたんじゃないんですか。
だったらせめて、せめて夢の中だけでも幸せに。あぁそれなら皆さんもお呼びしましょうか、例えばアルゼナルにいた」
「もうそれ以上言わないで、本当に黙って頂戴」
「黙ってと言われて、黙ると思いますか?
この幸せな夢では私の存在は臆病な妹でしたけど、貴方が否定する以上はこちらもそうも言ってられないんですよ」
ナイフを突きつけられても、シルヴィアは全く動じない。
お互い一歩も引こうとせず、口喧嘩が始まる。
殺してもまた戻らされることを知っているから、感情的になって攻撃しても意味はない。
「私が今までずっと不幸だったって言いたいわけなの?
貴方のやってることは、唯の独りよがりだわ。
今までが辛くとも、それを乗り越えて生きていくつもりなの。
余計なお世話なのよ」
「今が幸せなら、それもまた良いのでしょう。
ですが、生きている間に愛する人を失ったらどうですか?
聖杯の器になれば、苦しむことない安らかな永眠を遂げることができます。この夢で、仲間もこの泥に染まればいつでも出会えます。
誰しも、貴方みたいに強い心を持っているわけではないのです。
強い心を持ってしても、大事な人を失えば簡単に折れてしまいます。
でも、この世界は永遠に別れが来ないのです。
最愛の人も、仲間も、奪われることも失われることもなくずっと一緒です。
死ぬときは必ず一人になります。
死もまた、誰にでもある物です…ですが、殆どの人が死ぬにしても穏やかな死を望みたいでしょう。
それでも態々…痛い思いをして、苦しみながら死ぬつもりですか?」
ノーマにされてからは、危険と死の隣り合わせだった。
誰しもそんな死に様は望みたくない。シルヴィアの言う通り、そう言った死を望んでいたい人もいる。
「どんな理由であれ母の死がなければ、あのアルゼナルに送られていなかったら…ヴィルキスに認められてもらうことも、ノーマとマナ、そしてドラゴンの真実に辿り着くことも…そして、今の私にもならなかった。
確かに、最初は酷い目にあってばっかりだったわ。
裸にされたり、不味い食べ物は食べざるおえなかったり、仲間から後ろから狙われることも、家族に処刑されることも嫌なことなんて幾らでもあったわ。
でも、それでも死にたいなんて思ったことなんてなかったわ。過去の出来事を無かったことにするなんて、私にはできない。
ここまで一緒に戦い抜いてきた仲間やドラゴンのみんなを否定してるのと一緒なの。
今までの私だったら…ミスルギ皇国で家族と幸せに暮らしても、あのエンブリヲの都合の良いように操り人形のまま踊らされていたかもしれない。
アイツの甘い言葉で懐柔されて、サリア達のように配下になっていたでしょうね。
だから、もう一度言わせてもらうわ。
この夢で裕福に暮らして今までの苦悩を綺麗さっぱり忘れろってことは、真っ平御免なの。
所詮は、ただの夢。
そんなもの、今の私には要らないの」
アルゼナルに連れていかれ、ノーマを嫌っていた頃のアンジュならこの夢で永久に眠ることも本望だった。
だが、
「この世界で眠ったまま死ねるのは幸福?…冗談、貴方達の言っていることは、用はエンブリヲと同じなの。結局は自分に都合良く優しいだけで、他の人には優しくしようとしないじゃない。
結局貴方の言ってることは、この世界に都合よく取り込ませたいだけじゃないの。優しい夢を見させるのと引き換えに、安楽死して命を差し出せって。
そんな世界で生きるつもりは全くない…それでも邪魔をするなら貴方達を」
「結局…平行線、ですか。
だから、手早く貴方を眠ってもらいたかったんですけどね。
アンジュリーゼ姉様、この夢そのものを否定するという事は貴方自身を否定する事になりますよ。
これは最後の警告です…この夢の、そしてこの世界の存在そのものを否定するのであれば、【貴方自身を殺す】ことにもなります」
今のアンジュは死を背負って生きる覚悟を持っていた。彼女はこの世界を忌み嫌い、元の世界に戻ると拒絶している。
アルゼナルの仲間、タスクとの出会いが彼女の運命から、考え方が変わっていた。今までマナが使える側の立場だったからこそ、夢の操り人形になるよりも自分の足で生きようとしている。
しかし、彼女の言い分を聞いたシルヴィアは、彼女の返答を聞いてかなり焦っている。
「貴方…どうして、暗くて困った顔をしているの」
「貴方の方こそ、もうこれ以上余計なことを言わないで。ここからは私が質問し、その質問に対して答えて下さい‼︎」
この世界での存在否定は、言葉通りにアンジュの身に危険を脅かすのだから。その言葉通りのことが起きれるのかアンジュには分からないが、シルヴィアは慎重に答えている。
「…貴方に問います。
この夢が、理想郷を嫌がるのなら…あなたの…大事なものとは何ですか?
家族、友達、立場…それらをノーマという真実と共に失い、その上命懸けの戦いを強いられてきました。
モモカという侍女はノーマでも受け入れてましたから、例外としますけど。
それでもドラゴンとの殺し合い、仲間との対立、そして数々の真相と裏切りの連続。
ヴィルキスというものが無ければ、今頃貴方はマナの住民だけではなく、ドラゴンとノーマの人達を恐れることとなったでしょう。
死に急ぎ、ドラゴンの攻撃で果てることになりました。
ヴィルキスがあっても、ここまで来るのに貴方は多くの傷と穢れでボロボロだと言うのに。
それでも今なお、貴方は強い意志を持って立っています。
では、貴方の抱いている…この理想郷よりも絶対に譲れない夢は一体何でしょうか?
お聞かせ願いますか?
抱えている、貴方の夢を」
アンジュ本人は、困惑していた。
今まで夢に引き戻させようと言及してきたのに、今度は自分の身の安全を心配している。
その返答次第では、この世界がアンジュ自身を陥れるのではないか。彼女は少し青い空を見上げ、荒々しい雲の動き方に驚いていた。
天気がいいはずなのに、空の至る場所が歪んでいく。
雷が鳴り、雨と雪が降り、天候が滅茶苦茶になっていた。地面は地割れが起きそうになり、この世界が崩落しようとしている。
(そう…今度はこの世界が、私を消しかけるってわけなのね。
この返事一つで、私の命運が決まる。
質問に答えろって言うのはそういうこと。
そうじゃなきゃそんな顔しないわね…)
空と地面を確認して察すると、不安げなシルヴィアと向き合い、声を張って堂々と自分の夢を伝える。
何があっても、後悔しない夢を伝えた。
「実現させなきゃ行けない夢があるの。
夢の中じゃなくてタスクと一緒に命ある限り今を生きて、苦楽を共に喫茶アンジュを作るの。
この世界に止まったら、私の夢は絶対に叶わないわ」
その夢を聞き、この世界とは相入れないことを話した。彼女は永遠ではなく、命ある人生で好きな人と今を生きていく。
歪んだ空は、数秒立つと元通りの快晴になっていく。崩れそうになる大地は、亀裂からまた新たに土が生じたことで崩落を防いだ。
天変地異に苛まれてたはずが、すっかり元通りになっていく。
答えを聞いたシルヴィアは残念そうな顔で、苦笑した。
「そう、ですか…それは敵いません。
お姉様はお強くなられたのですね。
この永久な夢の世界よりも生涯を彼と生きる未来の方が貴方の最大の幸福であるなら、お姉様の夢を下らないなんて言えないですもの。
愛する人と苦楽を共にする…それもまた幸福ですか。
素晴らしい夢をお聞かせいただいて、ありがとうございました」
「貴方なら、そう言うと思いました」
シルヴィアは安心した顔をし、アンジュの母親が迎えに来た。アンジュの髪も切られていた時のものに戻り、格好もメイルライダーの服装に戻っていく。
「あれ、私…元の姿に戻って」
「夢の中に再現させた服と現実に着せた服を着せ替えさせただけです。私達はクルエルの一部なのですから、それくらいのことは可能です。
…今の貴方にとって、私達は虚構に見えますか?」
アンジュは少し戸惑いつつも、少し考えて返事を返す。
「…そうね。
確かにこの世界は、私が作り出した幻想よ。
かつて望んでいた夢なのかもしれない。
シルヴィアの言う通り私自身が望んでいたのは本当なのだから、私も貴方達の存在を否定できないわ」
「どうあっても、行くのですね。
この指輪もお返しします」
母親が握っていた指輪を、アンジュに差し出す。指輪がないことに全く気づかなかったのか、言われてから彼女は気づく。
「その指輪っ…⁉︎ずっとお母様が、持っていたのね」
「はい、私が預かっておりました。
仮に私が指輪を持っていた事を知ったところで、無理矢理奪ってもまた時を戻らされてしまいます。
指輪に気づかなかったのも、夢に浸透すればするほど、現実に関わる代物は遠ざけるように組み込まれていましたから」
「…通りで、今まで指輪がないことが全く気づかなかったわ」
アンジュは指輪を受け取ったものの、釈然としている。シルヴィアも、母親も笑顔のままで何かしてくるわけではない。
複雑な気持ちで、アンジュは二人に聞いた。
「…どうされました?」
「ねぇ、貴方達は力づくで止めないの?
私がこの夢から出ようとするのを」
「あくまで、貴方の思考から作り上げられた虚構の存在なのですから」
「そう…やっとこの世界の仕組みが分かったわ。どうして、この夢の中を力づくでこじ開ける事が出来なかったのか」
本人が拒絶する行動を起こせば、時間は巻き戻され無かったことにされる。代わりに、本人の意思に反することはこの家族の誰もやろうとはしない。
しかし、無理にでもこの理想郷を破壊を壊そうと拒絶し、強引な方法で夢から出ようとすればそれはかつての自分を否定するという事になる。
創造された夢の世界そのものにに、殺される可能性は十分にあった。
「私達はこの世界に用意された唯の偽物かもしれません。
ですが、貴方を思う気持ちだけは本物です…だから散々否定してた時は本当に焦ったんですよ?」
「それじゃあ、この世界を壊したら貴方達はどうなるの?まさか…」
「良いんです。
既に現実の世界では両親も兄も他界している。
優しさだけでは、意味はないこともご存知ですよね?貴方がそう決心したのなら、もうそれ以上は言ってはいけません」
物理的に手をかけるなら巻き戻せば良いが、夢そのものの世界を拒絶し続ければ妹の忠告通りに自分の心、精神を壊す形で返ってくると。
だから、シルヴィアは否定だけしているアンジュに焦っていた。
「最後に…娘が独り立ちする前に一言だけ伝えたいことがあります。
貴方を導くヒントだけでも」
「何?」
母親は再度近づき、アンジュを抱きしめながら語りかけるように話す。
ー指輪を持ち、歌を信じなさい
この世界を壊す方法は、今の貴方ならもう持っています。
「…やっぱりそういうこと、なのね」
「この夢の世界を壊して、生きるのです。
今の貴方自身の為に」
そのメッセージに、彼女は理解した。
この世界への脱出の為に、何をすべきか。
伝え終えると抱きしめるのをやめ、アンジュは家を後に走り去っていく。
誰も彼女を止めることはせず、家族みんなが彼女を見送っている。無理に引き止めることも、彼女を罵倒して否定することも決してしない。かつての彼女がそうであって欲しいように、家族もまた意思に反映した上での夢幻なのだと。
振り向いて、アンジュは別れを告げた。
「ここに長くいたら、私はダメになる…だから行くの。
私には待っている人達がいるから。
さようなら」
「……元気で、アンジュリーゼ姉様」
かつて抱いていた家族との平和な暮らしよりも、その幻想を、祝福な夢よりも、彼女は仲間と共に歩む未来を選んだ。
「世界を壊して、私は生きる…か」
そのまま前だけを走っていくと、再度振り返ればそこには何もない平原だけだった。もうあの家は無くなっており、元に戻ることは出来なくなっている。
彼女は一息深呼吸し、永遠語りを歌う。
歌の意味は、進むべき道を示すミスルギ高家の子守唄。今では、その歌も指輪も今では滅びゆく世界を止めるために、世界を変える為の力となっている。
自分の居場所を示し、ラグナメイルをこの世界へと呼び出した。
その歌に反応してか、アンジュのつけた指輪は光り、空が割れていく。その割れたところからヴィルキスが飛翔し、アンジュの元へとやってきた。
「ヴィルキス!来てくれたのね…!」
彼女が騎乗したと同時に偽りの景色と平原もアンジュとヴィルキス以外が崩れていく。何処を見ても全て泥と化し、そこはまるで筒状の入れ物に入っているかのようだった。
「眩しっ…なに」
しかし、一箇所だけ、一番高い天井に兆しの光が差している。
この聖杯から、抜け出す為の出口だった。
「…あそこに行けば、体内から脱出できるってことかしら」
その方向へと飛翔するも、泥の機体の腕と手が現れでてくる。
壁から出てきた腕は、枝みたいにまた新しい腕が生えていき、アンジュを捕獲しようと複数もの手で掴もうとする。
「邪魔よ!」
ヴィルキスは装甲が赤くなり、ミカエルモードに変えていく。
幾多もある手と腕をエネルギーブレードで斬り刻んでいく。壁に出てきた残りの腕は易々と突破されることに気付いたのか引っ込み、腕を何重もの層に変えて道を塞いでいく。
シェルターのように何重にも閉ざし、このまま激突すると衝撃で下へと墜落するだろう。だが、それはあくまで通常の機体で突進してきたらの話だ。
(このまま突っ切る!)
クルエルはヴィルキスの能力を知らない。
光字障壁を作り出し、そのまま何層も突き破った。硬く塞いでいた層は崩れ、ドロドロになって下へ落ちていく。
光に近づいているのは分かるが、距離はまだある。
「この調子なら…つっ⁉︎」
進んでいくうちに邪魔をしてこなくなったか、なにやら壁が蠢いていることを気にせずに一直線に突き進んでいく。
その真下では壁から泥を放射し、大きな球体を作っていた。その中に亀裂が走り、蛹から蝶になったように何かがアンジュに向かって飛翔する。
ヴァリスの弾丸でヴィルキスに命中したものの、光字障壁によって被弾が軽減されている。
アンジュは攻撃されていることに気づき、振り向くと泥化されているランスロット・アルビオンが行手を塞ぐ。
「あぁもうっ、ホントしつこいわね!」
そのまま目の前の障害をブレードで薙ぎ払ったが、回避される。
いくら攻撃力が高くなっても、敵の方が素早く回避していく。機動力では負けており、蠅のように周囲を飛び回りつつ撹乱させられていた。
「こっちは、早くここから出ないといけないっていうのに!」
冷静になって対応すれば命中できる相手だったが、どれくらい眠らされたのか、全員無事なのか、それが全く分からないままこの聖杯に長いこと眠らされた彼女自身に苛立っている。
敵が、周りを飛び回りつつチマチマと攻撃しているせいで余計にその苛立ちを募らせていく。
(やばっ…⁉︎)
その焦りが、大きな隙を与えてしまった。
防御に転ずることができず、背後を取られてしまう。
その隙を狙ってスラッシュハーケンを繰り出し、敵は電光石火のように急接近する。
両手に持っているMVSで斬りつけられていた。
ヴィルキスは激しく振動し、反撃することもままならない。振り返ろうにも身動きが取れず、やられるがままになってしまう。
「この、ままじゃあっ…タスクっ」
ヴィルキス本体を狙わず、今度は両翼を斬り落とそうとしたその時だった。
「はぁぁぁっ!」
頭上から2機、タスクのダブルオーガンダムとナオミのビクトリアが急降下していく。ダブルオーガンダムのGNソードでランスロットの片腕を切り落とし、ビクトリアはヴィルキスと同様のアサルトライフルを乱れ撃つ。
泥で形成されたフロートユニットは、その銃撃によって簡単に崩れていき、ランスロットはそのまま下に奥深く墜落していった。
「アンジュ!助けに来たよ!」
「無事で良かった、ずっと探してたんだよ!」
「タスク!ナオミも来てくれたの!」
ダブルオーガンダムがズーム機能で確認すると、壁は落下していくランスロットに向かって泥を放射し、斬られた腕と落ちていったMVSを再生させていく。
「まだ安心しちゃダメだ。
あの機体も、すぐ再生してしまう」
「やっぱり部位を潰すだけじゃ…」
「僕らも、アンジュを助けに行ったは良かったんだけど」
ナオミとタスクの二人がこの中にいるアンジュの行方を探し、見つけることはできたが、何百体もの泥の機体達とドラゴンに追われていた。
合流できたとして、脱出するのが大変だった。
上を見上げると、敵の大群が押し寄せてきている。
「あぁ…やっぱり、結構な数が追ってきてる。
これじゃ抜け出せないよ」
「そう簡単に、脱出させてはくれないみたいだ」
上を見上げればタスク達を追ってきた泥の機体達が迫ってきている。一刻も早く脱出しなければ、アンジュを見つける事はできても3人とも聖杯の泥飲み込まれてしまう。
隙間なく敵が増え続ければ、脱出も不可能。
ミカエルモードで切り刻んでも、前以上に素早く復活していく。
「そんな…入る前はすぐに再生してなかったのに」
「離れてなさい!増えるなら一気に」
「ダメだアンジュ。収斂時空砲で一掃しても、あの再生速度じゃ間に合わない。
ヴィルキスのエネルギーだって、無駄に消耗させてしまう!次元跳躍も今のままじゃ、感づかれて閉じられてしまうんだ!」
「なら、どうしろって言うのよ!」
力技で突破しても、あの泥の再生の光までは届かせるつもりはない。それが可能ならとっくにヴィルキスが次元跳躍で突破するよう、すぐに姿をミカエルモードに切り替わっている。
その時、タスクのガンダムにある通知連絡が来た。アンジュのヴィルキスにも、ナオミのビクトリアにも共有して送られている。
戦略目的が用意され、アンジュのヴィルキスによる特殊形態とダブルオーライザーをトランザムさせて脱出する方法が記されている。
「画面に何が映し出されてる。これ…タスクが作ったの?」
「いいや…俺は何もしていない。
デバイスが提案して、この機能を使えっていうのか」
「時間がないんでしょ?この内容だと貴方が道を作って、私がその道を辿って導く。
ここを突破するには、もうそうするしかないわ」
「やるしか、ないんだな…」
タスクはそのプラン通りにトランザムを起動させ、ライザーの方にも発動させていく。
しかし、事はそう簡単にはいかず、
「うわぁぁぁぁっ⁉︎」
「た、タスクっ‼︎」
剣先からビームが放出されると、膨大なエネルギー量にコントロールできず、長距離粒子砲に振り回されてしまう。
全くの練習もなく、この生きるか死ぬかの瀬戸際にぶっつけ本番で使用すれば、当然ビームの放射はちゃんと狙うべき隙間ではなく他の壁に向かって放射されていく。
トランザムにも制限時間がかけられており、この時間以内で脱出口にビームを流し込まなければ、このクルエルの中から出る機会は永遠に失われてしまう。
「タスク!急いでビームの軌道を」
「分かってる!くそっ、重いっ…!」
操縦するにも、大海原の荒れた天候時に船の舵をとっているかのように重い。精一杯横へ動かそうとしても、中々起動を曲げるにはかなり腕の力が必要になる。
タスクは懸命にトランザムさせたガンダムを動かしているが、真下にいる敵が出現する。
「…やれるわ、タスクなら。
信じるしかない」
「アンジュ…なら私達は、彼を守ろう!」
ビームを動化している以上、タスクは身動きが取れない。二人は心配しつつも、タスクを信頼して任せるしかなかった。
ランスロットを近づかせないよう、二人はアサルトライフルで牽制していく。
(あぁそうだ…もう今の俺は、アンジュの騎士だ。デバイスだって何も喋らないけどアンジュを助けるために助けてくれている!二人も俺を信じて託したのなら、アンジュの騎士として期待に応えなくてどうする!)
失敗すればクルエルの中で朽ち果ててしまうだけ、決死の思いで覚悟を決めるしかない。
ビームの軌道を変え、横へ横へと出口の方へ向きを変えていく。
ガンダムを操作し、力一杯に操縦しつつビームを少しずつ変えていく。
「おぉぉぉっっ!届けぇぇぇぇっ‼︎‼︎」
ビームが光の兆しを貫くと、大きな穴が出現し、外へ繋がる穴となった。線香花火のようにビームが小さくなっていくとと、敵と開けていた穴は高速で再生していく。
ランスロットはライフルの弾丸を弾き、そのまま飛翔する。
「よし、上手くいったっ!
後は頼んだよ、アンジュ!」
「ええ、あの穴まで一気に飛ばすわよ!」
アンジュの呼びかけにヴィルキスの装甲が赤から青に変わり、ミカエルモードへと変化していく。加速性能を極限まで高め、トランザムライザーで開けた大穴からタスクとナオミ、3人と一緒に次元跳躍によって突破していく。
ランスロットが強引に突破して近づいた時には、3機とも既にいなくなっている。
泥の再生速度よりも圧倒的に速く、再生していく敵をそのまま横切り、脱出口が再生して蓋をされる前に3人は脱出する。
*****
「遅くなってしまい、申し訳ありません!
助太刀します!」
「助かるっ!アンジュが戻るまではクルエルに攻め込むなよ!」
ヒルダとレイゼルが戦っている間に、ミスルギ皇国にいたサラマンディーネは全速力で間に合わせ、レイゼル達の元へたどり着く。
こうして、3人が戦って帰りを待っている最中にクルエルの腹部から巨大なビームが放射された。
内側から貫かれ、泥が散りばめられていく。
「ちょっ、なんだよあの光⁉︎」
『待って下さい。まさか…あれはトランザムライザーによるライザーソードですか⁉︎』
「あのビーム、タスクがやったんだな…」
ビームによって開けた穴はすぐに塞がれ、脱出したのを肉眼で確認することはできない。レヴェンだけが三機ともクルエルの体外へと脱出したことを、察知する。
『どうやら…3機とも、無事みたいですよ?』
「だだいま、みんなっ!」
「アンジュを連れてきたよ!」
「僕の方は、さっきのビームを撃ったから暫くは動けないや…ハハッ」
「おおっ!帰って来れたんだなアンジュ!
タスクとナオミも!」
「ご無事でしたか!」
「ったく、おせーぞ3人とも!」
次元跳躍での脱出に成功し、レイゼル達がアンジュ達の姿を確認すると安心した。サラマンディーネとなんとかレイゼル達と合流し、アンジュが来るまでずっと待っていた。
『あのガンダムに入っているデバイスをフル回転させてますので、私も助力しますね』
「あぁ、タスクを助けてやってくれ」
タスクは粒子消費量が激しいせいで、一時的に行動不能になっている。動けるようになるにする為にも、レヴェンが共有して繋げ、何とか粒子を回復させるようにした。
「ねぇ、私がいない間何か変わったことってあった?
他のみんなは?次元融合だって」
「今のところ、全員無事だ。
サリアはまだアレクトラと交戦中、クリスは正気に戻ってアウローラにいる。
次元融合も迫ってきてるから30分で決着をつけろと言ったが、驚いたぞ?
まさか20分で帰ってくるなんて。
待つまでの間…俺とヒルダ、サラマンディーネさんの3人はクソ忙しかったけどな。
この貸し、高くつくぞ?」
アウローラとアウラは無事にドラゴンに守られており、他の泥はクルエルがピンチになるのを見越して標的をレイゼル達の元へと移動する。
「それで、一体何をされたんだ?」
「眠らされて、夢の中に閉じ込められた。
力技で突破するのも無理で、夢の中ですら眠らされそうになって、反抗したら夢の世界そのものに殺されそうになった。
夢の世界から脱出して、合流できても敵の巣窟で逃げ道なんてなかった。
ほんと、ひどい目にあったわ。
でも、どんなに偽りだったとしてもあの夢の世界は最低じゃなかった。
家族みんなが、私のことを思ってくれた。
あんなもしもの未来が、あったかもしれない。
今はもう二度と叶わないものだけれど、本当に良い夢だった」
「やはり、アウラが言っていたどおりに」
「そっか…でもこうして抜け出せたのなら、余程アンジュの心の芯が強かったんだろな」
そんな夢を見せられたら、アンジュのような強い心を持てない人だと夢に魅入られてクルエルから抜け出そうと考えるのを放棄するだろう。
クルエルの中で思うことは多々あったが、彼女自身で何かに決着をつけたようなスッキリした顔をしている。
「それで?まだサリアは操られてるのね」
「あぁ…残念な事にな。
今のところ、アレクトラと戦ってはいるが…いい加減不味いから、サラマンディーネさんが助力したところで、防御型のファングで助けてあげてる」
『20分も戦えば、疲弊するのはアレクトラの方が早いですからね。
助けてもらってこのまま死なせるのも、流石に後味悪いですし。
完全な敵だったら、話は別でしたけど』
(またサリアとやり合えば、こっちも加減できないかもしれないからな)
クルエルの支援によってクレオパトラは強化されている。そんな機体に20分持ち堪えさせるのも、中々厳しいと見込んでレイゼルが助け舟を出している。
アレクトラには余計なお世話だと疎まれるかもしれないが、ただでさえ死にかけなのに見ていられなかった。
今彼女が倒れたら、今度はレイゼルと戦う事になる。
「3人とも助かったを確認したことだし…もう浮かれるのはここまでだ。
この場にいる全員…誰一人あの聖杯に取り込まれる事なく、まだ操られているサリアも助ける。次元融合を完遂させる前にクルエルを倒す…正真正銘、これが最後の戦いだ!」
【夢ニモ、聖杯の杯ヲミタスノモ拒ムノナラバ
──モウ、一才ノ容赦ハシナイ】
アウローラとアウラを狙っていた泥達はクルエルに集わせ、前以上に力を増幅させていく。
黒幕だったはずの調律者を殺し、その従者を騙し、統合した世界を杯の礎にする聖杯を討つ為に彼らは立ち向かう。
残り時間、世界の終焉まであと30分。
世界の命運は、彼ら6人に託された。
次回、クルエル(最終戦)