「いい加減、くたばりなさいよっ…ずっと戦ってるのにどうして」
「悪いなサリア、まだ私は死ねないようだ」
サリアとアレクトラの二人は、まだ闘争を続けていた。
サリアはクルエルの恩恵か、復讐心のお陰なのか彼女は疲れがない様子だったが、アレクトラは長いこと戦い続けても、辛うじて生きている。
アレクトラは精神を研ぎ澄ませて、サリアの動きを注視していく。
一手見誤れば、撃墜することになる。
(しまっ…⁉︎)
「いい加減私の前から消えてよっ‼︎」
操作ミスによりサリアに斬られそうになる。
レイジアの前に飛行物体が現れ、サリアは反射的に斬って破壊する。
「何…今の」
(あの男、余計な真似を)
レイゼルのアルヴァトーレで飛ばしたGNファングを目の前に出現させ、アレクトラを守る。
なんとか命拾いはしたものの、アレクトラがいくら声を届けてもクルエルの効果が長引けば長引くほどサリアは悪化している。
「サリアを目を覚まさせるにも…クルエルとやらを倒さなければ、今となっては私の声は届かんか」
さっきまで声が届いていたはずが、既に狂化されていた。アレクトラを倒すことだけに集中し、話をろくに聞こうともしていない。
このままサリアに撃墜されるのも、時間の問題だった。
*****
アンジュの帰還に喜んではいるものの、残された時間は限られる。今いるレイゼルとアンジュ達が倒さなければ、時空融合によってこの世界は滅ぶことになってしまう。
「……何だ?」
『何のつもりかは知らないが、これ以上私のことはもう守らなくていい!
さっさと奴を倒して、この戦いを終わらせろ!』
「そうか…分かった。
戦ってから、ずっと危なっかしいから守ったんだ。もう助けは不要なら、後は頑張れよ」
最終決戦の直前にアレクトラからレイゼルに通信が来た。周囲に張らせていたGNファングを回収し、アルヴァトーレへと戻っていく。
瞬間、何の前触れもなく海上から、宇宙のような場所へと切り替わっていた。
「なっ⁉︎ここって…」
「一体何が起きたの…」
『アルゼナルのようですが、この場所は』
【オ前達ヲ、次元ノ狭間ニ転移サセタ】
クルエルはアンジュ達全員を一斉にアルゼナルの上空へと転移させている。その周囲には何も無ければ、あるはずの海もない。
「いや違う…アルゼナルだけど」
『オリジナルのアルゼナルみたいですね」
目の前にあるアルゼナルは、宙を浮いていた。
レイゼル達とアンジュ達は、クルエルの言葉通り時空の狭間へ全員が転移させられている。
「こんな芸当まで可能なのか…」
『エンブリヲを倒した相手です。
この場所に転移させたのも、何か理由があるに違いありません』
「…私達をここに移動させて、一体何を企んでいるのですか」
【世界ノ命運ヲ欠ケテ選バレルノハ、ドチラカ】
クルエルの身体全体から、滝のよう泥が流れ落ちていく。その泥から機体とドラゴンを出現させ、前方に何体も出現させていく。
「アンジュ⁉︎」
「この距離で、一気に決めるわ。
時間が無いのなら、尚更迷ってる場合じゃ無いでしょ」
「確かにその通りだ」
ヴィルキスを黄金へと光輝かせ、クルエルが仕掛ける前に収斂時空砲を発射する。対してクルエルは泥以外に何層もの壁を作り出して、時空砲を防いだ。
「嘘っ⁉︎あれを防いだの…⁉︎」
『…どうやら駄目みたいですね。クルエルの泥と、ブレイズルミナスとGNフィールドを併用して守ってます。
エンブリヲの力と、NMFとGN機体の情報を得て融合しているからこそ使えるのでしょう』
「出鱈目にも程があるだろっ…」
「簡単には倒してくれないみたいだ」
泥の大型ドラゴンを、さらに巨大化させて襲う。ホーミング弾のように全ての鱗が、アンジュ達を追尾していく。
「あっ…ぶねぇなおい!」
鱗が至近距離まで近づいたと同時に角で重力を操るドラゴンが突然空中に出現し、アンジュ達の動きを遮ろうとしてくる。
ヒルダのヤークトアルケーでファングを飛ばし、角と身体を貫いていく。泥でできた身体は耐久性が低く、持ち堪えることなく簡単に崩れていった。
「次から次へとっ…倒してもキリがありませんっ!」
「もう倒しながら前に進んだほうがいい!
こいつらに構ってたら拉致が空かない!時空融合の時間切れで俺達が詰む!」
周囲には強力な機体を大量に生み出され、葬らんと襲いかかってきた。次元の狭間に転移される前よりも早く敵を作り出す。
アンジュ達もレイゼル達も強いが、今までの戦いで機体も体力もかなり消耗している。いくらレヴェンの補助があっても、無限に増えていく敵を相手にするのは限度がある。
(…これ以上敵が増えたら対応しきれない)
「ジル司令は?」
「アレクトラなら大丈夫…まだ手を出していない」
あくまで泥達が囲っているのは、レイゼルとアンジュ達のみで、クルエルが二人組の邪魔をすることはない。
アレクトラを撃破したら、今度はサリアがクルエルを間接的に協力することになる。
ー堕チロー
クルエルがそう宣告すると同時に変異していく。ドラゴンよりも異形で異質、得体の知れない怪物へと。
右翼はドラゴンの残骸、左翼はラグナメイルの残骸、撃沈していった艦艇をも取り込む。さまざまな生態と技術を融合し、ありとあらゆる残骸を収集し異形の怪物が正体を表していく。
クルエルの手には何本もの冷凍魚雷を出現させた。
「…魚雷なんか手に持ってどうするつもりだ」
『飛ばすための海も無ければ、魚雷を使うにしても泥の機体に撃たせるはずです』
泥の機体と戦闘している方向に、クルエルは冷却魚雷が爆発しない程度に握りつつ上に突き立てていく。
「おい…まさかっ⁉︎みんな避けろ‼︎‼︎」
クルエルが何をしようとしているのか察したタスクは、青白い顔になって叫んだ。突き立てた腕を一気に振り下ろし、手に持っていた大量の冷却魚雷を投げ飛ばしていく。
バラバラな方向に投げ飛ばされ、意図的に爆破させた。レイゼルのアルヴァトーレは巨体な為に、GNフィールドで防ぐしかない。
「投擲で大量の冷却魚雷を、爆発させたのですか。なんて出鱈目な…」
『氷漬けにされていたら、一貫の終わりですね。凍らされたところを数の暴力で蹂躙されてしまいます』
クルエルは、第二弾の投擲の準備をしていく。
冷却魚雷が大量に持ち、1回目と同様に敵味方関係なく放り投げようとする。
「またあれを飛ばしてくる気か⁉︎」
『あんなのでまた足止めされたりでもしたら、時間切れで全滅してしまいます。
やはりクルエル本体を倒さなければ、我々に勝ち目はありません…』
「アタシが、あのデカブツの腕を切り落としてくる!」
泥で生成したピレスロイドを、臭い物に集る蝿のようにクルエルを中心に周囲を飛ばしていく。
「ファング!」
ヤークトアルケーのファングで破壊し、投げ飛ばす前に腕をGNバスターソードで切断する冷却魚雷はそのまま下に落ちて、クルエルの投擲を防ぐことはできた。
しかし、
「そんな…」
「嘘だろ…部位だけでも斬っただけなのに、クルエルが分裂しやがったっ…!」
『これでは…どれが本体か』
切った腕から、また更にクルエルが出現していく。クルエルが二体へと増えていくほど、周囲にあるピレスロイドもまた更に2倍に増えていく。
「…必ず体内の何処かに核があるはずです。
時空砲が防がれている以上、それよりも強い火力の砲撃でなければ…」
クルエルの身体が大きい分狙いやすいが、泥による超再生と防御機能を駆使して防がれてしまう。
『サラマンディーネさんの仰る通り、今までの攻撃方法では倒せません。一気に突破しないと、核とやらも破壊するのは不可能です。
この中で可能なのは3人…時空砲を扱えれるアンジュとサラマンディーネさん、超エネルギー砲を放射できるマスターことレイゼルです』
「ちょっと待ちなさいよ!タスクにだってトランザムライザーシステムを使って助けてくれたでしょ!
あれだってヴィルキスに匹敵するくらいの」
『…タスクさん、そのビームを発動するのも一回限りですよね。二発も撃てば、機体だけではなく貴方の身体まで耐えられなくなります』
高エネルギーの攻撃を何回も、都合良く使用できるわけがない。
一発、空に放ったあの高エネルギーを放射し、操作するだけでもタスクの身体に悲鳴が上がっている。
「タスク、それ本当なのっ…⁉︎」
「あぁ、悔しいけどその通りだ。
アンジュとナオミを助けるためにあのトランザムライザーを飛ばした。
今は何とか機体を動かしている…でも、もう一発撃てば」
『…タスクでも可能ですが、全員が無事に生きて帰れる保証はありませんよ』
「全員帰還させるにも、3人というのはそういうことですか…」
分裂したクルエルの本体を探すにも、残された時間はあと僅かしかない。これ以上、下手に剣で斬り刻んだり、砲撃で飛び散らせようとすれば悪戯に分身を増やしていくだけだった。
「…周りは俺とヒルダ、ナオミの3人で食い止める!
クルエルを相手に温存するのが最優先だ!」
「アンジュとドラ姫!
兄貴のこと頼んだからな‼︎」
「3人はクルエルをどうにかして!」
「ええ!分かっ」
そう言って3人がクルエルへの道を切り開くよう最前線で戦っていく。
振り向いて返事したアンジュだったが、言う途中で彼女の真下から噴水のように泥が噴き出てていく。
「アンジュ⁉︎」
「また分断されたっ…‼︎」
噴出した泥はすぐ硬化し、並の攻撃では破壊することができなくなっている。ヒルダのGNバスターソードとナオミのラツィーエル、タスクのGNソードで何度も斬りつけても傷一つ残らない。
「硬ってぇ…!また囚われやがったのか⁉︎」
「どうしよう!すぐにアンジュを助けないと」
「待ってください…あの中にいるのはアンジュとクルエル本体もいます」
サラマンディーネが、焦り気味の二人を止める。
残された時間があと僅かで、再度クルエルの体内に囚われたりされたら助けることが出来ない。
「何で本体もいるって分かるんだ?」
「アウラから聞いた話には続きがあります。
クルエルの、聖杯の儀式は夢を見させる時は信者を離し、邪魔のないように一人だけの状況を用意しなくてはなりません。
最初に仕掛けてきた時も、アンジュが一人だった時に狙ってやってました」
「…それじゃあ、もう一度アンジュに夢を見させて取り込むつもりか」
「仮に夢を見させるのを失敗したとしても、一人置き去りにするのは危険すぎる。
かと言って、焦ってアンジュを救出したとしてもこの機会を逃せばまた分身に紛れて撹乱されるでしょう。時間制限で世界は滅び、増えていく敵に私達は全滅してしまいます」
選ばれた人を取り込むにも、分身体ではなく本体が直接干渉しなくてはいけない。
その情報は有力なものではあるが、一刻も早くどうするかを決断しなければ分裂したクルエルと他の無人機が一斉に襲いかかっている。
アンジュを助けるどころか自分達が早く全滅してしまう。
「救出と撃破の両方をやるんだな‼︎
算段はついてるのか⁉︎」
「ですから、今からそれを考えている最中で『…それならば、私に考えがあります』も、もうあの時間で策を思いついたのですか⁉︎」
話を聞き、レヴェンがすぐに作戦を立てたことにサラマンディーネは驚く。
残りのメンバーと機体性能で如何に突破できるか。
ーーー希望は何も、タスクとサラマンディーネ、レイゼル達だけではない。
勝利の方程式は全て整っていた。
*****
アンジュとクルエル本体の、一対一の状況になってしまう。仲間と遮られ、この瞬間は誰も助ける者がいない。
【モウ一度、夢ニ眠レ】
その隙を狙ってマントを羽織った骸骨が、アンジュの背後に現れていく。マントを彼女に覆わせ、再度覚めない夢へと誘おうとするが、
「…またあそこに幽閉されるなんて、もうごめんだわ」
今のアンジュに、二度も同じ手は通用しなかった。背中に誰がいることに気づき、咄嗟にハンドガンを取り出して骸骨の頭蓋を破壊する。
撃たれた骸骨は、そのまま消えていく。
クルエルはピレスロイドを集めつつ、それをエンブリヲの持つヒステリカに何体も再現させていく。
(正面からやり合ってたても、勝ち目がないっ…)
今はまだ不完全であるが、他のラグメイル以上の機体性能が束になって襲っているのだから、苦戦を強いられるのは予測がつく。
真っ向から挑めば、返り討ちにされてしまうことぐらい分かっている。
【理解不能…夢ニ堕チルノヲ、何故ソコマデ拒絶スル。
カツテノ人間ハ夢ニ支配サレタガッテイタ】
「…それは貴方が、人間の強さを何も知らなかっただけ。エンブリヲが作った構図みたいに、貴方を崇拝してたんでしょうね」
理想の家族を見事に再現し、心を許して夢の中に溶け込みかけたこともあった。現実でやらねばならない事を思い出し、彼らを拒絶しても死んだ母親から胸の歌を信じてとアンジュに言葉を送った。
その言葉に心に響きつつも、彼女は振り返らずに進んだ。
「貴方の見せる夢は、どこか優しかった。
今まで挫折した人を選び、あの優しい夢を見せたんでしょ…私の家族も、差別するようなことを全くしていなかった。
本当の家族みたいだったわ。
でも、ただ優しいだけじゃ前へ進めない。
誰かの言いなりになっても…自分自身の道を歩くことはできないわ。
傷ついて、その上で初めて人に優しくなるの。
貴方が夢を与える役目は、私が最期になるわ」
【無意味、スグ助ケハ】
その直後に、レイゼルの大型GNビーム砲が放たれる。融合した部位が次から次へと剥がれ落ちていき、核となるものが露出していく。
タスクがGNフィールドを使い、ビーム砲と共にやってきた。今、無防備なクルエルの近くにいるのは、アンジュとタスクのみ。
(核までは破壊出来なかったかっ…!)
ダブルオーライザーはトランザム状態のマア様、GNソードを展開させていく。ヴィルキスの持つ剣もビームソードへと変えて急接近していく。
【全テヲ、飲ミ込メ】
しかし、露出した核を破壊してくることくらいクルエルも予防策を立てている。
前方に巨大な津波の泥を出現させ、機体ごとアンジュとタスクを取り込もうとする。仮に津波を斬られたとしても、その隙を狙って津波からドラゴンを作ってぶち撒ける。
そうなるはずだった、
「…貴方を終わらせるのは、ナオミよ」
クルエルを倒すのは、アンジュでもタスクでもない。次元跳躍を使ったナオミがクルエルの真後ろに転移し、トドメを刺す。
【あ、エ…?】
ビクトリアの機体は青くなっており、泥で核を防がれる前に背後から剣で貫かれている。前方を津波に変えた泥は崩れ、用意した泥の機体達に複数ものヒビが入っていた。
ナオミが時空跳躍を使えたのも、ラグナメイルは人の思いに、強い意志が応えてくれる。
ヴィルキスに特殊形態を持っているなら、他のラグナメイルにはその能力が必ず備わっているのだ。
アンジュに行けと発言したと同時に、レヴェンから二人にメッセージを送っている。
『全ての守りが剥がれてても、クルエルが最優先でアンジュを取り込むつもりなら、トドメをアンジュではなくナオミにするように。
ラグナメイルをちゃんと扱えている今の貴方なら、それが可能です』と。
「…貴方は、消えたく無かったんだよね。
誰かに覚えてもらいたかったんだ。
夢を与えて、忘れないように」
【ア、アァ】
「単純に世界を滅ぼすだけなら、洗脳したサリア達を使ってアウラを最優先に取り込めば良かった。
そうしなかったのは、この世界に生きる人達に対して未練があったんだ。大勢見限ってはいたけど、私を含めて選定した人達に自分という存在を刻ませようとしてた」
トランザムが使えるヒルダやタスクの二人でも横から割って入ることは可能だが、機体速度に間に合うほどの速さを感知できるのなら別方向からの攻撃も防がれてしまう。
だからレヴェンは、全員にナオミで核の破壊を託すよう促した。
【確カニ…ソノ通リダッタ。
未練ハアッタ】
「⁉︎ナオミ、すぐにそいつから離れなさい‼︎」
核が壊れかけても動いている。ナオミが貫いた剣はクルエルの泥と一体化した。
【強イ意思ガアルノハ、私モ同ジナノダカラ】
クルエルだけではなく他にも心臓の鼓動が、泥の機体やドラゴン、クルエル本体と分身にも胸部から鼓動が響いていく。
密閉空間である次元の狭間は、よく聞こえていた。
「なんなの、この音…?」
【一人デハ消滅シナイ】
『これは、鼓動が早くなるたびに泥の濃度が急に高くなってっ…⁉︎』
「まさか…コイツら、一斉に自爆するつもりか⁉︎」
鼓動は段々と早く、音が発すると同時に膨張していく。一斉に爆散することで、どれだけの泥を浴びることになるのか。
(こんな狭い場所で爆発したら、俺達に一矢報いる事は可能かもしれない。
でも、ヴィルキスの時空跳躍で逃げられることぐらいは分かってるはずだろ…どういう事だ)
「アンジュ!
兎に角、ヴィルキスの力で全員を転移させろ!
ここにいたらクルエルと、泥で生成した敵の一斉爆発に巻き込まれてしまう!」
「分かってるわよ!
ヴィルキス、すぐにこの場から移動して!」
しかし、アンジュがいくら呼び掛けてもヴィルキスは無反応だった。
「どうして反応しないのっ…⁉︎早くこの場から出ないと不味いことぐらい分かるでしょ‼︎」
『アンジュ。
動かないのではありません、動けないんです』
「…どういうことですか?」
『ヴィルキスの跳躍機能でクルエルの体内を脱出したのなら、逃げられても機能を調べています。今度は逃げ場を無くすために、安全に脱出できないよう手の込んだ罠を。
ヴィルキスが無反応なのはここの時空を歪ませて跳躍させないようにしています…私達に逃げ場がありません』
「なんだとっ…⁉︎それじゃあ倒されることも分かっていた上で、時空の狭間にっ…‼︎」
「全ては僕らを逃さないよう、敢えてこの場所へ移動させたのも」
クルエルは爆発のカウントダウン最中にに時空を大きく歪ませていた。間の中で元の地球へ次元跳躍しようものなら、跳躍先を次元融合真っ只中に飛び込む可能性だってある。
「アンジュ、こっちに来てくれ!」
「つっ…!」
爆発寸前の鳥籠から出ても、その先の安全地帯に飛べることもままならない。
『跳躍して逃げるのは不可能です。
マスター、全エネルギーで超広範囲のGNフィールドの展開を!
多少ならどうにかなりますが、あの泥だけは少しでも触れるのは避けて下さい‼︎』
「もうやっている‼︎
ナオミはGNファングを飛ばして守る!
ヒルダ、俺の側に早くっ‼︎」
(アルヴァトーレの巨大GNフィールドなら、ヒルダだけでも守れる。それにアルヴァトーレとヤークトアルケーのファングには防衛機能だけじゃなくGNフィールドを搭載させているから…他の仲間達を守る事は可能だ。
だが…アレクトラ達の方は)
咄嗟の判断でレイゼルとヒルダはGNフィールド搭載のファングを飛ばし、アンジュ達を守るところまでは確認できたが、
「駄目かっ…!」
アレクトラの方を見ると、クルエルは最後の最後でサリアの洗脳を強制的に強め、レイゼルが飛ばしたファングを撃ち落としてしまった。
ーーークルエル達の大爆発で、泥は全方位に飛び散っていく。
GNフィールドで守っていても、機体が大きく揺れていく。爆発せずに周囲が見渡せる間だけ動くことはできたが、一斉に爆発してからは全く何も見えない。
「サリアァァァァッ‼︎」
クレオパトラがレイジアにぶつかった衝撃で大きく揺らいでいく。ファングの方にサリアが視点を逸らしたことが救いだったか、アレクトラには無警戒だった。
しかし、庇って泥を浴びたレイジアは、少しずつ機能を停止させられ、そのまま落下していく。
「アレクトラ…何で」
同時に、クルエルの自爆によってサリアのかけた洗脳は解かれた。
レイジアの機体は生きている浮遊機能を駆使しつつアルゼナルに不時着し、騎乗している彼女も何とか生きていた。
「思い、出したっ…!エンブリヲ様を殺した奴を探して。
それでっ…つっ⁉︎アレクトラっ‼︎」
高濃度の泥は、機体と操縦士に付着している。操縦している彼女の身体は広範囲に侵食し、蝕んでいた。
「そんなっ…どうして、なんで、なんで私を。
だって、貴方は私を利用して」
「ようやっと、目を覚ましてくれたみたいだ」
ミスルギ皇国から襲撃を受けた際にサリアだけアンジュをアウローラへと連行させ、他のメイルライダーだけを特攻させている。
エンブリヲを倒すために手段を選ばないなら、他のメイルライダー同様にサリアにも行かせている。そうしなかったのは、身を挺して助けたのが何よりの証拠だった。
「ごめんなさい…私、何でバカなことを」
「ほんと、アンタは私にそっくりだよ。
まるで妹みたいに…真面目で、泣き虫で、思い込みが激しいところから、男の趣味までね。
だから、お前を巻き込みたくなかった」
レイゼルが近づき、スタンドを展開していく。
怪我をしている様子もなければ、身体が全く動けないわけではない。
「…今からラグナメイルを無理にこじ開けれてお前を助ける。怪我もあるなら」
「無駄だ…ここまで侵食されたら助からない。
見ろ」
クルエルの泥が、彼女の身体を侵食していた。
ゴールドエクスペリエンスで身体の部位を切断し、新しい部位を生み出して再生させるつもりでいた。
が、浴びてしまった身体の殆どが侵食されて助けようが無い。
『彼女の言う通りです。
泥を浴びている機体にも触れてはいけませんよ、絶対に。
…軽く触れるだけでも絶対に助かりません。
これはそういう類のものです。
ゴールドエクスペリエンスで、泥に対抗できる生物を作っても無意味です。
原因不明の重度の病に犯されると考えて下さい』
「…その泥はそこまでヤバい代物なのか」
『はい…仮に助けることができたとしても、今の我々の能力では到底治せません』
得体の知れない物の液体を直接触れる時点で、助けた相手にもクルエルに取り込まれる機会を与えてしまう。
「…タバコはあるか?」
「お前、何でそんな物を」
「いいから」
レイゼルは、地面の雑草をゴールドエクスペリエンスでタバコへと変えていく。
軽く投げ渡し、それをジルがキャッチする。
懐にあるライターを取り出し、彼女はタバコを吸った。
「……お前達も来たのか。
残念だが、もう私は助からないよ」
「嘘でしょ…」
短い時間で、アレクトラの右半身が泥に飲まれている。
体の部位だけなら最悪斬り落としてでも救助することはできても、ここまで泥に侵食されればもう助かる術はない。
「レイゼルだったか。今更謝ってもどうしようもないが、妹のことはすまなかった」
「こんな時に謝るな。
謝るなら生還してから謝れっ…こんな死に体で、謝られたってどうしようもないだろうが」
「それもそうだな。
だが、これだと生還するにも難しいみたいだ」
「そんなこと言わないで、まだ他に」
「サリア…ごめんね、辛く当たって」
アレクトラに触ることはできなかったが、サリアがエンブリヲとクルエルの洗脳そのものから解放しただけでも満足だった。
サリアの顔を見て、開いていた目が閉じ掛けていく。
「救えて、本当に良かった…最後にあんたと」
「…アレクトラ?」
アレクトラは元に戻ったサリアの顔を見て、伝えたいことを告げ、安心して瞳を閉じた。
サリアの声に反応せず、口に咥えたタバコが落ちた。
『生体反応、ありません。
……ご臨終です』
「…っ‼︎アレクトラァァァァッ‼︎」
彼女の命はそこで途絶えた。
泥に侵食されている以上、ジル司令を抱きしめることはできなかった。少しでも触れれば、命を奪われるだけでなく身体ごと泥に取り込まれてしまう。
だが、悲劇はこれだけではない。
アレクトラのことで一同は集まっていたが、何か一人足りないことに気づく。
「ねぇ、ナオミは…ナオミはどうしたの?」
「そうだ、クルエルを倒してくれたナオミは一体どうした…何で集まってない?
あの子は何処にいるか、誰か知っているか⁉︎」
『私も何回か連絡を試みていますが、全く繋がりません』
あの泥から無事でいたのは、アレクトラに集まっている人達だけが確認している。
もしナオミも無事なら駆けつけてくるはずだった。
なのに、彼女は未だに来ていない。
「…彼女の姿がありませんね」
「探すぞ!もしナオミの身にもし何かあったら」
レイゼルもちゃんと防ぎきっているわけだから、ナオミがやられなんてことはないと思っているが、何も通信がないことに胸騒ぎがする。
(確かにファングを飛ばして、GNフィールドで防いだ。
レヴェンも展開させたのは知っている。
なのにどうして、こんなにも不安な気持ちに駆られるっ…⁉︎)
アレクトラのレイジアだけではなく、ナオミの乗っていたビクトリアも不時着している。
機体は戦闘形態から飛行形態へと変えており、彼女の姿がよく視認できていた。
「ナオミ、無事なのねっ…!」
「だが機体がもうっ…待ってろ!
今俺達が助け『…皆さん、近づいてはいけません』」
レヴェンの一声で、一同の動きが止まる。
「おい、いきなり何だよ!
早くナオミを助けねぇと」
『ヒルダ…焦る気持ちは分かりますが、大変残念な知らせがあります。
ナオミさんにも、ジル司令と同じ泥が』
「……は?おい、何の冗談だ⁉︎
まさか、まさかそんな」
その知らせを聞いて、ナオミの体をよく見ると全員の顔が真っ青になってしまった。ジル司令と同様、ナオミにも泥が付着している。
「「「つっ…⁉︎」」」
「…ナオミさんまで、泥に」
彼女もアレクトラ同様に身体の半分が泥に飲み込まれ、具合も悪くなっていた。悪夢に魘されているかのようで、苦しい表情で身体を抱えている。
「うそ、でしょっ…」
「ナオミにも同じ症状が起きているのか?ちゃんと防いだはずだぞ…ナオミに向かわせたファングのGNフィールドだって…何重も貼って、その上ちゃんと機能してたはず」
『クルエルは…誰か一人を確実に感染させようとしたんでしょう。アンジュさんをまた狙えば徹底的に防御される。
それならば、不意を狙って接近したナオミさんを確実に取り込むために』
「そんなっ…起きなさいナオミ!
このままだと取り込まれるわよ!」
『お気持ちは大変わかりますがっ…触れたら二人と同じように侵食されてしまいます』
同じ第一中隊の仲間であるナオミまで、助かる術もないままアレクトラのように目を閉じたまま生き絶えることになってしまう。
「そんな、嘘よっ…このままじゃアレクトラだけじゃなくてナオミまで」
死んでいったアレクトラと、今でも苦しんでいるナオミの身体は次第に泥に侵食されている。
「レヴェン!スタンド以外で泥を取り除く方法をすぐに調べろ‼︎」
『取り除く方法があるならとっくに話してます…手は尽くしました。いくら調べても泥を除去できる方法がありません。
私達にできることは、付着した泥がこちらに飛び散ってくるかもしれないよう離れることしか』
「なんだとっ…」
クルエルという異形の怪物が、エンブリヲを倒し、世界を蹂躙できるほどの力を保有している。
敵専用の劇物の対処方法をすぐに調べることなど不可能であり、新しい手段を用意するしかなかった。
最も、その新しい手段を用意するにしても時間が圧倒的に足りない。
「やっと最後の戦いが終わるっていうのに、よりにもよって何でっ…‼︎」
何もできないまま、彼女が泥に侵食されているのを黙って指を咥えている。怪我ならゴールドエクスペリエンスでどうにかなったが、クルエルの侵食だけは部位を切断しない限りどうしようもない。
全員が、ナオミの安否を祈ることしかできなかった。
*****
「あれ、ここどこ?
それに身体も動かない…」
泥の爆発に巻き込まれ、侵食されていく彼女の意識は、クルエルの中で覚ました。アレクトラとは別に分けられ、現実の世界で目を覚ますことはない。
身体は宙に浮き、丸い空洞の中に入っている。
【夢の世界ヲ、オ前達ニアソコマデ潔ク否定サレタノハ初メテダ】
乗っていたラグナメイルも無くなり、泥を触手にしてナオミの身体を拘束していく。縛られて連れていかれる先には、洞窟のように深く暗い場所だった。
【ダナ、悪イ気ガシナイ。
彼女ニハ、完敗シタノダナ。
誰モガ、安楽死ヲ選ンダ。
ダガ、彼女ハソウシナカッタ。
オ前モ、泥ニ恐怖セズ覚悟ヲ持ッテ心臓ヲ貫イタ。
ココロカラ、本当ニ感動シタ】
アンジュが夢に打ち勝った心の強さに、クルエルは惹かれた。最期にアンジュを連れて行けなかったとしてもその器に相応しい彼女ならと引っ張っていく。
ナオミは、クルエルに意識を持っていかれる前にどうにかしてアンジュ達の元へ戻ろうと必死に争っていた。
「駄目。私っ…みんなのところへ戻らなくちゃ」
【オマエも、可能性ノ一つ。
私ヲ置イテイクナ】
ーーコッチニ来イ
暗く深いところから声が聞こえている。
大勢の声が、子供の声の声で笑い声と共にこっちにほしいと、ナオミを誘っている。
声を似せても、クルエル本体の姿を表さないことに悪寒がした。
「でも、待ってるんだ…みんなが」
なんとか身体を動かそうとしても、金縛りのように寝転んだまま全く身動きが取れない。力が入らず、そのままクルエルに飲み込まれてしまう。
(どうしよう。このままじゃ、私…)
意識もボヤけ、気力が擦り減っていく。
このまま何もできないまま絡まれている触手に囚われて、クルエルの言う通り一つになってしまう。
もうダメだと思った矢先、聞き覚えのある声が聞こえていた。
「お前の行き先は、こっちじゃないだろ」
「アレ、クトラ…?」
誰かが触手を解き、動けない身体を代わりに動かしている。暗闇とは反対に光差す場所へと、クルエルの中にいたアレクトラがナオミを助けた。肉体的に死に絶えても、ナオミと同じように魂がクルエルとリンクされているのならば彼女も干渉することが可能だった。
「ナオミ。お前は生きろ」
「アレ、クトラっ…」
クルエルの触手は、ナオミからアレクトラを縛り付けた。身体を物色すると、髪型も皮膚の感触ですぐにナオミじゃないことに気づく。
「クルエルと言ったか?
お前には、感謝はしてるんだ。
私の代わりにエンブリヲを殺したこと」
【オイテ、イクナ、イッチャダメダ、ヤメロ、ヤメロ、儂を、俺を、ボクを、私を、アタシを、我を、ヲヲヲヲヲヲヲヲ
永遠に、ずっと、一生、誰ノ記憶ニモ刻マレ。
オマエは、選バレシ、者デハ無イ。
ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ】
パソコンがバグを起こしているかのように、クルエルの声が段々と乱れていく。他の触手でナオミを取り込もうと機敏に伸ばしていくが、彼女の身体はもう届かないところにある。
ーーー共に行こうじゃないか、心配はなくとも私がずっと覚えててあげるよ。
【ア、アア、アァァァァァァッ……‼︎‼︎‼︎】
大勢に聞こえていた声が、悲鳴へと変わっていった。空洞にある壁は軟化していき、選ばれた者を得られなかったことに嘆く。
鯨の鳴き声が、空洞中に響いていた。
皇女は奥底にある聖杯を抱いてそのまま沈んでいく。抱えたまま深く、誰の手にも届かない闇の中へと。
*****
レイゼルとアンジュ達が何もできないままナオミを眺めていると、彼女につけていた泥が地面にどろりと落ちている。
そのことでまず最初に気づいたのは、タスクだった。
「…えっ⁉︎みんな見てくれ!
ナオミの身体についた泥が」
「何が起きてるのっ…⁉︎」
侵食が止まり、落ちて固まりになった泥は砂に変わった。
砂は強い風で空高く彼方へと飛んでいく。
「ナオミ!」
「どうして泥が取れたかは分からない…でも、どうにか身体は元通りになったんだな。
良かった、本当に良かったよ…」
ナオミの身体にまとわりついていた泥は取り除かれ、アレクトラは泥と共に飲み込まれて消えかけようとしていた。
「あれ…みん、な…ここは?」
『アルゼナルです。時空が解放されて、あるべき場所に戻っております』
「他の皆さんも、少ししたら此処へ戻ってます」
起き上がったナオミは助けられたことを思い出し、ジル司令を探そうと周囲を見渡す。立ち上がり、彼女の乗っていたレイジアを探している。
「ねぇジル司令は…⁉︎私、クルエルに取り込まれてた時に庇ってもらって」
「……アレクトラは」
レイジアの中を確認すると、思考が停止した。
さっきまでいたはずのジルは乗っておらず、機体は泥の影響で修復不可能な程にまでズタボロだった。
しかし、身体は跡形もなく消えても泥の侵食によって黒ずんだ操縦席と最後の一服を終えたタバコだけが落ちている。
それを見たナオミは察し、彼女の死を理解した。
「ああ、そんなっ…私」
ナオミの代わりにアレクトラが犠牲となり、クルエルと共に消滅している。
泥に巻き込まそうになったサリアを助け、身体の大部分をクルエルに取り込まれて死ぬことを覚悟し、取り込まれようとしたナオミも助けた。
彼女らは、助けてくれたジルに何もできずに座り込んで泣き叫んでいた。
調律者よりも厄介な相手ではあったが、あの最後の大爆発を防ぎきれなかったら他のみんながアレクトラのようにクルエルに飲み込まれていただろう。
「…兄貴、これでもう」
「あぁ、もうノーマ管理法に縛られることはなくなった。ここから先の世界は、未来は大きく変わっていく。
革命を果たし、俺達は生きて勝ち抜いた。
…クルエルに関してだけは釈然としない決着になってしまったがな」
アウラを取り戻し、この地球上で当たり前に使えていたマナは失われている。二つに分かれた地球も一つになり、最後の革命は終わりを迎え
た。
*****
「ねーねー、何でアルゼナルでっかくなってるの?」
『時空が解放され、全てがあるべき場所へ戻ったのです。
時空融合は停止し、世界は解放されました。
戻ってきたのです…世界が、貴方達の手に』
「終わったのね…リベルタスが」
「あぁ」
アウラとアウローラがアルゼナルへ戻ってくると、施設が大きくなっていることに他のみんなが驚いている。
クルエルを倒し、世界は救われた。
「これから、どうされるのですか?
貴方達が戦う必要も、私達と殺し合う理由も…もうないのです」
「…国を作るわ、ここに」
「「えっ⁉︎」」
今までアルゼナルを纏めていたジルがいなくなったことで、露頭に迷うノーマ達もいる。前までドラゴンを狩る生活をし、上の言葉にただ従っていただけだった。
「私達だけの国、ノーマも人間もドラゴンも関係ない…みんなが自分の意思で生きる。
厳しくて当たり前の国。
自分の道を、自分の足で歩いていくの」
(国か…まあ、アンジュらしいな)
アレクトラ以外の他に導く人も必要だけど、アンジュのような誰かに依存せずに自分の歩く道を切り開いていく力が今後も必要になる。
「アンジュ達なら、良い国を作れると思っている…今後とも俺達は協力する」
「アタシもさ、兄貴と一緒にいるよ。
何処だって」
サリアは散っていったアレクトラの亡骸を泣きながらもじっと眺めている。
洗脳が解けて、自我を取り戻しても何も出来なかった。
「…サリア、お前はどうするつもりなんだ?」
「私は」
「まだ何も考えられないのだったら、今のところはそれでいいと思っている。
結局…エンブリヲとクルエルに洗脳されて振り回されたんだからな。
大事な人が死ぬのも、生きてても死に体になっていくのは本当に堪える。
誰も彼も、強い心を持っているわけじゃない」
それでも、とレイゼルはアレクトラが落としたタバコを拾いつつ話を続けていく。ジル司令には捕らえた妹のことで恨みはあったものの、今となってはもう無くなっている。
「…最後の最後で死にかけた二人に未来を託した。託されたものを継いで、これから先の未来を築いていく。
俺とアレクトラには、小さい頃から嫌な因縁ではあった。本当に殺したいほどに…それでも、暴走しているお前を助けようとする姿に俺も少しばかり助力をした。
俺は…命を賭けて守ったことを決して忘れず、アンジュ達のように自分の足で生き続けていくことがアレクトラの為だと思う」
「…」
「もう誰も、勝手に人の人生を決めて、踏み入って命令を下すことはもうない。
逃げるのも、進まずに立ち止まるのも、進み続けて立ち向かうのは個人の自由だ」
エンブリヲに敵対していたレイゼルを恨んでいたが、ある程度の正気を取り戻していることでちゃんと話が聞けている。
サリアは返事はしなかったものの、彼の言葉に心の中で納得していた。
「ナオミは、大丈夫なのか?」
「うん。レイゼルの言う通り、アレクトラが助けてくれたのなら、前を向いて生き続けほしいって望んでいるから。
最後に言ったんだ、お前は生きろって」
まだ後ろめたい気持ちでいるサリアとは反対に、ナオミは前向きな気持ちに切り替えていた。
彼女は涙を拭って、みんなの方に顔を向いている。
*****
「…お前らは先に行ってくれ、俺達は仲間を待つつもりだ」
アウローラとドラゴン達はアンジュ達の仲間とは合流が早く、レイゼルのプトレマイオスは諸々キューエル達の機体を修復したりと手間がかかっていた為に遅れてやってくる。
レヴェンがマスターであるレイゼルを助けている分、自動修復に時間がかかっていた。
「…そう、なら先に行ってるわよ」
「俺達は後から向かう」
アンジュ達は先に、アルゼナルの中へ入っていった。
二人は茂みに座って、仲間を待つ。ヒルダはレイゼルの肩に頭を乗せ、甘えつつ寄り添っている。
やるべき事は終え、焦る必要はもうない。
「ひと段落着けて…もう疲れちゃったな、私達。
アンジュを待つ為に必死で死守して、最終局面でも敵が軍勢を用意してくるし、その上ナオミも死にかけてさ」
「そうだな、俺達も長いこと戦ってたんだ…キューエル達を気長に待ってあげよう。
レヴェンもそれで良いな」
『マスターに、お任せします』
心地の良い風が靡き、広大な海を眺めている。
時空融合で暗雲だった空が、雲一つない快晴へと変わっている。
「ヒルダには、ここまで色々と苦労をかけちゃったな…」
「ん、いきなりどうしたの?」
ヒルダがレイゼルの方に顔を向けると、彼は下を見ながら悲しそうな顔をしている。
「…本当なら、俺一人でやるつもりだったんだ。幼いヒルダに世界の現実を知るのは、俺個人としても本心で辛かった。
一緒に戦場へ出向かせるのも、心苦しかった。
もし全世界中がヒルダの敵だったとしても、俺は妹だけの正義の味方になってたからさ。
でも妹を連れ去られたあの時、アルゼナルを撃てなかった…子供を撃つ覚悟は無かったって思い知らされたよ」
ヒルダは前のことを思い返していた。
彼女がノーマだと他人に知られて、逃げ出してからは兄以外誰とも接する相手がいなかったことも。
「あー…そっか、そうだよな、うん。
ほーんと、あの頃の兄貴と変わらずアタシには過保護だったもんな。
しかもミスルギ皇国にいた時は…ウチのママの娘と、エンブリヲ幼稚園だっけ?新しく産んだ娘どころか、アルゼナルの子供にも甘かったし。
でも…アタシの為に皆殺しにする覚悟なんて持たなくて良かったって思ってるよ。あんな風になったら、寧ろ一緒にいるのが怖いって思ってたから。
アタシはさ。警官から助けられた時に、アタシは兄貴の、お兄ちゃんのことが王子様に見えたんだ。
今でも一緒に暮らしてた頃の優しかったお兄ちゃんが、アタシにとって大好きだったから…側から見てても一人だけ頑張って、傷ついて心が荒んでいく姿に耐えられなかったんだ。
無理に世界を変えれなくても、化け物だって母に拒絶されても、変わらないでいてくれた兄貴となら、一緒にいてくれるだけでも良かったんだよ。
誰かが世界を変えるのをただ眺めてても…それも良いかなって。嫌なことぜーんぶ忘れて、二人だけで色んな世界を旅して、いっぱいエッチなことして、私達だけの思い出を一緒に作るのも。
母親に拒絶されてた時も隣にいて、アタシの我儘を聞いてくれた時だって親身になって聞いてくれていたのも…お兄ちゃんが、今でもアタシのことを好きでいてくれて本当に良かった」
「俺も…ヒルダと出会えて、産まれてきてくれて良かったよ」
お互いの顔をじっと眺めていると、ヒルダの顔が突然赤くなり、頬からは一筋の涙が零れ落ちている。
小さい頃からずっと兄には助けてもらっていたが、最後の言葉に安堵していた。
母親との再会で化け物だと、産まれてこなければ良かったって罵倒され、かつての愛を否定されたのを思い出し、同時に目の前の好きな兄に出会えて産まれてことを肯定してくれたことに心の底から感動している。
「…あ、えっ?なんか急に涙出て、疲れてるわけでも、悲しいわけでもねーのに。
あっ、ヤバっどうしよう…ママのことまで思い出して、本当に涙が止まらないって」
ノーマともマナとも関係なく、ヒルダとして産まれた良かったと言ってくれたレイゼルの一言に救われている。
彼女は何度も拭こうとしても、涙は収まらなかった。
「ひ、ヒルダっ大丈夫か?」
「うんっ、大丈夫っ…これ泣いてるの、アタシが嬉しくて泣いてるんだ。
その、お兄ちゃんっ…胸、借りるね」
泣きながらも笑みを浮かべて、レイゼルの胸に顔を埋めていく。
レイゼルはそのまま抱きしめ、優しく撫でていた。
*****
あれから20分が経過する。
ヒルダは泣き疲れて、そのままぐっすりと眠っていた。
目の周りは赤く、泣いた跡がそのまま残っていた。
「ん、すぅ…」
「余程、疲れてたんだな。
俺も人のことは言えないけど…俺も寝てたんだな」
アンジュを助けている間にクルエル相手に持久戦、死にかけのアレクトラを死守、周囲に蔓延る泥のドラゴンと無人機との戦闘の数々。
休む間もなく戦闘と支援で二人とも疲れ果て、レイゼルも少し寝ていた。
目を覚ますとプトレマイオスが徐々にアルゼナルの方へと近づいてきている。
レヴェンが昼だを起こさないように、音を鳴らさず敢えて警告のメッセージが表示させた。
「…おい、起きてくれヒルダ。
プトレマイオスが来たぞ」
「あぁっ…うん。
ありがと、お兄ちゃん」
レイゼルはまだ眠っているヒルダを揺すり、起こした。
修復したプトレマイオスがアルゼナルに到着し、船から仲間が降りていく。
レイゼルはキューエルに握手し、ヒルダはマリーカを抱擁する。
「…レイゼル、とうとう決着をつけたんだな」
「エンブリヲをこの手で殺すのとは敵わなかったが、世界を壊すという目的は果たした。
今度は、自分達の手で未来を築いていくことになる。
俺はヒルダ、ライラの妹二人の責任を取ることになるだろうし、今後も家族として生活いていくつもりだ。
アンジュ達を信じ、ドラゴン達とも少しずつ理解して手を取り合って生きていく。
…お前らは、どうする?」
その質問に、キューエルとマリーカは困惑し、アーニャは首を傾げている。
3人の答えはとうに決まっていた。
「…元々、兄妹とアーニャ含めて帰る場所は何処にもない」
「はい。私も兄様と同じです」
元々、この世界のことでよく知らぬまま3人とも拾われ、成り行きでレイゼルの側についていっている。
世界の情勢が変わっていてもレイゼル達を信用し、今後とも一緒にいるということだった。
「そうか…3人の返答を聞けて良かったよ。
ならみんな、行こうか。
中でアンジュ達が待っている」
集合したレイゼル達は、アンジュ達のいるアルゼナルの中へ向かっていく。
ー二人の妹と、仲間と共に
次回:最終回