※注意点
・橘千花の性格や設定はある程度作者の妄想です(情報が少ないため)
そのためちょっと・・・という人はブラウザバック推奨
・主人公が楽にいろいろ言ってるけど作者がてきとーに考えたので深く突っ込まないでね♪
・時系列…?知らんなぁ
鶫と千棘をまんまと手中に収め、上機嫌だった総司だが思わぬ難敵が立ちはだかった。
橘万里花である。
親は警視総監、バックには橘家が控えるため迂闊な脅しは通じない。
おまけに彼女の意思は鉄のごとき硬さでさすがの総司も一度の接触で正面突破はあきらめるほどだった。
そのため虎に命じて橘家のことを調査させていた。
「橘家、武家の名家ですね。女性が当主を務めるのが特徴で、当主が代々病弱で政略結婚によって家を保っているそうです」
「じゃあなんであの娘は自由恋愛してるんだ?」
「現当主、橘万里花の母親の裁量によるもののようです。一定期間で一条楽を落とせなければ政略結婚となるようです」
当主である橘千花の写真を見て男はつぶやいた。
「ふーん」
「現当主である橘千花はかつて反発して高校に通ったものの連れ戻されて現警視総監の橘巌と結婚させられたようです。それからはただひたすらに家の存続に終始しているようで。親子の関係はかなり悪いようです」
「翼を折られた籠の中の鳥か、諦めたものの外界への渇望は片時も薄れたことはないんだろう。だから飛び立とうともがく娘が憎くてたまらない」
なんとも滑稽な話だ。
「虎、翼を折られて飛び方も忘れてしまった鳥はどうするのがいいと思う?」
「誰かが籠を開けて飛ばせてあげればいいのでは?」
「ああ、そう思う。だからよ虎、いまから籠をぶっ壊して今も外を見つめ続ける哀れな少女を助けにいこうか」
「さすがに今回ばかりは危険では?」
「虎穴に要らずんばなんとやらだ」
数か月後、そのときがやってきた。
結婚のため橘万里花が連れ戻されたのだ。
当然、一条楽や舞妓集、小野寺、宮本るりなどが連れ戻しに向かおうとしていた。
そんなとき、「僕も力になりたいんだ」と口から出まかせで総司も同行することに成功。
総司は彼らとともに飛行機で九州へと出発した。
「城じゃね」
「城ですね」
橘家の家というかもはや居城に唖然とする総司と虎。
いくらヤクザの2人でもさすがに実物でこれほどの家は初めて見た。
目の前ではインターホン相手に一条楽たちが格闘していた。
「アポなしであってくれるわけないだろうが」
「まぁ、無理でしょう。式はすでに進められているそうです。どうされますか?」
「夜になってから侵入といきたいがさすがにこの城を見つからずに進むのは無理だなぁ」
天守閣を指さしながら総司は虎と侵入策を練る。
「若なら―――」
「俺はどこぞのビッグなボスでもないし蛇でもないんだぞ。俺にだって無理なことはある。」
「では―――んっ?」
一条楽にある少女が話しかけていた。
九州弁でまくしたてる彼女はとても女性とは思えないようなおっさんのような所作だった。
「彼女は?」
「篠原御影。橘万理花の友達のですね」
「いやーほんとよう来てくれたばい、万里花のお母さんに会えんで困っとるとやろ?私に考えがあっけん!」
彼女の手引きで一条楽たちは城への隠し通路をつかうことができた 。
「やめるんやったら今の内とよ?」
「ここまで来て引き下がれるかよ、俺は行く!こうなったらとことんやってやらぁ!」
そう意気込む一条楽の真後ろで2人は密談を躱していた。
「手筈通りにな」
虎は主の命に従いその場を離れていく。
「人選はどうすっと?」
「女子は危険すぎるから行かせらんねぇ、オレと――――」
「俺が行こう」
総司がにこやかに笑いながら一条楽に協力を申し出た。
「おおっ、助かるぜ」
城へ侵入するのは一条楽と芹沢総司の2人となった。
2人は暗い通路の中を進んでいく。
「なぁ、楽。お前は橘真里花を助けたいのか?」
「あたりまえだろ!?望んでない結婚なんて――――」
総司はため息をつきながら肩を落とす。
一条楽の考えは子供のソレだ。
年齢という点では2人は同じである。だが片方は大組織のボンボンとして温室で外界の刃に触れず育てられた温室栽培。
ゆえに、外界の厳しさというものがそもそも理解ができないのだ。
集英組は日本有数の暴力団組織である。危険度の違いはあれど一般人からみればヤクザなどどれも変わりはしない。
そんな組織が名門である橘家といざかいを起こすという危険性。
大ごとになれば暴対法による集英組壊滅の可能性もあるというのに――――
子供は失敗することを咎められない。彼らは失敗することで大人になるからだ。
だが「失敗」には2種類ある。取り返しがつくものとつかないものだ。
大人たちはこれを知っている。
世の中の大人たちが臆病なのはとりかえしのつかない「失敗」がどれほど恐ろしいか知っているからだ。
総司は幼年期から外界の刃にさらされてきたゆえそういうことには敏感だった。
現実という救いのない厳しさを知っている。
たとえどれだけ喧嘩が強かろうと社会という大海の潮の流れを変えることはできない。
自分の思い通りになることの方が少ない。総司の家がつぶされたように。
その潮の流れを変えられる人間など一握りだろう。
たとえ少しでもそれを変えたいならば我を押し通す力が必要であることを知っている。
それが金であれ、暴力であれ―――
ゆえに総司はこの状況を冷めた目で見ていた。
(橘万里花を連れ戻して2日で結婚式、すでに関係各所への連絡は済ませてあるな、手遅れだ。
仮に止めてもどれだけの人間に損害が降りかかるか分からない―――俺には関係ないが)
彼は先に進む一条楽の背中を見つめる。
軽く、希望に満ち溢れた背中を。
(自分の行動がどういう結果を招くか考えたことがないのか?
集英組はビーハイブの手打ちでごたごたしてこれ以上の問題を背負える体力はないぞ?
指定暴力団関係者が警視庁幹部関係者の結婚式に乱入とかシャレにならん)
2つの組織は抗争こそ回避したものの、集英組は譲歩する形となった。
ゆえにその力は幾分削がれており、ビーハイブの影響力は増している。
(まぁ、背負うものがないのは俺か)
家族も家もすでにない総司は仮に何かあったところで消してしまえば何の問題もない。
それが法に背くことであろうが世の中にはそういった手が公然と使われているのを彼は知っている。
(一条楽≪コイツ≫は監禁ですむかもしれんが俺は捕まるとどうなるか分からんな)
そうこうするうちに2人は光を浴びた。
「本田さん!?」
開けた広間に現れたのは長い黒髪を携えた女性だった。
引き締まった長い手足がその女性が肉体的な強さを兼ね備えていることを物語っている。
「お待ちしておりました、篠原様が手引きなさっている以上侵入するならこことしかないと思っておりました。ここを通すわけには参りません。どうぞお引き取りください」
「オレ達は橘を助けに来たんです。それでも通らせてもらえませんか?」
「お引き取りを」
その言葉に一条楽は憤激しつつ声を荒げた。
「本田さんはおかしいと思わないんですか!約束だからって―――見ず知らずの相手に結婚とか一生言いなりとか―――どう考えてもおかしいでしょう!!!本田さんは―――」
その言葉を総司はさえぎる。
「楽よぉ、押し問答してる時間はないだろう?さっさと行けよ。ここは俺がなんとかしてやる。だから早く行け」
「っ!すまねぇ!」
冷徹に受け言えしていた黒髪の美女は初めて困惑したように眉をひそめた。
「あなたは誰ですか―――?特別お嬢様と親しくもないようでしたが」
「あぁ、単なる観客さ」
「その観客がなぜ舞台に上がるのですか?」
2人のにらみ合いの好きに一条楽が城の奥へと進んでいき、消えたのを確認すると総司は張り付いていた仮面をはぎ取って凶暴な面相を魅せる。
が、柱の横から鎖が飛び出してくるとあっというまに総司に絡みつき拘束してしまう。
「ふぅ、怪我は極力避けますので大人しくしててください」
「助けたい女の子がいるのでね」
「お嬢様ですか」
「彼女は一生を賭けた、自分の人生を賭けた博打に負けたんだろう?いまさらそれを帳消しなんて虫が良すぎる話だと思うよ俺も。だいたい政略結婚なんていまでも珍しい話じゃないさ」
「あなたは一体―――?」
鎖がぼとぼとと床に音を立てて落ちる。
それらはなんと引き千切られていた。
その姿をみて美女は初めて汗を滴らせる。
「ほぉ、いい顔すんじゃねぇか。お前も味わいたいところだが生憎時間がないんでな」
先ほどまでの少年の雰囲気は消え失せ、むき出しの暴力がそこに顕現していた。
「無駄ですよ、お嬢様は――――」
「病気の進行で当面は海外での治療が必要―――だろ?」
「分かっているならなぜ――?」
「あんたは勘違いをしてるようだな本田さん、俺が救いたいのは翼を折られて、外に出る夢を諦めて、憎悪で鳥籠を塗り固めてしまった女性だよ」
本田はその女性が誰かを理解するとともに、手加減なしで頭部への回し蹴りを放った。
しかし男はそれを難なく首の動きだけで避けて見せる。
天井、壁を蹴って跳躍を繰り返す3次元戦闘、それを黒髪の美女は技術で鮮やかに繰り返す。。
しかし。
「っ!?」
男もまた同じく壁を蹴り、本田へと肉薄する。
彼のやっていることは本田と同じだが中身はまるで違う。彼は瞬発力と筋力任せで強引に跳んでいるのだ。
(参りましたね。拳銃でもなければ―――)
目の前の男に対して本田は何一つ有効打を与えられない。
幾度かの拳を交えたがゆえに行き着く先は一つであった。
「がはっ!」
男の拳が女性の腹部へとめり込む、鍛え抜かれた女性の腹筋をしてもその威力は殺しきれずに肋骨にヒビが入る程度にしか減衰できなかった。
倒れこむ女性を男は支えるとゆっくりと床に降ろす。
「げほっ―――――っハァ――――」
「悪いな、このくらいで勘弁してくれよ」
男は本田の全力での拳や足技を繰り返し直撃されたにもかかわらずいささかも堪えていなかった。
「あの方を救うと?」
「ああ」
「私はあの方が幼い頃からお仕えしてきました。だから―――あの方がいままでどれだけ苦しんできたのかを知っています
これは橘家でなく私の意見ですが―――――――救ってください―――あの方を―――千花様を
あの方も今の万里花お嬢様と同様、家の仕来りに抗い、反発してきました。
そうやって高校に通い始めましたが、あっという間に連れ戻されそのまま結婚させられました。
世継ぎを産み、家を守ることこそが最重要な橘家にとって千花様は大事な母体でしかありませんでした。
そうして千花様は高校に通われることもなく、みなが青春を謳歌するような年齢で万里花様をお産みになられました。
本来ならば恋をして、友達と遊ぶような年齢ですが千花様は万里花様以上に病弱でいつ不測の事態にならないとも限らなかったからです。
皮肉にも女性が当主を務める橘家で女児を産んだことで千花様の権力は強まりましたが―――それは逆に橘家から離れられなくなるということでした。
あれから16年近く千花様は橘家を守られてきました。それがどれほどの苦痛かは私には想像に及びません。
そうした苦痛をあの方は憎悪で固めることで和らげてきました。
あの方が万里花お嬢様を憎悪するのは自らの境遇と重ね合わせているからでしょう。
あの方が最後に笑われたのは高校生のときが最後でした」
その話を総司は真剣な顔で聞きっていた。
「そう簡単に歴史を変えることはできません―――私としたことが、柄でもありませんでしたねお忘れください」
本田は天井を見上げながら自らの考えを愚行を感じ、苦笑する。
「いくさ、たとえそれがどんなに危険だったとしても」
「なぜあなたは――――」
「男が女を助けるのに理由が必要なのか?」
本田は一瞬、真顔になると少し笑った。
総司は一条楽がかけていった方向へと走っていった。
誰もいなくなった広い空間で彼女は1人つぶやいた。
「隠衛失格ですね―――私は」
一条楽は首尾よく天守閣に侵入すると万里花を探し回っていた。
すると廊下先の中から十二単のような豪華な着物を纏った女性が現れた。
「――-一条楽君と言ったかしら、ここで何をしているの?」
(随分と若い人だな、橘の妹さんか?)
「え、えっと万里花さんのお、お姉さん?い、妹―――?」
「母よ」
「えええええ!!!!」
一条楽は驚愕する。
それもそのはずなのだ、目の前の少女にしか見えない人物が高校生の娘を持つ母であるなど到底思えなかった。
肌は白く透き通り、みずみずしい。
十代だといっても何の違和感もないほどである。
「で、何の御用かしら?」
一条楽は意を決する。冷や汗と喉を通る唾が彼の緊張を刺激する。
「明日の万里花さんの結婚式を取りやめてもらいたいんです」
その言葉を聞いて母である千花は瞬きひとつ、瞳すら動かなかった。
ただ一言「なぜ?」と短く聞き返すだけだった。
「万里花さんとお母さんとの間で交わされた約束の事をは聞いています。確かにその時は合意の腕だったかもしれませんけど―――それでも見ず知らずの相手といきなり結婚なんて酷だと思うんです。考え直していただけませんか?」
「親が結婚相手を決めるのがそんなにいけない?」
「本人が嫌がっています!」
「ならあなたが代わりに結婚してくれるの?」
その言葉に一条楽は何も返せなかった。
それは紛れもない正論であり、反論の余地などないのだ。
そんな2人の虚を突くように廊下の窓が木端微塵に砕ける。
それとともに等身大の肉の塊が2人の間へと飛び込んできた。
「なっ、お前―――」
それは芹沢総司だった。
着ていた服はボロボロになっており、唇のあたりが切れているのか少し血を流している。
「あー、続けてどうぞ」
総司はボロボロになった服を叩きながら千花を向いて話を促すとともにしゃがみこんでしまう。
橘家の武装集団を相手に一人で中央突破を行うのはさすがに堪えたようだった。
「本田から聞いているわよ、あなた娘の気持ちにこたえる気はないのでしょう?そのあなたがどの口でそんなことを言っているの?」
「分かってます、そんなことは。それでも!僕は橘の味方でありたいんです――――!!!万里花さんにもう少しだけ時間を上げてください!相手を決めるにしたってなにも急いで決めることなんてないでしょう!?」
(橘家の事情を鑑みると急いで決めないといけないんだがな、万里花がぽっくり逝ったら詰みかねないわけだし)
総司は相手の事情を知ろうともせず自らの価値観だけで話す少年を渇いた笑いで眺めていた。
(っ!やっぱ唇切れてるか―――あとでオロナインぬっとこ)
「そ、その方が本人のためでもお母さんのためでも―――」
「なぜ、なぜあの子が幸せにならないといけないの?」
橘千花は光彩の消えた瞳で、目の前の少年に反論する。
その瞳の中に燃え上がる憎悪の炎を見て取れたのは総司だけだった。
語られる橘家の伝統。
その上でなぜ万里花だけが特別扱いされないといけないのか。
「それは―――でもだからって不自由に―――不幸せにならならきゃいけない理由なんてないハズでしょ!?」
「そんなもの私の勝手よ?勝手にして何が悪いの?私の娘なのよ?」
それを聞いて一条楽はついに堪忍袋の緒が切れたように叫ぶ。
「娘だろうが橘は1人の人間です!!!物みたいな言い方しないでください!!!」
「世の中にはいろんな家庭の価値観があるのに?自分の常識に当てはまらないから避難するのはそれこそ勝手なのでは?」
一部の隙もない正論に楽は言葉に詰まってしまう。
かわいらしく首をかしげていた千花だが、目の前の子どもが突然視界から消えたことに内心驚いた。
「がはっ!!」
今まで座っていた総司が一条楽に向けて回し蹴りを放ったのだ。人外の筋力で放たれたそれは何のトレーニングもしていない一条楽にとっては一撃で立ち上がれないほどのダメージを与えるのに十分すぎた。
「おーおーヤクザの息子なんだから少しは鍛えとけよ。才能ないっても最低限の腕がなきゃ人柄だけじゃ下はついてこねぇぞ」
「――-っはっなんで!お前だって橘を助けるって!」
「ああ、言ったぞ。だが俺の言う「助ける」と、楽。お前の言う「助ける」は違う」
「くそっ」
一条楽はなんとか立ち上がろうとするが生まれたての小鹿の様に立ち上がろうとしても崩れ落ちてしまう。
「お前がやってるのはただの自己満足だ。言われたようにお前が万里花の恋人ならお前には彼女を助ける権利があるし、責任も取れる―――――――だがな、お前にとって彼女はただの振った相手だろう。彼女の顛末の責任も、この騒動の責任も取れない、たとえ助けたとしても騒動の原因である万里花の病気も、橘家の問題も何一つ解決しない」
「っ!!!でもこの人は橘の事を――――!!!」
「集英組の倅よぉ―――英雄症候群≪ヒロイックシンドローム≫はいい加減にしとけ、誰もテメェのオナニーに付き合うほど酔狂じゃねぇんだ。お前の価値観で世の中は動いていない。もしそれを変えたいというならそれに値する力と覚悟を背負ってからにするんだな
もし本当に橘万里花を助けたいとお前が思ったのならなりふり構わずヤクザで討ち入りでもなんでもするべきだった、自らの行為が悪だと感じるならばそれを貫き通すべきだった。
ヤクザ〈悪〉になる覚悟も勇気もない癖に―――半端者だよお前は」
手刀が一条楽の意識を刈り取る。
総司は精一杯手加減したのだが―――
「やはり集英組の倅相手となると手加減が難しいな、思わず力が入っちまう」
そうした一連の眺めを相変わらず微動だにせず橘千花は眺めていた。
「それで―――あなたは誰かしら、本田の報告にはなかったようだけど」
総司はすたすたと橘千花に近づく。
2人の距離は手の届く距離。先ほどみせた男の力ならば千花を昏倒させるのは容易いだろう。
本来この場にいるべき本田はいない。
(男性に暴力を振るわれるのは初めてね―――)
変わらず、彼女の内面は何一つ動かない。
目の前に迫る暴力に対しても恐怖も抱かない。長年にわたるストレスで心に異常をきたしたのかもしれなかった。
だが眼前の状況は彼女の想定を大きく裏切った。
男は千花に騎士のように跪くとその小さな手、人妻とは思えないほど若々しく、小さな手を取り甲に軽く口づけをした。
「あなたに恋をしました――――どうかあなたを攫わせていただきたい」
あっけにとられたように千花は初めて虚を突かれたように呆然と立ち尽くした
一条楽の言葉に対して瞳すら揺らさなかった彼女がはじめて目を見開いた。
目の前の少年はいきなり何を言っているのか。
彼女には理解ができなかった。
意味が分からない。
彼らは橘万里花を助けに来たと聞いている。
なのにこの少年は何だ?
橘千花には理解できなかった。
「何を―――いっているのかしら。あなた、自分が何を言っているのか分かっているの?」
「もちろん」
男は即答した。なんのためらいもなく。
「あなた攫うといったわね。自分が何を言っているか分かっているの?橘家の当主である私を攫うと?仮にも私の夫は警視総監よ、あなたは無事ではすまない。いくらあなたが優れていたとしてもいつかは捕まり刑務所にはいることになるわよ」
刑務所という言葉は常人には重い。
だが男は千花の瞳から目をそらすことはなかった。
「――覚悟の上です」
そういって男は手のひらを上に向けて千花へと差し出す。
「心配することはありません。これは誘拐ですから、あなたの責任は何一つ問われることはありません」
すでに何もかもが憎悪で凍りつき、感傷も受け付けなくなった千花の内面にわずかな雫が落ちた瞬間だった。
外に出ることを諦めて16年以上、すでに錆びついた鳥籠の鍵が外から開けられたのだ。
初めて、僅かに彼女の瞳に光と生気が宿る。
まるで何十年も閉じ込められていた暗闇の中から、初めて日の光を浴びたように。
彼女の錆びついた内界は十年来の時を経て初めて日の光を浴びたのだ。
彼女の心は揺れた。
もう叶わないと思っていた外への扉。
橘千花は呆然と立ち尽くした。
それは数分か、それとも数時間か
いったいどれだけの時間が過ぎたのかわからなかった。
実際にはほんの数分だったのだろう。
だが橘千花にはそれが何時間にも及んだように感じられた。
彼女は名家の当主である。
大きな責任を持っている。
そう簡単に降ろすことができないほどに。
彼女を縛るのは橘家という責任の鎖。
社会では大人として簡単に責任を放棄することなど許されない。
ここでこの手を取れば夢見た外界への道が開かれるかもしれない。
だがまた連れ戻されて牢獄に繋がれるかもしれない。
外界への渇望と橘千花を縛る鎖の綱引きだった。
「もう鳥籠の中で泣くのは止めにしましょう」
橘千花は泣き続けている。
もうすでに涙は枯れ、表情が仮面のように固まろうとも心の中では泣き叫び続けている。あの日以来ずっと。
「あなたの人生は橘家のためにあるんじゃない、あなた自身のためにある―――もしそれが咎となるのであれば私が守ります、私があなたの刃となり盾となります」
橘千花の黒真珠のような瞳がゆらゆらと揺れる。
彼女は自問自答する。
いったい私はどうしたいのか――――なにを望んでいるのか
(私は――――)
ふと彼女の眼前が開けたように感じた。
屋内にもかかわらず吹き込んでくる風と光。
彼女は―――それに手を伸ばした。
「――」
無言で千花の小さな手が男の手の上に置かれた。
千花は十年以上自分を縛り続けていた鎖が音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。
翼を折られた鳥は錆びついた鳥籠の牢獄を、10年以上の時を経てついに飛び立ったのだ。
小さな手は優しくに握られて自由という空へと引かれていく。
千花は纏っていた大仰な着物を脱ぎ、小さな白い肌着を残す服装となる。
まるで背負っていた鎖を下ろすようだった。
「失礼」
男はすっと千花の体を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこである。
小さな千花の体はすっぽりと男の腕の中へと納まってしまう。
男は女性一人を抱えたまま天守閣の窓から飛び降りると屋根を器用に伝いながら出口へと向かう。
幸い天守閣内に人数が集まっていたらしく追手はまばらであったのが幸運だった。
力づくで正面扉を蹴破るとそこには黒づくめの一台の車が止まっていた。
「若!こちらです。」
千花を抱えて乗り込むと車はすぐさま猛スピードで走り出す。
「虎、首尾はどうなっている?」
ようやく一息ついた総司は息を切らせながら運転席の虎へと話しかける。
橘千花は物珍しそうに外の景色を眺めていた。
「我々の足跡は念入りに消しています。無論、追跡用の車には細工を、若の顔や内部でのカメラ映像の処理などはすでに本田さんに協力を取り付けてあります。。あとは一条楽次第でしょう。彼が若のことを証言すれば――」
「その心配はない。」
「不法侵入してきた奴の言い分などロクに信用されないだろう。それに一条楽の実家は指定暴力団だ。信用などされるわけがない」
それを聞いて運転席の虎と助手席の総司はにやりと笑う。
「矛先は集英組に向かうでしょうね」
「いいスケープゴートになってくれるだろうさ」
車は日の暮れ始めた九州の街道を北へと消えて行った。
橘母救済√
楽しんでいただければ幸いです
主人公がゲスなことせずにいい人になってるのは密に密に