※この作品はR-18です。

遊戯絶唱シンフォギアR18   作:特撮仮面

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歌姫とのいけない関係(上)

 走る、はしる。己に許された身体機能、技術の全てを用いて彼女が走る。残念ながらバイクは無い。タクシー代は勿体無いし、タクシーのような無骨な鉄の箱よりも、彼が褒めてくれた己の脚のほうが圧倒的に速い。

 目指すのは久しぶりに帰るマンションの自室。最近は彼の家に居座りっぱなしで半分あそこの居候になりかけていたのだが、流石にこれ以上はいけないと出ていって早一週間。気づけば彼は逆に我が家にやって来るようになっていた。

 徐々に近付いてくるマンション。ちらりと確認すると、自分の部屋は暗い。いや、最近遮光カーテンに変えたから暗いのだ。良く見ればカーテンの隙間から光が漏れている。

 やっぱり。どうしようもなく口元が緩んでしまうが、同時に情けなく思う。自分のほうが歳上なのに…。

 マンションのエントランスホールに到着。鍵を挿し込み自動ドアの隙間に身体を捻り込む。エレベーターの電光表示は上層階を指している。待っている時間は無い。階段へと向かい駆け上がる。

 

 職場から電車を介して全力疾走。流石の防人と言えど息が上がる。だが、無様な姿を見せるわけにはいかない。

 部屋の扉を前に、はぁ、はぁ、…ふぅ、と息を整える。身嗜み、良し。髪型――良し。心構え――そこまで確認して大きく深呼吸をすると、扉に手をかけようとして、扉がゆっくりと開いた。

 

「お帰り――……走って帰ってきたのか、ったく」

「ちょっ、アトラス!?」

 

 部屋から出てきたのは、レッド・デーモンズが掌底を叩き込む姿がデカデカと描かれ、absolute・power・force!! と金糸で筆記体に縫われた文字の踊るエプロンを着用し、決闘者と書かれたバンダナを頭に巻いた遊吾・アトラス。

 彼はやれやれとため息を吐きながらポケットからハンカチを取り出すと、彼女の額と頬を丁寧に拭い始める。

 どうやら汗が浮かんでいたらしい。

 

「その気概は良いけど、危ないしタクシーとかでしっかり帰ってきてくれよな」

「む、す、すまない…」

 

 ま、良いけどな。拭い終えるとハンカチを畳んでポケットにしまい、彼女を部屋へと促す。

 白い蛍光灯の光。今までは冷たいとしか感じなかった光が、今はとても暖かく感じられた。

 

 

 

「これは…」

「口に合わなかったか?」

「いや、美味しい。…手作りか?」

「ああ。そんくらいの味が好みだろ?」

 

 今日の献立は手作りコロッケに山盛りのキャベツと味噌汁、そして炊きたての白米だ。

 コロッケは普通の肉コロッケと、カボチャコロッケの二種類。どちらも少々濃い目の味付けとなっているが、トップアーティストとして、音楽以外にもバラエティー番組に出演したり、S.O.N.Gの任務で災害出動したりと、なにかと忙しくハードな生活をしている翼は、そのスラリとした刃のようなスタイルのわりに味の濃いものが結構好きだったりする。

 もちろん、彼女が実は子供っぽい味覚をしているという理由もあったりするが。

 

「態々すまない。こうして晩御飯まで作ってもらって」

「構わねえよ。いっぺんに作りゃそれだけ食費が浮くし、俺の家で作る訳じゃねえから、ゴミの処理やらガス代なんかもこっちが負担するわけだし」

 

 カラカラと笑いながらコロッケを食べて、我ながら美味いなと自画自賛する遊吾を見て、クスリと笑う。

 

「なんだよ」

「いや、こういうのも悪くないと思ってな」

「…まあ、テレビかパソコン見ながら食う飯ほど味気ない飯は無いからなぁ」

「うむ…」

 

 独り暮らしは自由であるが、片付けや掃除など全て自分一人でやらなければならない。食事の準備だってそうだ。ご飯時も不安定になりやすいし、食べていて時々空しい気持ちになる。特に響たちと会話したあとならひとしおだ。

 だが、最近はそんなことになることのほうが少なかった。彼が、遊吾が何かと我が家にやって来るようになったからだ。

 防人、そして歌姫として世界的なアーティストとして徐々に知名度を上げている翼。いずれは世界トップレベルのアーティストに名を連ねるであろう彼女であるが、最近はそれと同じくらい苦労が絶えない。

 シンフォギア装者という絶妙な立場であるため、マネージャーである緒川の手腕もあって、普通のアーティスト、芸能人と比べればマシな部類であるが、それでも新人いびりなどの恒例行事はどの世界でもあること。今日も先輩に敬意と共に歌で打ち勝ってきた。

 虐めをするような者に負けるほど脆い精神はしていないし、その程度で彼女の羽ばたきが止められるはずもない。

 だが、どれだけ強靭な精神力を持つ者であっても彼女も人間。人の悪意に触れた日など無意識であるが確かに疲労してしまうものだ。

 これまではそこら辺を緒川がフォローしてきたが、今の彼はそんなことはせずに己の職務に励むことに集中している。

 

「…御馳走様でした」

「ごちそうさん。じゃ、食器片すからちょっと待ってろ」

 

 彼女が手を合わせるのに少し遅れて彼が手を合わせ、二人分の食器を器用にもって運んでいく。

 その気遣いが嬉しい。彼女は微笑みを浮かべながらふと周りを見る。

 広々としたリビング。所々にあるカラーボックスは彼が収納のために買ってきたもので、仕事用のものとしっかりと分けられた衣服などが収納されている。

 テレビの横を見ると、そこには赤色、蒼色の決闘盤と、カードの収納スペース。

 家に遊びに来る奏や遊吾と決闘をするための道具がそこにはある。

 ほかにも、今カチャカチャと音を立てるシンクには見慣れない道具が一杯ある。

 どれもこれも彼が我が家に持ち込んできたものだ。

 最近知ったのだが、彼は何をするにも形から入るらしい。

 増えてきた自分のものとは違う荷物。それがどうにもくすぐったい。表情を柔らかくする翼の耳に、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 

「っと、食後のデザートってやつだ」

「…これも自作か?」

「ああ。あっちで売ってる、レッド・デーモンズ・ケーキを模してみた」

 

 いつものようなキリッとした表情に変わった翼。それを見て少し苦笑ぎみに彼はお盆のデザートを机においた。

 半円形のケーキ。パッと見はただのチョコレートケーキだが――一体どこがレッド・デーモンズなのか。首をかしげながらも彼女がフォークをケーキに挿し込み、気づいた。

 

「これは…」

「苺のフルーツソースだ。生地にも苺を使ってな」

 

 なるほど、黒の中に紛れる赤。彼の父、ジャック・アトラスのエースモンスターであり、彼の切り札であるレッド・デーモンズに良く似ている。

 早速一口。

 まず感じるのはチョコレートの苦味。だがそれがフルーツソースの酸味を際立たせる。酸味の後には苺の甘味。これが素人仕事とは思えない、立派なケーキに驚きを隠せない翼。

 

「どうだ?」

「美味しい」

「そいつは良かった」

 

 子供のように笑う彼に、翼は思う。

 

「嫁に出せるな」

「は?」

「――あ、た、他意は無いぞ!? その、私と違って炊事洗濯、掃除もできる。それに対して私ときたら…」

 

 最近は少なくなってきたとは言え、今でも初めて会う人を威圧してしまうことがあるし、家事は未だに壊滅的。歌姫として歌うことと、戦場にて剣を振るうことしか出来ない。

 一般的な女性像、そして彼女のもつ少々古風な女性像と照らし合わせても風鳴翼は特異的な女性であり、女性らしさで言えばこうして自分の事を甲斐甲斐しく世話してくれる遊吾や緒川のほうがよっぽどらしい。

 表情を暗くする翼。そんな彼女を見て遊吾が笑う。

 

「馬鹿だな。てか、そんな下らねぇこと気にしてんのか」

「く、下らないとはなんだ!?」

 

 こっちは真剣なのだぞ! と怒る翼の頭をソッと撫でながら彼が言う。

 

「そうだろ? だって、風鳴翼はそんなどうでも良い定規で測る女じゃない」

「どういう、ことだ?」

「風鳴翼は響たちの先輩で、大切な仲間。皆を守る防人で、歌で皆を笑顔にしてくれる俺たち自慢の歌姫だ」

 

 それに、と彼がニヤリと笑う。

 

「俺が此処に来る口実になるし、多少隙があるほうが可愛げあるしな」

「なっ!? …くっ、このたらしめ」

 

 頬が熱く、口元が緩んでしまいそうになるのを止められない。慌てて顔を伏せて憎まれ口をたたく。

 どのような逆境でも不敵に笑い覆し、どんな相手の悩みも笑い飛ばし、常にフラットに全力投球してくるのは、彼の美点の一つであるが、それをされる身としてはたったものではない。

 緩急の無い豪速球。それは勿論嫌いな人も多いが、自分達のような何かと面倒な立場の人間には必要以上に響く。

 

「そ、そうだアトラス!!」

「ん? どうしたい」

「その、つ、次のオフにどこかへ行かないか!!」

「あー、別に構わねえけど…大丈夫か?」

「む、何がだ?」

「そりゃ、ファンとかメディアとか。最近パパラッチとか多いんだろ?」

「ああ…」

 

 週刊誌の記者が押し入ってくることも時々ある。Queens・of・MUSIC以来ファンの層などが厚くなったことによる弊害だ。

 良いファンも居れば悪いファンもいるし、良いマスメディアがあれば悪いマスメディアもある。最近悪い方に目をつけられている翼が、彼と共に街を歩くのは少しまずいかもしれない。

 彼の懸念にうう、と唸る。確かに彼の言う通りであるが、いつも迷惑をかけている分恩返しをしたい。そんな彼女の表情を見て真剣に何かを考えていた彼は、ニヤリと笑うと彼女に提案した。

 

「…よし、ならパパラッチの居ない場所に行けば良いな!」

「ま、まあ確かに。だが、そんな場所があるのか?」

 

 まあ、任せときな! と自信満々に言う遊吾。

 そうやって自信満々なのは良いが、と彼の自信に少しだけ不安を覚える翼であった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

「よし、着いたぞ」

「……凄い」

 

 彼の言う、自分を追いかける厄介な人物がいない場所。

 

「ここが俺の故郷、ネオ・シティだ!!」

 

 Dホイールの次元航行システムを活用した休日のデート。遊吾が何かやらかすことを考えて、下をジーンズにしておいてよかった。超光速から次元の壁を超えてやって来た異世界、彼の住んでいたネオ・シティ。その中央バイパスから見える、太陽の日に当たって光り輝く摩天楼を見て感嘆の声を漏らす翼。

 道を走る色とりどりの車たち。その間を様々な形のDホイールが駆け抜ける。ビルの壁に投影された映像には、決闘王者ジャック・アトラスのCMが流れており、バイパスから見える町並みの中で、老若男女皆楽しそうにモンスターを召喚して楽しく決闘をしていた。

 

「皆、生き生きしているな」

「まあな。ネオ・シティは決闘の中心とも呼ばれるほど決闘が盛んな地域だし」

 

 不動遊星、ジャック・アトラス。二人の決闘王者を生み出したネオ・シティ。

 そういった背景があるからか、ネオ・シティでは他の街と比べても決闘が尚盛んな地域である。そのため、決闘に関する施設も沢山あり、特にこの街の疾走決闘は各地から観光客が訪れるほど独特なものであった。

 

「さて、どうする? ここからだと中心街が一番近いけど」

「そう…なら、アトラスお薦めの場所が良いな」

「……中々難しいことを」

 

 おすすめか…と彼が考え始めた時、突然Dホイールの液晶画面が光だす。

 何事だ!? 驚く翼が身を乗り出して確認する。そこには、決闘申請の文字。と、彼らの隣に一台のDホイールが現れる。

 

「よお、あんた遊吾・アトラスだろ?」

「ああ、そうだが。…これはあんたか?」

 

 隣につけてきた派手なDホイールの男は、遊吾の言葉に頷くと、何やら身上話のようなものを語り始める。

 要約すると、噂の王以外に無敗の決闘王子の実力が試したいから決闘しやがれということらしい。

 遊吾は考える。

 ここで決闘を受けるのは簡単だ。その上で叩きのめしてしまえば良い。こちらの戦法をよんでいるのならメタを張ってくることも予想するとして、だがまあ負けるつもりはない。

 だがしかし、今の自分は翼の貴重な休暇を使ってこの世界に戻ってきているわけで、俺の一存で彼女の貴重な時間を減らしたくはない。

 

「別に受けなくても良いぜ? そこの女に無様に負ける姿を見せたくないだろ?」

 

 翼の事を気にしていると、それを勘違いしたらしく何やらドヤ顔で煽りだすパツキン。

 これは少し、うん、少しムカつくなぁ。頬をひくつかせていると翼がパツキンを睨み付けながら言った。

 

「お前ごときに負けるはずがないだろう。自分の実力も分からないのか」

「つ、翼?」

「私に構うなアトラス」

 

 防人として、女として、大切な男を馬鹿にされたままでは気がすまんッ!

 

 強い光に背を押され、彼はDホイールのコンソールを操作。

 疾走決闘の許可申請が、ネオ・シティ管理局――通称セキュリティの決闘課に送られる。

 課の職員がその対戦相手の確認、対戦ルートを設定し、局長の元にそのデータを転送。局長がそれらのデータに不備が無いかを確認し、承認するまでの間、約三秒。

 セキュリティの許可により、道路が変形し、赤い光が道のど真ん中を貫く。

 

『デュエルが開始されます。デュエルが開始されます。危険ですので、ルート上の一般車両は直ちに案内に従って退避してください。繰り返します――』

「え?」

 

 放送の内容と、道を開ける車両。

 あまりにも常軌を逸脱した光景に開いた口が塞がらない様子の翼に、遊吾がカラカラと笑いながら言う。

 

「どうだ! 凄いだろ!!」

「凄いとかそういう類いではないだろう!? 一般人への迷惑は考えないのかッ!?」

 

 彼女の言葉に遊吾が笑うと、何やらコンソールを再び操作し始める。

 今度はなんだ? 首をかしげる翼の耳にローター音。空を見上げれば、そこには報道ヘリと思われるヘリコプターがこちらを追跡するように飛んでいた。

 

『ニュースを中断し、疾走決闘の模様をお伝えします――』

『さあ、今日もイカれた決闘者たちが疾走決闘をするようです!! 対戦カードは、但野ヒドウと、決闘王子、遊吾・アトラスだっ!! …おっと? どうやら遊吾選手の後ろには女性が座っているようだが、まさかデート中に申請したのかぁ!? 遊吾・アトラス! 彼女の方を大切にしなさい!!』

「……あー、まあ、こんな感じでみんな楽しんでるから」

「なるほど…」

 

 ちらりとみれば、町中の人たちもこちらを観戦しているようだ。どうやら、本当にこの街は決闘が全てに勝るものらしい。

 …あれ? もしかしてこれ、私のパパラッチは居ないけど――

 

「スピードワールド・ネクスト、セットオンッ!! デュエルターゲットリンクッ!!」

 

 彼女の脳裏にふとちらついた一抹の不安をよそに、空間にタイマーが表示される。

 

「先にコーナーをとったやつが先攻だ」

「へっ、吠え面かかせてやるぜ」

 

 …3…2…1…

 

『ライディングデュエル・アクセラレーションッ!!』

 

 ここに、翼初のタンデムによる疾走決闘の火蓋が切って落とされたのであった。

 

 

 

「――まったく、冷や冷やしたぞ」

「あれはほら、観客を沸かせるための演出だから」

 

 それから数分後、ネオ・シティの噴水広場にあるカフェテリアのテラスには二人の姿があった。

 あの派手な金髪男との疾走決闘、結果は遊吾の勝ちであったがその内容は翼の言う通り冷や冷やするようなものであった。

 

 金髪男のあの自信満々な態度は、正に勝てると踏んでいたからこその自信であった。

 遊吾の得意とするバトルを封じる、シンクロをさせないためのチューナーやモンスターの召喚を封じるなど、彼を研究して作られたであろうメタデッキ。それが金髪の自信の正体。

 彼の自信の通り、遊吾は序盤中盤と終始押されっぱなしだった。

 だが、決闘である以上絶対のメタは存在しておらず、それを突破する手段は存在している。

 今回の場合、相手がメタカードを消費するタイプだったこともあって、一瞬の隙をついて彼が怒濤のシンクロ召喚を行い、ワンショットによるゲームエンドを果たした。

 

「で、本当のところは?」

「あー、俺のデッキって基本相手が動いてから動くデッキなんだよ。だからまあ、今日みたいなことは良くある」

 

 曰く、彼のデッキは相手がモンスターを召喚し終えてからエンジンがかかるデッキのようで、後に動いてこそ真価を発揮するらしい。

 これは、ジャック・アトラスの持つ高いステータスを持ったモンスターを倒す為の策であり、その為どうしても相手に先に動いてもらう必要があるという。

 

「しかしあの男、あのようなデッキで勝利して楽しいのか?」

 

 彼女は金髪の男の決闘を思い出す。

 彼は、大量のメタカードを使用することで相手の動きを封殺し、そして勝つという決闘を行っていた。なまじ遊吾たち、真正面から真っ向勝負を行う決闘者に囲まれているせいで、あのような卑怯とも言える戦術はあまり好めなかった。

 だが、そんな彼女とは裏腹に彼は楽しそうに語る。

 

「まあ、ああいうデッキは嫌われやすいけど俺は好きだぞ?」

「嬉しい? あんなに妨害されてか?」

 

 彼女の言葉に、ああ! と笑う。

 あの金髪の男のデッキは、自分専用に組まれたメタデッキだ。そして、それを操るあの男の言動はすべて遊吾の仕草に常に反応していたし、彼が公式戦で数回しか見せていない動きにも対応してみせた。

 

「あいつ、言ってたろ? あんたのことは研究し尽くしてるんだ、ってさ。あれは嘘じゃなくて、本当に俺の事を研究し尽くして決闘を挑んできたんだと思う」

「…そうか。それほどまでにあの男はアトラスのファンであったということか」

「そういうこった。誰でもメタデッキは作ることができる。けど、それを対戦相手に合わせて自在に操るなんて並大抵じゃない」

 

 凄い決闘者だった、と満足そうに笑う遊吾の表情に、確かに彼は卑怯な手段をとっていたがその本質は彼と同じような決闘者なのかもしれない、と考えを改める。

 本当にこの男は凄い。同時に翼はそう思った。

 メタ。いくら彼のような考えができたとしても、それを実際に行われてこうして笑い、認めることはできるだろうか? 多分自分はできないだろう。彼なら自分が敗北した時だってきっと笑うに違いない。物凄い悔しがって、そしてまた立ち上がるのだ。敗北すらも力に変えて。

 言い得ぬ感情と共に微笑む。

 

「…ど、どうした?」

「ん? ああいや。アトラスは凄いな」

「何がだよ?」

「まあ、気にするな」

 

 いや、気にするだろ。突然とても柔らかい雰囲気になった翼に思わずドギマギしてしまう遊吾。

 風鳴翼は、現在の装者で年長組の一人だ。その為か普段から己を厳しく律しており、また同僚であり後輩である響たちの前では立派な格好良い先輩として頑張っている。と、いうか頑張りすぎて威圧されるところも多々あるのでその姿勢は参考にすると共に少し考えものでもあるのだが。

 そんな彼女は、遊吾の前でもその態度は変わらない。年下の男としての彼をしっかりと見つめ、人生の先輩として頑張っている節もある。

 そのためか、彼女が女の子のような柔らかな表情をすることは滅多になく、それを見るのは奏やマリア、そして弦十郎たち大人や彼女よりも歳上の女性ばかり。

 彼女の家に通うようになった今でも、彼女のこういった女性らしい表情は見ることが少なくもしかして自分は信頼されていないのか? などと思うことも密かにあったりするのだが、いざこういう表情をされるとなんと反応して良いのか判断に困る。

 

「あー、おー、うー、その、だな」

「うん?」

「い、いえ、何でもないです」

 

 コクン、と子首をかしげる翼。

 普段なら決してありえない可愛らしい仕草に慌てて目をそらす遊吾。突然の状況にどうにもついていけない自分がいる。と言うか普段キリッとした女性な分、こうして響のような無防備な、こちらを信頼して全てを預けきっているような、余計なものが一切感じられない優しい笑みなど浮かべられると普段の彼女とのギャップが激しくて可愛いやら嬉しいやらでどうにも気持ちが落ち着かない。

 落ち着け、遊吾・アトラス。気持ちを落ち着けるんだ。今の俺はDホイールにのって風と一体となる。いや、風すらも越えて、今こそアクセルシンクロのその先にッ!!

 

「あづぁ!?」

「アトラス!? 大丈夫か?」

 

 心を落ち着けるために一気飲みした粗びきオピオン(税込み二千五百五十円)はまだ熱さを保ったままであり、熱さに思わず声をあげてしまう遊吾。

 少し涙目になっているところ、彼の目の前に翼の顔が。心配そうに揺れる瞳と、改めてわかる彼女の剣のような美しさ。

 

「だ、大丈夫。ちょっとヒリヒリするだけだ。あー、ミスった」

「…そうだ。アトラス、これを」

 

 口で息をする遊吾。少し火傷したかもしれない。と言うか何でこの店の珈琲はこんなに熱いんだよ…。と内心文句をつけていると、翼が彼に何かを差し出してきた。

 それは、大きめのスプーンにのせられたアイス。

 彼女が食べていたグングニールアイスだ。グングニールアイスは蒼色と赤のソースのコントラストの美しいアイスであり、値段はそこそこするがそれだけの味があるため季節関係なく販売されている商品のひとつだ。

 彼女の気遣いに感謝しつつ、悪いと口にしてスプーンにかぶり付く。

 口のなかで広がるアイスの甘味と、それを引き立てる酸味。火傷に響くせいで少し曖昧だが、確かにこれは年中売られているのも納得かもしれないな。などと考えていると、翼が、あっ、と声をあげた。

 

「どうした?」

「い、いや、何でもない! 何でもないぞアトラス!!」

 

 いや、そんな顔を真っ赤にしといて何でもないはないだろう。

 首を痛めるのではないかと言うほどブンブンと首を振る翼を訝しげに見つめる。

 おかしなところは特にない。翼らしい、少し男らしさも感じる格好良い女性の印象を与える服装に、シンフォギアと違う可愛らしいペンダントなどのアクセサリー。格好よさと可愛らしさの両立とはこのことを言うのかもしれない。

 服装に関しては特に問題なし。ここの店の支払いは迷惑かけた分俺持ちっていっているし、ならばあっちの世界のことか? そこまで考えたところでふと彼の視界にとある物体が入る。

 それは、彼が先程使用したスプーン。溶けたアイスと彼の唾液が太陽の光を反射するそれ。

 …スプーン? 彼の決闘以外では基本働かない脳が一気に活動を開始する。

 テーブルにスプーンはない。軽食もかねて入ったカフェテリアだから、先に食べ終えたサンドウィッチ皿はあるが、そこにスプーンがついているはずはない。珈琲に使ったマドラーはそのままだし、というかマドラーがあんなサイズなはずもない。

 現在このテーブルでスプーンを使用している人物はただ一人。そして、一人にたいしてスプーンを二つも出すはずはなく――

 

「お、俺が食おうか!?」

「ここで察するか!? いや、いい!! アトラスが気にすることではないし、これは私のものな訳であってだな」

「いや俺が気にするから。せめてスプーンは変えよう。そうしよう。な?」

「一々こんなことで店に迷惑をかけられないだろう。というか私は別に構わないと言っているだろう」

「いや、だから俺が気にするわけであって」

「嫌か?」

「…へ?」

「アトラスは、私とこういうことするの、嫌か?」

「…いや」

「…ふふ、なら構わないだろう?」

 

 いや、そんな棄てられた犬みたいな表情されたらだれでもこうなる。

 と、いうか良く考えたら、その、そういうことを気にしない、とかこういうことは嫌か、とかってどういう意味だ。いや、何となく内容はわかるが、少し深読みしそうになってしまう。

 

 翼の言動に顔を赤くしつつ悶々と頭を抱える遊吾と、そんな彼を見つつ、顔をリンゴのように赤くしてアイスをチマチマとつつく翼。

 それから暫く無言の、なんとも言えないむずかゆい空気が周りを巻き込み展開されていたのだが、これ以上考えても時間の無駄だ、と気持ちを切り替えた遊吾が顔をあげて、

 

「なあ翼――翼?」

「……うことで。だから――ハッ!? ど、どうした遊吾!?」

「いや、これからの予定を……って、遊吾?」

 

 今までアトラスとしか呼ばれなかったのに、唐突に遊吾と呼ばれて眉をよせる。それを見て大慌てで、どうしたんだ、アトラス、と言い直す翼。

 本当にどうしたんだろうか? 彼女の行動に内心首をかしげつつ彼は提案する。

 

「これからなんだけど、家に来ないか?」

「…………え?」




ひびみくが互いにドロドロしてたのに、うってかわって翼さんのこのラブコメ展開である。
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