四月も下旬、遅咲きに桜の花びらがちょうど全部なくなった頃。私は今日も千冬姉の授業を聞いていた。
今日の授業はISの操縦についての授業だ。
「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。一夏、オルコット。試しに飛んで見せろ」
千冬姉は私たちにISを展開するよう言う。私は右腕についているガントレットを左手で掴む。色々試してみた結果、このポーズのほうが一番集中できることがわかった。このほうがISが展開されるイメージができるからだ。
(来い、白式)
そう心の中でつぶやく。刹那、右手首から全身に薄い膜が広がっていくのがわかる。約0・7秒の展開時間。私の身体から光が開放されるように溢れて、そして再集結するようにまとまり、IS本体として形成される。
ふわりと体が軽くなる。各種センサーが意識に接続され、世界の解像度が上がる。一度瞬きすると、私の体はIS『白式』を装備した状態で地面から十数センチ浮遊している。同じく、セシリアもIS『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。私との対戦で損傷したビットは、もう完全に修復が終わっていた。
「よし、飛んでみろ」
言われて、セシリアの行動は早かった。急上昇し、遥か頭上で静止する。私も遅れて後に続くが、その上昇速度はセシリアよりかなり遅いものだった。
「一夏、お前のほうがスペック上の出力では白式の方が上なんだぞ」
通信回線から千冬姉の声が聞こえてくる。そうは言ってもなかなか上手くできない。ISの操縦はイメージによって行うのだが感覚がなんとなくしかわからない。
「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索するほうが建設的でしてよ」
「そうは言われても・・・・・・。大体、空を飛んだことがないからよくわからなくって。そういえば何で浮いているんだろう、これ」
白式には翼状の突起が背中に二対あるが、どう考えても飛行機と同じ理屈で飛んでいない。大体、翼の向きと関係なく好きに飛べるのだから、ますます訳がわからない。
「説明しても構いませんが、長いですわよ?反重力翼と流動波干渉の話になりますの」
「あ~長くなるならまた今度でいいよ」
多分、今話されても理解できない気がする。いや、絶対。
「そう、残念ですわ。ふふっ」
楽しそうに微笑むセシリア。その表情は嫌味でも皮肉でもなく、本当に単純に楽しいという笑顔だった。
あの試合以降、何かと理由を付けては私のコーチを買って出る。それは非常にありがたいし、セシリアはさすがに代表候補生だけあって優秀だった。
しかし、一体どういう心境の変化なのだろう。初めて会ったあの態度が今では嘘のように思えてくる。
「一夏さん、よろしければまた放課後に指導差し上げますわ。その時はふたりきりで――――」
「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りてこい!」
いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。見ると、遠くの地上では山田先生がインカムを箒に奪われておたおたしていた。この望遠鏡並みの視力も、ISのハイパーセンサーによる補正だ。そのせいか今箒の後ろに立っている千冬姉の姿が見える。そして、箒の頭におもいっきり拳骨を落としていた。ヤバイ、あれは誰が見ても痛そうだ。実際、箒が地面のところで悶えているし。
「ちなみに、これでも機能制限がかかっているんでしてよ。もともとISは宇宙空間での稼動を想定したもの。何万キロとはなれた星の光で自分の位置を把握するためですから、この程度の距離は見えて当たり前ですわ」
なるほど。さすがは代表候補生だな。箒の説明なんて。
『ぐっ、とする感じだ』
『どんっ、という感じだ』
『ずかーん、という具合だ』
という具合だ。確かにあの時教えてくれるといってもらったがかなりわかりにくい。まあ、箒は感覚で覚えるタイプだろうから無理もないが。
最近気になっているのがセシリアの態度が柔らかくなった分、箒は私に対して冷たい気がする。何でだろう?
「一夏、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチな」
「了解です。では一夏さん、お先に」
言ってすぐさまセシリアは地表に向かう。ぐんぐんと小さくなっていく姿を、私はちょっと感心しながら眺めた。
「すごいものだな」
そしてどうやら完全停止も難なくクリアーしたらしい。―――よし、私も。
意識を集中させ背中の翼状の突起からエネルギーを噴出させ地表に向かっていく。
「一夏、大丈夫か?」
「・・・・・・大丈夫だよ、姉さん。多分」
そう私は地表に向かうまでは良かったのだが停止するイメージが湧いていなかったのでそのまま地面に突っ込んでしまった。シールドバリアーのおかげで怪我はせずにすんだのは不幸中の幸いなのかな。
「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」
腕を組み、目じりを吊り上げている箒が待っていた。昨日教えたって・・・・・・あの擬音のことを言っているのだろうか。
「そんなこと言われてもあの説明じゃ」
「なんだと?私の教え方が悪いというのか」
そのとおりです、なんていった日には口を聞いてもらえないから言わないが。
「大体だな一夏、お前が私の話を理解すれば――――」
箒の小言が始まったかと思えば、それを遮るように私の前に影が現れる。
「大丈夫ですか、一夏さん?お怪我はなくて?」
「ああ、大丈夫だ」
「そう。それは何よりですわ」
うふふと、また楽しそうに微笑むセシリア。一体何が彼女を変えたのだろうか。
「・・・・・・ISを装備していて怪我などするわけがなかろう・・・・・・」
「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識ですわ」
「ほう、お前が言うか。この猫かぶりめ」
「鬼の皮をかぶったあなたほどではなくってよ」
バチバチッ。二人の視線がぶつかって火花が出ているように見える。そんなに険悪になんなくても・・・・・・。
「うるさい、じゃまだ、どけ」
箒とセシリアのお尻を蹴り上げ私のところに来る。
「一夏、今度は武装の展開をしてみろ。できるな?」
「もちろん」
「それでこそ私の弟だ」
おぉー、今回はちゃんと言えたんだな千冬姉。
「当たり前だ。私を誰だと思っている」
「私の大好きな姉さん」
「い、一夏!」
千冬姉は授業中にも関わらずまた抱きついてくる。
「わ、わかったから今は、ね?」
「むぅ~、仕方ない。ではやってみろ」
言われて、横を向き正面に誰もいないことを確認してから雪片を呼ぶ。
(雪片・・・・・・!)
手の中にイメージした雪片が握られていた。
このイメージは何となく掴めていたからできた。
「まあ、最初は仕方がないが今度から0・5秒を目標に頑張れ」
け、結構早いな。そんなに早くできるものなのかな。
「セシリア、次ぎやって見せろ」
「はい」
左手を肩の高さまで上げ、真横に突き出す。私のように光の奔流を方出することなく、一瞬爆発的に光るだけだった。そして、その手元に《スターライトmkⅢ》が展開されていた。
「さすがだな、代表候補生だな。だが、そのポーズはやめろ。今はいいが横に向かって銃身を展開するのはやめろ。誰かに当てるつもりなのかお前は。直しとけよ」
「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるのに必要な―――――」
「な お せ い い な」
「・・・・・・はい」
反論の余地をさせず千冬姉が一睨みをして黙らせる。なんか私と違ってずいぶんと態度が違うような。
「セシリア、次は近接武器の展開をしてみろ」
「え、は、はい」
手にあった《スターライトmkⅢ》を収納し、近接武器を展開しようとする。
しかし、一向に武器が現れない。
「お前はいつまで時間をかける気だ」
「くっ!い、《インターセプター》!」
セシリアはイメージから生み出さず初心者用のコマンドをいい手元に展開する。
「実践の時でもお前はそうするのか?」
「じ、実践ではそのような事態を起こさなければいいのですわ!」
「一夏に懐を入られて負けたのはどこの誰か答えてみろ」
「あ、あぅぅ・・・・・・」
何も言い返せないのかどもってしまうセシリアである。
「今度からできるように練習しておけ。では、時間がきたから今日の授業はここまで」
そうして今日もこんな感じで時間が過ぎていく。
「ふぅん、ここがそうなんだ・・・・・・」
夜、IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。まだ暖かな四月の夜風になびく風は、左右それぞれを高い位置で結んである。方にかかるかかからないかくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をしていた。
「えーと、受付ってどこにあるんだっけ」
上着のポケットから一切れの紙を取り出す。くしゃくしゃになったそれは、少女の大雑把な性格と活発さを非常によく表していた。
「本校舎一階総合事務所受付・・・・・・って、だからそれがどこにあんのよ」
文句を言っても、紙は返事をしない。少女は多少イライラと一緒に紙を上着のポケットにねじ込む。また中でぐしゃっと言う音が聞こえたが、もちろん気にしていない。
「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」
ぶつくさ言いながらも、その足はとにかく動いている。思考よりも行動。そういう少女なのだ。良く言えば『実践主義』、悪く言えば『よく考えていない』である。
少女は、日本人に似ているがよく見ると違う。その鋭角的でありながらもどこか艶やかさを感じさせる瞳は、中国人のそれだった。とはいえ、この少女にとっては日本は故郷であり、思い出の地であり、因縁の地でもある。
(誰かいないかな。生徒とか、先生とか、案内できそうな人は)
学園内の敷地をわからないなりに歩きながら、きょろきょろと人影を探す。とはいえ時刻は八時過ぎ、どの校舎も明かりが落ちているし、当然生徒は寮にいる時間だった。
そんな中IS訓練施設のほうから二人の生徒の声が聞こえてくる。
「何故私の言っていることが理解できんのだ」
「そんなこと言っても・・・・・・」
少女は視線をやると、片方は知らない女子だったがもう片方は見知った顔だった。そう、中学校二年生まで一緒に過ごした人だった。
声をかけようと近くまで近づくが。
「一夏、いつになったらイメージが掴めるようになるのだ。先週から何度も同じことを繰り返しているではないか」
「そうは言っても箒の説明だと抽象的過ぎるんだよ。『びゅーんって感じ』と言われても・・・・・・。もう少しわかりやすく説明してよ」
「・・・・・・・・・びゅびゅびゅ~んって感じだ」
「いや、余計にわからないんだけど・・・・・・」
そんな話をしながら寮のほうへ歩って行く二人。
――――誰?誰なのあの子?何でそんなに親しそうなの?私がいない間に友達ができたことは素直に喜ぶけど、何で名前で呼び合うほど仲がいいの?少女は嬉しさの反面、不安と焦り、そして苛立ちを感じていた。
それからすぐ、総合事務受付は見つかった。アリーナの後ろにあるのだが、本校舎だったからだ。灯りがついていたので、それだとわかった。
「ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園にようこそ鳳鈴音(ファン・リンイン)さん」
愛想のいい事務員の言葉もどこか遠くにあって意識に届かない。少女――――鈴音は、見るからに不機嫌ですとばかりに唇を尖らせながら聞いた。
「織斑一夏って、何組ですか?」
「ああ、噂の子?確か一組よ。鳳さんは二組だからお隣さんですね。そうそう、あの子一組のクラス代表になったんですって。やっぱり織斑先生弟さんだけはあるわね。しかも、織斑先生とよく似てかっこいいし」
そんなことを言っている事務員を冷ややかに見ながら、鈴音は質問を続ける。
「二組のクラス代表って、もう決まっていますか?」
「決まっているわね」
「名前はなんですか?」
「えっと・・・・・・聞いてどうするの?」
鈴音の態度に少しおかしなところを感じたのか、事務員は少し戸惑ったように聞き返す。
「お願いしようかと思いまして、代表を代わってって」
鈴音は満面の笑みを浮かべながら答えるのであった。
そして一夏たちは鈴音が来たことによってよりもしないことが起ころうとしていたことは知らない。