「全員揃ってますねー。それじゃあSHRはじめますよー」
黒板の前でにっこりと微笑む女性副担任真耶先生(さっき自己紹介していた)。
身長はやや低めで、生徒のそれとほとんど変わらない。しかも服はサイズが合っていないのかだぼってしていて、ますます本人が小さく見える。
また、かけている黒緑眼鏡もやや大きめなのか、若干ずれている。
なんというか、『子供が無理して大人の服を着ました』的な不自然さ……というより背伸び感がするんだが、そう思うのは私だけなんだろうか?
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「………………」
けれど教室の中は変な緊張感に包まれていて、誰からも反応がない。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いしますね。織斑君」
ちょっとうろたえている副担任がかわいそうなので、せめて私ぐらいは反応しておこうと思う。
「はい」
そして私は席を立ちみんなのほうへ向く。
「………………」
今日はIS学園の入学式。新しい世界の幕開け、その初日。それ自体はいい。むしろ喜ぶべきところだ。だがしかし、問題はとにかくクラスに男は私一人ということになっていることだ。
(これは……想像以上にきつい……)
自意識過剰ではなく、本当にクラスメイトほぼ全員からの視線を感じる。
確かに私は男として過ごしそれ相応に振るってきたがさすがにクラス全員女はきつい。体は女だが心は一応男のままである。大体、席も悪い。何で真ん中&最前列なんだ。めちゃくちゃ目立つ上に否が応でも注目を浴びるではないか。
私はちらりと窓側のほうに目をやる。
「………………」
何かしらの救いを求めての視線を送ったが、幼馴染の篠ノ之箒は驚いた顔をしていた。まるで信じられないような顔をしてこちらを見ている。
「―――くん。織斑一夏君っ」
「あ、すみません」
どうやらさっきから呼んでいたのに気づかなかったようだ。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって『お』の織斑君なんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」
気がつくと副担任の山田先生がぺこぺこと頭を下げていた。
「いや、あの、そんなに謝らなくっても……ちゃんと自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか?」
「ええ、大丈夫ですから」
そう言ってしっかりと立って、再度後ろを振り向く。
(うっ……)
今まで背中に感じていただけの視線が一気に私に向けられているのを自覚する。そして覚悟を決め自己紹介を始める。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
儀礼的に頭を下げて、上げる。そしたら周りの空気から『もっと喋ってよ』だの『これで終わりじゃないよね』的な視線と空気が漂う。だらだらと背中に流れる汗を感じる。どうしたらいい、何を言えばいいのかわからない。
あの事件以来、人前で何かしたりするのが極端に苦手になってしまいうまくできない。そんな時後ろから私が一番知っている人物が現れた。
「おまえはそれしかないのか一夏」
「千冬姉……」
「何だその目は。大丈夫だ、前の学校のようなことはないのだから」
私の前に現れたのはさっき一緒に家から出てきた織斑千冬であった。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
先生たちのやり取りの後、千冬姉はみんなのほうを向いた。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。できないものにはできるまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
そんな暴力宣言した人が私の姉・織斑千冬という人物だ。
「キャ―――!千冬様、本物千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!」
さまざまな女子が千冬姉に対して黄色い声援が響く。
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉さまのためなら死ねます!」
「織斑君と千冬様の顔がそっくり!?」
きゃいきゃい騒ぐ女子たちを、千冬姉はかなりうっとしいそうな顔で見る。
「……毎年、よくもこれだけばか者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」
そう言うと本当に鬱陶しそうなポーズをする。
「きゃああああああっ! お姉さま! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そして付け上がらないように躾をして~!」
そんな女子たちの声は続くのである。
「……自己紹介できそうか?一夏」
「……無理かも。それより学校では名前で呼ばないほうがいいんじゃないのかな千冬姉」
そんなやりとりをしていたら教室がざわめきを起こす。
「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」
「それじゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して……」
「ああっ、いいなぁっ。代わってほしいなぁっ」
そんな騒ぐ女子たちとは違い、ふと、まだ冷めやらぬ教室内から、低温の視線を感じる。
「………………」
見ると、さっきこちらのほうへ視線を向けていた箒がこっちをそれとなく見ていた。
(箒……?)
箒に後で聞きに行こうと思った一夏であった。そしたら、チャイムが鳴った。
「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくもなくても返事をしろ、私の言葉には返事しろ」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
教室から元気な返事が返ってくる。
「それと一夏、何かあったら私に言いに来い。待っているから」
「わかったけど……一応生徒と教師の立場なんだから公私は分けなくていいの?」
「それもそうだな。じゃあ、二人っきりの時でいいか?」
「それならかまわないけど……」
そんな会話をし、千冬姉が教室を出て行った。その後すぐに一時間目が始まった。
「ふう……」
これはちょっとなぁ。きついにもほどがある。
「………………」
一時間目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。けれど、この教室内の異様な雰囲気はなんともいいがたかった。
ちなみに、IS学園ではコマ限界までIS関連教育をするため入学式当日から普通に授業がある。学校案内はなく地図を見て覚えろということらしい。
(しかし、どうにかならないのかこれは……)
私以外が全員女子(ここでは私は男として通っているため)。それはクラスだけではなく、学園全体がそうなのだ。
ちなみに『世界で唯一ISを使える男』というのは世界的にもニュースになったらしく、当然学園関係者から在校生までみんな私のことを知っている。
というわけで現在、廊下にはほかのクラスの女子、二、三年生の先輩らが詰めかけている。しかし女子だけの空間に馴染んでしまっているのか、なかなか私に話しかけるということはしない。それはクラスの女子も同じで、『あなたが話しかけなさいよ』という空気と『ちょっとまさか抜け駆けする気じゃないでしょうね』的な緊張感が満ちている。
ちなみにIS学園は世界でここ一ヶ所だけしかないのだが、ここに入学するための事前学習としてIS学習を授業に組み込まれている学校は多い。そしてその学校は百パーセント女子高。つまり、この学園の女子はほとんどが男子に免疫がないわけで、体は女だが心は男のままなので今非常に辛い立場にある。
たしか、旧友の五反田弾は『それは男の夢だぜ!』と言っていたのをふと思い出す。そして、かなり心配された。中学校時代に起きた事件があったことで不安そうな顔をしていたのを思い出す。そんなことを思い出していたら私の机の前に誰かが立っていた。
「……ちょっといいか?」
「え?」
突然話しかけられた。女子同士の牽制に競り勝ったのだろうか? ……いや、今教室内外に広がっているざわめきを考えると、どうも一人思い切って行動に出たようだ。
「……箒?」
「………………」
目の前にいたのは、六年ぶりの再会になる幼馴染だった。
篠ノ之箒。私が通っていた剣道場の子。髪形は今も昔も変わらずポニーテール。肩下まである黒い髪を結ったリボンが白色なのは、やっぱり神主の娘だからだろうか(篠ノ之道場は神社兼任)。身長は女の子のそれだが、長年剣道で培った体はどこか長身を思わせる。少し不機嫌そうに見える目は生まれつきと本人曰く。
どこかしらに本当を思わせる印象、それが私の思っていた箒だったんだが、それは空白の六年で鋭さが増した気がする。
「屋上でいいか?」
教室では話しにくいことなんだろうか。まあ、私も今の状況から抜け出せるなら何でもいい。久しぶりに会ったので色々と話もしたいと思っていたところだ。
「早くしろ」
「あ、あぁ……」
そして私たちは屋上へと向かった。
屋上に向かうまでが大変だった。歩く道はモーゼの海渡りのようになっていた。そこから聞こえる女子の声がちらほら何か言っていた。
「あれが織斑一夏君?」
「うそ、男に見えない!?」
「千冬様にそっくり……」
「隣にいる人は誰なの?」
「何で篠ノ之さんといっしょにいるの?」
「うらやましいな~」
確かに私と箒の関係を知りたいのも仕方ないだろう。唯一の男子生徒と仲がよければ気になるのは必然ということだ。……まあ後で何か訊かれるのは覚悟したほうがいいのだろう。
「……本当に一夏なのか?」
「ん? そうだけどなんで?」
「お前がそんな顔と髪をしていたら思うのは当然だろ!!」
「……ああ、千冬姉にそっくりだから?」
「そうだ。なんだその華奢な体つき、その長い髪は本当に男なのか?」
「――ッ! ……ああ、まあ、な」
少し動揺してしまった。だが、なるべく顔には出さないように努めた。
「……? 歯切れが悪いな。もしかして気にしていたのか?」
「そりゃ女子から女の子みたいにな身体なんだねって言われたら気にするだろ」
「全く……何故、こんなに軟弱者のような体つきになってしまったんだ」
「いや、これでも鍛えてはいるんだけど」
「鍛え方が足りん!私が鍛えなおしてやる!」
「え、本当か? じゃあ、頼むよ」
「う、うむ」
お願いすると箒は少し頬を赤く染めていた。
「そういえば」
「何だ?」
ふと思い出したことがあった。
「去年、剣道の大会で優勝したんだろ? おめでとう」
「………………」
箒は私の言葉を聞くなり、さらに顔を赤らめた。……もしかして照れてるのか?
「……箒?」
「な、なんだ!?」
「もしかして……照れていたりするのか?」
「――――ッ!」
べしっ!!
「痛っ!?」
「ふん、お前が変なことを言うからだ!」
今の発言はいけなかったらしい。
キーンコーンカーンコーン。
どうやら時間らしい。そろそろ戻らないと千冬姉が心配するからな。最近は心配するレベルが激しいから。
「箒、そろそろ戻ろうか」
「わ、わかっている」
ぷいっと私から顔をそらし、また来たときと同じように同じように歩き出す箒。どうやらこの幼馴染は私を待つ気はないらしい。そういえば箒は昔からこんな感じだった。
初志貫徹、日進月歩、日々鍛錬、頑固一徹。篠ノ之箒といえば、そういう言葉が男子より良く似合う女子。小学校の頃から変わっていない。
(本当に昔と変わっていないな)
そんな風に懐かしみながら教室へと戻るのであった。
修正完了!!
それとおまけのほうは消去させてもらいました。