「――であるからにして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」
すらすらと教科書を読んでいく山田先生。しかし私は全くついて行けなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
どっかりと詰まれた教科書五冊。その一番上のものをぱらりとめくるが、意味不明の単語羅列にしか見えない。
(わ、私だけなのか?みんなわかるのか?このアクティブなんちゃらとか広域うんたらとか、どういう意味なんだ?というかこれを全部覚えなくてはいけないのか?)
ちらっと隣の女子を見ると、山田先生の話に時々うなずいてはノートを取っている。
(ぐ・・・・・・。しかしこのIS学園に入るやつて事前学習しているっていうのは本当だったんだ・・・・・・・・・)
IS操縦者が国防に直結する昨今、いわばこの学園のエリートを育てるための機関だ。そして入学試験でもすごい倍率を勝ちあがってきた優等生である。
(エリートには興味がないが・・・・・・頑張って勉強するか)
そう決意した時、山田先生が心配そうに訊いてきた。
「織斑君、何かわからないところがありますか?」
「あ、えっと・・・・・・」
開いている教科書にもう一度視線を落とす。―――まずい、全部わからない。
「わからないところがあったら訊いてくださいね。何せ私は先生ですから」
えっへんとでも言いたそうに、胸を張る山田先生。・・・・・・あまり訊きたくは無いんだが。
「・・・・・・先生」
「はい、織斑君!」
やる気に満ちた返事。そしてその返事を返す。
「・・・・・・ほとんど全部わかりません」
「え・・・・・・?ほとんど全部です、か・・・・・・?」
山田先生の顔が困ったように顔を引きつる。
「え、えっと・・・・・・織斑君以外で、今の段階でわからない人はどれくらいいますか?」
挙手を施す山田先生。
シーン・・・・・・。
やばい、誰も手を挙げない。もしかして私だけなのか?
「・・・・・・織斑、入学前の参考書は読んだか?」
教室で控えていた千冬姉が訊いてくる。ありのままのこと言おう。
「あったのは憶えていますが・・・どこに行ったのかよくわからなくなりました」
はぁーとため息をついている千冬姉であった。
「・・・・・・最後に見たのはいつなんだ?」
「確か・・・・・・リビングの脇にポンッと置きっぱなしにしたような」
「・・・・・・・・・」
やけに汗をだらだら掻いている千冬姉の姿が見える。……千冬姉?
「・・・・・・・・・もしかして古臭いブックカバーをつけていたあの辞書のことか?」
「そうだけど・・・・・・まさか」
「・・・・・・すまん。私が粗大ごみの時に捨ててしまった・・・・・・」
シーン・・・・・・。さっきより重い沈黙が伝わってくる。
「・・・・・・すまないが一週間のうちに覚えろ。できるか?」
「やれって言われたらやるよ、もちろん」
「それでこそ私のいも、・・・・・・弟だ」
千冬姉あぶない!あぶない!下手したら私の人生がパーだよ!?
「まあ、それは置いといて。ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
また暴力的な台詞を言うな、うちの姉は。でも、正論だと思う。なにより千冬姉には恥を掻かせられないからな。
「え、えっと、織斑君。わからないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって?ね?ねっ?」
山田先生が両手をぐっと握り締めて詰め寄ってくる。私より身長が低いから、必然的に上目遣いになっていた。
「はい、それじゃあ、また放課後お願いします」
それだけ言って、席に着く。
「ほ、放課後・・・・・・放課後に二人きりの教師と生徒・・・・・・。あっ!だ、ダメですよ、織斑君。先生、強引にされると弱いんですから・・・・・・それに私、男の人は初めてで・・・・・・」
いきなり頬赤らめてそんなことを言い出している。山田先生大丈夫なんだろうか。IS操縦者って本当に免疫が無いんだな。というか周囲の視線が痛い。・・・・・・私は女子なのに。
ん?千冬姉どうしたのそんな怖い顔をして・・・・・・あ!山田先生逃げて!じゃないと。
「で、でも、織斑先生の弟さんだったら・・・・・・・・・」
バコンッ!
「い、痛い!?」
「山田先生?」
ドスを利かした千冬姉の声が教室に響き渡る。
「な、なんですか?お、織斑先生?」
「は や く授業を再開してくれませんか?」
「は、はい~っ!!」
一向に妄想から帰ってこない山田先生を、千冬姉が叩いて呼び戻す。……痛そうだなあれは。
「うー、いたたたた・・・・・・・・・」
(大丈夫なんだろうか?この先生・・・・・・)
果てしなく前途が多難する気がする私であった。
「ちょっと、よろしくて?」
「ん?」
二時間目の休み時間、またしても針のむしろを味わうかと思っていた私は、いきなり声をかけられて素っ頓狂な声を出してしまった。
話しかけられてきた相手は、地毛の金髪が鮮やかな女の子だった。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、ややつりあがった上体で私を見ている。わずかにロールがかかった髪はいかにも高貴なオーラを出していて、その女子の雰囲気も『いかにも』今の女子という感じだった。
今の世の中、ISのせいで女性はかなり優遇されている。優遇どころか、もはや行き過ぎて女=偉いの構造にまでなっている。そうなると男の立場は完全に奴隷、労動力だ。今じゃ町中ですれ違っただけの女にパシリされる男の姿なんて珍しくも無い。
つまりそういう、いかにも現代の女子が目の前にいた。腰を当てた手が様になっているあたり、実際いいところにの身分なのかもしれない。
ちなみにこのIS学園では無条件で多国籍の生徒を受け入れなくてはいけないという義務のせいで、外国人の女子なんて珍しくも無い。むしろ、クラスの女子半分がかろうじて日本人というだけである。
「訊いてます?お返事は?」
「ああ、訊いているけど・・・・・・私に何か用件があるのか?」
私がそう答えると、目の前の女子はかなりわざとらしく声をあげた。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
正直、この手合いは苦手だ。
ISを使える。それが国家の軍事力になる。だからIS操縦者は偉い。そしてIS操縦者は原則女しかいない。
だからといって、その力を振りかざすのは違うと思う。力が粗暴なら、そんなのはただの暴力だ。
「すまない。私は君が誰だか知らない」
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補にして、入試主席のこのわたくしを!?」
ああ、名前はセシリアって言うのか。なら。
「質問いいか?」
「ふん。下々の要求にこたえるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って、何?」
がたたっ。聞き耳立てていたクラスの女子数名がずっこけた。
「あ、あ、あ・・・・・・」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃいますの!?」
「ああ、知らなかった」
素直に答える。
「・・・・・・・・・」
セシリアは怒りが一周して逆に冷静になったのか、頭が痛そうにこめかみを人差し指で押さえながらぶつぶつ言い出した。
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、項まで未開拓の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビが無いのかしら・・・・・・」
失礼な、テレビくらいはあるさ。見ないがな。
「で、代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。・・・・・・あなた、単語から想像したらわかるでしょう」
「そうだな」
言われてみればそうかもな。
「そう!エリートなのですわ!」
おお、復活した。さすがは代表候補生。
びしっと私に向けた人差し指が、鼻に当たりそうな位近かった。
「本来ならわたくしの様な選ばれし人間とは、クラスを同じすることだけでも奇跡・・・・・・幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「へぇ~、まあ私にはどうでもいいことだがな」
「な、なんですって!?」
そういって私の机を思いっきり叩く。
「別に私はそんなことしてもらいたいとは思っていない。だいたい、そっちから勝手に声をかけてきたじゃないか」
「わたくしの優しさを無駄にするのですか!?」
「ああ、必要ないから」
きっぱり言う。
「よ、よくもまあそんな事が言えますわね!?大体あなたって言う人は!」
キーンコーンカーンコーン。
「っ・・・・・・!後で憶えてらっしゃい!逃げるんじゃなくってよ!?」
「そんな悪党の捨て台詞を吐いて戻らなくっても・・・・・・」
また厄介なものに絡まれたと思った一夏だった。
「それではこの時間は実習で使用する各種装備の特性について説明する」
一、二時間目とは違って山田先生ではなく千冬姉が教壇に立っている。よっぽど大事なことなのか山田先生までノートを手に持っていた。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗試合に出る代表者を決めなくてはいけないな」
ふと、思い出したかのように千冬姉言う。
「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席・・・・・・まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」
ざわざわと教室が教室が色めき立つ。まあ私には関係ないだろうと思っていたそばから。
「はいっ。織斑君を推薦します!」
・・・・・・はい?
「私もそれがいいと思います!」
え、いや、ちょっと!?
「ま、待てください!私ですか!?」
思わず机から立ってしまった。
「ん?何だ、一夏。まさか推薦されてやめるなんて事は言わないよな」
「い、いや、私には無理じゃないかと思って・・・・・・」
「ちなみに拒否権はないからな」
してやったりという顔をこちらに向けていた。
(やられた!)
自分にはそんなのことは無縁だと思っていた。
「それでは他にはいないのか?自推薦するやつはいないのか?」
千冬姉がみんなに聞くと、突然甲高い声があがった。
「待ってください!納得がいきませんわ!」
バンッと叩いて立ち上がったのは、あのセシリア・オルコットだった。
「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
・・・・・・だったら、最初っからやるっていえばいいのに。
「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであってサーカスをする気は毛頭ありませんわ!」
ずいぶんと酷いいいようだな。日本とイギリスはそんなに変わらないのに・・・・・・。
「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしだけですわ!」
興奮冷めやらぬ―――というか、ますますエンジンが暖まってきたセシリアは怒涛の剣幕で言葉を荒げる。
「じゃあ、なればいいじゃないか勝手に」
――――あ。言っちゃった。
「なっ・・・・・・!?なんですって!?」
「だから、勝手になればいいじゃないか」
「あ、あなたはまたわたくしのことを侮辱するつもりですか!?」
・・・・・・面倒くさい人だな。
「決闘ですわ!」
バンッと机を叩くセシリア。
「いや、なんでそんな話になるんだ?」
わけがわからない。
「ふん、怖気づいたのですか?」
「別にそんなつもりじゃないが。なんであの時挙手をしなかったのだ?」
「それは当然わたくしが選ばれると思うからに決まってますわ」
「じゃあ聞いてみるぞ。セシリアでいい人、いますか~?」
シ―――ン。
「な!?何故ですの!?」
「その態度がいけないからじゃないのか?」
「許しませんわ!侮辱するだけではなく、辱めを受けるとは思ってもいませんですわ!」
「それはそれは失礼しました」
ブチッ。誰かの血管が切れた音が聞こえたような・・・・・・。
「いいですわ・・・・・・。あなたと勝負しようと思います・・・・・・」
「まあ、それはいいけど・・・・・・」
「そしてあなたが負けたら小間使い―――いえ、奴隷としますわよ!」
「ッ!?」
奴、奴隷・・・・・・。
「そうしてその減らず口を直すために調教してあげますわ!!」
「!!」
ちょ、調教・・・・・・。やばい、あの頃を思い出しちゃう・・・・・・。
「うっ・・・・・・あっ・・・・・・」
膝が震え、体中冷や汗を掻く。目は焦点が合わないようになってくる。
「!?一夏っ!!」
千冬姉がこちらに駆けつけてくる。そして私は意識が途絶えた。
「一夏!?」
箒はその光景を見ていたが一夏の突然の変化を起こしたのを見て席を立ち、一夏のほうへと駆け寄る。
「あ、あら?ど、どうしたんですか?」
突然の出来事にセシリアは困惑していた。
「一夏、おい、大丈夫か!?」
千冬は一夏を呼ぶが返事が返ってこない。
「千冬さん!一夏はどうしたんですか!?」
箒は幼い頃一夏がこのように倒れたことがなかったので酷く驚いていた。
「・・・・・・・・・ああ、大丈夫だ。少し、気を失っているところだ」
そう言って千冬は一夏をお姫様抱っこをし保健室に連れて行こうとした時、セシリアのほうを向いた。
「セシリア・オルコット!!」
「―――ッ!?」
セシリアは千冬に呼ばれて驚いていた。
「もう一度その台詞を一夏に言ってみろ・・・・・・次は只じゃすまさんぞ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
千冬はそれだけを言って教室を後にする。それに続き箒が後を付いて行く。
こうして授業が何もしないまま終わるまで過ぎていった。