「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
IS学園の保健室にて二人の女性がある人物の目覚めを待っていた。
一人はIS学園の教師織斑千冬、もう一人は一夏の幼馴染の篠ノ之箒だった。
彼女たちはさっき起こった騒動によって倒れた一夏の目覚めを待っているところだった。
「・・・・・・千冬さん。一夏はどうしてしまったんですか?」
「・・・・・・事情は言えんが、お前と別れた後、一夏に色々なことが起きたんだ」
「色々って何ですか?」
「それは言えん。だが、一夏はあのあとかなり苦労した人生を送っていた」
「それはあなたがそばに居たのにもかかわらずですか?」
「いや、居たからこそ気づけなかったことがあったんだ」
「・・・・・・・・・」
千冬がそういうと箒の顔が俯いていく。
(私だけが苦労していたわけではなかったんだな)
篠ノ之箒は姉、篠ノ之束が『IS』を開発したせいで幼馴染の一夏と別れなくてはいけなくなった。そして引越しの毎日であった。そのせいで、うまく友達を作ったりすることができなかった。
それでもここまで来れたのは、あの頃、一夏と一緒にやっていた剣道を続けることで自我を保ってきた。だから辛い時でもがんばってこれたとそう思う。
しかし、剣道の全国大会の決勝戦の時の戦い方はもはや憂さ晴らしをするかのような試合であった。決して誉められた試合ではなかったことを憶えている。
そんな風に自分は姉のせいで辛い目にあっていると思っていた。
そして、IS学園に入学することになったらテレビで『世界で唯一ISを動かせる男』ということがわかった。それで確信した。ああ、やっと会えるんだ、と。
入学式の朝、一夏と話をしたが何も変わっていないと思った。外見は女らしくなってしまったけど、中身は昔のままだと思っていた。
だが、そんなことはなかった。私が知らない間に何かが起きたかは知らないが、相当酷い目に会ったのが察することができる。
そんな事がわかったのと同時に心の中で悔しさが出てきた。ずっと小さい頃から好きだった人がこんなにも苦しんでいるとは知らなかったことに。
「・・・・・・・・・私がそばに居れば変われたかもしれないのに」
「お前はそう思うのか、篠ノ之」
「わかりません。ですが、力には成れたかもしれません」
「そうか・・・・・・」
しばらく沈黙が続き、千冬が篠ノ之に問いかける。
「・・・・・・篠ノ之」
「・・・・・・はい」
「お前はこれから先、一夏に何があっても信じ、共に居ることを断言できるか?」
「・・・・・・・・・え?」
「もし、一夏が抱えている真実を言ったらお前は受け入れられるのか?」
「私は・・・・・・・・・」
そんなこと決まっている。
「私は一夏の力になりたいです!」
「そうか、なら一夏が目を覚ましたら教えてもいい」
「本当ですか!?」
「だが、一夏に了承を得てからな」
そして二人は一夏が目を覚ますのを待ち続けた。
夢を見ていた。それは一夏がまだ小学二年だった頃のことだ。そしてまだ男性でもあったときだった。
千冬に付き合わされる形で始めた剣道も一年が経ち、それなりに様になっていた。
(ッたくよー。あいつはー・・・・・・)
道場で同い年の女の子とは、どうにも馬が合わない。今朝も朝練習で衝突して試合に発展、胴薙ぎ一本で負けた日だった。
(あーくそー・・・・・・。かてねえかなぁ・・・・・・勝ちてえなぁ・・・・・・)
そんなことを考えながら、一夏はぶすっとした顔で、教室の掃除をしていた。放課後の夕焼けが眩しい。自分以外のクラスメイトはサボっているのを知っていたが、別にどうとも思わない。誰かがやらなければいけないなら、自分でやるだけだ、と。
「おーい、男女~。今日は木刀持っていないのかよ~」
「・・・・・・・・・竹刀だ」
「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよな~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「しゃべり方も変だよな~」
女子は、答えない。
三人の男子が取り囲んで一人の女の子をからかっている。
そんな状況の中で、けれど少女は凛とした眼差しで相手を睨み、一歩も引こうとはしない。―――――その女子の名前は、箒といった。
「やーいやーい、男女~」
「・・・・・・うっせーなあ。てめーら暇なら帰れよ。それか手伝えよ。ああ?」
いい加減、無意味な攻撃に苛立ちを覚えていた一夏は、クラスの男子に向かってそう言い放つ。
「何だよ織斑、お前こいつの見方なのかよ」
「へっへっ、この男女が好きなのか?」
古今東西、子供のからかいというのは度し難い。そしてそれは、たとえ同い年だろうとも一夏には不快きわまりなかった。
「邪魔なんだよ、掃除の邪魔。どっか行けよ。うぜえ」
「へっ。まじめに掃除なんかしてよー、ばっかじゃねーの―――おわっ!?」
いきなり、箒が男の胸ぐらを掴んだ。その手は小学二年生とはいえ、日々の鍛錬で鋭く鍛え上げられている。本気で殴りあいしたら、おそらく男子三人でも負けはしない。
けれど、何を言われても手を出さなかった箒が、その言葉だけは反応した。
「まじめにすることの何がバカだ?お前らのようなやからより遥かにマシだ」
「な、なんだよ・・・・・・何ムキになっているんだよ。離せっ、離せよっ」
強靭な腕で締め上げられてもがく男子とは別に、残りの二人はまだニヤニヤと笑みを浮かべている。
「あー、やっぱりそうなんだぜー。こいつら、夫婦なんだよ。知ってるんだぜ、俺。お前ら朝からイチャイチャしてるんだろ」
(うわ、出た。夫婦夫婦って、こいつらそういうの好きだなー。飽きたっつうの)
箒の道場に通うようになってから、そう言われたのは別に一度や二度ではない。そもそも両親がいない――――つまり夫婦の概念が希薄な一夏にとっては痛くもかゆくもない。
「だよなー。この間なんか、こいつリボンしていたもんな!男女のくせによー。笑っちま―――――ぶごっ!?」
今度は一夏が怒りをあらわにした。それだけでは済まさず、顔面に拳を叩き込む。ぽかんとしている男子をよそに、一夏は倒れた相手を片腕で立たせて締め上げた。
「笑う?なにがおもしろかったって?あいつがリボンをしていたらおかしいのかよ。すげえ似合ってただろうが。ああ?なんとか言えよボケナス」
「お、お前っ――――!!先生に言うからな!」
「勝手に言えよクソ野郎。その前にお前らは全員ぶん殴る」
それは三人相手に大立ち回りした一夏が、騒ぎを聞きつけてやってきた教師に取り押さえられて終わった。
普段から剣道だけではなく千冬に体術を習っているせいもあって、三人相手でも一夏は引けを取らないどころか圧勝だった。
しかし、それがまずかった。
馬鹿な子供の親は馬鹿というのは昔からの定説らしく、やれ警察だのやれ裁判だのと騒ぎを立てる馬鹿な生き物が三匹いた。
一夏は気にも留めなかったが、そのせいで無意味に千冬が頭を下げさせられているのが許せなかった。
『問題を起こせば千冬姉の迷惑になる』
そのことを学んだ一夏は、以後しばらくは穏便な方法で馬鹿な男子を撃退した。
「・・・・・・お前は馬鹿だな」
「あん?何がだよ。馬鹿じゃねえ世馬鹿」
数日後、放課後に修行を終えて顔を洗う一夏に、珍しく箒が声をかけてきた。
「あんなことをすれば、後で面倒になると考えないのか」
「ん?ああ、あのことか。そうだな、考えてねーな。許せねえやつが居たらぶん殴る」
それで一度、千冬からひどくお叱りを受けたことがあったが、けれどこれは曲げられないことだった。それが幼い一夏にただひとつある譲れないことだった。
「大体、複数でっていうのが気にいらねえ。群れて囲んで陰険なんざ、男のクズだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、お前も気にすんなよ。前にしていたリボン、似合っていたぞ。またしろよ」
「ふ、ふん。私は誰の指図も受けない」
腕を組んでそっぽを向く箒に、そーかと返事をしてまた顔を洗う一夏。この冷たく心地よい井戸水で練習の汗を流すのが、たまらなく好きだった。
「じゃあ、帰るわ。またな篠ノ之」
「――――だ」
「うん?」
「私の名前は箒だ。いい加減、覚えろ。大体、この道場は父も母も姉も篠ノ之なのだから、紛らわしいだろう。次からは名前で呼べ、いいな」
「わかった。俺は割りと、身近なやつの指図を受ける。―――――じゃあ、一夏な」
「な、なに?」
「だから、名前だよ。織斑はふたりいるから、俺のことも一夏って呼べよな」
「う・・・・・・む」
「わかったか、箒」
「わ、わかっている!い、い、一夏!これでいいのだろう!?」
「おう、それでいいぜ。・・・・・・・・・指図じゃなくて頼みなら聞いてくれるんだな」
「ふ、ふん!」
最後に強がりを残して立ち去る箒を、一夏はおかしなやつだなぁと思いながらも見送った。
「・・・・・・んん」
夢から目を覚ますと天井が見えた。ここがどこなのかを知るために一夏は周りに視線をめぐらせる。
すると、二人の女性がこちらの表情を伺っている様子だった。
そして、姉でもあり肉親でもある千冬姉は心配そうに声をかける。
「・・・・・・もう、大丈夫なのか一夏」
「・・・・・・ああ、大丈夫だよ。それよりここはどこ?」
「ここは保健室だ」
場所を聞いた一夏の問いに答えたのは幼馴染の箒であった。
「箒・・・・・・どうしてここに?」
「お前が倒れた後、千冬さんと一緒に同行してきたのだ」
「そうだったのか。心配かけてすまない」
「いや、それはいい。それに訊きたいことがあったからな」
「訊きたいこと?」
「それについては私が言う」
私は千冬姉の方へと視線を移す。かなり真剣な表情だった。
「一夏、篠ノ之にお前の事情を話してもいいだろうか?」
「・・・・・・え?」
私は驚いてしまった。何故、そんなことを言うのかと不思議に思った。
「お前の言いたいことはよくわかる。だが、事情を知っている人がいれば今後の学園生活で過ごしやすくなると思うんだが・・・・・・どうだ?」
「それはそうかもしれないが、でもそれは」
すなわち、箒に私が女性であることを伝えることだ。
「・・・・・・一夏。私はお前の力になりたいと思う」
「箒・・・・・・」
「ただ、無理にとは言わん。話せないならそのときまで私は待とうと思う」
箒の目は真剣の眼差しでこちらを見ていた。それを視た一夏は。
「・・・・・・わかった。話すよ」
「ほ、本当か!?」
「でも、箒にとっても辛いこと知ることになるけど・・・・・・いいの?」
「ああ」
もはや言うまでもないという感じだった。
「・・・・・・わかった。じゃあ、千冬姉。カーテン閉めてもらえる?」
「ああ、わかった」
そういって千冬は保健室のベットの回りについているカーテンを閉め始めた。
「・・・・・・?何をする気だ?一夏」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言って一夏は制服に手をかけ脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと待て!い、一夏何をしているんだ!?」
「?何って真実を見せようとしているんだけど?」
「な、何故制服を脱ぐ必要があるんだ!?」
「それがあるのさ篠ノ之」
千冬の発言に驚きを隠せない箒だった。
「そ、それはどういうこと・・・・・・」
「できたよ」
そう言って一夏は箒に自身の姿を見せる。
「・・・・・・い、いち、か。その姿は一体・・・・・・」
「・・・・・・これが、箒と別れてからあることが起こったきっかけでなってしまった私の姿だよ」
「そ、そんな・・・・・・その姿はまるで」
女の子そのものではないかとそう思った。男性には付いていない女性特有の胸がそこにあった。
「どうしたのだその姿は」
「これからのことは他言無用でいい?」
「ああ・・・・・・わかった」
「それじゃ、まずはどこから話したらいいのかな」
「一夏、まずはモンド・グロッソについて話せばいいのでは」
一夏が悩んでいたところを千冬が助け舟を出す。
「ああ、そうだね。私は第二回モンド、グロッソの時に『何者』かに誘拐されたんだ」
「ゆ、誘拐!?」
「その時にへんな薬を打たれて男から女になってしまった」
「・・・・・・」
「その後は地獄だった。ありとあらゆる場所を犯されたよ」
「・・・・・・え?犯、され、た?」
「・・・・・・・・・」
箒は一夏の発言が理解できなかった。千冬は黙って聞いていた。
「言葉通りだよ。箒も女の子だから言っている意味わかるよな」
「そんな、そんなことが・・・・・・」
「その後千冬姉が決勝戦を放棄してまで助けに来てくれたんだ」
「・・・・・・そんなことは当たり前だ」
千冬は一夏にそう言い返す。
「それからの生活は色々大変だったよ。私を女と知れば欲情の目で見てくる輩は大半だった。もっと酷い奴は私を脅して強姦などしてきた奴もいたよ」
「・・・・・・」
「そのせいで私は『奴隷』や『調教』といった言葉に敏感に反応してしまうんだ。あの頃を思い出すように」
「・・・・・・ん、で」
「それが今まで歩んできた私の人生だ」
「・・・な・・・ん、で」
「・・・・・・?箒?」
「なんで、お前がそんな目に会わなくてはならないのだ!!」
「ッ!!」
急に箒が大声を上げたせいで一夏は驚いてしまった。
「なんで、なんでなのだ!?」
「篠ノ之、落ち着け!」
「どうして、どうしてなんだ?・・・・・・千冬さん?」
「・・・・・・なんだ?」
「どうして、もっと早くに助けに行ってやらなかったんですか!?」
「・・・・・・・・・」
「あなたは世界最強のブリュンヒルデじゃなかったんですか!?」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「だったらなんで!?」
「篠ノ之」
「なんですか!?―――ッ!?」
千冬に呼ばれた方へ向く箒であったが、その光景を見て何も言えなくなってしまった。
なぜなら、あの千冬が泣いていたからだった。
「・・・・・・お前の言いたいことはよくわかる。だがな、どんなに世界最強の名を持っていても、どんなに凄い力を持っていても、無意味なことは山ほどある」
「千冬姉・・・・・・」
「現に私は大事なたった一人の家族を守れなかった。あろうことか、弟が妹になってしまい人生をメチャクチャにしてしまった」
「違う!」
一夏は姉の言葉を否定するが。
「違くない!私がお前をもっと早く助けにいければこんな事にはならなかった!」
「千冬さん・・・・・・」
「いいか、よく覚えとけ。たとえ力があったとしても使いこなすことができなければ意味なってないんだ」
「・・・・・・・・・」
「お前はこれから先も一夏のそばに居られる自信があるか?」
「私は・・・・・・」
「箒・・・・・・」
箒は一夏の方へ見ると不安そうな表情をしていた。
(・・・・・・ああ、そうだ。私はさっき言ったじゃないか)
『私は一夏の力になりたいです!!』
ならば、私がすることは。
「一夏」
「・・・・・・箒?ッ!!」
箒は一夏のことを強く抱きしめた。
「・・・・・・今まで辛かっただろう」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・今度は、私が守ってやる」
あの幼い日、一夏が教室で私がいじめられていたところを助けた時のように。
「だから、今は泣け」
「・・・・・・ぅう・・・・・・」
「思う存分、泣け。そして、これから私が付いている。だから」
『泣いていいんだぞ』
一夏は箒の言葉で今まで張り詰めていた糸が切れたかのように泣いた。
「うううぅぅうああああぁぁああぁあああああぁぁぁあああっ!!」
保健室の中で泣き声が響いたのである。