※この作品はR-18です。

ふたなりサイバーパンク   作:ザ・シガー

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第一話

【ダークキャット・マスト・ダイ】

 

 

 深夜、サカマキトランスビル最上階の金庫室は、広大な硬質な空間に、静けさを湛えて諸々の宝を鎮座させている。

 時価数億ドルのダリの絵、超一流企業の株券、ジェット機、車、それに宝石。

 ルビー色の警報レーザー光線の張り巡らせる蜘蛛の巣。

 そこへ忍び込むのは一匹の雌猫だ。

 人型のシルエットであった。

 しかし雰囲気は猫。

 黒光りするエナメルスーツにぴっちりと浮き上がるボリューム感満載のボディ。

 さながら極めてフェティッシュで、極めてコケティッシュな、男性向け雑誌の表紙。

 思わず連想されるプレイメイツという言葉。

 極上の体が跳ねて跳ぶ、曲芸の如く。

 回避されるレーザー光と各種セキュリティ感知装置。

 ひらりひらりとダンスした猫は、やがて部屋の最奥の扉に至る。

 

「さてさて、ここ一番のお宝は、何かなぁ」

 

 陽気な呟き、手が魔法のように動く。

 カシュッ、カシュッ、ジャキ、キュリリリリ。

 絶対堅牢を謳ったサカマキ社のセキュリティドアは無残で無様な鉄塊となった。

 しかしこの部屋を出る時の泥棒猫は、あまり愉快そうでなかった。

 手に入れた品が果たしてちゃんと金になるかどうか不安だったのだ。

 

□

 

 ドルゴ・ゴルドは元レスラーで元郵便配達員で現在の職業は詐欺師だった。

 詐欺師といっても主な業務は暴力行為の脅しなのであまり利口な方ではない。

 だから暴れたのだろう。

 なにせ二度逮捕されている、次に逮捕されたらスリーストライクで終身刑だ。

 留置所ならまだ手薄だと思ったし、素手でも多重装甲サイボーグの彼はかなりの体重と膂力を誇る。

 相手がスモウレスラーでも一撃で倒せると豪語していた。

 その無骨な装甲顔面をへこませたのがまさか女の拳だとは。

 凄まじい金属音を伴い、彼女の右拳はドルゴの顔にめり込んだ。

 恐るべき筋力だった、尋常の人間ではない、かといってサイバネ化してもいなかった。

 皮手袋には金属プレートと金属ワイヤーが編み込まれているとはいえ、拳を撃ち込んだのはあくまで筋肉の力だけ。

 正統派極真空手の正拳突きだ。

 

「ぐべらッ」

 

 ふらつくドルゴ、ファイトを燃やし、怒りを滾らせ、もう一度ファイティングポーズ。

 しかし今度は脚にきた。

 美しい脚線美が優雅なカーブを描いて下段回し蹴り。

 鋼鉄の膝関節がただの粗大ごみへ。

 

「ひ、ひい! もうやめて!」

 

 全長二メートルのサイボーグが泣いて謝った。

 そこに至りようやく彼女は構えを解いた。

 恐るべき彼女は、美しき女であった。

 ミロのビーナスが、女神マリリン・モンローが嫉妬するような美貌と気品。

 だが同時にピットブルの獰猛さ。

 輝くブロンドヘア、ぴしっと着こなしたパンツスーツ、胸元は熟れ過ぎた西瓜のように張り詰めている。

 尻はもはや芸術品だった。

 翻ったスーツのジャケットの中では乳の下にベルトを通したホルスターと、その中に詰め込まれた古風なナイティンイレブン。

 そして大きな乳の前で揺れる、メルティナ州国刑事課刑事としての、身分証。

 名前=グロリア・カラハン。

 長いブロンドを振り乱したグロリアの澄んだ声の雄々しい言葉。

 

「ったく、手間ぁかけさせんじゃねえ」

 

 最後に一蹴り強烈なのをぶち込んで、彼女は目の前の重サイボーグを完全にナックダウンした。

 

□

 

 旧サウジ領、現メルティナ州国家。

 数十年前の石油枯渇による再経済開発計画の結果として、中東の各所で既存国家の枠組みに囚われない新たな国家単位の製造がなされたのは記憶に新しいだろう。

 海に面した地域における海水からのヘリウム抽出工場の生産と、各種サイバネティクス技術の先端企業を誘致しての都市整備。

 メルティナ州国家はそんな中で難産された国家の一つである。

 冗談で建造したように林立する摩天楼とその中を縫うエアカー用空中軌道道路、眼下には相変わらず貧困と飢えと犯罪に喘ぐ下々の民。

 天気は中東の乾いた気候が嘘のようにナノマシンが梅雨を呼ぶ。

 雨と乾きとゴミ溜め。

 ネオンライトが眩しい、激しくメロウな気分だった。

 特にグロリアは。

 

「聞いてるのかグロリア」

 

「サー、イエッサー」

 

 儀礼的に敬礼し敬意を示す。

 しかし心が篭っていない。

 ボスの部長の正当性を信じていない、というか自分の正当性を信じている。

 

「しかしボス、あの時はあれが最善だったと思います、サー」

 

「しかしもかかしもねえよボケナス。お前これで今月何人目だ? お前が人をボコにするたび市長からは暴力分署と呼ばれ市民からは権力の犬と言われる」

 

「サー、それは私がしなくても同じだと思いますサー」

 

「業務努力の放棄を嘆いてんだよ」

 

 腐れ縁の部長は頭を抱えた。

 もう何年の付き合いだろう、苦労かけっぱなしだ、たぶん一生かけるので気にしないでおこうか。

 グロリアはそう想う。

 いや、しかしだ、暴れるクソッタレを黙らせるのに拳以上のものを知らないし。

 銃を使わなかっただけ感謝しろサー、と視線を送る。

 ハゲ頭の部長は困り果てた顔をした。

 

「おーけー、おーけー、そんな顔をするな。今後慎め」

 

「ありがとうございますサー」

 

「お前は昔っから変わらんな、ったく」

 

 老刑事部長、少なくとも本人はまだ老いていないと言い張る、男の顔には苦笑。

 当時まだ小娘だったグロリアを警察へ誘ったのは彼だ、今思えば間違っていたかもしれない、が、かといって娼婦街に行かせるのも当時の彼の青さは許せなかった。

 この街の女が金を稼ぐには銃を取るか体を売るか、それが一番簡単だ、バイオレンスかセクシャルか、でなきゃハイソサエティクラスの生活水準を持つ親がいる、彼女にはいない。

 いつになく過去へ旅する部長の雰囲気を察したグロリアはすまなそうに頬を掻いた。

 

「いや、ほんとすんません、おやっさん」

 

「良いんだよ。暴力沙汰は起こすが汚職はせん、賄賂を取らないやつはここじゃ絶滅危惧種だ、絶やしたくない」

 

 ところで、と部長はナノジェルを口にしながら言う。

 マイクロインク製ナノジェルは中東では必需品だ、日本、アメリカの一部、フランス、イギリス、などの一部の国を除いて感染症や大気汚染から身を守るのだ。

 ナノマシンを大量に腹に入れるのはグロリアからすればぞっとした。

 たとえ彼女が、常人以上の異形の力を発揮するインフェルノウイルスキャリアだとしてもだ。

 ウイルス感染や変異を抑える効果は見ないふりをしておく。

 

「昨日の事件は聞いたか」

 

「どの事件です」

 

 この州国において事件なんて空気分子みたいにありふれていた。

 事実グロリアも応援要請を受け、自慢のショットガンを担いで行き、強盗のサイバネ者を十人ばかり殺すか半殺すかした日でもあった。

 部長は健康の為に見ている自然環境ムービーを切り替えた、グロリアはその番組に懐疑的だった、何故なら彼はこの十年同じ番組を見ていているにも関わらず頭ははげるし女房には逃げられ胃潰瘍を起こしている。

 くだらない思考はニュースの特集への興味に切り替えられる。

 画面では昨晩盗みに入られ、貴重な物品を奪われたと報道するサカマキトランスビルの映像。

 サカマキトランスビルは州国一の収益とシェアを誇り外国にも進出し業績を上げている大企業、マイクロインクのビルであった。

 世界有数のナノ技術先進企業である、そのセキュリティを破って最上階金庫室を暴いた者がいる。

 グロリアは果てしなくどうでもいいと思った。

 警官としての正義感より、いつも下層民を搾取している大企業が一杯食わされたのがむしろ小気味良い。

 顔に出ていたのか部長は怪訝に眉間にしわを作っていた。

 スマイルスマイル、営業スマイル。

 わざとらしく笑うグロリア。

 

「この事件だ、分かったか警部」

 

「イエッサー。しかし私にはあまり関係ありそうにないんじゃ」

 

 グロリアは刑事課でも殺人や暴力事件の担当だ、見事なハッキング技術や匠の技で金庫破りをするやつを追いかけるオツムのいる仕事は別の人間がやる。

 

「全刑事に注意を促せ、というのがクソッタレ副社長様のおおせだ」

 

 指を画面に向ける、そこには金髪をオールバックに撫で付けた、いかにも飾り物の笑みを浮かべたマイクロインク社副社長の顔があった。

 この州国の政財界に凄まじい影響力を持ち、ゆくゆくは大統領戦に出馬すると噂されている。

 しかしだからといって警察の畑に茶々を入れるだろうか?

 今まで多くの凶悪事件を目にしてきたが国家的大企業マイクロインクが口を出した事などない。

 もしかすると盗まれたのは彼のスキャンダルに関わるものでは?

 愛人とのセックスシーンを収めたメモリとか。

 下らない連想を部長の無精髭まみれの口から出た太い言葉が断ち切る。

 

「その件につき、マイクロインク社から捜査員が派遣されてきているんだ」

 

 言うや否や、背後でドアが開いた。

 グロリアは長いブロンドをふわりと翻し振り返る。

 部屋へ入ってきたのは男と女だ。

 グロリアは一瞬目を剥き、体の奥で女が疼くのを感じた。

 視線は男など見ていなかった、女の方しか見ていなかった。

 なにせ凄まじい女だった、まるでコミックアート、果てしなく戯画的。

 結い上げた輝く銀髪、白蝋の美貌、身に纏うのはまるで遥か百年前にいたというちょび髭ドイツ人の配下の軍服だった。

 皮のブーツ、皮の手袋、肩から羽織るコートも黒い皮製のトレンチだ、ご丁寧に皮の鞭まで持っていた。

 軍服というのがここまで性的なものだと知らなかった。

 グロリアも相当自信がある方だが、ナチの女神のようなこの女はさらに輪をかけて大きかった、胸元が張り裂けんばかりに盛り上がっている。

 身長はたぶん175くらい、180のグロリアより少し低いが、男並の長身だ。

 赤い蠱惑的な唇は見ているだけで吸い付きたくなる、グロリアはレズビアンだった。

 そして同時に、ほとんど天啓のひらめきで、この銀髪ナチ女神もまた、レズビアンだと分かる。

 レズビアンはレズビアンを知る、相手が度の深いレズビアンであるほど、目を見れば同類だと分かった。

 男の方は、正直どうでも良い感じだった、そこそこの値段のスーツと帽子で、見るからに小役人といった風情だ。

 

「どうも、失礼いたします。この度は、お時間を取っていただき感謝のいたり。今回はどうかご助力のほどを」

 

 銀髪軍服が口を開く、見た目も芝居がかっていたが仕草も声も芝居がかっていた。

 小役人の方も小さく頭を下げて挨拶をする。

 グロリアは目の前の女の乳と尻を頭の中で軍服を半脱ぎにさせて(全部脱がすのは彼女の流儀ではない、フェチズムだ)いたが、愛しい恋人の顔が去来してやめた。

 浮気はしないと恋の神に誓っている、それがどんな魅力的な豊満な美女でもだ。

 

「グロリア警部。この方達はマイクロインクの警備部だ」

 

「つまりあの会社の飼い犬の傭兵ですね」

 

 グロリアはさらりと真っ向斬り伏せた。

 警備だの調査だの言おうが雇われ兵隊に変わりはない、金で命と自由と血を買われ、あらゆる汚濁に染まる。

 特にマイクロインクのような多国籍企業であればなおさらだ。

 しかし、目の前の女はそれにしては若すぎた、年はまだ30には行っていまい、小役人の方が上司なのか? にしては存在感が希薄だ。

 傭兵=マーセナリー、という言葉は差別的意味を含む場合がある、相手によっては神経を逆なでするだろう。

 銀髪の女は妖艶な微笑で返した。

 

「どうも初めまして。グロリア警部、ですか。私はイライザ・コッホです。傭兵部隊グレタの隊長をしております。どうか、よろしく」

 

 革手袋の手が差し出される、グロリアはぶっきらぼうに掴んだ。

 壮絶な圧力が来た、無音マニピュレータが駆動し、人工筋肉が怒張する。

 銀髪の女はサイバネ化していた。

 もし握った相手がまともな生身の人間なら向こう半年はマスをかけないようにされる。

 しかしグロリアはまともではなかった、インフェルノウイルスキャリアだ。

 インフェルノウイルスは前世紀末から世界的に流行した感染症で、感染すると凶暴化、身体能力の異常増進、変異などをきたす、現在は完全に解析され治療薬やナノジェルでの変異抑制が可能だ。

 感染の代償、あるいは褒章で、グロリアの筋肉はそこいらの戦闘サイボーグのそれを凌駕していた。

 にっこりと笑い、グロリアはイライザの手を握り返した。

 強化樹脂製の義肢が音もなく軋んだ、絶世の麗しい美女と美女が、氷結した視線を交えて雄々しい挨拶をする。

 

「グロリア・カラハンだ。転職したくなったら教えてくれ、そのナチ服の似合いそうなSMクラブを知ってる」

 

「ドイツ軍でなくフィンランド軍の服なんだがね、元フィンランド軍なんだ。除隊した今も肌に馴染んで身に着けている。それに、SMは趣味ではない」

 

「へー、てっきりSMの妖精さんかと思ったよ」

 

 二人のやりとりに部長は肝を冷やし、小役人は密かに肩を竦めた。

 

「やめろやめろ、ガキじゃあるめえし」

 

「へいへい」

 

 ぱっと手を離し、グロリアは引っ込む。

 勝負は五分と五分だった。

 戯れの勝負だったが自分と互角とは驚きだ、よほど高性能のサイバーパーツを組んでいる。

 改めて、女軍人イライザは部長へと向き直る。

 

「今回の事件に関し、我々小隊に捜査をさせていただきたいという要請、既に社長より聞いておりますと思いますが」

 

「ああ、聞いてますよ。というわけだグロリア」

 

「はい?」

 

「彼女達を署内や街へご案内するんだ」

 

「はぁ!?」

 

 完全に職務を忘れて声を裏返すグロリア。

 

「今のやりとり見てマジで言ってますか、サー?」

 

「もちろんだ」

 

「もっと暇そうなのにまかせてくださいよ、マイケルとかトニーとか」

 

「部長命令だ。他のやつには他の仕事を任せちまってる、お前は今担当事件ないだろ」

 

「……イエッサー」

 

 グロリアは不承不承頷いた。

 結局ボスの言う事には逆らえないのだ。

 イライザはそんな風に頭を垂れるグロリアを、お前も同じ飼い犬だろう、という顔で微笑していた。

 女軍人の青い凍りついたような瞳と、女警部の翠緑の燃え盛るサタンの炎のような瞳が、空中で何度目かの激突を果たした。

 

□

 

 グロリアは廊下に出て面食らった。

 イライザと同じ風情を醸し出す、黒い軍服姿の女達がいたからだ。

 誰もが素晴らしい美女だった。

 

「私の部下だ」

 

 イライザは自慢するようにその巨大なバストを張って言った。

 やはりこの女真性だ、グロリアはもしそれに100ドルを賭けるかと聞かれたら200に釣り上げるくらいの確信を持つ。

 10人かばかりの部下の女軍人達はその誰もがイライザへ畏敬と服従の視線を向ける、それは少しばかり羨ましい。

 場違いな小役人の小男、たしかチャン・シンシン、だかを引き連れて、グロリアは刑事課の方へ行く。

 様々な資料を閲覧する為の専用パーソナル端末のあるフロア、書類仕事をする場所、つまり自分の嫌いな場所へ案内する。

 

「可愛い子ばっかり部下なのは、それが採用条件だから?」

 

「有り体に言えばイエスだ」

 

「あのチャイニーズはどうして」

 

「チャン氏は副社長の子飼いで私の部下ではないんだグロリア警部」

 

「カラハン」

 

「私を正式に雇ったのは社長なんだが、この街は副社長の管轄のようなものだからね、それも含まれているのだろう。私達はここ最近マイクロインク社に帰属するようになった、というのもある。お目付け役だろう。グロリア警部」

 

 ファミリーネームで呼べ、馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶな、と促す。

 くそ銀髪美女は麗しき微笑でこれを一斬した。

 しかし驚いた、ニュースでやるような大事件、それに新参の傭兵を当てるのか。

 試金石か? 思いつつフロアへ到着、空いているデスクを示す。

 果たして刑事課の連中で探し出せない情報を彼女達は探り出せるのだろうか、アルセーヌ・ルパンのような怪盗を。

 デスクに腰掛ける可愛らしい、そしてフェティッシュな部下軍人達を横目で見つつ、グロリアは次に車庫へ行きホンダに乗った。

 どういうわけかイライザは助手席に乗ってきた。

 他の部下の娘達は2台目に乗ってついてくる。

 てきとうに街を案内し、各所を回った。

 移設された自由の女神像、パリの凱旋門、阿弥陀如来、エトセトラ、エトセトラ。

 悪の巣窟から売人共の地域まで、だ。

 やがてある時間に差し掛かると、グロリアはホンダのエアカーを路肩に停めた、イライザは怪訝な顔をする。

 

「お花でも積みに行くのかね?」

 

「時計」

 

 言われてグロリアが腕時計を見やる、時刻は5時だった。

 

「あいにくと緊急時以外残業はしない主義なんだ」

 

 それだけ言うと、グロリアはキーをイライザへ放って歩いて行った。

 

□

 

 タバコが欲しい、そう思った。

 アメリカンスピリットだ、濃密なニコチンが恋しい。

 部長もアメリカ人で自分もアメリカ人、前は濛々と紫煙を燻らせていた。

 心臓バイパス手術が嫌で部長はシガレットと断絶した、自分は別の要因で。

 グロリアは自宅へたどり着き、セキュリティを解除、ドアをくぐる。

 クロゼットを漁ってタバコを探した、見つかった、箱を開ける。

 中には紙切れ、書かれた文字は赤いルージュで【怪盗参上 健康は二人の将来の為に】とハートマーク。

 嘆かわしいが愛おしい。

 

「禁煙何日目かわかってる?」

 

 涼やかな声が背後からかかる。

 グロリアは鷹揚に肩をすくめて振り返った。

 

「オーケイ、オーケイ。私の負けだベイビー。誘惑ってやつに弱いんだ、わかっておくれ」

 

「もう、グロリアったら」

 

 ぷんすか、と腰に手を当て頬を膨らませる、この世で最も可愛い娘がいた。

 胸の奥に溜まっていた諸々が洗い流された。

 付き合いだして3年、一緒に住んで1年だ。

 肩の当たりで切りそろえた黒髪、セーターを押し上げる胸の膨らみから尻にかけての急激な砂時計型シルエット。

 何度貪ったか知れないが飽きる事を知らない恋人よ。

 グロリアが迎え入れるように手を広げると彼女は思い切り飛び込んできた。

 柔らかで大きな塊が四つ二人の間で押し潰れる。

 

「ん、ふう……ちゅぷ、ふぁ」

 

「ふ、んぅ!」

 

 二人は一気に互いの熱を炎と変えた。

 舌と舌を絡ませ合い、甘美な唾液を啜って嚥下する。

 我慢の限界だ、今日でまる三日やっていない。

 グロリアは邪魔なスーツを引き毟る。

 可愛らしい恋人の服はセーターを胸上までめくるだけにした。

 着せたまま犯す。

 

「もう……また、そうやって」

 

「良いだろミシェル。お前だって興奮してる」

 

「あッ♡」

 

 スカートの中に手を突っ込み、恋人=ミシェルの秘所をずぶりと押しこむ。

 熱い泥沼と化していた、指先に纏わり付く愛液の濃さは、この三年間まぐわいにまぐわった結果の賜物。

 甘酸っぱい雌の発情した芳香を、インフェルノウイルスキャリア特有の卓越した五感で嗅ぎ取りながら、グロリアは自分のパンツを脱ぐ。

 ズボンと下着を剥ぎ取ると、はち切れそうなヒップとむっちりとした素晴らしい脚線美。

 

「さあ」

 

「……」

 

 促すと、仁王立つグロリアの前に黒髪の乙女、ミシェルは跪く。

 悪戯っぽ子猫だった。

 舌をチロチロ伸ばし、こちらも濡れたグロリアの割れ目を舐める。

 愛液を啜る粘った音、陰毛に間に篭もる淫臭に酔い痴れる蕩けた顔。

 やがてグロリアの部分は膨張した。

 

「くああ!」

 

 いつも声が出る、抑えきれない。

 体内で肉の鞘に入り、普段は赤い宝珠として普通の女の体だったものが、異形のそれへ。

 彼女は両性具有、ふたなりだった。

 インフェルノウイルスキャリアには珍しい事ではない、もっと奇態な変化をする者だっている。

 その点、性的興奮で陰核が陰茎化するグロリアはかなりマシな方だ。

 ナノジェルも完治薬物も使わない理由はこれだった、この体で愛おしい女を犯すのが大好きだった、ミシェルもそんな彼女に犯されるのが大好きだ。

 

「いつ見ても、おっきい♡ ん、じゅるるッ♡ 顎、はずれちゃいそうだよ」

 

 ミシェルは短い黒髪を振り乱し、熱心に愛する肉棒をしゃぶった。

 カリのあたりで唇をすぼめ、強烈に吸い上げ、頬肉に内からこすりつける。

 素晴らしい絶技だ。

 大きな胸を使い挟まれ扱かれると一層こみあげた。

 グロリアほどではないが、ミシェルもかなり大きい、バスト90センチGカップ。

 それでも肉棒が大きすぎて全て包みきれない。

 体を上下させて扱く。

 にちゃにちゃと聞いただけで勃起しそうな音でのパイズリは素晴らしかった。

 余った竿の先、亀頭にはねっとりと舌が絡みついて、恥垢一粒残らずを欲しがるように尖らせた舌先でこそげてきた。

 本当に、凄い技だ、何本ものペニスをあしらってきた技だ。

 そこに思い至るとグロリアは性欲と同時に怒りを燃やす。

 ミシェルは商売女だった。

 今では客を取る回数こそ減ったが、たまに酷い客にあたってか泣いている事がある。

 

「ぐ、ああ、でるぞ!」

 

「んぶう!」

 

 ミシェルの頭を掴んで口腔内にねじこみ、射精した。

 この女は私のものだ、と。

 匂いを染みつかせてマーキングするように、たっぷり射精する。

 ミシェルは涙目になりながら全て飲んだ。

 ねっとりと唾液と精液の混ざった汁が糸を引かせた。

 恍惚感と、解放感、快楽の余韻。

 だがまだ足りない。

 フローリングの上でグロリアはミシェルを押し倒し、むっちりとした、それでいてすらりと伸びた脚を掴み、左右に広げる。

 何度も何度も今まで突き挿れて蕩かした蜜壺が、待ちわびて泣いていた。

 

「いいよ、来て……」

 

 甘い声で誘い、懇願するミシェル。

 グロリアは力強くねじ込んだ。

 体中が溶け、結合した部分から境界が消え、くっつくようだった。

 奥に当たると、ちかちか目の前で光が明滅する。

 がっしりと手と手を握り、乳房を押し潰しながら、グロリアは狂う。

 まるきり発情期の獣だった。

 

「ミシェル! ミシェル! だめ、もう……でるよ! だすう!」

 

「いいよ、きて! いっぱい出して!!!」

 

 二人はチロチロと舌を伸ばし、舐め合いながら、肉と肉のぶつかる濡れた弾ける音を奏でる。

 終末は唐突に訪れた。

 グロリアの腰が跳ね、これでもかと白濁する汁気を愛する女の子宮へ注いだ。

 ミシェルも共にアクメを迎え、小さく大きく、何度も波にさらわれる。

 そのまま二人は、幾度となく床の上で狂態を示し、最後に濡れた床を拭く虚しい後悔を覚えつつ、やがてベッドいえ行った。

 

□

 

 ベッドの上でも何度か貫いて、ようやく溜まった性欲も引いてきた。

 グロリアはタバコ欲しさを我慢するように自分の上で体を預けるミシェルの肌を吸いながら、ぽつりぽつりと今日あった事を語った。

 

「へえ、女軍人さんか」

 

「ああ。気に入らないやつだったよ。まあ、良い女だったけどさ」

 

「浮気しないでよ?」

 

「しないよ」

 

 ふと顔を上げ、グロリアは窓の外を見る。

 乾いた太陽の光とアシッドレインの交互の陵辱を浴び続ける、我が都、爛熟した栄華と退廃とをわかちあう街を。

 

「ミシェル、最近の仕事はどう?」

 

「……」

 

 思索が件の怪盗に至った時、自然とグロリアはそう尋ねた。

 ミシェルの仕事は二つある。

 一つは、街角に立って男を拾う事。

 もう一つは、卓越したハッキング技術と諸々の知識、体術で、盗みに入る事だ。

 実を言うと二人の出会いは取り調べだった。

 しかしいつのまにか、どういうわけか、グロリアはミシェルを抱くようになり、二人は互いに夢中になっていた。

 ミシェルの腕は知っているつもりだったが、まさかあの事件を起こせるほどかどうか。

 せめて街の小金持ちの衣装箪笥を漁る程度に謹んでいてくれと、いつも思っている。

 

「別に、商店のレジスターを開くのと。仕事帰りのサラリーマンに乗るくらいよ」

 

 悲しげな眼差しでミシェルも窓の外を見る。

 まとまった金が欲しかった。

 暴力も血もうんざりだ、雨も乾きも。

 いずれ貯金が溜まったらどこか遠い場所に行きたかった、しかしいつ、どこへ?

 無言でグロリアはミシェルの胸に顔を埋めた。

 やがて目を閉じ眠りに落ちた。

 女警部は知らなかった、ミシェルの服のポケットに潜む一つの物体を。

 昨晩までサカマキトランスビルの大金庫の最奥に鎮座していた、一つのメモリーチップの放つ、淡い黒い輝きを。

 翌朝、二人はいつものように目覚め、いつものように仕事へ行った。

 いつもの違ったのは、その夜グロリアの元へとどいた死体安置室からの知らせだった。

 ミシェルの死体が来た事を告げるものだった。

 黒猫は死んだ。

 

続く

 

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