【ヒート・リヴェンジ・ヒート】
凄まじい絶叫、苦痛の声、人造肺の限界の呼気。
部屋を木霊させる声が絶えた時、彼女の体は脱力し、だらんと天井から垂れた。
対サイボーグ用の極厚手錠が捕らえている、脱出はほぼ不可能。
剥がれた軍服から溢れる100センチオーバーのバスト、輝く銀髪が張り付いた血の気の失せた顔が、この世のものとも思えない美しさ。
あちこちの白い肌は傷だらけ、股の間からは不浄の白濁。
「そろそろ教えてくれますかね」
小柄な小役人風東洋人、チャン・シンシン。
本来ならしなくても良かった拷問に対して、罪悪感はゼロだ。
イライザが尋問したあの男が生きていれば、彼女がこのような目に会う必然性あなかったろう。
彼女の天使達、グレタ小隊を全滅させるおり、流れ弾で死んでしまったせいだ。
彼らが知りたかったのはブツの場所、今その予測地点を知っているのはイライザだけ、そして、今回の件に顔を突っ込んだ者には死を。
最初から予定していたのだろう。
喋れば殺される事は分かる、だからイライザは喋らない。
「抵抗ソフトなんて入れてるから」
小男が笑いながら言う。
イライザの脳髄には今までの作戦で得た顧客情報がある、だから必然的に、彼女は自白用ソフトウェアに対する抵抗ソフトを個人電脳内にインストールしていた。
代わりに、チャンの部下は苦痛と屈辱で責めた。
耳裏のジャックイン端子に刺さっている小さな棒状のユニットが点滅し、感覚神経に干渉。
義体四肢の痛覚刺激を通常時の何十倍にも高めている、針一本刺さっただけでも関節を砕かれたような痛みが走るだろう。
その状態で、手足は酷く傷めつけられていた。
室内にはドリル、パイプレンチ、ニッパー、ハンマー、ノコギリ、様々な工具があった。
そのどれもが本来の用途には使われず、赤い染みを浮かべていた。
義体でも感覚デバイスの為人工血管と神経を通していた。
おまけに男嫌いのレズビアンへのレイプ。
副社長の部下10人総出で代わる代わる。
正に地獄だった。
「……ッ、そ……」
イライザが、ようやく何かを口にした。
チャンが目を開き、顔を寄せ、耳を傾ける。
彼女は言った。
「粗チンしかいないのか、お前の部下は」
くすくすと笑いながら、イライザは嘲った。
信じがたい忍耐力だった、不休で10時間拷問してこれだけ粘った相手は初めてだ。
肩をすくめ、傍らの部下へ促す。
彼らはまた赤黒く変色した工具の先をイライザの美しい体に押し付けながら、強姦を始める準備をする。
レイプは拷問に最適だ、肉体的な損傷は少なく精神に与えるストレスは大きい。
だがイライザはそのストレスを幼少時に、それも実父相手に幾度と無く経験していた。
地獄は彼女のふるさとだった。
再び始まる絶叫と血と肉の行為を尻目に、チャンは部屋を出た。
イライザが口を割ると割るまいとに関わらず、あと一人、いや、二人、今回の件で事情に通じている可能性のある人間を掃除しなければいけなかった。
□
眠らず、休まず、ブロンドの美しい女刑事は、スーツ姿で街を行く。
180センチの長身は寝ずの2日を過ごしていると思えぬ流麗な所作で闊歩し、目元にもくま一つない。
インフェルノウイルス適合者の常として、グロリア・カラハンの身体能力は人類の規格の範疇外だ。
恩恵ともいえる、だが過酷な運命も背負わされた。
この病原菌に感染すると、大半は凶暴化する、大昔のゾンビー映画のようにだ。
現在ではナノマシンと各種特効薬で症状は100%抑えられる。
後進国ではそうもいかない、その為にグロリアは両性具有の肉体とサイボーグ並の身体能力を持って生きる道を、運命によって歩かされた。
サイバネ化しないのは単純にその必要がないからだ。
バーを回る、ヤクの売人を回る、街のあちこちを回った。
情報集めだ。
何軒目かもう忘れた小汚い酒場で訳知り顔の小悪党の義手をねじ切っていた時、古い顔なじみが声をかけた。
「その辺にしとけ」
ハゲ頭を輝かせた男、刑事課部長だった。
ボコにしていたチンピラから手を離し、グロリアは部長に促されるまま店の外へ出る。
店内でなりゆきを見ていた全ての者が、恐るべき黄金の雌獅子のようなグロリアを大人しくできる人類がいる事に驚嘆していた。
店を出ると二人は空中に刻まれた誘導軌道を行くエアカーではなく、年代物のガソリン有輪車に乗る。
部長の車だった、彼はナチュラリストであり前時代の遺物であった。
一言で言えば古い。
双方無言のまま車を走らせ、やがて町外れで停める。
ポン引きさえいない寂れ果てた街区、滅びの香り、メランコリック。
部長が火を点け紫煙をくゆらせ、もう一本をグロリアに差し出す、アメリカンスピリット、きついニコチンの味。
「まだ一人でさぐってるのか」
「ええ、まあ」
「塩梅はどうだ」
グロリアは肩をすくめ、収穫は大してない事を示す。
ただ、一言だけ告げた。
「ウィリーのやつが姿を消したって聞きました。銃撃戦があったって言う住人がいますが、後はもぬけの殻で。手際が良すぎる、あのナチ女かも」
ウィリー=ミシェルと取引を行おうとした、あの不幸な闇サイバー屋だ。
グロリアは知らない、盗まれたブツに関わった全ての者が消されていっている事を。
当然、部長も何も知らなかった。
「分からん。昨日から連中も姿を消してるんだ、連絡が取れん。火器の使用申請をした8人、宿舎と端末を提供した2人、10人全員がだ」
「わっけわかんねえ。どういう事っすか部長。盗まれた何かもあいつらのせいなんじゃ?」
「かもしれんが、どうもくせえ。例の盗みも何もかも、素早く起きすぎだ」
話の過程でか、それとも最初からなのか、グロリアの導火線は短い。
炸裂。
「部長。手帳と銃を返してくれ、ついでに使えねえアホでもいい、部下を何人かだ、私に捜査させろ!」
部長は考え事をする時の癖でつるりとしたハゲ頭を撫で、鼻息を鳴らす。
激昂したグロリアに力を持たせることへの不安がある。
だが彼女に対して彼はやや、甘い。
「ちゃんと自分をコントロールできるか」
「できます、サー」
「俺の命令を聞け、クールになれ、良いな」
「サーイエッサー」
グロリアは目を輝かせ、部長に微笑む。
レズビアンで、どちらかといえば男は好かない彼女が、こうも素直に恭順する男がいるとは。
彼女が彼を見る目はどこまでも純粋な憧憬があった。
「よしよしいい子だ、じゃあお前さんの欲しがってるもんを返してやる」
行儀悪く窓ガラスからタバコを捨てる部長。
瞬間、紫煙に赤い飛沫が混ざる。
遅れて銃声。
フロントガラスのヒビ、衝撃、揺れる車、見開かれるグロリアのエメラルドの瞳。
前方からの銃撃だった、即死。
事実を理解しきれない頭と裏腹に、体は勝手に動いた。
ドアを蹴破り外へ、腰の後ろからザウエルを抜く、射撃。
敵は前方100メートル、幾ら彼女でも必中を狙うには遠すぎた。
対してライフルの射程、それもサイボーグが腕と連結固定し、三脚に乗せ、視覚連動スコープを使っていれば必殺の間合いである。
両膝と肩を射抜かれた。
倒れる、激痛、血。
即死ではない、手心だった。
やがて薄れゆく意識の中で、迫り来る敵影を捉え、唾を吐いた。
些細で無意味な抵抗だった。
□
グロリア・カラハンの人生。
南米生まれ、幼少時にインフェルノウイルスの罹患が定期検査で判明、治療費を払えない親は彼女をあっさり見限った。
兄弟は多かった、彼女はたった一人だけの特別な存在ではなかった。
どこをどう流れたか、もう今ではあまり覚えていない。
今にしておもえばよくぞ中東くんだりまで来れたものだと思う。
幾つもの貨物船に乗り、降りた地で物乞いからゴミ漁り、街娼までやった、けれど盗みだけはした事はない。
やがてウイルス適合の身体能力に目覚め、酔ったあくどい客の顎を砕く。
己の力を知り、闘争という天職を、天性を得た。
メルティア州国家へ来た時には15歳、既にその頃には負け知らずのピットファイターとしてスラム街で知らぬ者はいなかった。
倍以上体格を上回るサイボーグを風のようなフットワークで翻弄し、鋭く重い拳脚で粉砕する恐れ知らずの小娘。
警察の手入れ、留置所、例によって警官にだって噛みつく。
ウイルスキャリアで密入国のガキ、そんなやつに一人だけ、憐れみを持って接するやつがいた。
歳の割に髪の薄い男、警察の仕事には慣れ、経験を積んで、それでも青い心を残している。
男は少女に言った「お前はガッツとファイトの塊みたいなやつだ、でもその使い道を間違ってる」少女は胸くそ悪くて「うるせえハゲ死ね」と言った。
釈放、喧嘩、また留置所。
ハゲはまたしつこく少女に構う。
最初は体が目当てかと思ったがどうもそうでない。
投げかけられる言葉の数々「この街は警官不足だ」「お前の腕っ節なら歓迎だ」「まともな職だぞ」「おい、話聞け」「飯食うか」「ほら、警察学校の入学願書だ」
いい加減うるせえ! とキレ、これ以上付きまとわれるのも嫌だし、金も欲しかったので、仕方なしに願書を提出。
少女は真の天職を得た。
見立て通りの利発さとガッツで警察学校を主席で卒業。
若ハゲの男は彼女の魂の奥の清さを直感で悟っていたのかもしれない。
学校を出て同じ分署に配属された彼女に、彼は愛用の二丁銃のうち一丁を渡す。
45口径、アメリカ系移民の誇り。
一緒に渡された警官のID認証カード、警察手帳、ずしりとした重み。
新たな人生のスタート。
悪辣な手で他人の血を啜る連中をぶちのめし、不正を暴き、無限の義憤と熱量で戦う猛犬の精神。
グロリア・カラハンは警官として拳と銃を振るう充足を得る。
やがて立派な刑事になり、恋人が出来た、幸せな人生だったかもしれない。
けれど、全て失った。
恩人も愛する人も。
□
「こいつ見ろよ、泣いてるぜ」
「こわもての女刑事も一皮むけば可愛いもんだな」
男達は面白おかしそうに笑った。
廃工場、鎖で繋がれたグロリア、殴打による拷問。
最低限死なないようにという止血。
瞳は怒りを宿しつつ、ほとんど放心して力をなくしていた。
痛みと屈辱にも増して心を占める虚無。
心はどこまでも空っぽで寒かった、何もかも失った、愛するもの全て。
いっそ一発の弾丸を脳天にくれる事は無限の慈悲にさえ思えた。
虚ろな心地、けれど死ぬ事も許されず、ただただ打ち据えられる。
繰り返される「あのこそ泥の盗んだブツはどこだ」という質問もまるで意図を把握する気が起きない。
やがて、男の一人がズボンを下ろしだした。
レイプされるのかという感慨をどこかどうでも良い感じに受け止める。
一体死ぬまでどれくらいかかるのだろう、ぼんやりとした思考。
瞬間、閃光が爆ぜた。
ぶち破られたドア、たぶん爆薬。
転がり込むこぶし大の塊=EMPグレネードが室内にいた二人の拷問役=サイボーグの電子部品の何割かを機能不全へ。
美しい影が飛ぶ、構えたライフルが吠え猛った。
荒ぶる銃火7.62ミリ高速弾、SCAR-Hの牙が2つのターゲットを血と鉄と肉の残骸へ。
呆然と見つめるグロリアの前で、襲撃者の女は微笑んだ。
銀髪が蛍光灯を浴びて輝く。
同じ頃、チャン・シンシンと副社長は、監視役を殺して脱出したイライザ・コッホ、そしてそのイライザが恐るべき巧みな手並みでグロリアを救出した事を知る。
□
「……」
手当を受け、ぼんやり天井を眺める、グロリア。
ブロンドの女刑事の肌を、ナチスのような着慣れた軍服姿となった女、イライザはいたわるように包帯を巻く。
「調査書で見たよ、インフェルノウイルスキャリアの適合者。さすがだ、もう傷は半ばふさがっている」
「……」
「ん? どうした、君はさほど大した拷問は受けてなかったと思うが。慣れてなかったか?」
まるで何事もなかったように小首を傾げ、微笑するイライザ。
信じられない話だが、何人もの男に陵辱され拷問されたと思えぬほど平静である。
四肢を機械化されているのもある、暴力に慣れているのもある、しかし、そうではない。
「さあ、君も銃を取りたまえ。これから一戦交えるのだから」
「なんで……」
「なんで? また説明しなければいけないのかね」
やれやれ、と大仰なジェスチャーで肩をすくめるイライザ。
分かりやすいように彼女はこれまで集めた、そして、脱出がてら敵から奪った証拠類を出して事件の概要を説明する。
「任意認識志向装置、そういうものらしい。君の亡き恋人が盗んだものだ。つまりは人の意識を、市販ナノマシン側から操作するわけだ」
めちゃくちゃだ、頭の片隅でそう思う。
ナノマシンで人の意識を操る? 何の映画だ、今時コミックアートだってそんな陳腐な設定はない、なのに実在する、その技術を得ている。
「改ざんされたメールによれば、その情報をミシェル嬢はウィリーから得たらしい。彼自身は半信半疑だったようだが。しかしウィリーをけしかけたのは副社長の差金だ」
「意味わかんね……どういう事だよ」
「つまりだね、これは全部副社長氏の工作ってわけさ」
筋書きと憶測。
マイクロインク社は人の意識を無意識化で操る技術を開発、たぶん国との提携。
しかしどこかの良識ある誰かはこれを悪用するのを渋る=保留措置として系列会社の中でも厳重なセキュリティのサカマキトランスビル金庫へ。
副社長はこの技術を独占しようと腕の立つ金庫破りに意図的に情報を流す。
そして――
「事情に通じてそうな者を片っ端から殺してブツを探してる」
「めちゃくちゃだ、なんでそんな事になってると思うんだ」
「富と権力を持っている者なんて皆そうかもしれん。彼はその技術を使って時期メルティナ州知事の地位を狙っているらしい」
州知事、合衆国の知事とはわけが違う、中東に乱立する州国家は文字通り国家なのだ、一国の王に等しい。
それを足がけに社長の椅子も狙っているのか、つまり、そんな事の為に自分達は生け贄に?
自分の会社の発明を盗む為にミシェルをけしかけ、関わった人間全てを次々に殺して権力の座を手に入れる、もしかすると人の命を奪っているという実感はないのかもしれない。
理不尽を極めた、グロリアの中で黒い熱が僅かに燻ぶる。
しかし、それは炎にまで至らない。
虚無感と虚脱感、喪失感が心の動きを鈍らせる。
メランコリックな黒い水面に沈む心。
ベッドの横たわり、ただただぼんやりと天井を見上げるグロリア。
彼女への治療を終えたイライザは、ベッドサイドの大きなテーブルへと向き直り、いそいそと準備を始めた。
鈍い鋼の音、ガンオイルの匂い、死の気配、冷たい闘志。
次々と殺戮の凶器を並べ、美しい女傭兵は黄金に輝く真鍮の弾を装填していく。
腑抜けたような顔のグロリアは、ぼんやりと眺めつつ聞いた。
「お前、どうするつもりだ」
「決まっている。私を舐めた連中を皆殺しにするのさ」
息巻くような事もなく、人に虚勢を張るわけでもない、当たり前の当然の事実としての宣告。
振り返るイライザが、氷蒼の如く澄んだ瞳で見返した。
その時、グロリアは息を飲んだ。
美しさに、そして、冷たい瞳の奥で傲然と燃え上がる殺意と怨嗟に。
一見冷静に見えるイライザは、その実、冷徹な思考と別離された部分で、強烈にして獰猛な激情を秘めていた。
「やつらは私の可愛い部下達を殺し、私を辱めた。私は私を傷つけた者を許さない、昔からそうだった、ただの一度もその信念を曲げた事はないし、仕損じた事もない」
己を陵辱し続けた実父を殺したその時から守り続けてきた信条だった。
殺しから愛撫まであらゆるものを教え仕込んだ部下を殺し、あまつさえ自分を犯した男達を、彼女は決して許さない。
心魂の全てを賭けて皆殺す。
これは絶対的なる応報であった。
「奴らには連絡を送った、ブツが欲しければ12時間後にここへ来い、とね」
イライザは手入れした銃を一度テーブルに置くと、カツカツとブーツの踵を鳴らして窓辺へ寄り、それまで閉ざしていたブラインドを上げた。
グロリアはその時初めてここが第47番街区と知る。
別名廃棄都市区画。
メルティナの中でもかなり寂れた場所で、しかし同時にどこかノスタルジックな風情があり、昔はミシェルと共に歩いた事もある。
「奴らは来るだろう、私と君を殺す為に総出でね。ああ、そうそう、死んだ故買屋くんの白状した内容によれば、実際ここいらにブツはあるそうだ。ミシェル女史はここに隠した可能性が高い、とね。君、心当たりは?」
「……」
グロリアは押し黙る。
イライザは肩を竦めた。
「まあいいさ。あろうがなかろうが私はここに来る連中を丁重に出迎える。ところで、だ」
そこでイライザはまた窓のブラインドを閉めると、しゃなりしゃなりとしなを作ってベッドの上のグロリアへと近づき、妖艶な眼差しで彼女を見下ろす。
「グロリア警部。良ければ私の手伝いをしてくれないだろうか」
「あ?」
「正直、私一人で連中を皆殺しにするのは骨が折れる。なにせ少なくとも人間が、サイボーグを含めて十数人、金があるだろうから無人ドロイドも持ってるだろう。ちょうど君も連中に恨みがあるだろう?」
「……興味ねえ」
グロリアはそう呟き、顔をそむけた。
失ったもののあまりの重さが、心の張りまで奪う。
イライザは鼻を鳴らしてそんな彼女を見下ろすと、ふっと微笑を浮かべた。
妖しく、嗜虐的な笑みだ。
「そうか」
とだけ言うと、美しい女軍人はグロリアの上にのしかかる。
突然の事に目を見開くグロリア。
女刑事の唇は、女軍人に奪われた。
金髪と銀髪を乱し、一方は上から相手を組み伏せ、一方は驚き動揺し蠢く。
唾液をしゃぶる淫靡な音色。
糸を引かせつつ顔を離すと、イライザは簒奪者の美貌で微笑んでいた。
「では体だけもらおう」
「なにを、てめ……くう!」
服の上から豊かな胸を揉みしだかれる。
ぴりりと走る快感。
イライザの愛撫は正確を極めた、触れたこともないグロリアの体を既に知り尽くしているかのように、乳首の位置を探り当て、指先でこねる。
そしてなめらかな動作で服を剥いていくのだ。
「殺しの時はセックスをして昂ぶるのが一番だ。リラックスもできる。いつもは部下の娘達としていたのだが、あの子達は全員死んでしまった。私の可愛い天使達がね……だから、君にお願いしたい」
「いや、だ」
「そうつれない事を言わないでくれ。助けてやったろう?」
「頼んでねえ」
「ふぅん、そのわりには、体は正直だが?」
「~!!」
ズボンに手がかかり、引き下ろされる。
快楽で半ば大きくなったものが、外気に晒され一気に屹立した。
ぶるん、と音を立ててしなる剛直、両性具有の証。
イライザはうっとりと目を潤ませ、一目で発情していると分かる顔。
「君がインフェルノウイルスキャリアで両性具有だとは連中の情報で見たが、まさかこれほど素晴らしいとは。完璧だよグロリア警部。一目見た時から、君としたいと思っていた」
その言葉に、理性とは別個に切り離された部分でグロリアの心も疼く。
たしかに、自分も一目見た瞬間、イライザに劣情した。
しかしまだ心にはミシェルへの愛と彼女や部長を失った喪失感が重く傷を残している。
寂寥感を掻き毟りこそげ取るように、イライザは強引に身を寄せた。
ボタンを外し前を開け、凄まじいボリュームの乳房をまろび出す。
手を取り、そこへ導いた。
触れる柔らかい肉の重みとなめらかな肌に、グロリアの官能が高ぶった。
「筋肉と骨格、それと内臓はほぼサイバネ化しているがね。胸と性器、それに顔はナチュラルのままだ、悪くないだろう? けっこう自慢なんだが」
「やめ、やめろ……いやだ」
「ふふ、可愛い声を出すな。誘っているのか? それに、ここももうカチカチだ」
倒錯的な快感に耽り、甘美な吐息を零しながらイライザは大きく股を開き、グロリアの上に乗る。
重量感、彼女の重み全てが快楽へと変わるような、凄まじい結合。
「くあああ!!」
数日ぶりに味わう女体との交合に、グロリアは堪らず声を荒げた。
イライザは結い上げていた銀髪を解き、めちゃくちゃに乱れる。
腰をくねらせ背筋をそらせ、乳房を揺すって、一心不乱に我が身を叩きつけた。
乳房に負けず劣らずの量感の尻が上下するのは迫力満点だった。
白く大きな張り詰めた双丘が貪るように動く。
「どうした、前の威勢はどこへ行った? まるで小娘だな警部殿」
イライザは嘲るように囁く。
だんだんと、グロリアの中で怒りの温度が高ぶった。
何を調子に乗ってやがる、このアマは? 舐めやがって。
グロリアのグリーンの瞳の奥で、メラメラと火が燃え出す。
やがて彼女の手は目の前で生意気に揺れる爆乳を掴んだ。
指を沈め、相手が痛みを感じようとお構いなしでもみくちゃにする。
「ひゃうう!」
イライザが、今までの女王様然とした姿が嘘のように鳴いた。
面白い、グロリアはそこで一気に腰を突き上げ彼女を跳ね上げた。
簡単に浮かぶ長身。
そこへ覆いかぶさるもう一つの肢体。
「どけ! 邪魔だ!」
蹴り飛ばすように跳ねると、グロリアはベッドの上で巧みに体勢を入れ替える。
ドッグスタイルだった。
四つん這いにさせたイライザの後ろに回り、彼女の尻に指を埋め、腰を叩きつける。
「ああ、ふぁあ!! おおぉぉ!」
だらしない声を張り上げて戦慄くイライザ。
もうそこに、先ほどまでグロリアを支配していた女軍人の面影はない。
グロリアは鼻で笑った、女刑事の中には嗜虐と支配の欲望が燃え上がる。
獰猛な、敵を破壊し、屈服させる悦び。
目の前の雌がマゾだと見抜いた。
「いい声で鳴くじゃねえか、どうだ! おい! これが良いんだろ!」
「ああ……いい、それ、いい! もっとぉ!」
尻を振って自分から誘うイライザ。
グロリアは狂ったように突く、突いて、突いて、突き上げる。
先ほどまでの無気力さが嘘のように、獣の欲望で心身が滾る。
そうだ、自分は何を腑抜けていたのだろう。
気に入らなければ奪えば良い、むかつけば喰らえば良い、憎ければ殺せば良い。
そうだ、そうだ、喰らえ、殺せ、壊せ、奪え。
凍結していた魂は肉欲の火を契機に燃え上がり、今や豪炎と成り果ててグロリアを突き動かす。
獅子の如く黄金の髪を振り乱し、グロリアは最奥まで目の前の雌を抉る。
イライザはそんな彼女の侵略に随喜の涙を零してむせぶ。
「出すぞ! おらぁ! イケ! イケぇ!」
「くう! もう……だめ……あああぁぁあ!!」
二つの身がしなり、痙攣する。
同時に果てた恍惚に、しばし二匹の雌は打ち震えた。
そう、雌、雌の獣、肉体の繋がりは愛情やセンチメンタリズムの入る余地のない、獰猛で凶暴なだけのケダモノのそれだ。
どちらともなく離れ、身を清めると、そこには怒りと憎しみに燃える二匹の雌が瞳をギラつかせて呼吸していた。
「そこにあるのを好きに使ってくれ」
いそいそと襟元を正しつつ、先ほどまでの狂態が嘘のように冷静な口調で告げるイライザ。
もはや無粋な言葉を交わさずとも、目の前の女が自分の同類であり、同じく報仇の死闘へ踏み出す同類だと悟っていた。
グロリアも無言で、スーツを着ながら、テーブルの上の銃火器類から自分好みのものを探る。
手に取ったのはショットガンだ。
それも一般的な12番ゲージではなく、二回り以上はサイズの勝る、4番ゲージ。
普通は重サイボーグでなければ十全に扱えない巨銃を、女刑事は軽々と持ち上げ、バックショット弾を矢継ぎ早に装填する。
フレーム側面やストックに並ぶ予備弾装填サドルには対物用形成炸裂弾を押し込む。
さらに大きな胸に食い込むように体にも弾帯を二重に引っ掛けた。
後は、手榴弾を幾つかポケットにねじ込み、拳銃を探す。
そこで、彼女は二丁の銃に目をやった。
「君を監禁していた連中が持っていた、君の持ち物かね?」
「ああ、まあそんなところだ」
グロリアは弾倉内の弾を検めると、その二丁を腰の後ろに差し込んだ。
やがて二人は周囲の地形を確認すると、最後の数時間を静かに闇に潜んで過ごした。
□
地上100メートルの位置で浮遊するエアカー。
副社長は全てを睥睨しつつ司令を送る。
とっとと済ませてくれ、と、会議が二時間後に控えていた。
忠実な小男、チャンは主人の命に応じ、自身も大型アーマードスーツに乗り込んで飛び出す。
空より舞い降りるのは副社長子飼いの暴力装置共=16騎の重装甲スーツを重ねたサイボーグ+数十機の無人ドロイド。
サーモセンサーで捉えたイライザとグロリアの元へ、まずは対人用非殺傷弛緩ガス弾の発射。
殺さず捉え、また嬲ってブツの場所を聞くつもりだった、が、無意味。
ダミー熱源は即座に消失し、代わりにガス弾を迎撃する対空小型ミサイルの雨。
空中で咲き乱れる毒々しい火炎の花びら。
ガス弾、無人ドロイド十機、重装甲戦闘スーツサイボーグ二機がバラバラに吹っ飛んだ。
チャン達は即座にスラスターに点火して軌道修正し分散して展開。
その姿を逃さず捉える、寂れたビルの屋上でステルス視覚迷彩ポンチョに身を包んだ、美しい銀髪の女軍人のライフルスコープ。
ゲパードM8対物ライフル、ブルパップ構造で口径20ミリの怪物セミオート銃。
軽々扱うのはイライザの四肢に移植された人工筋肉の優秀さを示し、なおそれを、視覚直結サイトを完璧に把握して操る腕前は、彼女の射撃と殺戮への才能を如実に現した。
銃声とは名ばかりの砲声が轟き、巨大な空薬莢を次々と排出する巨銃。
戦闘スーツサイボーグをさらに5機バラバラになるまで粉砕。
しかし敵もただの木石ではない、反撃として60ミリ榴弾砲をイライザへ掃射する。
高い電力消費で迷彩効果の薄くなったポンチョをもう用済みと投げ捨てながら、イライザは迫る榴弾砲の雨から身を翻し、眼下の地上へダイブする。
肩に羽織った黒コートをたなびかせ、美しい女軍人は入り組んだ廃棄街区の路地へ姿を消す。
プロペラで飛ぶ細身のドロイドを随伴させながら、次々に着地してチェーンガンの銃口と射線を構える、残る9機のサイボーグ。
地形把握の為に衛星リンクを繋ぐ、街路の影に潜む雌獣はほくそ笑んだ。
予め仕込んであったコンピューターウイルスの発動で沈黙する衛星ナビゲーションシステム。
敵サイボーグとドロイドの補助AIに起こる小規模な混乱。
打ち捨てられたトラックのボンネットが蹴破られ、黄金のたてがみを振り乱す獅子が躍り出た。
スーツ姿の女刑事は空中に身を投げ出しながら、特大口径のショットガンを乱射した。
ポンプアクションだがその速度はオートマチック並。
4番ゲージバックショットはまず敵サイボーグの外部装甲スーツのセンサーを、次に随伴ドロイドのプロペラを粉砕。
着地と同時に撃ちまくったショットガンへの再装填、今度は形成炸裂弾を薬室へ送り、一瞬の遅滞もなく発射。
4番ゲージほど巨大な口径のショットガンの弾頭に仕込んだ大型形成炸裂弾はもはやグレネードランチャーと変わらない。
それも、魔的なほどに正確な照準で積層装甲の隙間へ叩きこまれた炸裂弾は、硬く守られていた筈のサイボーグ達へ慈悲無き死と破壊の接吻をくれた。
この敵の中にミシェルを犯し殺した者がいる事を想うと、グロリアの身も心も灼熱と変わった。
殺す、全て殺す、殺し尽くす。
美しい顔に浮かぶ凶相の喜悦、獰猛に牙を剥いて走る孤影。
側面のビル屋上に着陸した敵サイボーグの放つチェーンガンの射線、大地が煙を吹き、死の線を描き、その先にはグロリアの姿。
しかし彼女を敵の射線が捉えるより先に、ゲパードの砲声が大気をつんざく。
走るグロリアをカバーしたのは、言うまでもなくイライザだ。
彼女もまた牙を覗かせた笑顔の、美しき復讐の銀狼と成り果てて、鋼の巨銃を従えて銃口炎の花を作る。
小銃を備え付けたドロイドが空中を舞って上から迫る、投じられた手榴弾の火炎が飲み込んだ。
対サイボーグ用EMPグレネードが爆ぜる、チェーンガンが吠える、様々なライフルと砲弾が飛び交う、死と鋼と血と肉が崩れ落ちていった。
とっくに不法住居者が逃げ去った朽ち果てた街路は、破壊の限りを尽くされた。
キルカウントを通信機越しに伝え合うイライザとグロリア、サイボーグ15機、ドロイド70機。
残敵数=1。
視線を周囲に巡らせ、互いの背後を預ける、突如砕かれるビルの壁。
白煙を纏いながら現れた、とりわけ巨大なアーマー。
小男の顔が多重層強化防弾ガラスのキャノピーから見える、チャン・シンシン=副社長の片腕。
小さな体躯のコンプレックスでもあるのか、特注サイバネエグゾスーツは6メーター超の巨躯。
二門のチェーンガンが吠えた、グロリアが右へ、イライザが左へ跳ぶ。
二人の居た空間を薙ぐ射線、粉砕されるアスファルトと廃車。
当たればサイボーグだろうがインフェルノウイルスキャリアだろうが死ぬ。
金属の軋みを立てながら振るわれる巨大アーム=先端の高周波振動クロー。
応じるイライザのゲパードM8。
砕かれ飛び散る金属の腕、しかし先端を削られながらも、残る上腕部分がイライザの腹部を捉えた。
女軍人は黒コートをたなびかせ、吹っ飛んだ。
壁にぶつかる、苦鳴、人工内臓と強化人工筋肉でかろうじて助かる。
グロリアのショットガンが叫んだ。
弾倉内いっぱいに詰め込んだ形成炸裂弾を全て消費する。
膝関節と胴の装甲で爆ぜ散る弾丸。
隠し腕のブレードを展開して死の斬線を送るチャン。
横薙ぎの斬りつけ、直線の突き。
頬を掠める、散る鮮血、何本か舞う金髪。
グロリアはそのブレードを蹴りで跳ね上げた。
弾を消費し尽くしたショットガンを投げ捨てる。
何を考えたのか、一瞬理解できなかったチャン、しかしすぐ気付く。
地面の上を転がってグロリアの足元に転がる巨大な鉄の塊=イライザのライフル=ゲパードM8。
一体何時? 目配せもなく取られた連携、まるで長年の同胞のように。
エグゾスーツの打撃で吹き飛ばされながら自分の銃を投げたイライザ、それを蹴りあげて受け取るグロリア。
振るわれる高周波ブレードとチェーンガンの至近距離射撃。
遅すぎた。
しなやかな美獣の肢体は地を蹴り壁を蹴り、無防備なスーツ背面のハッチに乗る。
銃口との距離20センチメートル。
絶叫を上げる20ミリ口径対物ライフルのマズル。
タングステンコアを仕込んだ徹甲弾は、堅牢に作られた筈のハッチごと中に乗り込んでいた小男の生命を過去形へと変えた。
沈黙し、軋みを上げて機能を停止する装甲戦闘スーツ。
グロリアはすかさず天空を見上げた。
そこに浮かび、全てを傲岸に見下ろしていたエアカー、中に居座るくそったれ。
何も言わず、彼女はスコープを覗き込み、冷たい引き金を絞った。
□
エンジンを貫通されたエアカーは緊急時のプログラム通り、非常動力を働かせながら地上へ下りた。
「ひ、ひい! ひいい!」
煙を立てて開くハッチから身を転がし、副社長はエアカーから出る。
振り返る。
肩越しに送る視線の先に、二人の女がいた。
美しい、どこまでも美しい、銀髪の女軍人、金髪の女刑事。
女刑事がライフルを捨てた。
腰から二丁の銃を抜く。
ナインティンイレブン、アメリカの誇り、古臭い45口径、恩人の形見。
ジョン・ブローニングの作り上げた名作拳銃、別名コルトガヴァメント。
グロリアの構えた銃は、灼熱の怒り弾丸に込めて放った。
両足と腹に被弾し転倒する副社長。
口から溢れる絶叫と血。
無様に鳴き叫ぶ。
静かに、どこまでも静かに、女達は近づく。
見下ろすまで近づくと、向けられる銃口は三つに増えた。
グロリアの二丁銃、イライザの拳銃。
「あ、ああ……た、たすけ……金なら」
何か、まるで無駄で無意味な命乞いを吐こうとする副社長。
彼の最後の言葉を、女達は連なる銃声の雨で引き裂いた。
弾倉内に残る全ての弾を、心臓と脳天へ叩き込んで。
復讐はここに成る。
□
全てが終わった後、濛々と立ち込める硝煙と白煙、爆破と銃撃の名残の中、二人は歩く。
先頭に立つグロリアの後に、イライザがついていく形だ。
グロリアが行き着いたのは、遺棄された古ぼけたビルの壁面だった。
そこには青い海と白い砂浜を描く広告がある、旅行代理店のものだろうか、ヴァカンスへ人を誘う文句が書かれていた。
「ここかい?」
イライザが尋ねた。
グロリアは答えない。
脳裏には失った過去が去来する。
□
「どうした」
「ん、別に」
腕を組んで、歩いていた。
デートだ、女同士、それも美人同士のデート、一方は警官で、一方は元泥棒だった。
だから二人で外を歩く時は、できるだけ人の少ない町外れを行く事があった。
危険な場所ではあるが、警官IDを首から下げたグロリアにちょっかいを出すバカはいない。
47番街区は比較的治安も良いし、まだ営業している店もいくらかあるので、好んで行くデートスポットだ。
足を止めたのは、廃ビルの壁の前、海と砂浜の絵があった。
立ち止まったミシェルはその絵をじっと見つめていた。
「旅行に行きたいのか?」
「うん、まあ……でも、ちょっと違うかな」
黒髪、黒猫みたいなミシェルが首を振る。
彼女の目は夢見るように絵を見上げた。
「こんなところに住んでみたい」
「無理だろ。金がないよ」
苦笑するグロリア。
旅行ならともかく、今の御時世外国への移住は恐ろしいほど金がかかる。
ましてや住みやすい地域ならなおのことだ。
公務員の自分の給料でも、娼婦やこそ泥のミシェルの金でも足りない。
それでもミシェルは絵を見上げた。
「貴女が銃を使わなくても住む場所よ?」
と。
そうか、そういえば、つい先日もマフィアへの手入れで銃撃戦をして、何発か被弾した。
ミシェルは自分を案じてくれているのだろう。
嬉しいが、グロリアは銃と暴力に依って生きる事にもう妥協していた。
「それが商売だからな。良いんだよ、大丈夫だ。心配しなくても死にゃしない」
「……」
軽く言って先へと促すグロリア。
ミシェルは黙ってついていく。
思えば、この時既に彼女は、大金を得る為の算段をしていたのだろうか。
銃も盗みもなしで生きていける場所へ、夢のようなどこかへ行く事を。
□
崩れかけ、絵の輪郭のぼやけた壁の一部、わずかに色の変わったそこを手でさぐるグロリア。
やはり、中に仕込まれていた。
小さな金属カプセルを取り出し、開く。
小指の先ほどの大きさのメモリスティックがあった。
ナノマシン経由で人の意識に干渉する、世紀の発明の新技術を収めたそれは、時価何億ドルにもなろう。
「どうする?」
腕を組み、イライザは尋ねた。
どこか嘲るような口調だった。
グロリアは何も言わず、それを地面に落とすと、靴底を叩きつけて粉砕した。
続く