読んでいた本を閉じて、息を吐く。
読んだ内容を頭の中で反芻して、まとめる。読んだのは至って普通、と勧められた小説。恋愛、だとか、恋人、だとか。至って普通ではない言葉が羅列されていたモノだったけれど。
あれが普通だと言うのならば、なんてことを考え始めると僕の全ては異常であるし、守矢神社にいるという事実も中々に歪である。
第一、女性同士の恋愛が普通という早苗も中々におかしいのだろう。いや、しかし、それを考えはじめると散々に汚れてはいたけれど僕の人生も"恋愛"に満ち溢れていただろう。
アレを恋愛かどうかを問うかは別として。
「おやおや、また新しい本を読んでいたんですねぇ」
「文……」
「えぇ、あなたの為の烏天狗、射命丸文ですよ!!」
縁側に座る僕に対し、ふわりと地面に降り立った彼女は相変わらずの笑顔で僕を撮っていく。
ちなみに、文がここに来るのは日常と化している。一日一冊、という早苗の言いつけを律儀に守っている僕は彼女が来るたびに本が変わっている事になる。
風見幽香の所にいた時と比べここでの日常は非常に慌しい。
朝食の準備は前も同じだけれど、境内の掃除や仕事がいろいろとある。あと、ここは本が多い。早苗の部屋にあった随分と薄い絵本は取り上げられたけれど。
まぁ、代わりに色々と本を渡してくれるのはありがたい。
夜は夜で、相変わらずとも言える。強いて言うならば早苗が抱きついて眠る事がある程度。神奈子に曰く、現人神らしい早苗が僕から少しだけ力を得ているらしい。無自覚らしいけれど。
「今日はですね、なんと、外へのお誘いです!!」
「外?」
「ちょっとしたデートです!」
「でーと?」
少しだけ疑問に感じながら、外に出れるという心で少しだけ気分が高揚する。
その高揚した気持ちを表に出さないようにして、頭の中の冷静な部分が告げる。無理だと。
「ねぇ、天狗。レンを何処に連れて行く気?」
「いえいえ、少し空の旅という名のデートですよ」
「レンの安全はどうする気?」
「幻想郷最速を誇る私にソレをいうのですか?もちろん、守ります」
屋根の上にいたらしい諏訪子が顔をヒョコリと出しながら聞く。
安全、と言われて冷静では無かった頭が一気に冷やされていく。贄であり、餌である僕は食べられる可能性が捨てきれない。性的にしろ、文字通りにしろ。
それでも、行きたいという気持ちが優っているのだ。我ながら、欲求に忠実である。
「諏訪子……ダメ?」
「うーん……私としてはレンの意思を尊重したいんだけど、我が家のお父さんがねぇ……」
「ダァれが、お父さんだって?」
少し眉間にシワを増やした神奈子が障子を音を立てて開いた。
少しだけ諏訪子を睨んでから文に視線を向ける。両腕を組んで威厳たっぷりに息を吸い込んで、
「レンは嫁にやらんぞ!!」
と随分な事を吐きだした。その言葉に文が絶望したのか影を背負って地面に突っ伏している。
どうしてそうなったのか、非常に聞きたいところなのだけど、聞いた所で返ってくる答えは冗談だろうから疑問は捨てておく。
「っと、本音は置いといて……夕暮れまでに戻ってくるなら許可しようかね」
「いいの?」
「なんだ、行きたくないのかい?」
思わず出てしまった問いにニヤリと返答した神奈子の言葉。その言葉にフルフルと横に首を振って答えた。
嬉しい、純粋に外を見たいという気持ちが溢れてくる。憧れていた何かをようやく見ることが出来る。
「その代わり、レンにはコレを付けてもらう」
神奈子の手に乗せられていたのは、一本の白い紐。ソレを手にとってまじまじと見つめる。両端の形がそれぞれ違う事が分かり、片方に赤い点が二つあり、紐全体を改めてみれば、まるで蛇のようだった。
「私が編んだ……まぁ、簡易の式だね。レンの力を隠蔽出来る筈だよ」
「へー……」
そんな感嘆する諏訪子の声を聞き流して、肩口まで伸びてしまっている髪を纏めて簡単に縛る。
「……?神奈子、不良品?」
「認識をズラしてるだけだから、レンの力を知ってる私達にはいつもの様に見えるのよ」
「失敗作かどうか分からないじゃないですかヤダー!!」
「この程度で失敗するようなら神様なんてしてないわよ」
「……では、レンさんをお借りしますね」
近くにあった草履を借りて、文の差し出した手を軽く握る。
こちらは軽く握っているだけなのに、しっかりと握ってくる。
「あぁ、そうそう。レンに怪我が一つでも見つかってみなさい。この世界から天狗は見つからない事になるから」
「……肝に銘じます」
文の手汗が物凄いことになっているので、あまりそう言う事を言わないで欲しい。別段、僕の怪我がなんだと言うのだ。転ければ怪我をするヤワな身体だと言うのに。
「じゃあ、夕飯の準備までには戻るから」
「あぁ、行っておいで」
神奈子に頭を撫でられた。
不快感は……ない。むしろ気持ちいい。性的快感ではなくて、どう言えばいいのだろう。
身体から湧いてくる気持ちよさではなかった事は確かだった。
緑萌ゆる山。
いや、萌ゆる、というには遅すぎるだろう。既に青々とした葉が並ぶ木々に対して随分と失礼な思考だった。
少しだけ文に捕まって飛行して、到着したのが森の中。
暑い、と感じてしまう気候も少し涼しくなり、ついつい深呼吸をしてしまう。
「……ふー」
「気に入ってくれましたか」
「うん……イイ、凄く」
僕の後ろをゆっくりと歩いていた文がニッコリを微笑んだ。
どうやら僕の足が知らず知らずの内に速くなっていたらしい。
無雑作に立ち並ぶ木々も、深く呼吸の出来る空気も、全てがよかった。
「いやぁ、気に入って貰ってよかったです」
「ありがとう、文」
「……」
振り向いてお礼を言えば、文は少しだけキョトンとした顔をして、顔を真っ赤にした。
どうしたのだろう。風邪?
「どうかしたの?」
「いえ、スイマセン……不意打ちを喰らいました」
「不意…?」
「いえ、大丈夫です。むしろもっとこい!」
一体どうしたというのだろうか。
何度も深呼吸をする文を見ながら、疑問に思う。
~~
あぁ、コレは、イケません。
ダメだ、絶対に、これには勝てない。
なんとか外へと連れ出すことが出来た。それはもう、アッサリと。
洩矢神が恐ろしい事を言っていたけれど、そんな事は一切関係なしに、意図も容易く、彼は私を陥落させた。
だって、普段無表情な彼が、作り笑いではなくて、自然な笑顔で私にお礼をしたんですよ。自然な笑顔で。
それはもう、今日は何もしない、至って普通のデートという私の思惑を揺らがすには十分すぎる程の内容なのですよ!!
まぁ、先ほどこっそりお尻を触ったら抓られましたけど。
そんな熱情的な私の脳内とは別の場所。私の冷静な部分が八坂神の作った式のデータを集めている。
このデートも、彼の髪を縛っている式の確認なのだ。彼は私の我侭だと思っているだろうけど。コレはれっきとした報酬なのである。
私にやましい気持ちは無い。性交をすると怒られるからだ。誰に?洩矢神にだ。
まぁ、怒られた所で痛くも痒くもないんですけどね。感じる前に、という事ですが。
魔術的、神の力なんてモノはさっぱりわかりませんが、彼が彼である事の認識を阻害しているらしいソレ。
私は彼を彼と知っているので彼を彼と見ることが出来る。では、彼がカレで無ければ?そんな事、考えても詮無き事なのだ。意味など無い。
私は彼に惹かれているのだ。肉体的に。精神的には……どうでしょう。利害という言葉がチラついているのだから仕方ない。
第一、利害という点を関係性から省けばソコに残るのは孤独と偽りだけなのだ。純粋な関係性など、壊れやすく綻びにくいソレしかないのだ。
「文、どうかしたの?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
「?」
テコテコと戻ってくる彼は小首を傾げたり、少しコチラを心配したように見つめる。まぁ無表情に近しいソレですが。
コレはこれでいいのです。
私と彼との関係の様に。たったそれだけでいいのです。
「文」
「はい?」
「手」
「痛いです、スイマセンすいません、つい魔が差したといいますか、単純に触りたかったと言いますか」
やはり、お尻を触ると抓られるらしい。
もう少し関係を改善したい所です。
~~
結局、日が赤く染まるまでテキトウな時間を過ごした僕らは、ゆったりとした足取り……正確には飛んで移動していたのだけれど。
ともあれ、境内に入る手前で文は飛んで去り、僕はツッカケを鳴らして石畳を踏みしめる。
「おかえりなさい、レンさん」
「……早苗」
「おかえりなさい」
両腕を組んだ早苗が目の前に立っていた。それも、大層ご立腹な様で、目が笑っていない。
これを普通の笑顔というのなら、非常に怖い。
「……怒ってる?」
「えぇ、はい、非ッッ常に怒ってます!!」
どうやら本当に怒っていたらしい。
彼女が怒るような事はしていない筈なのだけど。
早苗の後ろの方で、何故か申し訳なさそうな二柱が正座をしていた。何が起こったというのか。
「どうして私に黙って外に行くんですか!?」
「……二柱には許しをもらった」
「そうでしょう!!私も聞きました!ソレとコレは違います!どうして私も連れて行ってくれなかったんですか!!」
そこか。そこなのか、東風谷早苗。
早苗の後ろに視線を飛ばせば、本当に申し訳なさそうな二柱がいた。自身の巫女に正座させられている、愚かな神様が二柱、ソコにはいた。
「っと、いうことで、今度は私とデートしましょう!!」
「わかった」
「やったぁ!!うふふ、可愛い服で行きましょうね!!」
「それは、ちょっと」
そんな僕の弱い抗議の言葉を聞くまでもなく、早苗は足を躍らせて自宅の方へ姿を消した。
早苗が消えて、見通しの良くなった後ろには、本当に申し訳なさそうな二柱が溜め息を吐いていた。
「神奈子」
「おかえり、怪我はないようだね」
「……諏訪子」
「おかえり、夕食を楽しみにしてるよ」
どうやらコレは決定事項らしい。
神奈子からもらった式もどうやら正常に作用していたらしいので、恐らく大丈夫だろう。
恐らく。きっと。いや、どうでもいい。