と言われる方がおられましたら幸いです。
遅れて申し訳ありません。
体がゆっくりと火照っていくのがわかる。
熱くなった空気を肺に閉じ込めて、静かに吐き出していく。
こうして、非常にゆったりと湯船の中に浸かっているけれど、どうやら僕はお風呂が好きらしい。
熱いお湯も、水面に落ちる水滴も、肺を熱くする湯気でさえも。
これで外が静かならば気持ちはさらに高揚していたのだろう。残念なことに浴場の外は喧騒に包まれている。
なんでも、神様達の会議だそうで。尤も、早苗から聞いたその言葉は諏訪子の会議という名の宴会、という言葉で覆されたのだけど。
会議、というか宴会には以前の生活で何度か出席させられた事がある。話をする、という事ではなくて、酌婦として。
性別的に男である僕が酌婦というのも、オカシナ話なのだけれど。
逆上せた、と感じるほどにボーッとした頭をどうにか動かして立ち上がる。
水滴たちがスルスルと体を落ちて、肩口よりも伸びてしまった髪を纏めて少しだけ絞る。
厚手の『たおる』を使い、肌に残った水を落としていく。
相変わらずの着流しに袖を通して、念のために髪紐で髪を縛る。
「あ、レン。上がったんだね」
脱衣所を出れば、お盆を持った諏訪子がそこにはいた。お盆の上には酒瓶が幾つか乗っている。
「よし、髪紐はしてるね。じゃぁ、よろしく」
「ん」
お盆を渡されて、ゆっくりと廊下を歩く。
ペタリペタリと足が床板を鳴らし、チャプチャプと瓶の中が波打つ。
喧騒に包まれたその場所に到着して、お盆を少し横に置いて正座をする。このあたり、すでに癖になっているのだからどうしようもない。
何度か深呼吸をして、頭の中に自分は酌婦である事を言い聞かす。作り笑顔を貼り付ける。
「失礼します」
少しだけ反応を待って、当然のように返ってこない事を確認する。
もちろん、返ってきたらで相応の対応をするのだけど、この中の喧騒で僕の声が聞こえるとは思えない。
神奈子あたりは、僕が到着していることを知っていそうだけど。
スッ、と静かに障子を開いて、部屋の中を見渡す。感想、酷い。
別に否定をしている訳ではないのだけど、酒瓶が転がり、あらゆる所から巻き起こる笑いと散乱した肴。そしてその中心で騒いでいる顔を真っ赤にした早苗。早苗ェ……。
「レン、こっちにおいで」
手をチョイチョイと動かしている神奈子の傍により、正座する。
酒瓶を持ち上げれば、空になった透明の入れ物を差し出される。そこに透明なお酒を注ぎ込んでいく。
半分程で酒瓶を傾けるのを止める。
「うーん、今日は随分笑うわね」
「酌婦だから」
「……ふむ、なるほど」
お酒に口を付けながら、しっかりと空いた手を僕の腰あたりに這わしてくる神奈子。その手を軽く抓んで、作り笑顔を貼り付ける。オイタは駄目です。
抓まれた部分を擦りながら少しだけバツの悪そうな顔をした神奈子はお酒をもう一度煽ってお酒の香りが混ざった息を吐き出した。
「私だけ独占って訳にもいかないか……」
「?」
「他の奴らにもお酒を注いでおいで」
「うん」
どうしてか、すこしだけ不満顔をした神奈子はその顔を隠すようにまた透明の容器を傾けてお酒に口をつけた。
折りたたんでいた足を立たせ、畳縁を踏まないように足を動かす。当然、酒瓶を持って。
「お酒を注ぎにきました」
笑顔を絶やすこともなく。
こうした行動も、昔の自分が覚えたことだ。あの人に連れて行かれる酒宴でよくやらされていた。
今は自分からしているのだから、中々わからないモノだ。
顔には出さずに苦笑して、神様たちにお酒を注いで行く。
ある程度神様の間を縫って、容器や杯にお酒を入れていった。
何度か台所とここを往復して、お酒の瓶を運ぶ作業にも慣れてきた。悲しいことながら。
立って周りを見渡す。ある程度顔は覚えているから、誰に注いでいないかもわかる。
だからこそ、一柱だけお酒を注いでいないことがわかった。
「お酒を注ぎに」
「寄らないで、厄が移るわよ」
赤いヒラヒラとした服を着て、深い緑色の髪を自身の前で結った神様がそう言った。
厄、不幸。これ以上の何かがあるというのなら、いや、もう何もないのだろう。
「今はお酒を注げない事の方が不幸なのですが……?」
「……」
僕がそういえば、少しだけ不貞腐れたような顔をして透明の器を煽って、こちらに差し出す。
僕はそれにお酒を注いで、彼女の隣に座る。
「……お酒は注いだでしょ」
「はい」
「……ハァ、本当に不幸になるわよ」
「人としての幸も不幸も、諦めましたから」
自分で言っておいて、笑ってしまう。元から望んでなかった事だ。
僕には届かない。僕には得ることが出来ない。
「…………なるほど、贄ね」
「わかるんですか?」
「予想と山の神の式からの推察、どうやらあってたようだけど」
チビリとお酒を飲んで神様はため息を吐いた。
「人間なのに、人ではない存在。ごめんなさい、私にはアナタの厄を祓う事は出来ないわ」
そう一言、まるで諦めたように、神様はそう言って、目を少しだけ伏せた。
そんなこと、別にいいじゃないか。僕は、僕で、贄で、餌なのだから。
「構いません」
「本当に、ごめんなさい」
「…………人の幸せなんて、望んでませんから」
それは当然の事。僕が贄となった時から、諦めなくてはいけなかった事。
既にソレは完結していることなのだから、仕方ない。
僕は立ち上がり、神様から離れる。そうした方が、きっといいのだ。
「アー!!レンさんだぁ!!」
そしてこの酔っ払いである。
頬を真っ赤に染めて、吐息すべてをお酒に変えた巫女が僕に抱きつく。当然の事ながら、彼女を抱き留めれる事はないので、僕はその場で膝を折ることになる。
もっとも、酌婦としての仕事はある程度終わっているし、もう僕はここに存在しなくてもいいのだろう。
「うへへぇ、いい匂いがしますぅ」
「……お風呂入った」
「そうなんですねぇ~、あぁ、フワフワして気持ちいーです」
それは早苗が酔っ払っているからだ。僕の力ではない。
横に足が崩れて座る僕の腿に早苗の頭が乗る。それはいいのだけど、お腹を抱きしめるのはやめてほしい。
何度かお腹の辺りで大きく呼吸をした早苗はクルリと僕の方に顔を向けた。腿の間に頭を置いて、寝心地を確かめるために何度か頭の位置を変えてからどうやら落ち着いたようだ。
「明日にでもデートしましょーねぇ」
「でーと?」
「二人っきりでお出かけです」
「……そう」
「村に行きましょう。きっと素敵な服とかがありますよー」
「……そう」
早苗の額に手を置いて髪を触る。サラサラとした髪が指の間を抜けて、早苗の目が細くなる。
村、という事は人がいるんだろう。ヒトが、いるんだろう。
幸いにして髪紐があるから、たぶん大丈夫だと思う。無理ならば神奈子達が止めるだろう。
「うへへ、楽しみですよ」
「……うん」
そのまま早苗の頭を撫でて、早苗に笑う。
このまま早苗が寝たら……それこそ神奈子に任せよう。うん。