誤字訂正
~から解くをしている
↓
~から得をしている
~~
拙い。ヤバイ。
冷や汗が体から吹き出して、顎を伝い落ちた雫が後ろへと置いていかれ森の樹へと落ちていく。
森の中はある程度目視出来るけれど、どこを探してもレンさんの姿は見当たらない。
私を押し倒して、里から立ち去った彼の姿が、見えない。
舌打ちをして歯を食いしばる。
危険な場所にレンさんが消えたこと、私がソレを何もできずに見送ってしまった事。
後者の方が私を大きく蝕む。
唖然としたのは、彼が私を蔑んだように、まるで使えない何を見る様に見たから。正確にはその表情に違う感情が見えたから。
憤りも、侮蔑も無く、あったのはまるで私を心配するような表情。
その表情も一瞬で侮蔑と雑多を見る瞳へと変わり、彼は里から出て行った。
たった独りで、胸を張って、石をぶつけられながら、否定されて。
私はどうする事も出来なかった。
汗を拭い、神社へと急ぐ。
私だけでは探しきれない。神奈子様に怒られても、諏訪子様に怒られてもいい。
今の彼を一人にしてはいけない。
胸の中にある罪悪感からか、それとも後悔からか、もしくは両方か。マイナスの感情が私を急がせることには変わりない。
垂直に降りるのでは無くて、斜めに下降して地面に足が着いたと同時に走り出す。
「神奈子様!!諏訪子様!!」
境内を走り、石畳を蹴り、冷や汗か普通の汗か分からなくなった水滴が顎を伝う。
縁側に居た二柱が同時に私の方を見る。
「た、助けてください!!レンさんが、レンさんが!!」
「あぁ……やっぱりそうなっちゃったか」
やっぱり?
諏訪子様の言葉に私は立ち止まり、息を飲んだ。『やっぱり』とはどういう事だ?
フツフツと何かが心を覆い尽くして、ソレが喉まで上がってくる。
「落ち着きなさい、早苗」
今にも飛び出しそうな叫びはタイミングを失い喉に留まっている。
私を止めた神奈子様はジッとコチラを向いている。茶色にも似た赤い瞳が私を射抜いて、言葉を出すことが出来ない。
「レンは無事よ」
「でも!!」
「さっき厄神から連絡があったわ。日暮れまでにはコチラに連れ帰ってくれるそうよ」
神奈子様の言葉が私の中に広がって、ようやく荒くなった息や、心を支配していた黒い何かが薄らと晴れる。
よかった。よかった。
その気持ちが湧き上がり、そんな私に気が付いたのか神奈子様は苦笑した。
「アナタには言って無かった事があるわ」
「髪紐の事……ですよね」
「それもだけど、もっと根本的な部分よ」
私の頭を撫でた神奈子様が真剣な顔をする。
「髪紐を外した彼が人に疎まれた理由、私達が人間である筈の彼を擁護する理由」
「擁護……って、困っている人を助けるのが神様でしょう!?」
「それなら、レンの怪我が治ってから人里へと戻せば話が終わるのよ」
淡々と神奈子様は応えた。その顔は真剣な顔で、私の反論なんてとっくの昔に考えた事の様に用意された答えみたいに。
「彼は、贄よ」
「ニエ……?」
「と、言っても早苗には教えなかった事だけど」
ニエ……生贄?レンさんが?
誰の為の?何の為の?
「人の幸せの為に犠牲になり、人としての幸せを剥奪された人間。
人は本能的に贄を嫌悪する。それは人が古くから行っていた儀式の名残であり、それが正しく普遍で普通の行いだから。
儀式の結果は見た通り。贄は人から逸脱してしまう。人の幸せを奪われ、人を超えた力を溜め込んでしまう。
だから、彼は人以外に狙われてしまう。事実、贄の全てを手に入れた下級妖怪と呼ばれる存在が神と呼ばれたり、天災と呼ばれる事もある」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
おそらく事実を語っているだろう神奈子様の冷たい瞳をジッと見ながら話を遮る。
神奈子様の説明を理解する事は出来た。それも容易く、理解出来た。
けれど、納得などできるわけがない。
「そ、そんなの悲しすぎますよ!!」
「なら、彼を人里にくだらせる?」
「それは……」
先程の事が頭によぎる。
石を投げつけられ、本当は泣きたいだろう彼が端然と歩く。
奥歯を噛み締めて、考える。どうすれば、彼を幸せに出来るのか。どうしたら、彼を救ってあげる事が出来るのだろうか。
「早苗、ゆっくりでいいわ。だから、贄としての彼じゃなくて、レンを見てあげなさい」
「レンさんを?」
「そう。私達が出来る、簡単な最初の事よ」
「まぁ早苗には最初からそういう風に見てもらう為にあの子を贄だって言わなかったんだけどね」
確かに、言われていたら、きっと私は贄としてしか見れていなかった。
今日の事も『レンさんが心配』という気持ちでは無くて、『贄だから危険がある』になっていただろう。
「もしかして、私が彼に惹かれているのは、現人神としての」
「それは違うわ」
「早苗はレンの事をどう思ってるの?」
「どうって……可愛い妹ですけど?」
「……いや、それはそれでおかしいんだけど」
「え?だって可愛いじゃないですか!!」
私の言葉に溜め息を吐いた神奈子様は額に手を置いて首を軽く振っていた。
可愛いですよ?レンさん。
「まぁ、いいわ。早苗はおいしい料理を見た時どう思う?」
「……食べたいですかね」
「極端に言えば、私達神、並びに妖怪、言ってしまえば人外には贄がそう見えちゃうのよ」
「私はそうは見えませんよ?」
「彼を抱きしめて寝た次の日の朝は寝起きがよかったり、変に体調がよかったりするでしょ?」
「あ、そういえばそうですね」
「そういうことよ」
「早苗は珍しく二日酔いで唸ってなかったしね」
そういう事なのか。
イマイチどうかは解らないけれど。きっとレンさんが可愛く見えている事も贄として、という事なのだろう。
実際、レンさんは可愛いので私にとって至極どうでもいい事だけれど。
「髪紐はソレを隠蔽する作用があったのよ」
「なんと!髪紐にはそんな力が!ただ可愛くなるだけじゃなかったんですね!!」
「いや、私が編んだ式だからよ」
「……なるほど!やはりそうでしたか!!」
「……巫女として大丈夫なのかしら」
「別に大丈夫なんじゃない?今まで大丈夫だったし」
「そうですよ、神奈子様。大丈夫ですって」
「とにかく私の溜め息が尽きないって事がよくわかったわ」
そんな尽きない溜め息の一つをまた吐き出して神奈子様は頭痛がするように頭を抑えた。
「ただいま」
玄関から聞こえてきた声に私はいち早く反応して、靴も縁側に放置して、ドタドタとうるさく足音を鳴らして玄関に走る。
謝らなくてはいけない。
どれを謝ればいいのか、わからないけれど、とにかく謝ろう。
「おかえりなさい、レンさ……」
「お邪魔するわよ、神巫女」
彼の隣にいたのは緑色の髪を前で結わえた厄神。彼を助けたのだから一緒にいるのは当然だろう。
けれど、その瞳が私を貫くように睨んでいて、怒っている事は明白だった。
「……雛、駄目」
「…………はぁ、アナタがそう言うなら、構わないわよ」
「……」
無表情で厄神様にそう言ったレンさんは、全く感情が分からない澄んでいる瞳を私に向ける。
「ただいま、早苗」
「おか……えり、なさい」
先程はすんなり言えた言葉が詰まってしまう。
私は彼に怒られたかったのだろう。きっと、その方が謝りやすいという単純な理由で。けれど、彼はそんな事を許さないかのように、まるでいつものように口を開く。
「夕食の準備は?」
「ま、まだです」
「わかった。雛は?」
「迷惑でないなら、ご相伴にあずかろうかしら」
「その辺りは早苗に」
「え、あ……はい、どうぞ」
「えぇ、ありがとう」
目が一切笑っていない笑顔で感謝された。レンさんはしっかりと靴を揃えて脱いで、廊下を歩いていく。
おそらくキッチンへと向かったのだろう。途中で神奈子様達に帰ったと伝える辺り『らしい』と思ってしまった。
「助けたわ」
たった一言、それだけで私は目の前の厄神様に支配されたと思った。
それだけ、彼は特別な存在なのだと、理解出来た。
「……はい、ありが」
「別に礼を聞きたいわけじゃないわ。元々八坂神奈子に頼まれていた事だし。けれど不用心すぎないかしら?」
「……すいません」
私は深く頭を下げる。
厄神様はソレを見て何を思ったのか、少しして溜め息を吐きだした。
「……ごめんなさい。別に怒っている訳でもないの。私も彼に力を分けてもらったから得をしている。厄もある程度外の出ないから夕食をいただくのだけど……ただ、彼をもう人里に近付けないでほしい。人にとっても、彼にとっても」
「わかってます……贄だから、ですよね?」
「そうね、ソレが主な原因ね」
主な、という事は他にも原因があるのだろうか。
贄としてでは無くて、他の原因が?人に嫌われる原因があるのか?
「とりあえず、ちゃんとレンにも謝りなさい。……尤も、彼はそんな事望んでないだろうけど」
「……はい」
私は始終、厄神様に対して小さくなることしか出来なかった。回避率も上がらないというのに。
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贄を贄として見れてない早苗にとって彼は単なる可愛いいも、弟です。
正確に、それこそ彼に引かれている原因を言ってしまえばソレは贄だから、という事になるのでしょうが。ソレを理由にしない為に神奈子様達は敢えて早苗さんに言いませんでした。
贄だから、惹かれている。なんて考えるとソレに執着しすぎて彼をヒトとしてみれなくなっちゃいますし。
可愛い、と見えているのは彼女自身の美的センスですし、愛おしいと感じるのは早苗が彼を人として見ているからです。
おいしい料理に愛おしさを感じる事はありませんから。
ある程度の言い訳を貼り付けていますが、ソレでも納得出来ない方はご都合主義め!!と罵ってください。甘んじて受けます。
尤も、この設定自体、煮詰めきれていないモノですので、仕方ない事です。