「おや、今日は厄神様もいらっしゃるんですか」
当然のように夕食の挨拶時に入ってきた文は、これまた当然のように僕の隣に陣取った。
「あら、烏天狗がどうしてこんなところに?」
さらに言えば、逆の隣には雛が居て、今しがたやってきた文に笑顔を向けている。
「烏はその辺りで動物を漁っていればいいでしょう?」
「あやや、撒き散らすだけの存在が何を言ってるんでしょうか?」
「あら、別に目障りだと言うのなら構わないわ。……アナタを消せばいい話でしょう?」
「随分と怖いことを言いますねぇ。……そんなに潰されたいんですか?」
僕を挟んで売り言葉に買い言葉。合わせていた手を離して、両方に手のひらを見せれば渋々といった風に言い争いを止める。
どうして最初からしないのか。
言い争いを止めた一人と一柱を見て溜息を吐いた僕。そんな僕を確認して、いつものように神奈子が「いただきます」と口を開いて、夕食が始まった。
味噌汁を啜り、目の前にある魚をほぐす。ほぐしていると右袖がクイクイと引かれる。そちらを向けば烏天狗が少しだけ微笑んで
「あー……」
と口を開いていた。その中にほぐした魚の身を箸で持ち上げて差し出す。
「はむ……んー、美味しいです。私に毎日ご飯を作ってくれませんか?」
「作ってる」
「いえ、まぁそうなんですけど、そうじゃないんですよぉ……」
「?」
「射命丸。あんまりレンを唆しちゃダメだよ?毟るわよ」
「あややや、洩矢神は恐ろしいことを言いますね」
笑顔の耐えない会話だと言うのに、どうしてだろうか、文は額に汗を浮かべている。
そんな文をいぶかしげに見ていると、左袖が引かれる。
そちらを向けば、厄神様が少しだけ顔を赤くして、
「あー……」
と少し控えめに口を開いていた。しっかりと煮付ける事が出来たかぼちゃを箸で切ってその口の中へ入れる。
「はむ……おいしいわ。うん、さすが私のレン」
「あややや、私のモノなんですけどねぇ、厄神様」
「あら、別にいいのよ?今からアナタから所有権を奪っても」
「奪えると思ってるんですか?嘗めてます?吹き飛ばしてあげましょうか?」
「騒ぐようなら出て行ってもらうよ?」
ギロリと僕の両隣を睨んだ神奈子。その瞬間に両隣がビクリと震えて、僕の袖をちょい、ちょいと引っ張ってくる。僕にどうしろと言うんだ。
もちろん、どうする事も出来ないので僕はのんびりと箸を進めることになるのだけど。
「第一、厄神様は私に一言あって然るべきだと思うのですよ」
「私が烏天狗に何を言うべきなのよ」
「レンさんの隣を座ること」
「……別段、片方が空いているのだから構わないでしょう?」
「独占することに意味があるのです!!」
グッと拳を握った文を呆れたように見る三柱。そう三柱。
こちらに視線を向けることもない早苗は下を俯いて、細々とご飯を食べている。
「……ならアナタ秘蔵のレン関係の写真でいいわ」
「ちょっと待ってください、真剣に悩みますから……」
いま聞き逃すことが出来ない言葉が出たのかも知れない。
いや、きっと気のせいだ。気のせいだと思う。
「と、とりあえず三枚でどうだ!!」
「あら、全種類の価値もないのね。レンの隣独占権は」
「ああああぁぁっぁぁああああ!! わかりました! わかりましたよ、三十四種類譲りますよ!!」
いったいいつの間にソレほどの数を写す時があったのだろうか。
普段、文に写真を撮られている回数を考えてもソレの半分もいってないのだけど。
両隣で繰り広げられる当事者を省いた商談を流しながら、早苗を観察する。
下を向いていた早苗は少しだけ何かを思ったように顔を上げて、チラリと目線だけこちら向き、そしてまた下へと視線を落とした。
さっぱりわからないので神奈子達に視線を向ければ、ただただ微笑まれた。
「レンさん?」
溜め息を聞かれたのか、文が何かの束を雛に渡しながらこちらを向いている。
その束に写っているのは僕で、巫女服を着ながら微笑を浮かべている。
汚らわしい。
「……没収」
「ぁぁぁああああ……レン、後生だから、後生だから」
「ダメ」
しっかりと束を奪った僕はソレを袖の中に入れた。
洗い物をしているときに燃やしてしまおう。
冷たい水滴が温かくなった顔に落ちてくる。
どうやら少しの間眠っていたらしい。湯船から上がる湯気を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
どうしても、早苗の気持ちがわからない。
僕の方を向いていた、ということは僕が何かをしてしまったのだろう。
身に覚えがあるのは里のことに関して。
アレに関しては僕がすべて悪いのだから、早苗は悪くないのだ。
そう自己完結して、自己満足もした。そんな自分に自己嫌悪も。
どうしようもない。ソレこそ、早苗が口を開くまで僕は何も出来ない。
早苗が口を開いて、僕が何かをする、というのも何かおかしな話だけど。僕に出来る事なんて限られているし、極僅かだ。
溜め息を吐き出して、立ち上がる。
体から滑り落ちる水滴を感じながら、脱衣所への扉を開く。
「あ、レンさん……」
「……」
開いたそこには裸の早苗が居て、僕は意味がわからなかった。
何度か瞬きをして、ゆっくりと口を開く。
「……何をしてるの?」
「いえ、その……お背中を流そうかなぁ……とか」
「洗った」
「デスヨネェ……」
乾いた笑顔を浮かべる早苗。ハハハ、と笑っているけれど、どこかいつもの笑顔とは違う。
僕は踵を返して、また浴室の中へ戻る。
「え?」
「……一緒に入る?」
「は、ハイ!!」
何かを決心したように早苗が笑い、僕は木製のいすに座る。
後ろに早苗が何かを決心するように、よし、と言って僕に濡れた布を当てる。
「……」
「……」
無言、無音。
背中を擦られ、どこかこそばゆい感じがしながらソレを我慢する。肌に触れてしまって、程よく蕩けている思考が弱い快楽を伝えて変な声が出そうになる。
「その……すいませんでした」
「……ん?」
背中を擦る行動が止まり、早苗が呟いた。
どうして謝っているんだろう。
「あの時、私が髪紐を、いえ、人里に行くなんて言わなければ」
「終わったこと」
「……終わっても、レンさんは傷つくでしょう?」
「まったく」
「…………」
何が傷つくというのだろう。
確かに頭に傷は出来てしまったが、別に深い傷ではないのですぐに治るだろう。
どうしてだか、無言になってしまった早苗が気になり振り向く。
「……どうして泣いてるの?」
「え?あぁ……すいません……」
悲しい顔もせずに、ただ涙を流していた早苗がそこにはいた。
僕の言葉にようやく涙に気がついたのか指で涙を拭っていく。
「わかりました。そういう事も忘れちゃったんですね……」
「?」
「いえ、大丈夫です。大丈夫ですよ」
意味がわからないまま、早苗が僕を抱きしめる。
やわらかい感触が僕の胸で潰されて、強く抱きしめた手が僕の頭を何度も撫でる。
「大丈夫、私達はアナタの家族ですよ」
早苗の言葉が鼓膜を揺らして、なぜか胸の辺りが温かくなった。ソレが早苗の胸が押し当てられているからなのか、別の何かなのか。
僕にはわからない。
わからないけれど、きっと、僕にはナイものなのだろう。
お風呂を上がるとどうしてか上機嫌な早苗が僕の手を掴んでいた。
フンフフン、と随分適当そうな鼻歌を歌いながら廊下を歩いている。
「さぁて、いつも似たような服だといけません!」
「別に、いい」
「いいえ、いけません! いいですか、レンさん。きっとレンさんがこの犬の着ぐるみパジャマを着ればきっとかわいいんです。つまり! 着なくてはいけません!!」
早苗の言葉が鼓膜を揺らして、どうしてか目を細めて早苗を見てしまった。ソレが早苗に対しての呆れなのか、僕の体躯ほどの寝巻きを所持していた事の違和感なのか。
僕にはわからない。
わかりたくないけれど、きっと、僕にはナイものなのだろう。