※この作品はR-18です。

東方色贄録   作:猫毛布

18 / 68
18 ネコと贄

 目を見開いた。

 目の前にはその名にふさわしい真っ赤な館が堂々と建っていた。隣にいたお燐も思わず口を開けてしまっているほどに。そんな僕らを見ながら苦笑している文はしっかりと写真機を構えて僕らに向けている。

 

「いやぁ、いい反応ですね」

「烏天狗は肖像権ってのを知ってるのかい?」

「あややや。現実に無い権利を主張されても困りますよ」

「幻想にはある権利さ」

 

 僕の胸に抱かれているお燐がよくわからない事を言いながら、溜め息を吐いた。文は気にしていないかのように肩を竦めて首を振っている。

 

「さて、ともあれ、とにかく、私の役目はここで終わりです」

「珍しいねぇ、変態がレンから離れるだなんて」

「レンさんの事は好きですが、吸血鬼姉妹に会うのは憚られますね」

「なんだい、てっきり十六夜咲夜に会うのが怖いのかと思ったんだけど?」

「あややや、知っているなら口に出さないでください。どこからナイフが飛んでくるか」

「聞こえているわよ」

 

 突然、文と僕との間に銀髪が揺れた。鋭い瞳とどこか怒っている様な雰囲気を醸し出し、それは現れた。正確には現れていた。

 文は笑顔のまま固まっているし、どうしてかカタカタと細かく震えている。

 

「デハ、レンさん。ワタシはモドリマスネ!!」

「まぁお待ちなさいな、鳥肉」

「嫌です、待ちません。私には大事な仕事があるんです!!」

「その仕事のせいで私はいらぬ誤解と噂が流れてるのよ」

「私の仕事は真実を書く仕事です。そりゃぁ九割程盛ってますけども」

「ソレが原因よ、チキン」

「誰が鶏ですか!! 三歩で忘れるなら面白い記事なんて書けませんよ!!」

「黙りなさい、鶏頭」

「何を言うんですか、トサカにきてるのは十六夜咲夜さん、アナタでしょう」

「そう、わかってるじゃない」

「あぁ、スイマセン、ナイフを出してニッコリするのはやめてください死んでしまいます」

 

 後退りながら、両手を前に出す文。その様はさながら屠殺される鶏のように慌てていた。もちろん、皮肉な事である。そんな文の首を掻っ切ろうとしている人間らしい女性、十六夜咲夜は笑顔で刃物を握っている。握った刃物の鋒は文に向いていて、ソレを物珍しそうに見ていると、消えた。

 

「ギャーッ!? 本当に投げる人がいますかッ!?」

「惜しい」

「と、とにかく届けましたからねッ!! 変に傷とか付けると洩矢神が怒髪天しちゃいますからッ!!」

「随分な捨て台詞ね……。というか、この子も人間なのだから、物の様に扱うのはどうかと思うわよ?」

 

 そんな十六夜咲夜の一言も聞かず、文は風の様に消えていった。先程まで立っていた場所には何枚かの黒い羽が落ちている。そんな羽を見ながら十六夜咲夜は溜め息を吐いて、誰が掃除をすると思ってるんだ、と呟く。

 閑話休題(それはさておき)というように僕をようやく見た十六夜咲夜はニッコリと微笑む。もちろん、刃物は突き立てられていない。

 

「お久しぶり、そう……確か、レンだったかしら?」

「うん」

「ソレと、地獄猫もいつかの宴会ぶりね」

「目が合って少し話した程度だけどね」

「ハジメマシテじゃなければソレでいいのよ、それこそ時間の無駄だわ」

 

 肩を竦めて溜め息を吐いた十六夜咲夜は僕の手に持つ手紙を見て、そしてその手紙がいつの間にか彼女の手に渡り、蝋封を見て納得する。

 先ほどから、いつの間にか、が多い。コレでも多感であると自負はしている。それこそ今のように自身の肌に感じる物ならばそれなりに敏感だ。だというのに、いつの間にか彼女に奪われていた手紙。そして、僕の手には少しの熱だけが残っただけだった。

 

「さて、では御客人様方。私(ワタクシ)、紅魔館がメイド長、十六夜咲夜がご案内致しましょう」

 

 ギギギ、と錆びた鉄扉が音を鳴らしゆっくりと開く。十六夜咲夜はまるで絵画の様に一礼し、朗々と二の句を告げる。

 

「我が主。吸血鬼レミリア・スカーレットがご友人、魔法使いパチュリー・ノーレッジの世界へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見た目よりも広すぎる館内を案内されながら、十六夜咲夜の後ろを着いていく。そんな僕の後ろには二股の黒猫であるお燐が歩いている。左右を見渡せば、コウマカン、という名に相応しすぎる紅々とした世界。それこそまるで人の何かで染められたように錯覚するほど、赤く、赫く、紅い。

 そんな真っ赤な世界だと言うのに、壁には黒い文様がしっかりと描かれ、絨毯には金の刺繍が施されているからだろうか、自然とソレを受け入れる事が出来る。この館はそういう物なのだ、と。

 

 入ってから左に見える窓が数えて二十六をすぎた時、目の前の十六夜咲夜が停止して、少しだけ横へズレた。そして僕の目の前に映ったのは、紅い世界には異色の焦げ茶色の大きな扉である。どうしてか、所々真新しく変色していたり、扉の淵が焦げていたりと、理由はわからない疑問があるけれど、確かに扉はあった。

 

「……」

 

 十六夜咲夜に目を向ければ、張り付けたような笑顔でコクリと頷く。僕は手を伸ばして、少しだけ鍍金が剥げた握り玉を握り、回転させる。腕を引き、鉄の音とは違う、耳障りではない呻き声を上げて扉は開かれる。

 開かれた先は仄暗く、所々に小さなあかりが灯っている程度。僕が開いた扉から差し込む光が舞っている埃の存在を知らせる。そして、目を一番引いたのは、正確にはその空間のほぼ全てを埋め尽くしていたのは、本だった。

 乱雑とは掛け離れた整頓されすぎた本棚の中身と本棚。それも人の身長など容易く超えているだろう長さであり、所々に車輪付きの脚立が見えている。

 僕は一歩、二歩とその空間へ入り込み、そして大きく息を吸い込んだ。性的快感ではない何かが僕を埋め尽くし、そして、吐きだした息は僕の頬を緩ませるのに容易かった。

 

「気に入ったかしら?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向く。

 そこには十六夜咲夜とお燐がいる。けれど一人と一匹の声ではない。少しだけ視線を上に向けると声の主は居た。幾つかの本を浮かし、手に持った本の頁を一枚捲り、空中に座った、不可思議な存在。

 そんな存在は、ゆっくりと下降して扉から差し込む光を背に受ける。紫色の髪がフワリと揺れて、開かれていた本が閉じられる。

 

「初めまして、私の名前はパチュリー・ノーレッジ。貴方を招いた魔法使いよ」

「……レン」

「えぇ、自己紹介なんて自身が他人をわかればいいモノよ」

 

 クスクスと口元を袖で隠しながら笑うパチュリー・ノーレッジ。そしてそんな魔法使いの足元を素早い足で抜けた黒猫が、黒猫だったモノが僕の前に立った。

 目の前は赤い髪と黒い服、そして肌色の首元が見えている。

 

「あら、お守りも居たのね」

「お守りは帰れ、だなんて言うのかい?」

「いいえ、全く、それこそ本末転倒、私の興味は守られている対象にあるもの」

「……先に言うけれど、危害を加えようとするなら止めるよ。それこそ全力でだ」

「私は引き金を引く気はないわよ。もちろん、レミィにもね」

「どうだか。生憎な事にレンは変態に好かれる才能があるんだ」

「…………」

 

 魔法使いは言葉を失い、黒猫だった存在は緊張した面持ちで僕を背にしている。

 僕はここでようやく疑問が解けなくなり、目の前にいる存在の肩を叩いた。

 

「なんだい?」

「……誰?」

「…………」

「………………」

「……う、うぅ? ちょ、ちょっとタイム」

 

 目の前の存在は蹲って何かを考えるように頭を抱えた。僕の疑問は当然のことである。そんな疑問がおかしかったのか、パチュリー・ノーレッジは口を抑えて肩を震わせているし、十六夜咲夜は顔を背けて肩を震わせている。

 

「えっと、レン。あたいってわかるよね?」

「……」

 

 僕は首を横に振る。そして目の前の存在は溜め息を吐いて、一歩だけ僕から離れた。そこから少しだけ跳び、縦に回転する。地面に着地したソコには二又の黒猫、つまりお燐がいた。そしてお燐は垂直に跳んで、縦に回転して、地面に着地した時には靴も服も着た人へと成っていた。

 あぁ、なるほど。

 

「……どうして普段は察しがいいのに、こういう所は天然なんだろうねぇ…………巫女様の責任な気がしてきた」

「いいかしら?」

「すまないねぇ、まぁ、緊張の糸は緩んじゃったし、今ので危険は少ないってわかったし」

「ならよかったわ。私の疑問はまだ解けてないもの」

 

 パチュリー・ノーレッジはニコリと笑んで、僕を改めて見る。

 

「ねぇ、give and take、等価交換法則、どれでもいいのだけれど、何かを得る為には自身の何かを差し出さなければいけないとは思わない?」

「……」

「あなたの願い、この図書館へ来ることを私は叶えたわ。私の願いを聞き入れるべきではなくて?」

「だから、危害は」

「もちろん、加えるワケがないわ……ただの疑問解決よ。それこそ髪を結うよりも容易い事」

 

 パチュリー・ノーレッジは僕を指差す。いや、僕の少し上、髪を纏めている部分。

 ニヤリと嗤った魔法使いは口を開く。

 

「その髪紐、解いてもらっていいかしら?」

 

 本当に、髪を結うよりも簡単な願い事。

 お燐は首を傾げて僕を見ている。僕はパチュリー・ノーレッジをただ見つめるだけしかない。

 

「どうして、なんて聞かないでよ。単なる好奇心。猫をも殺す、とは言ってのける程でもない。アナタが本を読みたいのと同じ理由」

「……」

 

 きっと否定した所で、意味など無いのだろう。そもそも、意味もない、それこそ文が言っていたように物に等しい僕にこうして等価交換を持ち上げてくれているだけ感謝すべきなのだろうか。色々な思考がめぐり、ゆっくりと息を吐いた。お燐が心配そうに僕を見る。だから、いや、違う。僕は適当な理由が欲しかったのだろう。理由など必要ではない。僕が、僕として、本来在る姿に変わるだけだ。それこそ、お燐が四足歩行から二足歩行へ変わった時の様に。

 僕は手を髪紐に伸ばして、一端を摘み、引いた。

 お燐の瞳孔が一度開いて、そして細くなった。生唾を飲み込んだ音が聞こえ、僕を守る腕がピクピクと反応している。何かを耐えているお燐は熱っぽい息を吐き出しながら、歯を食いしばっている。

 

「なるほど、神様がひた隠しにするから何かと思えば、器(ウツワ)だったのね。いいえ、神様からは贄、だったかしら?」

「……」

「咲夜にはどう見えているの?」

「私には先ほどと変わらずに」

「ふむ、多少レミィの血が入っているからかしら?あぁ、髪紐はもう付けて構わないわ。尤も、意味はないでしょうけど」

 

 お言葉に甘えて再度髪を結い上げる。もちろん、神奈子の言葉が正しければ意味はない。けれど、既にクセになっているのだ。

 

「さて、改めまして、器さん。他者にわかるように自己紹介をしなくてはいけないわ」

「……そう」

「では、本を読む事の対価を支払って貰いましょうか。コレばっかりはいい加減(・・・・)に先払いにしてもらうわ」

「……何を?」

「血を頂戴な。神が認め、妖が見蕩れ、魔法使いが求めるソレを私に頂戴な」

 

 魔法使いは、僕を見てやはりニヤリと嗤う。僕は当然の様に魔法使いの願いを容易く叶える事を選んだ。

 何処から用意したのか、十六夜咲夜がお盆を僕の前に差し出し、ソコには簡素な、けれど輝かしい銀色の刃物が横たわっている。僕はその柄を掴んで、左手に刃を這わせる。良すぎたらしい切れ味で皮膚は綺麗に一文字に裂け、そこから赤い液体が溢れる。垂れた血は長細い透明の容器に入れられていく。傷に痛みを感じ、ヒリヒリとしてくる。容器がいっぱいになった辺りで十六夜咲夜が僕の左手に包帯を巻きつける。

 

「器にどれほど薬の力が効くかは解らないけれど、無いよりはマシでしょう?」

「……対価は?」

「十分すぎるほどに得ているわ」

「……そう」

 

 ならばよかった。包帯が無駄にならなくていい。

 僕はそのままお燐の方を向いて、一歩寄る。お燐は一歩後ずさった。また一歩、そしてお燐もまた一歩。

 

「こ、来ないでおくれ」

「……どうして?」

「それ以上近づかれると、あたいがあたいじゃなくなりそうなんだよ!!」

「……そう」

 

 僕は一歩更に寄った。お燐は怒りだか、悲しさだか、よくわからない表情で顔をくしゃくしゃにして、僕の前に手を向ける。それで僕はようやく止まる。

 

「あたいに我慢しろってのかい!?」

「……いや」

「なんだい!? アンタを食べろってのかい!? あぁ!! チキショーめ!! どうしてそんなに美味しそうなんだい!?」

 

 僕は何処かにあった何かを失った気がした。それも些末な物だった。一瞬で消え去ったソレを溜め息で吐き出して、僕はお燐の目の前に右手を差し出す。

 

「あぁ!! なんだってんだ!!」

「食べていい」

「ハぁ!? 何言ってんだ!! いいかい!? 食べるってのは、アンタが死ぬかもしれないって事だ!! わかってて言ってるのかい!?」

「大丈夫」

 

 僕は呟いてお燐を見つめる。お燐の双眸は僕では無くて、ずっと右手を見つめている。とても美味しそうな、餌を見つめる。自分をわかっていたつもりだった。知っていたつもりだった。

 それでも、僕は僕であることを忘れていたかもしれない。忘れたかったのかもしれない。

 

「大丈夫」

「ッッッ!?」

 

 僕はもう一度呟いて、微笑みを張り付けた。お燐は何かを耐えるように大きく口を開いて、僕の右手を、口に含んだ。

 突き立てられる鋭い歯が皮膚を突き破り、生温い舌がそこから溢れ出る血液を舐めとる。紅潮した頬とどうしてか涙を流すお燐。

 

「チクショウ……チクショウ」

 

 僕の指を口に含んだまま、まるで恨むように呟いたお燐はやはり泣いていた。温かい口内から解放された指はクッキリと歯型が付いていた。そこから溢れる血液以外は、至って普通だ。骨まで到達するでもなく、噛みちぎられるでもなく。僕の指は健在だった。

 

「ごめんよ……ごめんよ、レン」

「大丈夫」

 

 泣いているお燐が猫に変わり、僕の胸元へと飛び込んだ。僕はいつものように猫を抱きしめて、頭を撫でてやることしか出来なかった。




お燐とエッチな事をすると思ったか!!ヴァカめ!!
男の娘の伝説は何処かの英雄が女装して八つの首の龍を倒したところから始まった!!


閑話休題。
アトガキ

妖怪と贄との正しい関係性はコッチなんでしょうね。
まぁ、今までの妖怪さんが特殊すぎたということです。

贄と餌と器に関して、少し。
全て“贄”という一個体に対しての呼び方です。別に出世魚的な何かでは無くて、各種方面によって呼び名が違う、と思って頂ければ幸いです。

髪紐自体は当然の様に隠蔽の式、というか一応神様の式にあたるのでパチュリー程の魔法使いならば気が付く、と考えてください。早苗さんは、うん、えっと、ほら、……言わせんなよ、恥ずかしい。
あとは、早苗さんが連れているという点、神様が擁護している点、実際会って髪紐を発見した事、まぁ判断材料は色々とあるので、適度に判断してください。

紅魔館でエロ?
頭の中では皆無です。無理やり詰め込めても妹様なのだけど、妹様とシちゃうと紅魔館を生存して出れるかなぁ……出れたとしても妹様が、あぁ、恐ろしや恐ろしや
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。