いつもの白い着流しを着て、布団で横たわる文を見る。白濁液を溢れ流し、まだ快楽で塗りつぶされている彼女。自分への嫌悪感と文に対しての何かを感じる。
外を見れば、少しだけ明るくなっているが、まだ誰も起きていないだろう。
「……ごめん」
そう言い残して、僕は障子を閉めた。
左手で握り込んだ髪紐を確認して縁側を降りる。裸足で地面を踏みしめれば冷たい地面を感じる事が出来た。
夏が終わりを告げるように、少し冷たく感じる風が僕の頬を撫でる。
薄暗い、早朝特有の空。僕はソコを駆ける事も、飛ぶ事も出来ない。移動手段は無い。けれど、僕は行くしかない。
「こんな早朝にどこへ行くのかしら?」
屋根の上から声が聞こえた。
上を見れば、早朝だと言うのに寝呆けた顔もせずに僕を見ている諏訪子が座っていた。
フワリと屋根から降りてきた諏訪子は土埃も立てずに地面に着地した。
「私はレンのお願いは尊重するよ。それこそ吸血鬼の所へ行くことは許す。でもね、死ぬとわかってる事を許す気はないよ」
どうやら、知っていたらしい。左手に持った髪紐を強く握り締める。
知っていたなら、と考えたが、やめた。言わない理由など僕が贄であるからなのだ。
聞いたところで意味などない。僕は既に知ってしまったのだから。
「……ダメ?」
「許可出来ないよ。アナタが行ってどうするのさ」
「…………」
「ほら、今なら許してあげるから。早く部屋に戻って烏天狗と一緒に眠りなさい」
「…………いや」
諏訪子の顔が固まる。
ゾクリと背筋にナニかが走った。冷たい、まるで洞窟の中で独りだった時の様に。
溜め息が諏訪子の口から吐き出され、諏訪子は自身の首を掻いた。
「責任感? 死亡志願? 正義感? 偽善心? 恩返し? ドレがレンを動かしてるか言ってみて?」
言葉の意味は理解することが出来る。
けれど、僕がどうして幽香の元へ行くのかなんてワカラナイ。それこそ、恩かもしれない、責任感かもしれない。死亡願望かもしれない。それもと違う何かかもしれない。
「まぁ、ドレでもいいよ。なんでもいい。全部、端から否定して、アナタの無力を自覚させてあげるから。
ほら、言えよ。ガキ」
諏訪子は目を細めて僕を睨む。
いつも笑顔のその顔は無表情が貼り付けられ。柔らかいと感じれる雰囲気は鋭い何かを突きつけられた様に冷たい。
僕は左手に握っていた髪紐に視線を落とす。白かった髪紐は僕の血で染まっている。
「……ごめん」
「そんな言葉望んでないよ」
「……違う、ごめんなさい」
「……え?」
諏訪子は目を見開いた。
手を伸ばしてコチラを掴もうとしたけれど、僕は既に横へと歩き出していた。
「……ごめんなさい、諏訪子」
「レン!? どこへ行ったの!!」
僕の声は諏訪子に届かなかった。当然である。なんせ、僕は正しくして意識の外へと逃げたのだから。
虚空を掴んで辺りを見渡す諏訪子。僕は諏訪子の隣にいるというのに、彼女が気付くことはない。ソレは僕自身が望んだ事だというのに、どうしてか胸の辺りをジクジクと締め付けた。
コレは僕が解決しなくてはいけない。
責任なのか、正義感なのか、偽善心なのか。僕は答える事は出来ない。
どうか、どうか、許してください。
「……行ってきます」
「レン! 何処に消えたの!? ダメだよ! 死ぬんだよ!?
レン!!」
やはり、僕の声は聞こえてないらしい。僕の胸がまた何かに締め付けられた。
「…………」
鳥居には神奈子が立っていた。そろそろ昇ろうとする太陽を背負って、僕を見ていた。
いや、僕を見ている事はないのだろうけど、確かに僕のいる方を向いていた。
「……なるほど、私の式に血を吸わせたのね……。はぁ、全く……」
「……見えてる?」
「やっぱり魔法使いの所へ行かせたのは間違いだったかしら」
少しだけ面倒そうに溜め息を吐いた神奈子。僕の声は聞こえていないらしい。
軽く手を振っても苦笑もしないから、姿も見えていないだろう。
「……ごめんなさい」
「早苗や諏訪子を抑える身になってほしいね……まったく」
もう一度溜め息を吐いて、僕に向かって歩き出す神奈子。ゆっくりとした足取りで、けれどしっかりと真っ直ぐに僕に向いている。
「お、見つけた」
まるで恐る恐ると僕の頭に触れた手。感触を確かめるように何度もその手は僕の頭を触って、僕を抱きしめた。
「見えないのに居るってわかるって、変な感覚だわ」
クスクスと笑いながら神奈子は抱きしめる力を強くした。
僕の視界に神奈子の顔は見えないけれど、諏訪子のように僕を止める気はないのだろう。
「ちゃんと帰ってきなさい。その時にはアナタの家族がしっかり怒ってあげるから」
「…………」
ポンポンと頭を撫でられて、身体が離れる。
咄嗟に伸びた手が神奈子の手を掴んだ。
「ん? どうかしたのかい?」
空いている自分の手で神奈子の手に文字を書く。たった五文字。一文字ずつ丁寧に書いていく。
五十音の最初の文字から始まる、感謝を書いて、手を離す。神奈子は少しの間、僕に握られていた手を見つめて苦笑した。
そんな苦笑してる神奈子の隣をスルリと抜け、僕は鳥居を潜って、後ろを振り向いた。
ソコには神奈子が微笑んで手を振っていて、『いってらっしゃい』と声には出さずに口を動かしていた。
見えないながら、僕はしっかりと頭を下げて階段を一段ずつ降りていく。
長い長い石造りの階段。そして、ずっと僕に囁く声。
その声は幽香の事を危惧した時の様に、唆すように僕の鼓膜を揺らす。
『神様の保護下を離れてしまった、死ぬかもしれないわ』
『どうやって彼女の元へ行くのかしら?』
一つだけの声がコダマして、クスクスと笑い声が追加して聞こえる。
虚ろになっている筈の僕の存在をわかっているかのように、誰かは僕に声を囁く。
僕の足は止まることはない。
「あらあら、無視はいけませんわ」
「…………」
声は僕の目の前から出ていた。
金塊を細くして紡いだような髪に小さなリボンが一つ一つ房を纏めている。端麗すぎる顔はニタリと下品に哂っている。
中空にポッカリと開いた様々な色が混ぜられたかのような切れ目から姿を出して、その存在は現れた。
「こうして会うのは初めてかしら? ワタクシ、
「……レン」
「えぇ、知っていますわ」
僕の顔を見てやはりニタリと笑った存在、八雲紫は扇子でその歪んだ口を隠した。尤も、瞳と眉が歪んでいるので哂っている事は確かだ。
僕を唆すように囁いていた声の主の横を抜けて階段を降りていく。
「あらあら、どこへ往こうというのかしら?」
「……幽香の所」
「知っていましたわ」
「……知ってた」
「あら、奇遇ですこと」
やはりクスクスと笑いを絶やさない存在は切れ目から身体を出して、切れ目に座って移動している。
手で頭を触って髪紐の確認をする。しっかりと僕の髪は纏められている。
「境界線はあやふやにしとくべきではないですわ」
「…………そう」
「尤も、それだけ強い式を憑けながらあやふやにしかならないのもオカシナ話だけれど」
切れ目がフワリと移動して僕の目の前で止まる。長いスカートがフワリと揺れ、透き通るように白い脚が見えた。
行く手を阻むように眼前で止まった八雲紫を見上げる。
「まぁ少しお待ちなさいな」
「……邪魔」
「あら、随分な言葉ですこと」
まるで意に介さないかのようにやはりクスクスと笑った八雲紫。僕は思わず眉間を寄せてしまう。
そんな様子をやはりクスクスと笑みを浮かべる八雲紫。
「風見幽香の所へ行くのでしたら、スキマをお使いなさいな」
「…………隙間?」
「いいえ、スキマ」
彼女の隣に切れ目が走り、空間を割るように開いた。端がリボンで止められてはいるけれど、空間の中身は紫と黒を混ぜたような空間が広がり幾つもの瞳がギョロリとコチラを向いている。
コレが、スキマなのだろう。
「これでも、幾らか罪悪感は持ち合わせていますわ」
「…………」
何に対してかはわからない。
僕を唆してココに存在させた事なのか、それとも別の何かなのか。彼女ではないのだから、知るはずがない。
「…………何か願いが?」
「あら、まるでワタクシが等価交換を求めている様ですわ」
「……違うの?」
「いつか、アナタを一日だけ借りますわ」
決して間違いではなかったらしい。
やはり嗤い顔を絶やしてはいない八雲紫を見て、思わず溜め息を吐いてしまう。
どうしようも無いのだ。身一つで等価交換が成立するなら安いモノだ。
「さて、そろそろ向日葵が起きてしまいますわ」
「…………うん」
僕は足を進める。
黒と紫の混じる空間へと、瞳が並ぶ空間へと、身を沈めていく。
僕を見てくる瞳は、いつもよりも鋭くもなかった。
>>贄の血液、体液に関して
式は人外が作成したモノであるので、贄の力が作用します。
自分では使う事の出来ない人外の術は、誰かが使っているのなら使用できます。
二次的な使用許可です。一次使用は不可能です。
物語が進むと内容が薄くなります。
もうしばらくはこんな感じの物語が進んでいきます。なるべき厚く書けるように努力はします。
淡々と物語が進むのは仕方ないですね。急ぎ足急ぎ足。