大幅に修正
ご迷惑をおかけします
エロ要素「じゃぁな!」
喜劇要素「またな!」
絶望「やぁ!」
超展開「おっす!」
人形は目を覚ました。
薄布から顔を出して、ぼんやりとした瞳を彷徨わせる。
薄布の下で乾いた何かを感じて、ソレを手で削いだ。
フワリと黒い髪を撫でた風に満足して、人形は遺された本を開く。
ソコには人形へと至る道が在った。
ソコには人形へと至らせる道が在った。
ソコには死者である父が在った。
たったそれだけの本が人形にとっての救いであり、そして、きっと、逃げ道だった。
人形の元へ男がやってくる。
男は人形を見て、下品な嗤いをするでもなく、ただ見下していた。
人形はその男を、その男の先にある虚空を見つめた。
そして男と人形は口を開く。
『さぁ、深呼吸を始めろ』
同時に開いた口から出てきた言葉は、全て人形に対しての言葉だった。
人形へと至った少年と人形へと至らせた男。そして、人形に至る事を受け入れた人形。その最初の言葉だった。
『深呼吸をすれば、
『全てを忘れて、全てを感じず、全てを受け入れる、
『さぁ、ゆっくりと意識を落とそう』
『さぁ、ゆっくりと意識を戻そう』
『
「…………」
ぼんやりと過去を見せられて、溜め息を吐き出す。
こうして河を乗り越え、そして長い廊下を歩いているというのに、過去というのは自身に憑いてくるらしい。
繰り返された自己暗示。アレの御蔭で痛みも感じなくなった。痛みは快楽へと成り下がった。
僕が
「どうかしたのかい?」
「……」
小野塚小町の声に僕は首を振る。
どうにもしない、どうにもできない。アレは過去であり、僕は今であり、先は無いのだから。
もう一度だけ息を吐いて、僕は小野塚小町の後ろについて歩く。
ニンゲン……今なら、人形と言える存在へと堕ちた僕の日常はそれこそ思い出しても意味などない。
抱かれて、眠り、本を読み、抱かれて、眠る。それだけなのだ。
十の冬を過ごし、叔父の気紛れでここへ落ちるまで、僕にはそれだけしかなかった。きっと、今でも僕はそれだけでしかない。
僕は、不意に立ち止まってしまう。
「どうかしたのかい?」
「…………」
先程と同じ問いかけに僕は首を動かすことが出来なかった。
受け入れた筈の事実を思い出して、僕は立ち止まった。連続して様々な顔が頭に投射されていく。
ゆっくりと、噛み締めるように、僕は瞼を落として、息を吐いた。
瞼を上げて、長い廊下の先に扉が見えた。
受け入れる。容易く何度もした行為だというのに、僕はまだ出来ていなかったらしい。
息を吐き出して、頭に浮かんだ顔に謝りながら、僕は小野塚小町に笑む。人形らしくない、きっと不格好な笑顔で。
そんな僕を見てキョトンとした小野塚小町は「ほぉ」と一息吐いて、僕と一緒に歩き始めた。
扉の前に到着すると、僕の短い過去というのはあっさりと終わった。
それとも、扉の前に到着したから終わったのだろうか。それとも扉の前で終わる様な作りなのか。
見る限り重厚な扉を見た僕の感想は、扉に関しての感想なんて無いらしい。
「普通は扉を見るともう少しゾッとしたような顔になるんだがねぇ」
「……」
死ぬ事なんて、そんな物はそれこそ最初に終わらせてしまったのだ。僕は正しく生きていた。けれど生きてはいなかった。死んでなかっただけだ。
そんな僕に溜め息を吐いた小野塚小町は僕に後ろを振り向く様に指を指した。
長い長い廊下が伸びている廊下。
パチン、と指が鳴った。目の前には僕達が乗っていた舟があった。
「よし! 表情を変えれたよ!」
思わず驚いた顔をして僕をのぞき見た彼女はニコニコと笑った。そんな彼女に思わずブスッとした顔になってしまう。
そんな表情をした事もあってか彼女の笑みはより一層に深くなった。
「アッハッハ、ごめんよ。 ずっと仏頂面だったからね」
「……」
「『距離を操る程度の能力』。まぁ船頭に必要な物なんだけどね」
そういって小野塚小町は苦笑して僕の頭を少し乱暴に撫でた。
冥土の土産とでも言うのだろうか。冥土に行くための土産ではなくて、冥土でもらう土産を言うかはわからないけれど。
一通り笑って満足したのか、コホンと一つだけ咳をして、改めて小野塚小町は扉へ向いた。
「えー、っと。 小野塚小町、死者を案内して来ましたー」
随分と軽い言葉が短い廊下に響いた。
扉は開かない。
「……」
「……」
僕らの間に沈黙が舞い降りた。僕は小野塚小町をジッと見上げる。どうしてか汗を流し始める小野塚小町。
「すいません! 私が悪かったですって! 開けてください!! こう、今の空気に晒されるぐらいなら死んだ方がいいです!!」
「……」
いや、その死を案内する側が何を言っているんだ。と僕は言えなかった。声が出ないのだから仕方ない。
ガンガンと扉を叩いていた小野塚小町の悲痛な叫びが通じたのか扉はギギギギ、とその重厚な身体を動かし始めた。
開いた扉の先は大きな空間に成っていた。
目の前には、大きな木製の机。そしてそんな机の前にいる笏を持った少女。
「ようやく来ましたか」
少女は非常に通る声でそう言った。
叫ぶでもなく、それ程大きな声でもないと言うのに、少女の声はしっかりと僕の耳に届いた。
「あれ? 来るって知ってたんですか?」
「黙りなさい死神。閻魔である私はアナタの上司ですよ」
まるで当然の事を言うように言い放った少女。その言葉に少しだけ眉間を寄せた小野塚小町。
「死神、アナタの仕事は終わりです。消えて構いませんよ」
「何を言ってるんですか。こんな美味し、げふん、贄を送るなんて大義を得たんですからしっかりとサボりますよ」
「…………」
「……」
悪びれも無く言い放った小野塚小町に少しだけ呆れてしまう僕と無表情に彼女を見つめる少女。
そんな少女は溜め息を吐くでもなく、改めて僕を見つめた。
「さて、罪人よ。 オマエの罪を辿りましょう」
「……」
「答えなさい、アナタは自身の罪を自覚していますか?」
閻魔は僕に向き、口を開いた。どれ程の罪が僕に在るというのだろう。
「答えませんか。弁明もしませんか」
「まぁまぁ、映姫様。この子喋れないみたいですし」
「喋れない……? なら、私が変わりに説明してあげましょう」
朗々と何も見ずに、少女が口を開いた。
「さぁ、初めから……オマエが生まれ落ちた……生まれ落ちてしまった事から始めましょうか
村の長と女との間に生まれる。
村内での交配が掟だったと言うのに、オマエの父、村の長はソレを無視し、外の女と交配した。
そしてオマエが生まれてしまった。
忌子として。
だからオマエの両親は殺された。
罪。
村の中で存在し、村全体に悪影響を与えた。
これも、罪。
それも罪。
この世界では妖怪に力を与えた。
人にあるまじき行為である。
さぁ、判決など、言うまでもない」
「あー、えっと、
「『贄』?
贄だからといって人を蔑み、妬み、妖怪に手を貸していいと?
人の為にあるはずの贄が人を貶める為に生きている事を良しとするのか?」
変わらぬ無表情で笏が突きつけられる。
瞬きもしない瞳が僕を映し出す。そして口からは判決が漏れ出す。
「死刑。死罪。その罪を拭えるだけの地獄を味わえ、咎人。堕ちて償え」
「映姫様? 大丈夫ですか?」
「死神、何をしているのですか? はやくその鎌で咎人の首を落としなさい」
小野塚小町は眉間を更に寄せて溜め息を吐きだした。
僕の方を向いて、鎌を振り上げる。
「スマンねぇ、こっちも上司の命令にゃぁ、従わなきゃいけないんだ」
「……」
僕はそんな小野塚小町に思わず笑ってしまう。仕方ない事だ。受け入れよう。
僕は瞼を落として、彼女が落としやすい様に頭を垂れた。
小野塚小町の溜め息が聞こえた。
ビュオという風切り音の後に、木に何かが当たる音がした。
瞼と首を上げれば、耳横の髪が少しだけ切れた閻魔とその後ろに刺さる鎌。投げた体勢で止まっている小野塚小町は改めて溜め息を吐いた。
「れっきとした上司の命令ならね」
「…………」
「何を言うんです、死神」
「映姫様は私の事をコマッチャンと呼ぶんだよ」
「……何を言ってるんですか、コマッチャン」
「ダウト。閻魔様なんかにそんな事言われちゃ死んじまうよ。死因は笑いだけどね」
ニッと歯を見せて笑った小野塚小町はいつの間にか持っていた銭をジャラリと鳴らした。
色が在る銭を鳴らして、再度小野塚小町は口を開いた。
「出てきなよ、裏で操るだけしか出来ないのかい?」
小野塚小町の声の後、パチパチとまるで称賛するように拍手が聞こえ、一人の男が机の下からのっそりと現れた。
僕は思わず身体を抱きしめる。二の腕を抓るように強く抱きしめて、心の底から湧いてくる感覚を払拭していく。
「ほぉ、私に気がついたのか。素晴らしい能力だ」
「私からすれば、閻魔を操る事の出来る手前さんの方が凄いと思うんだがねぇ」
「閻魔といえど、人型で、思考し、息をし、感情を持つだろう? ならば道理は通る」
ガチガチと鳴る歯を食いしばって、音の出ない息を繰り返す。
クヒクヒと特徴のある高い笑いを口の端から漏らした男は僕が人形であった時と同じく下卑た笑い顔をしている。
「黒幕は早々に退場してもらおうかいッ!」
小野塚小町の手から放たれた色取り取りの銭が放たれ、ソレが男へと向かったが、容易く閻魔により全て落とされた。
ジャラジャラと甲高い音を響かせながら、銭が落ち、そして男は嗤う。
「ケヒッ、ケヒッ。阿呆か? 私が閻魔を操っていると、死神が言ったのだろう?」
「そうかい、畜生め」
「しかし、次に放ってみろ。閻魔には死んでもらおう」
「手前さんに閻魔が殺せるってのかい?」
「私は殺さんさ。閻魔は自害する、それだけだ」
ニタリと歪んだ嗤いを浮かべた男は僕を見る。それだけで僕の身体に何かが這うような感覚が蘇る。
まるで身体があの時に戻るのを拒絶するように、頭がソレを否定するように。
「『さぁ深呼吸を始めろ』」
ビクンと僕の身体が震える。
身体が動かない。きっと僕はまた人形になってしまう。また
ぼんやりと視界が歪み、昔によく体験した朦朧とした思考に陥る。抓っていた腕の痛みが和らぐ。
腕から手が離れる。
駄目だ。ダメだ。
だめだダメだ。
舌を噛んでみる。痛みは無い。ダメだ。更に力を込める。痛みは無い。更に力を込める。ブツリ、と音が聞こえた気がして、口の中に鉄の味が広がった。
朦朧とした意識が浮かび上がると同時に舌に熱を感じた。噛み切った事はないけれど、ソレでも痛いと感じれた。
「ほぉ、舌を噛んだのか。あの時とは違うな」
人形に落ちる事に、意味などない。今の僕には必要では無いのだ。
口の中に溜まった血を飲み込む。
「しかし、その瞳は目障りだ」
「はてね、そんな事人それぞれさ。 なんなら手前さんの瞼を落とせばいいだろう? それこそ永遠に」
「なんだ死神、閻魔を助けたくないのか?」
舌打ちが隣から聞こえた。
僕は更に血を飲み込んだ。胃の中に落ちた血が僕の中をゆっくりと広がっていく。
息を吐きだした。吐息が聞こえた。
「そうだ、そうだ、イイ事を思いついたぞ」
「なんだってんだ」
「閻魔を助けてやろう。ケヒッ、あぁ、そうしてやろう」
小野塚小町は思いっきり眉間に皺を寄せた。信じられない様に、これから男がいうであろう要求を面倒にでも思ったのだろうか。
「
「…………」
「――目を抉れ」
「は?」
思わず声を出したのは小野塚小町だった。
そんな小野塚小町に対して呆れた男は、相変わらず下卑た嗤いを浮かべた叔父は口を再度開いた。
「一々説明してやらなければいけないか?
オマエの瞳が不快だ、抉れ
オマエの呼吸が耳障りだ、喉を潰せ
オマエに秘め事など許さない、臓腑まで見せろ
オマエに四肢など必要ない、落とせ
オマエに価値など有り得ない、這いながら私に頭を垂らし、死ね
そのまま奈落の底へと堕ちて、消えろ。
レン君がアッチだか向こうだかの世界で呼ばれていた名称。元々の名前はレンであったけれど、男にとって、レン君は芥なので。
俗に言う催眠術師。元々そういう家系で、レン君が稚拙だけれど決定的な自己暗示を使えていた理由。