※この作品はR-18です。

東方色贄録   作:猫毛布

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月の民にとっての話


34 クスリと毒

 目を覚ました。

 薄暗い天板の木目が僕を見つめる。隣には誰も居ない。

 冷たい空気が部屋の中に充満して、顔に触れた。

 

 傷とは別の原因で胸が引き攣る。呼吸が必然的に深くなり、歯を食いしばる。着流しをシワが出来る程握り締め、心の中に芽生えてきた何かを押し殺す。

 あの頃なら普通だった事が、ココでは普通では無くなった。

 僕はずっと独りだった。だった話だ。

 荒い息で鼓膜を揺らし、必死で立ち上がる。フラフラと揺れる視界の中、薄らと明るい障子を開ける。

 

 目の前に広がったのは竹林と閑静な庭。

 ソレを照らす満月。遠く、まるで触れれないそんな場所。

 ヒヤリとした空気が僕の頬を撫でて、通り過ぎた。

 胸を掴んでいた手を放し、縁側に座って荒くなってしまった息を整える。

 吸って、少し止めて、吐いて。

 

 吸って、少し止めて、吐いて。

 

 何度も繰り返していた事を何度も繰り返す。

 たぶん、きっと、今日は寝る事は出来ないだろう。何かに集中していなければ、きっと悪夢に追いつかれてしまう。

 

 綺麗に光っている月は、昔と一切変わることはない。あの月が見えてしまう小屋と一緒。

 昔と同じように、手を月へと伸ばしてしまう。雲もない空。一つだけ光る月。届くわけがない。わかっているけれど、もしかしたら、なんて思ってしまう。

 

「あら? いい子は寝る時間よ?」

「……」

 

 裾で口元を隠した黒髪の少女が縁側を鳴らして歩く。

 伸ばしていた手を何事も無かったかの様に戻して、僕は視線を月へと戻す。

 

「あらあら、お月様にご執心ね」

「……綺麗」

「あら、嬉しい。私の事ね」

「……月」

「知っていたわ、えぇ、もちろん」

 

 少しだけ頬を膨らませてみせた蓬莱山輝夜は僕の隣に座った。

 そして不貞腐れた顔も直ぐに隠れて、何かを思うように月を見上げた。

 

「あの月は実は科学の発展した未来的な場所って言ったら、信じるかしら?」

「……」

 

 僕は答えなかった。正確に言うなら、驚きのあまり声が出なかった。

 月を見上げて、息を漏らしてしまう。そんな息を聴いたのか、隣からはクスクスと笑い声が漏れていた。

 

「冗談よ。あんなところに人が住んでるワケがないじゃない」

「……そう」

「そうよ。きっとウサギさんが沢山いて、お餅を撞いてるのよ」

 

 きっと、それが一番イイ。と繋げる蓬莱山輝夜。僕は再度月を見上げて、もう一度息を漏らした。

 月を見上げて座っていた僕の太腿に何かが乗る。視線を下げれば黒い塊があり、白い肌が見える。大きな黒曜石にも似た瞳が僕を見ている。

 

「あら、嫌かしら?」

「……別に」

「そう、ならいいじゃない」

 

 ニコリと笑い、僕の太腿を枕にして横たわる蓬莱山輝夜。そのまま僕の顔を見上げている。

 艷やかすぎる黒い髪が縁側に流れていた。ソレを束ねて腰辺りに纏めておく。

 フフフ、という笑いが鼓膜を揺らして視線を下げれば口元を隠すお姫様がいる。

 

「こういう時は頭を撫でるモノよ」

「……そう?」

「ええ、もちろん」

 

 当然の様に言った蓬莱山輝夜の頭を撫でてみる。黒い髪が指の間に滑り、流れ落ちる。

 絹を触れている様な、手触りの良すぎる感触。

 白い手がコチラに伸びて頬を撫でられる。細い指が肌を撫でて、唇に触れた。

 そのまま首を撫でられて、引き寄せられる。抵抗をする意味もないのでその力に従う。顔が迫り、僕は瞼を落とした。

 

「何を、しているのかしら?」

 

 首に触れていた手がビクンと揺れた。そのまま力は無くなり僕は姿勢を戻してから瞼を上げる。

 太腿に頭を置いていた蓬莱山輝夜は不貞腐れたように視線をズラし、声を発した相手に向いた。

 

「随分なタイミングじゃない? 永琳」

「いいタイミングでしょう? 輝夜」

「ええ、ホント。いいタイミングに来やがったわね」

 

 ニッコリ笑う八意永琳とは別にしっかりと自身の感情を顔に出している蓬莱山輝夜。

 不機嫌な顔を全面に出した蓬莱山輝夜に溜め息を吐いた八意永琳は腕を組んで口を開く。

 

「別にいいのだけれど、その子から離れなさいな」

「永琳に危害はないでしょう? 構わないじゃない」

「その子が困ってるでしょ?」

「許可は取ってるわよ」

「……いいから、離れなさい」

 

 低い声で言った八意永琳にやはりコロコロと笑った蓬莱山輝夜。

 八意永琳を見れば、目を細くして蓬莱山輝夜を睨んでいる。僕の方は一切見ない。

 

「珍しいじゃない。月の頭脳と呼ばれた永琳が理由も言わずに結果を押し付けるだなんて」

「輝夜、いいから離れなさい」

「もしかしてショタコンだったのかしら?」

「離れろと言っているでしょう? 何度も言わせないで?」

「理由を言いなさいな。何度も言わせないで、永琳」

「…………」

 

 まるで堂々巡りの問答である。蓬莱山輝夜は理由を言わせたい、しかし八意永琳は理由を頑なに言わない。

 ようやく八意永琳が僕をチラリと見た。

 同時に、蓬莱山輝夜の声が響く。

 

「この子に聞かれてはいけない事?」

「そうではないわ」

「あら、顔が引きつってるわよ」

「……ハァ」

 

 ニコニコと笑いながら声を出していた蓬莱山輝夜の言葉に、引きつってない顔を崩して溜め息を吐く八意永琳。諦めた様に両手を上げて、もう一度溜め息。

 

「子供に聴かせる様な事ではないわ」

「それでも、自分の事なのだから聴いておくべきでしょう?」

「輝夜、聞き入れなさい」

「私じゃないわ。この子に聞きなさい。 自分の事を知りたくはない? ってね」

「……知らない方がいいわよ」

 

 そう吐き捨てる様にいった八意永琳は僕から視線を外して他を向いた。

 蓬莱山輝夜はまた僕の頬を触り、僕を自身に向かせた。相変わらずニコニコとした笑顔だ。

 

「アナタは自分を知りたくないの?」

「……知りたい」

 

 贄であり、餌であり、器でもあり、そして穢れだった僕。他に何かあるのならば、聞いていた方がいい。いいに決まっている。

 八意永琳をジッと見ながら言葉を待つ。

 

「……ハァ」

「あら、諦めたのかしら? ……いえ、元から言うつもりだったんでしょ?」

「姫様は元々言わせる気だったんでしょう?」

「当然じゃない。好きよ、アナタの困った顔」

「ソレハドウモ」

 

 しっかりと棒読みで言ってのけた八意永琳に悪戯が成功したように笑う蓬莱山輝夜。

 もう一度、何度目かになる溜め息を吐きだした八意永琳の口が開く。

 

「レンは、『素(モト)』です」

「素?」

「例えば、多岐に渡る課程を通過して得れる結果の薬品があるとしましょう。それこそ蓬莱の薬でもいいわ。

 非常に難しい製法のソレでも、素さえあれば作れるのよ」

「……つまり、えっと、どういう事だってばよ」

「変な口調は慎みなさい。

 架空の薬品があるとするでしょう。この世界にない薬、それこそこの世界の材料では作れない薬。それ作る為に必要なモノが『素』よ」

「つまり、ゲームにないモノがチートで呼び出せるって事でいいの?」

「概ねソレでいいわ。わかりにくいけれど、もうソレでいいわ」

 

 面倒そうに言い捨てた八意永琳は小さく、あぁ『ぱそこん』を捨てようかしら、と呟いた。唸っていた蓬莱山輝夜の耳には届いてないらしい。

 唸っていた蓬莱山輝夜がふーん、と一拍置いてから口を開いた。

 

「ソレでも私がレンに近づいちゃ駄目って理由にはならないわよね」

「『素』の体液、それこそ汗の匂いですら催淫作用があって媚薬とかに使われていたわ。尤も、ほとんど偽物だったけれど」

「……あ、……あぁ、なるほど……おけ、把握した」

「一応、彼には薬を飲ませているからあまり意識はないでしょうが……あんまり近づくのはオススメしないわ」

「……つまり彼の見舞い客に妖怪とかが多いのは?」

「妖怪や神達からは概念的な部分を見られているんでしょう? 私達とは別の理由よ。それこそ私達は概念なんて関係無しに性欲が湧くもの」

「うわ、なおのこと最悪じゃない」

「だから離れなさいな」

「離れたいんだけど、意外に寝心地が良くて……ハッ、コレが『素』の力!?」

「それはただ単に膝枕が心地いいだけよ」

「なん……だと……」

 

 僕の太腿から起き上がった蓬莱山輝夜はチラリと僕の顔を見ている。

 相変わらず何も顔に浮かべることのない僕を見て、何かを思ったのか口を開く。

 

「しっかし、それでよく生きているわね」

「輝夜」

「おっと……」

 

 まるで悪びれもなく、言ってのけた蓬莱山輝夜に八意永琳の声が入る。

 やはり悪く思ってないのだろう蓬莱山輝夜は口元を隠しながらも顔を笑みで歪ませている。

 

「……そう」

「――――、」

 

 たった一言だけ漏らした僕の言葉に蓬莱山輝夜は息を飲んで、ソレを溜め息に変えた。

 結局、誰が何を言ったところで僕は僕である。それは変わらない事だ。変わることのないことだ。

 

 変わっては無い事なのだ。




科学方面の人間が概念とか色々ブッ飛んだ事を言ってますが、流していただけるとありがたいです。
それ程何かを考えて書いている訳でもないので、矛盾が生じてるのは仕方ないと思ってください。突っついても埃しか出てきません。

贄……いいえ、この場合は『素』と呼ぶべきなんでしょうが、『素』は一種の突然変異です。
体液はそれ相応に薬にもなり、毒にもなります。今回は毒の話はしていません。薬の摂取のしすぎは毒になりますし、毒の微量摂取は薬にもなるので、省きました。

いい意味でも、悪い意味でも、神様に祝福されて、妖怪に望まれてしまった存在でもある贄。そうなった瞬間に人から逸脱します。ワインの熟成が一瞬で済むモノだと考えればいいんじゃないかなぁ、とか。

月の民は人間じゃないの? という質問が来そうなので、先に防ぎます。
永琳が言った様に、贄を薬品として摂取する可能性がある……或いは進みすぎた技術故に出来た薬は人体に何かしらの影響を出している、という妄想に基づく妄想です。
日常的に摂取するもの、それこそ栄養剤でもいいんですが、何かしらの影響は人体に及ぼします。


これで分かり難いな猫毛布。もっとわかりやすく説明出来ないのかよ。という方がおられましたら、こう考えてください。

優しさ半分のあの薬の優しさの部分で贄が普通の人間に見えるんです。
ヤッタネ!
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