※この作品はR-18です。

東方色贄録   作:猫毛布

38 / 68
37 本と下心

 目が覚めた。

 ぼんやりとする視界。起き上がれる程度に回復したらしい身体を持ち上げて微睡んだ頭をガクリと落とす。

 このまま眠れば幸せかもしれない。

 けれど、重い瞼を上げれば視界は少しばかり明るかった。つまり、太陽が昇っているのだ。

 起きなくてはいけない。

 

 何度か舟を漕いでから、いつもの様に息を吸い込んで、少し止める。吐き出す。

 

 息を吸い込んで、少し止める。

 吐き出す。

 

 瞼を上げればぼんやりとした視界はハッキリとしたソレに変わった。

 

「おはよう」

 

 思わずビクンと肩を動かしてしまった。

 湧いて出た様な、まるで最初あった置物の様にそこにいた紫色の髪の魔法使い。視線は僕ではなくて自身の開く本に落とされている。

 

「……お、おはよう」

「……」

 

 僕が返事を返すと、眉間にシワを寄せてコチラをチラリと見られた。そして、溜め息。

 どうでもいいと言う様にまた視線を本へと落としたパチュリー・ノーレッジ。

 

「見舞い品は本でよかったかしら?」

「……ありがとう」

「相応の対価は得てるわ。それこそアナタの血はとても役にたっているのだから」

 

 彼女がチラリと見た視線の先には本が数冊積まれている。僕の読んだ本は無い。膨大な本の中から僕が読んだことのある本を持ってくる事の方が難しいけれど彼女なら僕の読んだ本など把握してそうだ。

 頬の緩みを感じながら、積まれた本に期待を寄せる。

 

「あぁ、そういえば。左目、見えなくなったそうね」

「……うん」

 

 本を閉じて僕に視線を向けたパチュリー・ノーレッジは淡々とそう言った。事実を否定する気もなく、肯定を口から吐き出す。

 

「義眼でも作ってあげようかしら? 視界が片方だけでは不便でしょう」

「……見える?」

「魔法……いいえ、魔術寄りの技術ね。義眼を媒体に魔術を生成。アナタの力を動力にして魔術式を動かせばいけるわ」

「……使えない」

「魔法の事? 大丈夫よ。実験済みだから。 魔法陣を描いてアナタの血を動力に発動出来たわ」

 

 つまり僕の視界は回復するのか。それはとても嬉しい。今は片目を閉じている状態だから何とも疲れるのだ。

 

「さらに今ならアナタの動力をフル活用出来る様に動体視力の上昇、見える距離の上昇、透視能力! 揃ってなんとこのお値段!」

「…………」

「…………まぁとにかく、色々とオプションを付ける事が可能よ」

 

 先程の勢いなど無かった様にいつも通りの低い口調で続けたパチュリー・ノーレッジ。頬は少し赤い。

 思わず見続けてしまい、彼女はそっぽ向く。

 

「……じー」

「な、なにかしら……?」

「……別に」

 

 きっと彼女にもそういう時があるのだ、と一人納得して視線を外した。

 太陽が眩しい。そろそろお昼時なのだろうか。

 

「少し、変わったわね」

「……?」

「私的には前の方がよかったけれど……そっちの方がいいんでしょうね」

 

 変わった? 僕が?

 意味が分からず思わず首を傾げてしまう。一体いつ僕が変わったのだろう。変わった自覚も無いというのに。

 

「あぁそうそう、対価の話に移るわ」

「……対価?」

「えぇ、義眼の対価。これは後払いでいいわ。 私自身の実験も兼ねているし」

「……そう」

「対価は……そうね。アナタの体を借りようかしら」

「……わかった」

 

 僕の体を借りる、という事は『器』での実験という事だろう。

 解剖、とかはされないと思うけれど、されるならされるで幽香達に挨拶をしなくてはいけない。

 

「そういえば、フランがアナタに会いたがっていたわよ」

「……フランが?」

「尤も、今はレミィが色々仕込んでる途中だけれど」

「……色々?」

「礼儀とか、能力の制御とか、まぁ色々よ。義眼が出来た時にでも連れてくるわ」

「……ありがとう」

「どういたしまして、フランも喜ぶでしょう」

 

 おそらく今も色々と仕込まれているであろうフランを思い無事を願う。あのレミリア・スカーレットに礼儀を仕込まれているのだから、きっと大変だろう。

 

「じゃぁ私は帰るとしましょう。 何か伝言とかはあるかしら?」

「……フランに、頑張って、と」

「…………あの子があれ以上頑張るとレミィか美鈴の胃が危ないんじゃないかしら?」

「……?」

「いえ、なんでもないわ。 伝言は預かったわ。それでは、また」

 

 持っていた本を積んでいる本の一番上に置いて、パチュリー・ノーレッジは立ち上がる。そのままフワリと浮いて、障子を音もなく開き、閉めた彼女の影が空へと消えていく。

 シン、と静まり返った部屋の中。僕は一度息を吐き出して、積まれた本を手に取る。

 題名は擦り切れている。表紙を撫でて、何処かで見た表紙だと気付く。

 図書館でパチュリー・ノーレッジが勧め、僕が置いた本だ。曰く、『器』の事が書かれた本。

 本を開くと、最初に見えたのは魔法陣。円形のソレが最初の頁に大きく書かれていた。

 指で撫でながらその魔法陣を読み解く。僕の知識では無理だと判断して次の頁を開く。

 神々に愛され贈り物を沢山得た女性の話がソコには書かれていた。

 彼女は開けてはいけないと言われていた箱を大事にしていたが、人間によって箱が奪われ、そして開けられてしまった。彼女が箱を見つけた時には既に開けられたあとだった。

 絶望を振り撒いた箱、箱を開けたのは彼女だと断定され、そして彼女は触れてはいけない存在へと成った。

 そんな彼女の話が、この本には書かれていた。

 最初から『贄』であった彼女は恨んだ。愛してくれた神様も、人間も、全て恨みながらこの本を書いたらしい。

 僕は本を閉じて、息を吐きだした。

 根本的に僕と彼女は違っているのだから、知りたい事もなければ、得る事もなかった。

 

「レン、何をしているの?」

「……読書」

「そう」

 

 庭先から入ってきた幽香が僕の隣に座る。

 僕は本を閉じて、新しく本を取ろうとする。手を伸ばした横から別の手が伸びて、積まれていた本を取られる。

 

「これでいいのかしら?」

「……うん」

 

 幽香が手に持った本を僕は受け取る。

 題名を見て、表紙を撫でる。頬が緩む。きっと、幽香が隣にいるという理由もあるのだろう。

 僕は微笑みを浮かべて幽香に向く。

 

「ありがとう」

 

 幽香が鼻を抑えて上を向いた。

 一体どうしたというのだ。風邪がまだ治っていないのだろうか。

 僕が手を伸ばそうとすると幽香の手によって制される。どうやら大丈夫らしい。

 幽香は立ち上がり襖の向こうへと消えた。

 僕は何度か瞬きをしてから、追うことも出来ないという理由を付けて、本を読むことにした。

 

 

~~

 

「発情ウサギィ!!」

「ハワッ!? だからその名前で呼ばないでください!! 昨日、彼にも呼ばれたんですから!!」

「私が居ない時に襲おうとするからよ!! 座薬とどちらがいいのよ?」

 

 そう言えば頭を抱えて真剣に悩みだす月兎。すぐに否定すればいいモノを悩むのだからかなり虐めやすい。

 このままコレを虐めるのもさぞかし楽しいだろうが、今はそんな事どうでもいい。

 

「アナタ、私のレンに何をしたの?」

「な、ナニヲトツゼン」

「したのね。何をしたの、さっさと言いなさい。 焼いて灰にして畑に撒くわよ」

 

 やはり何かしたのか。私のレンに手を出しやがったのか。確実に出している筈だ。しかも唐突にあれほどの変化が起きる程の何かをコレはしたのだ。殺すだなんてとんでもない。引きちぎってやる。

 

「あら、お花の妖怪さん。 その様子だと彼を見たのかしら」

 

 兎の胸ぐらを掴んだまま後ろを振り向く。

 そこに居たのは月の姫。長ったらしい黒い髪を垂らして、裾で口元を隠す事もせずに人形みたいな微笑みを浮かべている。

 

「可愛くなったでしょう?」

 

 クスクス嗤う竹取姫を見て直感する。こいつか。いや、コイツだ。

 私は兎の胸ぐらは放して、竹取姫に詰め寄る。後ろで兎がフギャとか言ってたけど、気にしない。

 

「何をしたのかしら?」

「ナニはしてないわよ? まだ、ね」

「……あまり手を出さないでくれるかしら? 害虫を駆除するのも手間なの」

「あら、怖いことを言うのね。 もう一度聞くけど、可愛かったでしょ?」

「答えなくてもわかるでしょ」

 

 可愛かったから文句を言いに来たのだ。

 あの無表情な顔が崩れて自然に微笑んだのよ?

 私といた時はあんまり見せてくれなかった貴重な微笑みが溢れたのよ?

 

「あの状態にしようと私がどれだけ頑張ったか……」

「旅人の服を脱がせるには力尽くでは駄目なのよ、北風さん」

 

 朗らかな太陽……とは絶対に言いたくない黒い笑みを浮かべる太陽は、とても憎たらしい。

 これでは向日葵は振り向かないだろう。

 

「で、彼がとても素晴らしい笑顔の画像が今私の手元に」

「いらないわ」

「あら……」

 

 ペラリと竹取姫が取り出した紙がヘタレる。おそらくその紙にはレンが綺麗に笑んでいる事だろう。けれど、そんなものは必要がない。

 

「だって、彼はすぐそこにいるんだから、笑わせればいいでしょう」

「ふむ……そうしたいならそうしなさいな」

「えぇそうするわ」

 

 フン、と鼻を鳴らして踵を返す。向かうのは先程一人置いてきたレンの所。

 襖を力の限り開けるとソコには本を膝に抱えながら読んでいるレン。真剣な眼差しで本を見ている。

 コチラには一切向く気配がない。

 

「レン、あの姫に何かされたのかしら?」

「……ん」

「ちょっと聞いているの?」

「……ん」

「…………レン?」

「……ん?」

「……」

 

 なんだろう、この蔑ろにされている感じは。

 反応が薄いとかそういう類の反応ではない。まるで単なる反射で返事をされている感じだ。

 レンに手を伸ばし髪を触る。私と別れた時から見ると随分と伸びた髪だ。

 そのままレンの頬を撫でてみれば、なんといい手触りなのだろうか。

 あの笑顔を見せてくれたのだから、きっと今なら迫っても許してくれるだろう。

 

「ねぇ、レン」

「……ん」

「…………」

 

 いや、ダメだ。なんというか、そういう空気じゃない。

 このまま後ろから抱きすくめる程度は許してくれそうだけど、手を出し始めると、絶対に拒否される。

 料理中に手を出した時と、いや、それ以上に危険だ。手を出してはいけない。でも手を出したい。

 

 とりあえず、後ろに回って抱きしめてみた。結果、微動だにせず。

 あぁ、でもこうやって匂いを嗅いでるだけでいいかもしれない。

 足の間に彼を入れて、腹部あたりに手を回して顎を肩に置く。

 とても落ち着く……なんというか、ほっこりする。これで彼が反応してくれればいいんだけれど。

 

「……」

 

 絶賛、本に集中してて私には見向きもしない。むぅ、と漏らしてみても彼は反応すらしてくれない。

 こう、何も反応がないとイタズラをしたくなるのは仕方がない事だと思う。けれど、この状態でもいいかなぁ、とか思い始めている自分もいる。

 彼の弱点の一つである耳を甘噛みしてみる。

 無言で手を抓られた。

 あぁ、エッチな事はなしですか……そうですか。

 相手は怪我人だし、その怪我の原因は私だし……拒否されるし。無理やりするのは確実に問題だ。

 溜め息を一つだけ吐いて、抱きつく事に集中する。

 ふと、抓られた手が握られている事に気付く。しかも指までしっかりと絡められている。

 レンを見てみれば意識していないのか、相変わらずの表情で本を読んでいる。

 これは、もしかして行けるかもしれない。

 空いていた手で腹部を撫でながら下ろしていく。

 

 

 やはり無言で抓られたのは言うまでもない。




読書状態のレン君と幽香さんの組み合わせはそういえば始めてだなぁ、とか。
基本的にエッチィ事よりも読書好き。相手がゆうかりんだから無理に迫ってれば情事に突入してたと思います。

まぁ自重してもらいましたけどね!!

もこたんの出演は遅れそうです。
ここから二話ほど先ですかね……うーん。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。