目が覚めた。
本を抱いて眠っていたという事はまた唐突に眠ってしまったのだろう。
半身を起こして、穴の塞がっている障子を見れば強い光ではなくて少し仄暗い光が差し込んでいる。
息を大きく吸い込む。胸の痛みはほとんど無い。深く吐き出す。
ゆっくりと立ち上がってみる。足が揺れて、膝が落ちてしまった。呆れるように息を吐き出して、めげずに立ち上がる。
揺れる足をどうにか支えて、転けないように障子の方へ向かう。
滑りのいい障子を開き、冷たい風が僕の頬を撫でた。相変わらず綺麗に円を描いている月を見上げて、縁側に座る。
冷えた床が着流しを通してお尻の熱を奪っていく。
下がっていく体温を感じながら、大きく息を吸い込む。
少し止める。
吐き出す。
頭の中で何か引っかかりを覚えた。
深く息を吸い込む。
少し止める。
やはり、何かがオカシイ。まるで昔の様な感触だ。違和感が拭えない。しかし違和感が分からない。
吐き出す。
何が違う? 何か違うのか? 何が違っている? 何か違っていた?
頭を両手で抱え込んで、湧き出てくる疑問を絞る。
呼吸が次第に浅くなり、唾液さえも飲み込めなくなる。違和感を肯定する事も、否定する事も出来ない。
違和感を見なければまた昔に戻る気がして、けれど違和感の正体など分からない。
「あら、どうかしたのかしら?」
「……輝夜?」
ふらりと現れたのは黒い髪を伸ばした少女でコテンと小首をかしげていた。
輝夜の登場に、浅くなっていた息が落ち着き、深い呼吸を再開する。
「悩み事かしら?」
「……」
僕は一度だけ口を開いて、そして口を噤んだ。
違和感の正体を輝夜に聞けばきっと答えてくれるだろう。けれど、どうしてだか何かがソレを躊躇させた。
顔を覆う様に頭を抑えていた僕の手に輝夜の手が乗せられる。
「いいのよ、無理に思い出そうとしなくて」
「……」
「少し散歩に行きましょうか」
そのまま僕の手を掴んでふわりと歩く輝夜。引かれた僕も当然地に足を付ける事になる。
綺麗に整えられた真新しい土が僕の足に触れて、沈む。
塀に向かって歩いて行く輝夜。その速度が徐々に上がっていき、塀にぶつかりそうになる。僕の足が浮いた。
膝裏に腕を回される感触を感じて、突然の浮遊感に思わず輝夜の首に腕を回してしまい抱きつく。
塀を乗り越えて、竹林にふわりと重力なんて感じさせない様に降り立った輝夜は僕の顔を見てニコリとしている。
「もう大丈夫よ。 それとも、このまま散歩するかしら?」
「……」
その言葉にハッとして、僕は彼女の首から腕を外し地面に足を付ける。
口元を隠して笑っている輝夜を無視して足から伝わる感触を楽しむ。それなりに茂る草たちと冷えた土。
文と一緒に出た時ほど水々しい草では無いけれど、それでも足がこうして地面に着く感触はとてもイイ。
「気に入ったかしら?」
そんな輝夜の問いに応える様に深呼吸をして、自然と頬が緩んだ。
「少し歩きましょうか」
「……いいの?」
「今日も月が綺麗でしょ? 外を歩く理由なんてそれだけでいいモノよ」
月を背負って綺麗に笑んで見せた輝夜は僕に手を伸ばして、僕は戸惑う事も無くその手を掴んだ。
掴んで、自然と溢れて来た笑みを僕は隠す事をしなかった。きっと上手く笑えていないソレを見て、輝夜は苦笑して……発火した。
「……え?」
肉の焼ける匂い。
焼け焦げた匂い。
ナニかが破裂した。
文字通り、炎上している顔を抑える輝夜が僕を突き飛ばした。
唖然としてしまう僕の近くに一人の少女が居た。
白い髪を伸ばして、赤いもんぺを穿いている。口元は何も思って無いような横一文字。
彼女は僕を一瞥してまた輝夜に視線を戻した。
輝夜だったモノは変わらず炎上していて、苦しむ事も無く輝夜が倒れ、ソレは、輝夜だったモノに変わった。
黒く炭化した頭。
ソレを乗せている体は実に綺麗なモノだ。
「……ァ、ぐゃ?」
ひねり出した声。喉がつっかえて上手く出せない。
一歩、二歩と輝夜に近づいて、手に触れる。体に触れる。
僕は、この感触を知っていた。
僕は、この喪失感を知っていた。
僕は、この意味を思い出した。
ガクン、と膝が落ちて、胃の中のモノを吐き出す。
あの時と一緒だった。あの時から僕は何も成長などしていなかった。
父と母を殺されて、そして今はタイセツだと思える人物が死んでしまった。
「あー……気まずいな」
もんぺの女性が髪を掻きながら口を開いた。
僕は彼女を虚ろに見つめて、さらに彼女は気まずそうに息を吐きだした。
「高々、一回死んだ
「ッ」
僕は歯を食いしばり、立ち上がってもんぺの胸倉を掴んだ。
死んだ。そう、輝夜は死んでしまったのだ。
死んだ、つまり、生き返らない。もはやアレは輝夜ではなく、モノなのだ。
価値の無い、家畜の餌程度にしかならない、物体だ。
「人が……死んだんだよ……」
「あー、なんだ、まぁ、その……輝夜ァ、説明してくれぇ~」
その輝夜が死んだのだ。
彼女は情けなく僕の後ろに視線をやって溜め息を吐いた。
僕の肩に手が置かれた。振り向く。
「ばぁ」
「……ふぇ?」
「呼ばれて飛び出て輝夜さんだよー」
そこに居たのは変わらずに、悪戯を成功させたように笑んだ輝夜がいた。
胸倉から手を放して、輝夜の顔を触る。ペタペタと触って、現実かどうか確かめる。
感触もあれば、体温も感じる。
腰に力が入らなくなり、トスンと地面に尻餅を付いた。そんな事はどうでもいい。
「……よかった」
「いやぁ、まさかここまで心配されるなんて」
「……よかったぁ」
「あー、輝夜? 説明してもらっていい? 昼間に言われた通りに輝夜の顔を燃やした訳なんだけど」
「ネタバレ、駄目!絶対!」
「あー、はいはい。じゃぁまた今度でいいわ」
しっかりと輝夜の服の裾を握っている僕と慌ただしく僕を慰めようとしている輝夜。そして気まずそうなモンペの人。
「さて、んじゃ場所の移動でもするか」
「そうね。名目は散歩だし」
「散歩で焼死体を拝むのか……やだなぁ」
「焼いた本人が何言ってるのかしら」
「焼かれた本人も何言ってんだか」
輝夜に背負われてやってきたのは、竹林の中でどうしてか開けた場所。
ポッカリとそこだけ切り取られた様に、月が綺麗に見える。
「で、やっぱりここかよ」
「当然でしょ。座りやすい石もあれば月も見える。絶好の場所じゃない」
「そんな場所を殺し、あー……試合の場所にしてる私達はどうかしてるよ……まったく」
「というか、その影響でこんなに竹が生えてないわけなんだけど」
お互いに苦笑している二人。付き合いが長いのだろうか、互いに言う事がわかっているのだろうか。
ともあれ、座りやすいと称された石に座る事になった僕。僕を挟む形で輝夜とモンペの人も座る。
「で、この子は?」
「可愛いでしょ?」
「そこじゃなくて……あー、君。名前は?」
「……」
「大丈夫よ。私の事を燃やすとか色々しててもとっても優しいもんぺの妖怪だから」
「あぁ、そうさ。私はモンペに宿った……よし、輝夜ちょっとこの子から離れろ。次は全身燃やしてやるよ」
「裸でこの場所に居ろって? エッチねぇ」
「違ェよ! どうしてそういう事になったんだよ!!」
「……駄目」
僕は輝夜の裾を掴んで輝夜を見る。
また、あの喪失感を思い出すなんて、考えたくもない。
「……駄目」
「ね? 可愛いでしょ?」
「あー、なんだ。私ってダシにされたのか……クソ」
「あらやだ、汚い言葉だこと」
「犯人が何言ってんですかねー……ハァ」
もんぺの妖怪さんは不貞腐れた様に溜め息を吐いて手に顎を置いた。
そんな様子を見て輝夜が苦笑して僕に耳打ちをしてくる。
「ね? 可愛いでしょ?」
やはり悪戯が成功したようにクスクス笑ってみせた輝夜。
その耳打ちが聞こえてたのか、聞こえてなかったのか、それとも分かっていたのか、もう一度わかりやすく溜め息を吐きだしたもんぺの妖怪さんが僕の方を向く。
「あー、なんだ……初めまして。 私は
「もこたんって呼んであげると嬉しがるわよ」
「誰がだよ」
「もこたん」
「あー、最近炭が足りなくナッテキタンダヨナー」
「手頃な竹でも見つけて竹炭でもお造りなさいな」
「こ……こいつ、ノリもしねぇのか」
「……レン」
「そしてこの子も我が道を行く系の性格ですか、そうですか」
「?」
やはり疲れたように溜め息を吐きだしたもこたんとケラケラと軽い笑いを隠す事もせずに顔に出している輝夜。
「……もこたん」
「ぶはっ」
「おい、輝夜。お前の責任だからな」
「えぇ、ごめんなさいもこ、フヒ」
「あー、クソ」
ゲラゲラとお腹を抑えて笑い出した輝夜。謝っているけれど、謝る気はないらしい。
前髪を掻き上げて面倒そうに呟いたもこたん。
そして僕の肩を掴んで、とても真っ直ぐな目で口を開く。
「もこたんじゃなくて、妹紅だ」
「……」
ふい、っと僕が輝夜を見れば、涙を軽く拭いながらコクリと頷いた。
「……妹紅」
「よし、それでいい」
「あらあら、ダメよ。脅迫なんてしちゃ」
「うっさい、元凶め」
「私は元凶じゃないわよ。大元はもっと別よ」
「今回に関してはお前が十割悪いね」
「決めつけは良くないわ。私泣いちゃうかも」
「勝手に泣いてろ」
やはり溜め息を吐きだした妹紅は石から降りてシャクリと草を踏んだ。
泣き真似をしていた輝夜はニヤリと笑って妹紅を見る。
「帰るのかしら?」
「あぁ、別に散歩に私はいらんだろう?」
「別に居てもいいのよ?」
「勘弁してくれ。子供の面倒は嫌いなんだ」
「そうは言いながら迷ってる子供の案内とかはよくやってるらしいじゃない」
「……あぁ、子供の面倒で思い出したけど」
「逃げたわね」
「煩い」
ニタリと笑った輝夜にイーッと歯を見せた妹紅はコチラを見る。
そして僕の足から頭までしっかりと見て、頷く。
「うん。やっぱりレンが
「あの半獣が?」
「……お前でも言いすぎだぞ」
「失礼。 で、人里の教師がレンに何用?」
「いや、なんでも黒髪で不思議な人間が人里で石を投げつけられてたらしいんだ」
「……あー……」
「……」
何か思い当たる事があるのか輝夜は僕をチラリと見て溜め息。人里で僕を人間と見れてた存在、となるとあの烏帽子の人外だろうか。
「で、聞いてた特徴を当てはめる限りレンが妥当だったって話なんだけど、合ってるかい?」
「……うん」
「そいつはご愁傷様」
「意外ね」
「何が?」
「アナタだったら、あぁ人に石を投げられてなんてかわいそうな!! なんて言うとでも思ったんだけど」
「私ってそんな劇的なキャラか?」
「してくれたら嬉しいな、って話」
「黙れ小娘」
「私に『さん』は救えないわ」
「一体何の話なんだか……ソレに、それこそ、高々って話だよ。 別に経験を誇れる訳でもないけどね」
「ああ見えてもおばあちゃんなのよ、彼女」
「輝夜にだけは言われたくない」
「あら、だって労わってくれないでしょ?」
「老人には優しいさ。死ぬからね」
肩を竦めて言った妹紅は目を伏せていたが、すぐにコチラに向けた。
「ま、生きてたんならいいさ。慧音に伝えとくよ」
「今は永遠亭にいるからいつでもお見舞いに来なさいな」
「あぁ、そう言っとく」
今度こそ踵を返して背を向けながらもヒラヒラと手を振り、足音をしっかりと鳴らしながら妹紅は竹林の中へ消えていった。
「さて、私達も帰りましょうか」
「……うん」
冷たい土を踏んで、僕は再度輝夜の手を握る。少し冷たいと思う輝夜の手がなるべく温かくなるように、しっかりと。
あの冷たい感触を思い出さない為に。
~~
幕引き後な話
あぁ、クソ。本当に面倒な事を頼みやがって。
手に火を燈す。
なんだよ、妖怪を呼ぶ子供って。慧音の話も一緒にしたら人から嫌われてるんだろ……。
まったく、また面倒な存在に興味持ちやがったな、アイツ。
「はぁ……ホント、面倒だ」
「GARYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」
目の前に現れた魑魅の類を掴んで、消し炭にする。
しかもアイツ、軽々と頼みやがるんだよな。
あの子妖怪集めるから、帰った後はよろしくね。だってさ。クソが。次会ったら殺す。絶対殺してやる。
「あぁ、ウザったいな……」
手にある炎が猛り出す。
腕を振るえば一瞬で消し炭が増えていき、また新しくその材料達が現れる。
第一、なんで私がこんな事をしなくちゃいけないんだよ。別にアイツとか従者がやればいい話だろ。
それに……。
「ウザいって言ってんだろうがよぉ!!」
焔を宿し辺り一体を塵に戻していく。
そんな私の態度にも変わらず湧き出る魑魅共。思わず舌打ち。
「あぁ、わかった。わかったさ。 もういい、動機とかどうでもいいわ。丁度炭も足りなかったんだ……ついでに殺してやるから、適当に広がってろよ魑魅如きがぁぁぁぁああああああああ!!」
きっと炭は多すぎるので、今度慧音に持って行くとしよう。
~~
アトガキ
丁度キリよく40話なのでアトガキをば。
舞台裏は舞台裏でやってろよ、ということでこうしてあとがき部分に投入。
先日に輝夜に頼まれた事。
・顔を燃やして殺す事
・そのあとに彼を守る為に妖怪達の駆除
なお報酬はない模様。
どうせ出るだろうし、先に書きましょう。
妹紅から見たレン君。至って普通の子供です。
人間を逸脱しちゃった人はもはや人と言えるのか、という事。月で造られた薬を服用した妹紅なので単なる子供に見えます。
十六夜さんと一緒です。