※この作品はR-18です。

東方色贄録   作:猫毛布

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ゆっくりと初めていきましょう。


42 贄とセンセイ

 目が覚めた。

 天井の木目がハッキリと見える。左目を閉じれば少しボヤけたいつもの視界が広がる。

 

 微睡んだ思考がなく、本で見るような、清々しい朝。本当に思考がスッキリとしていて少し顔が綻んでしまう。

 昨晩はどうやらしっかりと眠れたらしい。

 立ち上がる。痛みは無い。屈伸。前屈。

 

「……よし」

 

 障子を開いて朝の澄んだ空気を肺に入れて、吐き出す。肺の中に溜まっていた澱んだ空気は竹に吸われて、また他の空気に混ざり込むのだろう。

 冷たい床板を踏みながら、僕は歩き出す。外はまだ靄の掛かった早朝の話である。

 

「どこに行こうって言うんだい?」

「……」

 

 そんな早朝だと言うのに、目の前にヒョッコリと現われた因幡のてゐは少し苛立ちを感じているのか刺々しい口調で僕に問いかけた。

 こんな早朝から起きていた、というよりは、こんな早朝まで僕の事を警戒していたのだろう。

 

「……おはよう」

「…………ハァ、おはよう。なんだ? 贄ってのは私達の言葉を無視して自分を押し通すのが普通なのかい」

「……そんな事、無い」

 

 と思いたい。

 何にしろ、挨拶はとても大切な事なのだから、彼女の問いに応える前にしただけだ。彼女の記憶にある贄の存在が『そういった存在』であろうと、僕には一切関係無い事だ。

 クシャリと髪を触れて溜め息を吐きだした因幡のてゐはもう一度溜め息を吐いて肩を落とした。

 

「で、何処に行く気なんだい? アンタは寝たきりだったからココの部屋の場所なんて知りはしないだろう?」

「……台所に」

「台所に? 何の用……って台所に用だなんて一つしか無いね。連れてくよ」

「……ありがとう」

「気にしなさんな。しっかし、アンタも悪だねぇ」

「?」

 

 何が悪いというのだろうか。僕は朝食を作りに行くだけだと言うのに。

 

 

 

 

 

「あれ? 起きてたんですか?」

「……おはよう」

「えぇ、おはようございます。レン君」

「こっちには挨拶もないのかい? 鈴仙」

「おはようございます、てゐ。 して、こんな早朝に台所に何用で?」

「台所の用事なんて決まってるだろ?」

「……朝食、作りに来た」

「なんですと!?」

「なんだって!?」

 

 鈴仙が驚くのはわかるけど、どうして因幡のてゐが驚く必要があったのか。

 

「台所に用事だなんて、一つしかないだろ!! そう、摘み食い!」

「てゐ、ソレはオカシイでしょう……」

「それだけ美味しいって事さ」

「もう少し素直に褒めれないんですか……」

「不味けりゃ食ってもないよ」

「あぁそうですか」

 

 どこか諦めた様に溜め息を吐いている鈴仙を尻目に僕は流水で手を洗い、ぐるりと視線を回す。

 ある程度作られている状態から料理を予想。ちらりと鈴仙を見れば、えーっと、と何かを迷っている。

 

「……筍、短冊切り?」

「え、えぇ。なんだ料理出来るんですね」

「……少し」

「パッと見ただけで何すればいいか分かる時点で少しだなんて思わないけどねぇ」

「てゐは何してんですか?」

「鈴仙がコレに手を出さない様に監視。あとは摘み食いを少々」

「ソレはどーも。追い出しますよ?」

「いいじゃないのさ。人参の一本や二本や三本や四本。別に百本喰うだなんて言ってないんだから」

「おい。量が尋常じゃないんですけど!?」

「あぁ、鈴仙の料理は美味しいねぇ……」

「生の人参かっ喰らってその言葉とは、喧嘩売ってんですね!? 買いましょう、今買いましたよ!」

 

 包丁をまな板に突き刺して大きく音を出す。

 二人がギョッとして僕の方を見る。こういう時はどうするんだっけ。とにかく、笑顔を浮かべてしまおう。

 

「……料理中は、静かに」

「イ、イエス。マム」

 

 どうしてか両方とも両手を上げて汗を流していた。どうでもいい事か。僕は調理に集中しよう。

 

 

 

 

 その後、永琳も起きてきて、僕を見て驚きを口にしていた。けれど、そのまま受け入れられて調理に入った。。

 数分して輝夜を起こしに行く役目を承った。二つ返事で引き受けて僕は前掛けを外して廊下を歩いている。何羽かの兎を横切って挨拶を交わす。

 その兎達に輝夜の部屋を案内してもらい、ようやく到着したのは一際豪華そうな襖の前。指差してコレ?と首を傾げれば兎達は頷いていた。

 つまり、コレなのだろう。

 

 こういう豪華な襖は嫌な記憶を思い出すから少し戸惑うのだけど。中に輝夜がいるのだから仕方ない。

 襖を開けてみれば暗い部屋。障子から日の灯りを入れてはいたけれど、それでも少し暗く感じる。

 そんな部屋の真ん中で布団が引かれ、そこに輝夜が眠っていた。

 

「……輝夜、朝」

 

 部屋に入らずに声を掛けても反応は無し。

 敷居を踏まない様に入り、輝夜に近づく。

 

「……輝夜、朝」

「んぅ……?」

 

 再度声を掛ければ眉間にシワを寄せた輝夜が反応をした。布団を巻き込むようにして僕に背を向ける。

 

「あと五年、五年経ったら起こして」

「…………」

 

 長い、長すぎる。五分ですら長いというのに。五時間と五日、更に五ヶ月すらも飛ばして、年という単位にまで至った。

 僕は布団ごと輝夜を揺らして再度声を掛けてみる。流石に五年、と言われて待つと永琳が怒ってしまうだろう。

 

「……輝夜、朝」

「うぅ……おはようのキスしてくれたら起きるわよぉ」

「……」

 

 ぐるりと体をコチラに向けて瞼を閉じて唇を突き出している輝夜。

 『きす』というのが何かわからないけれど、早苗から借りた小説で接吻の表現で使われていたという記憶があるから、きっと、おそらく、接吻なのだろう。

 僕は輝夜の唇に唇を合わして、離す。

 

「……起きる?」

「……起きます」

 

 何処か顔を赤くした輝夜が唖然としながら呟いた。僕は輝夜が起きた、という事実に満足している。

 

「なんだかなぁ、こう恥ずかしがってしてくれるのを想像してたんだけど……なんだかなぁ」

 

 そんな事を呟く輝夜の事なんて知ったことではないのだ。

 

 

 

 

 朝食が終わり、錠剤の薬を飲んで僕は部屋に戻る。

 近くにある本を手にとってのんびりとした時間が過ぎていく。

 竹の葉がサワサワと鳴り、耳に心地いい。

 涼しく感じれる空気が辺りを包み、それも心地いい。

 そんな風が入るように障子を開けたのは藍色の髪をした神様だった。

 

「歩ける様になったらしいね」

「……うん」

「それはよかったよ」

 

 ふむ、と一つ呟いて僕の隣に座った神奈子。二の句はなく、ただただ黙って座っているだけ。

 僕は本を読むのをやめない。

 

「そろそろ退院なのだから、レンには選択してもらわないといけない」

「……うん」

「守矢神社で過ごすか、はたまたあの花の妖怪の下へ行くのか」

「……うん」

「まぁどちらにせよ、私達との繋がりは消えてないしどちらに行っても大丈夫だ」

「……そう」

「もちろん、私としてはウチに来て欲しいわけだけど」

「……そう」

「…………レン?」

「……うん?」

「話は聞いてたかい?」

「……何の?」

 

 本を閉じてようやく神奈子に反応を示す。そうしたら神奈子が心底落ち込んだように溜め息を吐いた。

 一体、どうしたと言うのだ。

 僕が眉間にシワを寄せていれば、この部屋に新しい客人が来た。

 やや青みがかった銀髪を腰あたりまで伸ばして、不思議な帽子を被った存在。

 

「む……山の神もいましたか」

「今はオフだから、砕けた口調でも構わんよ」

「そうか……久しぶり、と言えばいいのだろうか? いや自己紹介は初めてなのだからハジメマシテと敢えて言わせてもらおう。 はじめまして、私は上白沢(カミシラサワ)慧音(ケイネ)だ」

「……レン」

 

 簡単な挨拶をすればコチラに歩いてきた上白沢慧音が土下座をした。突然の出来事で隣にいた神奈子がキョトンとしている。

 

「すまない。あの時に守れなくて」

 

 あの時、というのがいったい何時か思い出せない。そういえば藤原妹紅が言っていた存在の名前も確か『けいね』だった筈だ。

 何を心配していたのだったか。たしか石を投げられた事だった筈だ。誰が、僕が。

 話を纏めれば、いつだかに石を投げつけられていた僕を目の前にいる人間が守った。上白沢慧音の言葉から守りきれなかった、らしいけれど。

 忘れていた、という事は僕にとって非常にどうでもイイ事だったのか、それともただ単に忘れていただけなのか。隣にいた神奈子が僕に視線を送ってきて非常に居心地が悪い事は確かだ。

 

「……大丈夫」

「そうは言っても、子供である君を守れなかったのはとても罪深い」

「あー、えっと、上白沢?」

「ハイ。どのような罰でも受ける所存です」

「いや、待て。待つんだ。落ち着いて会話をしよう。会話のキャッチボールだ。ドッジボールも野球も求めてない」

「む……しかしそれでは私の気が収まりません」

「ハァ……アンタの満足の為にこの子を困らせないでおくれ」

「……そう、だな。すまない。少し早計過ぎたか」

 

 頭を上げてキリッと前を向いている上白沢慧音。背筋が綺麗に伸びた正座だ。

 その様子にどこか安心したのか神奈子はふぅ、と息を吐きだした。

 

「そういえば、沢山本があるようだが。読めるのか?」

「……」

 

 頷いて肯定する。その肯定に「すごいな」と呟いた上白沢慧音は顎に手を当てる。

 

「どこかで学んでいたとか」

「……」

「あー、レンは普通に学べなかったから」

「む……そうか、すまない」

 

 あの時を思い出したのか、少し目を伏せてしまう上白沢慧音。それに首を振って気にすることでもないと伝える。

 どうせその前を思い出したところで僕が学ぶ事は出来なかっただろう。

 

「ふむ……では私が教えてもいいか?」

「上白沢が?」

「ダメでしょうか?」

「いや、駄目って事はないけれど」

「寺子屋の無い時間……おそらく夜になるだろうが、ココにいる時ぐらいは出向く事も出来るだろう」

「あー……その、上白沢はキツくないのか? 朝に寺子屋があって、その後にコッチに来るんだろう?」

「教育の疲労など疲労の内に入りません」

「あ、そう……でもなぁ」

「何かあるんですか?」

「いや、……まぁ教えられるべきか」

「はい?」

「コッチの話だ。 ということだ、八意」

 

 そう神奈子が言えば襖の向こうから永琳が現われて、溜め息を吐いた。

 面倒事を頼まれたように、眉間にはシワが寄せられている。

 

「家主の許可も得ずに何を勝手に」

「気にするんじゃないよ……私だって何も言ってないだろう?」

「……ハァ、判りました。わかった」

「そうか! うむ、では今夜コチラに出向くとしよう!」

 

 フンスと鼻から息をだして両手をグッと握った上白沢慧音はとてもやる気らしい。そんな様子を見て余計に疲れた様子で神奈子と永琳は溜め息を吐きだした。




鈴仙・優曇華院・イナバ
 女性。銀に紫を淡く混ぜた髪。赤目。兎耳。溜め息多い。ウサギ
因幡てゐ
 女性。黒髪。悪戯好き。贄に嫌悪感。ウサギ
八坂神奈子
 女性。濃い藍色の髪。頭をよく撫でられる。神様。
上白沢慧音
 女性。銀に青を淡く混ぜた髪。腰までの長髪。不思議な帽子。人らしい人外。


日記の端書より抜粋。

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