目が覚めた。
頭がぼんやりとする。片方のしっかりとした視界が突然明るくなったからなのだろうか、それとも別の理由なのだろうか。
ともかくとして、右目の焦点がゆっくりと定まっていく。
目の前には青、そして白。端に金がちらほらと見える。
「む、起きてくれたか……」
目の前の白と青の山の向こうから声が聞こえ、ソレが誰かがさっぱりわからない。
頭の中でどれ程考えていても、応えにたどり着けない。
少しだけ痛む頭を抑えながら体を上げる。
そのまま自分のいたところを確認すれば膝枕をされていたらしい。金色の短い髪に尖った帽子を被った麗人。正座している腰辺りから黄色い尻尾が九つ程飛び出ている。
「……誰?」
「む、あぁ、そうか。すっかり忘れていたよ。私は
「……レン」
整い過ぎている手を自身に当てて綺麗に微笑む八雲藍を見ながら自分の名前を吐き出した。
少し周りを見渡し、息を吐いた。そのまま彼女の近くにあった見覚えのある本を手に取り開く。
内容は自身の日記。ソレを読み終えて、閉じる。
この一連の流れを何も言わずに見ていた八雲藍は僕を見ながら気まずそうに口を開いた。
「そのすまなかったな」
「……なにが?」
「まさか
「ッ……」
僕は一度息を飲んだ。驚いた、と言えばそうなのだけれど。それでも僕が歯を食いしばるには十分な言葉だった。
気づかれない様に僕は息を静かに吐き出す。
訝しげにコチラを見ている八雲藍はコテンと首を傾げている。
「……気にしない」
そう、僕はいつもの様に声を出せた。
その声に安心したのか、ホッと息を吐き出した八雲藍は折っていた膝を伸ばして立ち上がる。
もふもふと気持ち良さ気な尻尾を僕に向けて歩き始める。
「では、主の元へ案内をしよう」
「……うん」
黄金色の瞳は僕を真っ直ぐに貫いて、僕は逃げる様に視線を合わせず、外を見つめた。
「あそこに我が主、八雲紫様がいる」
幾分か歩いた先にあった開けた庭。
そして八雲藍が指差した先には綺麗に整ったこの屋敷にしては不格好な、それこそ言ってしまえばまるでそこだけ切り取られた様な、或いは似つかわしくない、少し壊れた小屋が一つ建っていた。
僕は確認の為に八雲藍を見上げる。
見上げれば変わらず真剣な眼差しで小屋を見つめていた。つまり、事実なのだろう。
尤も、僕に選択肢など存在せず、従うしか残っていない。
僕は素足で廊下から庭に降りる。
渇いた砂の感触。小さな石があっても丸みを帯びていて刺さることはないだろう。
一歩ずつ、じゃら、と鳴る足音。
後ろに足音が続かないから、八雲藍は廊下で待機しているのだろう。
近くで見れば何処か壊れている小屋にも納得がいった。どうしてか焼かれていたのだ。所々焦げてしまっている柱に手を当てて、そのザラつきが手に感じる。
一度、深呼吸をする。
そして焦げている扉に手を掛けて、開いた。
そこには金を細くした様な髪を惜しげなく晒して、静かに正座した女性がいた。
「座りなさい」
彼女らしからぬ、と言えばオカシナ話なのだけど、それでも悪戯気に笑んでいるいつもとは違い、つまらなそうにしている事もなく、真剣な顔付きで僕を見ず、ただ目の前の囲炉裏の先を見ていた。
そこには座布団が一つ置かれていて、そして僕は疑問もなくソコに膝を折って座った。
正面に見える八雲紫は言い淀む事なく、まるで用意されていた様に口を開いた。
「私は……アナタに謝らなくてはいけないわ」
そう、朗々と呟かれた言葉はあっさりと僕の耳に入り、理解し、そして同時に疑問を沸かせた。
~~
「――アナタに謝らなくてはいけないわ」
「――……そう」
何かを思い出すように、私の言葉に珍しく間を開けて返した彼。
その瞳は私を貫かんばかりに見ているが、感情は隠れている。表情も無い。
少しだけ思案するように、彼は口を開いた。
「……幽香の事?」
そう彼は声を出した。けれど私はソレに首を横に振って否定する。
彼女の事も、今回の事も、ソレはソレで謝らなくてはいけない事なのかもしれない。けれど、私が謝らなくてはいけない事はもっと別にある。
「そのことはどうでもいいわ。……まず、そうね。この幻想郷の在り方について少しだけ説明させてもらうわ」
こう言えば、彼は頷いて話を聞こうとしてくれる。
私は、残酷かもしれない。いや、残酷でもいいかもしれない。どうでもいいか。
幻想郷。
この世界には二つの大きな結界が張られている。一つは私の能力が関与している『幻と実態の境界』。そしてもう一つは『博麗大結界』。
二つとも外の世界と幻想郷を分かつ結界である。
その二つに綻びが生じ始めている。
まだ綻びは小さいけれど、ソレはきっと幻想郷に悪影響を及ぼしてしまう。
幸いこの事に気がついているのは私と藍だけ。けれど修復するには私達だけでは無理だ。
幾年と展開された結界に下手に触れればそれこそ直ぐに壊れてしまう。綿密に計画を練ったとしても、その計画を練っている間に綻んでしまう事は計算済みだ。
「そこで、贄という存在が必要だった」
小難しい説明をしている私はようやく彼を見ることができた。
変わらずも私を見続けている彼。そして、私はここでようやく、罪を告白しなくてはいけない。
「けれど、別世界の贄ではこの世界で力を付与する事は出来ない。
けれど、贄をこの世界から出す事は出来なかった。贄は以前の博麗の巫女に完全に封じられてしまったから。この世界の人間では余計な悪影響があった。
故に、私はアナタを贄に落とした。
冬空で冷水を掛けられ、そして洞穴に入れられ燃やされたアナタはきっとあの世界に還元されちょっとした神に成っていた筈だ。
けれど、私はソレを阻んだ。
ソレを受け入れる事は出来なかった。ソレを否定した。
アナタしか居なかった、なんて言い訳をする事はないけれど。
私にはアナタしか居なかった。
アナタを贄にしたのは、私よ」
それは、単なる後悔だったのかもしれない。
結局、贄に落としてからずっと彼を見続けていた。
私自身が彼に触れていれば、と何度も思ったけれど、私の中の何かがソレを阻んでしまい、そして彼を風見幽香の下へ落とした。
結果的に、風見幽香は彼を軟禁してしまい。彼女を唆して彼を逃がした。
逃がした彼が襲われるのは予想出来たので、仲がよさそうな烏天狗を向かわせた。
守矢へと導き、神達に彼を任せた。せめて彼が人であるように、と。人らしい幸せをつかめる様に。
彼が神の反対を押し切って風見幽香の所へ行こうとしたのは驚いた。故に私自身が関わってしまった。
そして、ようやく彼をここへと留める準備が出来たのだ。
ようやく、私は彼を向き合える。
人の理から逸脱させた犯人である私は頭を下げる事もせずに彼を見つめた。
私の告白に対しても、変わらず無表情である彼は、何かを考えているのだろう。ずっと見ていれば彼が頭は優れている事は分かる。
「……そう」
「へ?」
だからこそ、こうして変わらず無頓着な返事をされる事に思わず声が出てしまった。
思わず肩がズレてしまう。
いやいや、違うだろう。そこは激昂して私に言い寄る所だ。そのまま全裸に剥かれてニャーニャーしたいとかそういう欲望もあるけれど、ソレは絶対に違う。
「……綻びは?」
「あ、えっと……アナタが了承してくれるなら、すぐに直せるわ」
「……そう」
じゃあ、すぐに始めよう。
と言わんばかりに彼は立ち上がった。自身への影響を聞くこともなく、まるでソレが当然の行いの様に。
ダメだ、彼が壊れてしまう。彼を追い込みたいからこうして無理やり攫った訳ではない。
「そ、そうだ。修復が終わったら贄から解放出来」
「……やめて」
「ッ」
彼は囲炉裏も無視して私の胸倉を掴んだ。
変わらず無表情とも言えず、歪んだ顔で私を睨み、噛み付かんばかりに顔を寄せてくる。
この感情は、怒りである。それも、先程私が求めた激昂に近いモノだ。
「僕から、僕から意義を奪わないで!!」
初めて彼の絶叫を聞いた。
喉を張り詰めて、震わせて、彼は声を出していた。
だからこそ、間髪入れずにどうにか声を出せた。
「―――ッ。えぇ、冗談よ。容易く贄から解放できる訳はないでしょう。からかい過ぎたわ、ごめんなさい」
「……いい。ごめん」
「いえいえ、元は私が悪いんだから」
嘘である。
彼が贄である状態は私が彼の境界を弄って存在している状態である。だから、私が改めて境界を弄れば彼は贄でなくなり、普通の人間へと成り上がる。
それこそ、私の指先一つで出来る事だ。
見誤った。たった一言言えるならそれだ。
実際なら、結界を直した後に彼を解放する予定だった。
けれど、ソレを彼はソレを許しはしなかった。
『僕の意義を奪わないで』
その意義を与えたのは紛れもなく自分である筈なのに、その意義を与えた存在を殺したい程憎んでしまう。
壊れている。いや、正確には壊れていた、だろうか……。
まったく、
「思い通りにいかないわね……」
私は迷いを吐き出すように息を吐いて胸元を正す。
意識を切り替えて、私は壊れたモノを直さなくてはいけない。これまで思い通りにいかない、という事はないだろうが……。
いや、コレは考えないでおこう。
どのみち失敗などありえないのだから。ありえてなるものか。
意味が分からないんだけど?
って事が起こってるので、簡単に説明。
最初にレンと叔父との会話は偽りだらけ穴だらけの贄契約です。
十字を切って、神様を拝みつつも妖怪へと媚びを売る、だなんて出来ません。けれど簡易的な契約で準贄状態にはなってます。
そこから洞窟にインしたお! からのスキマ様がソレを神隠し。レン君は幻想郷の贄へと至り、元居た村は災害にでもあったんじゃないかなぁ(テキトー
あとは物語の通り。
色々とスキマ様が間接的に手を尽くしてたりしました。
ここで疑問になるのは彼女がどうして贄を自身の手元に置かなかったのか。という事。
ちょっとした心の問題です。過去に贄と過ごして色々あったんだろうなー、程度に考えてくれればいいです。
贄と妖怪が過ごす、つまり、そういう事です。