実際、エロなんて書かなくても、歯車が周り始めているから終わる分には終わるのだけれど……。
少年はその空間で独りだった。
ふと膝下から顔を上げれば隣りに本が積まれていた。
ソレは塔と言っても違いないほど、幾つも積まれていた。
一冊、二冊、三冊と指で撫でながら数え、ソレはいつしか塔の数を数える様になり、そして十を越えてからは数える事はやめ、本を開いた。
少年は今も独りだった。
少年、レンは目を覚ました。
抱きしめられる体、頭にかかる寝息、柔らかい感触が自身の首と胸板辺りに広がっている。
寝ぼけていた思考でようやくあぁ、抱きつかれて眠ってたのか、と思い至ったレンは拘束に身を任せて更に眠る訳でも無く、その拘束を静かに抜けて、枕下に置いていた本を手にとった。
持ち主はレン。そして筆者もレンであり、内容は日記。
その日記を座りながら真剣な瞳で最初から白紙の頁まで読んだレンは日記を閉じて溜め息を吐いた。
着せられた猫の着ぐるみパジャマを脱いでいつもの白い着流しへと着替える。昨日に神様から渡された紐を軽く結びながら、彼はいつもの様に台所へと足を進めた。
「髪が長くなりすぎです!!」
食後のお茶をのんびりと飲んでいると早苗が突然立ち上がりそう叫んだ。
突然叫んだと言うのに、その行動を訝しげに見ていたのはレンだけで、隣りにいた二柱はまるで意に介さない様にお茶を啜っていた。
早苗の言い分は事実である。以前にレンが守矢神社にいた時は思いついた様に髪が弄られていたので髪の長さはそれ相応に一定だった。
ソレが永遠亭へ行った事や八雲宅へ行った事、そして髪を切ってから時間が経過しすぎていたという理由で彼の髪は少しばかり長くなっていた。
前髪は瞳に掛かる程度も伸び、後ろ髪はいつの間にか首を経過して背中まで伸びている。更に言えば永遠亭にいた頃は髪の手入れをする存在がいなかったのだ。
月の姫と頭脳は自身の欲求を満たすために、月兎は彼を可愛がりはしたものの上司の言いつけで彼に触れる時間は極端に少なかった。唯一の良心とも言うべき因幡のてゐは彼の存在から距離を置いていた。結果、彼の髪は見事なまでに荒れていた。
「……大丈夫」
「ダメです! 本を読んだりで邪魔になるでしょう?」
早苗の言葉に思い至る事があったのか、自身の前髪を見るレン。
捲し立てる様に早苗が口を開いた。
「レンさん、いいですか。そんな目に掛かるぐらい長くなった前髪をしていいのはギャルゲーの主人公だけなんです! そんな事をリアルな世界ですると目が悪くなっちゃいます!」
「……」
どうして彼女が男性向けの美少女ゲームなるモノの主人公を知っているかは、まぁ置いておいて。 彼女の言っている事は正しい。
長くなった髪は彼の瞳に触れ、髪に付着した雑菌は瞳に悪影響を及ぼす。もちろん、そんな医学的理由なんてモノは早苗の中にあるはずもなくて、なんというのだろうか、彼女はお姉ちゃんがしたいのだ。
「神奈子様、という事でレンさんの髪を切っちゃいますね!」
「あ、あぁ。 別に構わないけれど、髪はまとめて捨てるんじゃなくて風に吹かせなさいよ」
「ふぇ? いいんですか?」
「むしろ、レンの場合はそうしないといけないんだよね」
二柱の言葉に少し思案して合点がいったのか、ふむ、と口に出して了承の意を伝えた。
纏めてしまえば贄としての力が強くなりすぎる。散らして吹かせばソレは世界へと還元されて何れ力を失う。
その事を正しく理解しているかは別として、早苗は親代わりとも言える二柱の神の指示に従うことにした。
境内の一角。居住区と社が隣接している守矢神社。つまるところ、ある程度のプライバシーはあるけれどその庭先はほとんど境内と言っても過言ではない。もちろん、そのプライバシーとやらも人知れず覗いているスキマ妖怪や人が知りながらも盗撮を実行する烏天狗の御蔭で無いに等しいのだが。
そんな庭先で四足の変哲もない椅子に座らされたレン。首元からは布が伸びて彼の服の中へ髪が入らない様にされている。今は見えていない手首にはしっかりと蛇型の細い紐が結ばれており、彼が贄である事は認識から外れてしまう。
以前の失敗からその式がいくら強化されようが人間の存在を認識から外せる事は無い。あったとしても、式を作り上げた神奈子と諏訪子には最低限見える様になっている。この式を作るにあたり蛇と蛙が喧嘩をしたらしいけれど、そのことは語られることはないだろう。その事をレンに語ったのは早苗だったりするのだが……。
「じゃぁ切っちゃいますよー」
その一言とジャキジャキと鋏を鳴らした早苗。そんな早苗に後ろに立たれて何処か不安そうにしているレン。
念のために述べておくが、彼女は何度かレンの髪を散髪しているし、この理髪店が無い幻想郷に置いて自身の髪を整えたりする彼女はそれ相応の技術を磨いていた。素人ではあるけれど、髪を整えるだけの散髪にそれ以上の技術は求められない。
後ろ髪はそのまま伸ばす形になり、前髪を短くし、ソレに伴い耳付近の髪がバランスを整えられていく。
実際にその形になるまではそれ程時間が掛ならなかった。問題はここから先にある。
早苗が毛先のチェックに入り、そして彼の髪で遊び始めるのだ。
短い尻尾のポニーテールやら、ツインテールだとか、果ては自身と同じ髪飾りを何処からともなく取り出して同じ髪型にしてみたり。
「うおっ……なんかすごいんだぜ……」
そんなレンの遊ばれ具合に金髪の白黒の魔女装の少女は声を出した。
その声に気がついた早苗は彼女の方を振り向いた。フワリと地面に降りてきて、箒から降りた魔女はその三角帽のツバを撫でる様に触った。
「あ、魔理沙さん。 どうかしたんですか?」
「いや、レンが退院したっていうから見舞いに来たんだよ」
「お見舞いって入院中にくる事じゃ」
「ほら、お見舞いしてやるぜ、って言うだろ?」
「ソレはまた違うと思います……」
魔理沙の言葉に溜め息を吐いて思わず頭を抱えてしまった早苗。そんな様子もニッカリと笑い、よっ、と髪が三つ編みにされていたレンへと挨拶を交わした魔理沙。
挨拶されたレンは変わらず無表情で頭を下げるだけの挨拶をする。
「相っ変わらず無表情だな」
「魔理沙さん、少し無礼じゃないですか?」
「次に会うときには言わないぜ」
「……」
実際、二度目になる言われようにレンは思わず苦笑してしまった。その苦笑を見てか、魔理沙はニコッと無邪気に笑って早苗はどこか疲れたように溜め息を吐いた。
「ちょっと、魔理沙。少し急ぎすぎじゃない?」
「お、悪い悪い。急いだ訳じゃないんだぜ。 ちょっと追い風が強かっただけなんだぜ」
「その追い風とやらに私も当たってた筈なんだけれど?」
「アリスにとっては向かい風だったのかもな」
「ハァ……」
遅れて到着した一人の少女とその傍らに浮かぶ人形が一つ。金髪を短く切りそろえて、空色の双眸からはやはり呆れたような色が見える。
「アリスさんまで、どうしたんですか」
「私はコレの付き添い」
「コレ扱いは酷いんだぜ」
「アレの付き添いよ」
「あぁ、なるほど」
二人共私の扱いが酷くなってないか? なんて魔理沙の呟きは当然の様に無視されてしまう。
ようやく、空色の瞳をレンへと向けたアリスはその瞳を大きく開いた。
「すごいわね……どうしたの? コレ」
「コレ扱いは酷いんじゃないですか?」
「この瞳、いいえ術式。いったいどうしたの?」
「術式にも負けたんだぜ……」
まるでキスせんばかりに顔を寄せてレンの翠色の瞳を凝視するアリス。息が掛かるほど近づいているけれど方や術式に夢中、そしてもう片方が無表情なので色気の欠片も無い。
「あぁ彼の瞳が見えなくなってたので、パチュリーさんが」
「あの動かない図書館が? ソレにしては少し雑で……律儀すぎるわね」
「?」
「いいえ……こちらの話。 っと、ごめんなさいね。突然寄ったりして」
「……いい」
「あら、ソレはよかった。 アリス・マーガトロイドよ」
「……レン」
互いに握手をして、アリスの視線はレンではなくて、その手首に巻かれていた白い蛇の式に向いた。
ふーん、と一つだけ漏らして、アリスは握手していた手を放した。
「で、こっちが上海人形よ」
「…………おぉ」
小さな人形がフワリとレンに寄り、クルリと一回転してお辞儀をした。その行動に瞳を輝かせて見てしまうレン。
そんな目を向けられると何処かムズ痒いモノがあるアリスは少しだけ高揚した気持ちに従う様に。自身の作品達を披露していく。
まるで踊るように人形繰りをするアリスとその様子を輝かしく見るレン。
「……どうしてアリスさんを連れてきたんですか?」
その二人の様子を少し離れて見ている早苗は隣りにいた魔理沙に問うた。実際、彼女が言った様に『見舞い』だけならば彼女一人で来てもよかった筈だ。
けれど彼女はソレをせずに『アリス・マーガトロイド』という第三者を連れてきた。
魔理沙は思案顔を隠すように帽子を深く被って目を伏せた。
「アイツ、人里で色々あったらしいじゃねぇか」
「……知ってたんですね」
「いや、知ったのはつい最近だぜ。 日付を聞けば私に会う前らしいじゃないか」
「そうでしたね……」
「あんなに表情を殺して、我慢してても、アイツは子供だろ? だから、アリスを連れてきたんだ」
「……ん? いや、なんか超絶な理論になってませんか?」
「言いくるめられなかったぜ……」
不敵な笑みを顔に貼り付けた魔理沙は帽子を指でクイッと上げて早苗を見た。早苗は溜め息を吐き出してレンとアリスの方へ向いた。
人形繰りも一通り終わったのか、連れてこられた蓬莱人形を抱きしめたり、アリスに人形繰りを教えられているレンがいる。上海人形を抱くレンに少し萌えたとか、そんな事は早苗だけが知っていればイイ事だ。
「まぁ難しい事を並べたけど、友達は多い方がいいだろ?」
「……そうですね」
レンが早苗達の方を向いてニッコリと笑った。とても楽しそうだ。早苗が鼻を抑えて上を向いて
、その様子を見て次は魔理沙が肩を竦めた。
「アリスさん、是非ゴシックロリータな服を彼に作ってもらえませんか?」
「彼? あぁ、男の子だったのね」
「えぇ、こんなに可愛い子が女の子な筈ないじゃないですか!」
「なんでかしら、全く関係ない私が焦燥する程この子をここに住まわせてていいのか疑問に思ったわ……」
「安心してください! 私がいるんですよ!」
「だから余計に……いいえ、まぁいいわ」
頭を抱えるようにして溜め息を吐いたアリス。そんな様子も気にすることなくフンスと鼻で息を吐き出した早苗。クツクツと笑う魔理沙にジト目で早苗を見ているレン。
そんなレンを見て、少し思案顔をして、何かを思いついたのか、はたまた人形劇をしている時には既に思いついてのか。
「彼にはゴシックロリータよりも……そうね、いっそフリル満載なドレスとか、いいえ、細身を目立たせる様にスリムドレスを着せるべきか……」
「アリスさんッ!!」
早苗は思わずサムズアップした。
その様子に、思考をボロボロと出してしまっていたアリスはハッと我に返って溜め息を吐いた。
しかしながら言ってしまったことは戻ってくる訳もなく、新しく溜め息が出るのであった。
「まぁソレもこれもこの子が着替えてくれるか、という問題があるのだけれど」
「……?」
アリスはチラリとレンを見た。これだけ色々と自分に関する事は喋られているというのに、一切反応を見せない彼。人形師として、何処か彼の本質に気付いたのか、それとも別の何かに気がついたのか、アリスは何度目かになる溜め息を吐き出した。
ほどなくして二人は帰宅して、その際に早苗に服を作る旨を伝えた。
その事で早苗がちょっと狂気に染まっていたりしたのだが……彼女の評価の為に、語らないでおこう。
縁側で高くなった空を見上げて、彼は早苗の本棚から拝借した小説を開く。短くなった前髪は本を読む事をまったく阻害しなかったけれど、変わらずも長かった横髪が邪魔をしたので、しっかりと耳に掛けて改めて本の世界へとのめり込んでいく。
「ありゃりゃ、読書の秋って言うけど、もう秋も終わるっていうのにねぇ」
不思議な帽子を被った少女が足音をしっかり鳴らしてレンに寄ってきた。諏訪子はレンの隣りに座って、読んでいたモノを覗き見る。
読んでいたモノは推理モノの小説だ。内容なんて在り来たりで、一度読めば分かる、つまり、二度も読む意味は無いモノだ。
ソレに加えて、この早苗の蔵書には彼の読んでいない本がまだある。
更に言ってしまえば。
「あれ? レン、この前それを読んでいなかったっけ?」
そう、彼はこの本を読んだ事があった。
昔、という程過去の話ではないし、ここにいた時期もそれ程前の話でもない。
彼は隣りに座った諏訪子の方を見る。
珍しく、というべきか、活字中毒者、いや、物語中毒者として読書の邪魔をされたのだ。つまるところ、
「あ、えっと、ごめん」
「…………」
見るだけで分かる程怒っていた。
本当に、珍しく感情が顔に出ている彼はしっかりと諏訪子を睨んで本を閉じた。
あうあう言っている諏訪子を放置して、レンは縁側を歩き、ムスゥっとした顔で本当に珍しくドカドカと足音がなる程の不機嫌を表して諏訪子の前から去った。
諏訪子はしまったなぁ、と呟いて、高くなった空を見上げた。
霧雨魔理沙
女性。魔法使い。箒を所持。やや男勝りな口調。三角帽。金髪。白黒。
アリス・マーガトロイド
女性。人形師。たくさんの人形を所持。落ち着いた物言い。淡い金髪。空瞳。魔法使い。
上海人形
人形。
日記の端書より抜粋。
~~
本読みの邪魔をされて本を真っ二つにした事がある作者です。
邪魔をした友人の本だったので、どうしてか怒っている筈の私が怒られる事態に陥りました。もちろん、その友人とは今も仲がいいです。
エロ話……は現在模索中。
マエガキでも書いたけれど、正直絶望さんが起動しているからエロも絶望的な物しか出来ないと思います。
故にもう少し進まないと駄目なんですよね……。
かと言って、彼が冗談を言い終わってからになると……、誰にしようかなぁ。