まぁ鬼が出てくるとややこしいからいいか。と自己完結。
レンはたった独りだった。その空間には彼と本だけが在った。
ただそれだけだった空間に人型の何かが降りて来た。
ソレは彼の肩に手を置いて微笑んだ。彼が彼女を見ると、その後ろには沢山の人が居た。
彼は、その時から独りではなくなった。
少年は目を覚ました。
腰を抱かれて眠っている女の子を起こさないように、彼は視線を這わせる。
枕元に置いた本に手を伸ばして、彼は彼女を起こさない様に表紙を開いた。
書いていた内容は簡単な日々を綴った、所謂日記だった。文字を目で追って、ようやく日記を閉じた。
少年、レンはゆっくりと息を吸い込んで、吐きだした。
いつもの様に無表情を作り出して、彼は自分を抱きしめる女の子、早苗を起こすことにした。
「……おぉ」
早苗の手をしっかりと握ったレンは鳥居をくぐり思わず感嘆の声を出してしまった。
そこには色とりどりの料理達。慌ただしく動いていた九尾の狐や今は姿が見えない瀟洒で完璧なメイドが仕上げていったのだろう。
ともあれ、そんな風景に思わず口を開けてしまい声を出してしまったレンは至って普通だ。
「あら、いらっしゃい。随分と早いご到着ね」
「あ、霊夢さん。私も何か手伝おうと思って」
「ソレはなんとも殊勝な心がけね。是非とも賽銭箱も覗いていきなさい」
「羊羹でも入れときましょうか?」
「それなら戸棚に入れておいて頂戴な」
欲望に忠実、というか素直で素敵な楽園の巫女はニッコリ笑って、奇跡を起こす巫女はその笑顔に思わず溜め息を吐いた。そんな溜め息をレンは見もせずに少しそわそわしだしている。
手はしっかりと握られているけれど、ちょっとだけ動いて、また早苗の背中に隠れたり、そしてまた何かに視線が釣られてどこかへ行ったりと無表情も少し崩れて顔が興奮で赤らんでいる。
「あぁ、可愛いなぁ」
「おい、顔が言葉に出来ない程緩んでるわよ」
「大丈夫です。いつも通りですから」
「それはそれで……」
頬に手を置いて蕩けた顔を支えている早苗を見て次は霊夢が溜め息を吐いた。レンはそんなやり取りに気づいてコテンと小首を傾げた。
そして、何かに気付いた様に早苗の手を放してしまう。早苗はその離された手を見て、レンの視線を追う。
「あら、レン。随分と早いのね」
「……うん」
「幽香さんも珍しく参加するんですね」
「私だって必要なら参加もするわ」
「別にいいのよ? ご飯の取得が増えるし」
「貴方達に必要か、ではなくて私に必要か、否か、よ」
にやりと笑みを深めた幽香はレンに向かって手を伸ばす。その手をレンは見つめて、早苗を見上げる事もせずに手にとった。
にやりが一瞬だけはにゃりと柔らかくなったのだが、気付いた者はここにはいない。
すぐにキリッと表情を固めた幽香はしっかりとレンの手を握る。抱き寄せる事はしない。抱き寄せてクンカクンカスーハースーハーしたいという気持ちはあるのだけど、ソレをすると自分が耐えれないという判断だ。
いとも容易く幽香へと渡ってしまったレンを少し寂しく見ながらも早苗は少しだけ手を伸ばそうとして、諦めた様に手を下ろした。
そして、切り替えの意味を込めて息を吐き出して。
「先に言いますが、怪我をさせたら怒りますからね」
「……させる気は無いし、アナタが怒った所で私は恐る事もないのだけど?」
「レンさんが怒ります」
幽香の頭の中に『ぷんすかぴー』と怒るレンの姿が想像されて、そのレンがポカポカと自分を叩いているのが妄想された。
それも、いいかもしれない。
と考えてから、改めて想像すれば、無言でジト目で見下されるという想像しか思いつかなかった。
「……善処するわ」
「ええ、是非そうしてください」
そう言い残して早苗はくしゃりとレンの頭を撫でて台所へと向かった。レンは撫でられた頭を触り、改めて幽香の手をしっかりと握った。
珍しく、というべきか、一人でにフラフラと歩きだすレン。それに従うように、そして寄り添う様に歩く幽香。
レンの顔は無表情に近く、それでいてやはり興奮している様で少しだけ明るい。対してそんなレンを見たことのない幽香は微笑みを浮かべてレンを見ている。
少しだけ前を歩いていたレンは何か気付いた様に立ち止まり、幽香の振り返って、テコテコと隣に戻る。
そして幽香を見上げては恥ずかしげに顔を伏せていて、そしてまた何か目に着いたのかふわりとどこかへ行こうとする。勿論、それも幽香の手によって阻まれているのだけれど。
「……」
そんな小動物的な何かを見ながら鼻血を必死で押しとどめている幽香。これ以上見ていたら萌え死んでしまうかもしれない。
いっそのこと、今すぐにでも神社の影に入って襲いたい、なんて衝動を抑える様に、息を吐きだした。
吐き出した息をどう思ったのか、レンは幽香に寄って顔を見上げている。それも幽香を追い込んでいるのだけれど、レンはその事を気付いてはいない。むしろ気付いているのなら彼は優秀なのかもしれない。
そんなレンの視線を外す様に、幽香はそっぽを向いて、どうにか視線を外す為の言葉を探す。
「そういえば、」
「?」
と口にしたのはいいものの、決して先に続く言葉を見つけた訳ではなかった。どうにか心配している視線を外す事はできた様で、しかし先を促す様に別の期待に満ちている視線が新しく向けられた。
幽香は、どうにか言葉を選びながら、あー、だのえー、だの言って、ようやく口を開いた。
「どうして、私じゃなくてアッチへ行ったのかしら?」
「……」
「いや、別に責めている訳ではないの……でも、ほら、少しだけ気になってるのよ」
言ってから後悔することは多々ある。
取り繕う様に言ってしまった言葉は当然幽香自身の口に返ってくることもなく、吐き出された言葉はしっかりとレンの耳に到着した。
しまった、と心の中で思いつつ、自分の疑問を晴らしたい気持ちもあり、けれども答えを聞きたくない自分もいる。けれど、幽香はその答えから逃げ出す様に、少し明るく「やっぱりいいわ」と言う為に口を開こうとした。
「……早苗達は、家族だから」
「…………」
開いた口は、何かを飲み込んで、下唇を弱く噛んだ。
自身が負けた事を理解して、けれどもやはり諦める事はできずに、幽香は口を開いてしまう。
「じゃあ、私は?」
新しく出てきた言葉はまるで縋る様で、毅然としている幽香の姿はどこにもない。
握っていた手が強くなり、レンはその手の上にさらに自分の手を重ねた。
「……痛い」
「あ、……」
レンの一言に幽香は力を弱めて、手を放してしまう。
自分の手を撫でたレンは二歩ほど幽香の前に歩き、くるりと振り返った。そして、人差し指を口に当てて、不器用に笑顔を作った。
「……秘密」
「へ?」
「……ふふ、秘密、秘密」
呆気に取られた幽香の顔を見て、もう一度笑みを作ったレンは二回続けてそう重ねる。ふふふ、なんて棒読みで言ってのけた彼はやっぱりどこか楽しげな表情だった。
「それじゃぁ、音頭を取るのも面倒っていうかお前ら勝手に飲んでるじゃん」
うわぁ、と頭を抱えてからグラスを上げて「乾杯」と小さく呟いた博麗霊夢の音頭ともとれない乾杯の音頭も終わり、各自が酒を飲み交わしている。
レンは橙色の液体をグラスに入れられて、口を付ける程度に飲んでいる。未成年の飲酒は現世の法律によって禁じられているのだ。尤も幻想郷では関係ないのだけど、大人の事情だ。
「二日ぶりね、レン」
「……こんばんは、アリス」
「えぇ、こんばんは。一人?」
その問に対してレンは首肯で答えた。幽香はスキマ妖怪に連れられてしまい、早苗は給仕へと徹している。なお酒を飲む事は神様に禁止されているらしい。
アリスはレンの隣に座って、手首を見る。手首には白い蛇を象った紐が結ばれていて、それなりの魔法使いが見れば人の法から外れたモノだと分かる。
やはり、ソレを見て「ふむ、」と一言だけ漏らしてアリスは手に持ったグラスに口を付けた。
「あぁ、そういえば。服なんだけど」
「……服?」
「えぇ、アナタの服よ。 出来たら何処へ持っていけばいいのかしら? アナタが来てくれればソレが一番いいのだけれど」
「……わかった」
「そう。なら明日にでも」
「……うん」
会話が終了した。
会話が得意という訳でもないアリスと会話が不得手であるレン。結果的にこうして沈黙の時間が伸びる。
尤も、二人ともそんな空気を好んでいたりするので、無理に会話しようとせずにどことなく心地イイ空気に身を任せている。
「レン。ようやく見つけたわ」
その沈黙の空気を破ったのは緑の髪を前で纏めたドレス姿の神様。近づけば厄を振りまく厄神。
鍵山雛はにっこりと笑ってレンに近づく。そして当然の流れの様に抱きつこうとした。
「……誰?」
ビシリ、と空気が硬直した。
両手を大きくあけた雛が停止している。レンの隣にいるアリスはそんな雛の一連の動作を見て噴出さんばかりに肩を揺らして口を手で隠している。
そうした沈黙の中、レンは綺麗な笑みを浮かべて、ペロリと舌を出した。
「……冗談」
まるで悪戯が成功した様にレンはにやりと笑って止まっている雛に抱きついた。
あぁよかった、とばかりに雛はレンを強く抱きしめて冗談を言った事に「めっ」と言っている。
そんな事にもレンはクスクスと笑ってしまう。
「おお、なんだコッチは楽しそうだぜ」
「あら魔理沙」
「よぉ。ホント、あっちは酒も肴も美味しいクセに灰汁が強すぎるんだぜ」
そう溜め息混ざりに言った魔理沙の視線の先は蓬莱山輝夜と八意永琳、洩矢諏訪子と八坂神奈子、そして八雲紫と風見幽香がいる。見た瞬間に思わずババァーンと言いそうな程に濃いメンバーとかそういう問題ではなくて、純粋にあそこに入っていた魔理沙の胆力を褒めてやるべきなのか……。
思わずうわぁ、と言ってしまったアリスを責める人間は誰もいない。尤も、この場に普通の人間がいるかどうかと問われれば結構微妙なのだけれど。
「よくあんなところに居たわね……」
「言っただろ? あいつらのところは肴も酒も美味しいんだよ」
「それだけの為に命は張れないわよ」
「まぁこれが報酬だぜ」
と魔理沙が取り出したるは色とりどりの料理だった。作っている者が殆んどあの集団の部下というか式というか家族なのだから、必然、あの場所に料理は集まる。というべきなのだろうか。どれほど均等に分けようがスキマ様の前だと均等も平等も比等もないのだ。
全部スキマが悪い。
ともかくとして、そんな魔境から料理を得て来た魔理沙。その魔理沙は溜め息を吐いて魔女帽を脱いだ。
脱いだ魔女帽をポスンとレンに被せて位置を整える。
「……?」
「動くなよ……よし」
「何してるのよ」
「対価の支払い」
そう一言漏らした魔理沙はチラリと魔境の方を向いた。
向いた魔境では輝夜がサムズアップをしていて永琳が頭を抱えていた。そして残りの四人は悩む様に顎に手を当てている。
「……どんな会話してるのよ」
「知りたいのか? 知ってもいいことないぜ?」
「じゃぁいいわ」
「賢明な判断だぜ……アリスが聞いたらこいつの身がもたないだろうし」
「あぁ、今の言葉で分かったわ」
なんとなく察してしまった厄神様は溜め息を吐いて立ち去る。彼女としてもレンを抱きしめたままエロエロ、失礼、色々としたいのだけれど人間が近くにいるのだから悪影響を及ぼしかねない。
またね、と呟きを残して鍵山雛はその場からふわりと移動した。
「よし、じゃぁまずはその無口をどうにかしようぜ」
「魔理沙、ソレを本人の前で言うのはどうかと思うわ」
「次に会ったら言わないんだぜ」
勿論、これも三回目になる言い訳なのだけれど、彼女はまるで初めて言ったかのように振舞う。
そして三人目になるアリスも溜め息を吐いてそのことを流してしまうのだから、随分と魔理沙が幻想郷の住人を理解しているのが分かる。もしくは幻想郷の住人が魔理沙の扱いを知っているのだろうか。
「さぁ繰り返そうぜ。弾幕はパワーだぜ!」
「いや、何言わせようとしてるのよ」
「……ぱわぁだぜ」
「そして言わなくていいのよ?」
随分と英語の発音が稚拙な声で言ってのけたレン。そのレンに満足気な魔理沙と呆れているアリス。
こうして、宴会の夜は更けていく。
レンは一人だけの部屋でペンを握っていた。
日記の表紙を開いて、以前書いていた日記の端にある空白に文字を書く。
書いている内容は日記に出てきた名前とその特徴だ。
そしてページは今日の日記になる。
内容は宴会の事、その会話内容、誰に会ったか。
果たして、これが日記というかの審議は置いておいて、そこで彼の手は止まった。
震えているペンを勢いよく机に叩きつけて、自身の髪を掴み、歯を食いしばった。
純粋に、ただ怖かった。死ぬことも受け入れた筈の少年が、ソレに対してはとても恐れた。
人形として壊れる事も受け入れた。けれど、人間に近づいてしまった彼はソレを受け入れる事は出来なかった。
日記を掴み、床へと叩きつけようとした。
けれども何かが彼を阻んで、ソレをやめさせた。そのまま日記を抱きしめる様に彼は丸くなった。
ペンから溢れ出たインクが畳にぽたりと落ちて、広がった。
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日記はインクで汚れていた。