目先も問題→目先の問題
私らしいさ→私らしさ
正直は話→正直な話
報告感謝です。
レンは瞼を上げた。
相変わらずレンを抱きしめている早苗の拘束をスルリと抜けて、自分の日記を開いた。
相変わらず淡々と日常を綴られているだけの日記かどうかもわからない日記。
たった数ページだけのソレを読んだあと、彼は大きく欠伸をして、はふぅ、と吐き出した。
「……大丈夫、大丈夫」
そう、誰に聴かせる訳でもなく、少し天気の悪い空を見上げて彼は吐き出した。
「あぁ幽香さん、いらっしゃい」
「えぇ」
勝者と敗者の関係なんて花の妖怪と風祝の間に遺恨なんて無い。なんせ本の差で負けたとレンが公言しているのだから、ソレを認めずしてどうしろというのだ。
本さえあれば、そう本が
なんて二人は思っているので、遺恨も何も無いのだ。
レンが守谷神社へと居候を始めて今日を合わせて五日目。ここまでに幽香が何をしていたか、非常に気になるだろう。
一日グッスリ、いや、まぁ前日に悔しさとか愛おしさとか色々で自分を慰めてから就寝、やや白けた頭で起床した幽香は確りした思考で思ったのだ。
『あぁそうだ。あの神社を壊そう』と。
怖そうどころの話ではなくて、バッチリ怖い賢者タイム。そんな賢者タイムの考察を確実に遂行するためにいつものスカートではなくてタンスの奥の方にしまっていたズボンを取り出してしっかり準備した幽香ちゃん。
よーしっ、邪魔な女はこ
と意気揚々と扉を開くとボッシュート。そこはスキマ様のご自宅でした。賢者タイムも真っ青な賢者様(永遠のウンタラ歳)は口角をヒクヒクさせながら檻に閉じ込めた妖怪を笑顔で睨んでいた。
しっかりと、静かに狂乱している幽香は檻を蹴り壊す事もせずに、ただ妖怪の賢者様(実はほにょほにょ歳)を見ていた。
曰く、そんな事をしても彼は喜ばないわよ。
そんな自分を窘める言い方に花の妖怪はニッコリと笑顔を作り出して持っていた傘をスキマ妖怪へと向けた。
傘の先に光が収束し、それが弾けるように光線なんて細いと言える程、野太い光の束が指向性をもってスキマ妖怪を包み込んだ。
檻は幽香の正面だけ円形に消し飛び、よっぽど熱量があったのか、消えた部分から湯気が出ている。
「大丈夫よ、上手くやるわ。あの女を消し飛ばして、ずっとレンと一緒に、イッショに」
なんて言ってのけた花の妖怪。まったく以て大丈夫ではない。
自身と自宅を守るために開いたスキマを閉じて頭を抱えた八雲紫も同じ気持ちだった。というよりも紫も一度あの道を通っているので、なんとも言い難い気持ちをどうにか鎮めて目の前の存在を落ち着ける。
今、この存在を幻想郷に解き放てばバランスとか考え無しに消し飛ばしそうだ。散々暴れて結果的に彼も殺してしまう未来しか思いつかない紫は再度ため息を吐いた。実際のところ、紫さんはこの時こんな事に付き合っている暇もなかったのだけれど、目先の問題としては見過ごすワケにはいかないのだ。
ともかくとして、目の前の存在を黙らせるために態々口で落ち着ける為に招いたけれど、無意味だったことに頭を抱えてから紫は彼女をスキマへと落とした。
落としたのだけれど、腕はしっかりとスキマの端を掴んで離さない。その事に少し感動したけれど、問題の解決の邪魔であるからして、八雲紫の行動は手を蹴り飛ばす事に決定しているのだ。
二日を飛ばして三日目。
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
どうやらスキマの先で何かあったらしい風見幽香はどうしてか上着が無くションボリして八雲宅の居間で座っていた。その事を彼女に聞けば、どうやら罪と書いた布袋を被った全裸で股間に薔薇を咲かせた男達に襲われたらしい。上着がなくなったのはソレを取られたからだ。
「で、アレは何なの?」
「聞きたいのかしら? 後悔するわよ。次はそのカッターシャツが無くなるかもしれないわ」
「お茶が美味しい」
「懸命な判断ね」
互いにお茶をズズズと飲んで、ようやく八雲紫の口が開いた。
「さて、あなたは彼の事をどこまで知っているんだったかしら?」
「黒子の位置までバッチリよ」
「彼にホクロはないでしょう?」
「……どうして知っているのかしら?」
「彼の裸を見たことがあるから、傘を構えないでくださるかしら? 話が進まないわ」
傘を自分の右隣に置いて、幽香は改めて畳の上に座った。ようやく話ができるようになった紫は淡々と彼の存在を話していく。
贄であること、その贄が人間に悪く映る事、贄が妖怪と神に好かれる事。そして贄を得た妖怪がどうなるか。
その話をお茶を啜ることもなく聞いていた幽香は全部言い終わった紫に向かって溜め息を吐いた。
「それがどうかしたのかしら?」
「私としては既に力の大きいアナタにこれ以上力を得て欲しくはない、というのが建前ね」
「……本音は?」
「可愛い子を独り占めなんて許せないわ」
「聞くんじゃなかった」
どうせ頭を抱える答えが返ってくると思っていた幽香は予定通りに頭を抱えた。ウフフ、なんて綺麗すぎる笑いを作り上げる紫。
それを考えれば、そもそも彼が太陽の畑に落ちてしまった事が可笑しいのだ。自分のところに落としていれば、独占することができた。
けれどもソレを紫はしなかった。どうしてか、と考えたところで、問いただした所でイヤラシクも綺麗に笑ってやがる女はどうせ答えはしない。
幽香の思考が巡って、結果的に目の前の賢者が何を求めているかをはじき出す。
「……私にレンを諦めろというの?」
「いいえ、そんな事は言わないわ。けれども、少しは周りを見てみなさいな、という話」
「…………わかったわよ」
「まぁじっくり考えなさいな。時間はないと思うけれど」
「どういうことよ」
「……私達と贄である彼、いいえ、単なる人間との寿命の都合よ」
ピクッと幽香の肩が動いた。元から考えていた事、いや考えることはやめていた事を言われたからだ。
そんな幽香に溜め息を吐いて呆れて見せた紫はようやくその笑みをやめてお茶を啜る。
そうしてもう一度言った。
「よく考えなさいな。彼を思って、考えてみなさい。彼と仲のいいアレらを引き離すのか、どうか」
珍しく重い言葉が紫から紡がれて、幽香は八雲宅を後にした。
時間は元に戻る。随分と長い回想である。
そして先日に言われてしまった、早苗が家族で幽香は秘密という、自分の評価。嫌われている訳ではない、けれど家族以下である。と予想をつけた幽香はこうして守谷神社へと訪問したのである。
「いやぁ、幽香さんの事だから、『ここがあの女のハウスね』とか言ってくれると思ってたんですが……」
「ハウス?」
「いいえ、こっちの話です」
フンフンと適当な鼻歌を歌ってやや上機嫌な早苗。ソレに対して眉間を寄せる幽香。頭の中ではグルグルとこの女とレンを引き離すかどうかを迷っている。
「レンはどこにいるのかしら?」
「レンさんですか? この時間ならたぶん縁側で座っていると思いますけど」
「そう……ちょうどいいわ」
そう先に確認して、風見幽香は息を吐きだした。吐き出して、吸い込んで、吐き出すように言葉を出した。真剣な眼差しで早苗を睨んで。
決してレンのいるところではできない話を。
「あなた、レンと一緒に住みたい?」
「――ッ!?」
聞こえた乾いた音と何かが倒れる様な音を聞いてレンは肩を揺らした。続けて聞こえてくるのは叫び声とソレを抑える二つの声。
肩を揺らしたレンはキョロキョロと周りを見て、安心したように息を吐きだした。胸に抱いた日記を開き、最後に書かれた頁を確認して閉じる。そこでもう一度息を吐きだした。
そして日記を強く抱きしめて、膝を抱えた。
ドカドカと廊下の板を踏み抜かんばかりに音を立てて歩いてきた早苗に気がつき、レンは慌てて縁側に座り直し、日記を自分の横へと置いた。
「レンさん!!」
「は、はひっ」
とレンが思わず素っ頓狂な声が出るほど早苗がとても珍しく怒気を纏わせてレンの肩を掴んだ。
自分が何かしたのだろうか、けれど覚えはない、けれど早苗が怒ってるということは自分が何かしたんだろう。しっかりとした回路で間違った思考をしたレンは即座にその答えをはじき出した。
「レンさん、いいですか!! いい加減に素直になってください!!」
「……ふぇ?」
「レンさん、あなたはとっても頑張りました。だから、自分に素直になるべきなんです。いいですか? これはとっても重要なことなんです。私だってこんなこと言いたくはないですけど、お姉さんとして言います。 もう我慢なんてしなくていいんです!! わかりましたね!?」
「……」
「返事ッ!!」
「ッハイ」
よろしい、と一言残してまたドカドカと廊下を鳴らして何処かへと向かう早苗。その行先を呆然と見送るレン。返事はしたけれど、何が何やら。
首を傾げて尚パチクリと早苗が去った方向を見ているレンの背後から溜め息が降ってきた。
その息の音に驚きを露わにしながら振り向けばチェック柄のスカート。視線を上に上げていけば、鋭い赤目と深い緑の髪。頬にはしっかりと紅葉が咲き誇っている。花の妖怪形無しである。
「…………」
「…………っぷ、ふふ」
耐え切れなくなったのはレンで、吹き出してしまってからは必死で口を抑えてどうにか声を出さなくなったけれど、それでも肩は小刻みに揺れている。
珍しく感情を露わにするレンに驚きを感じながらも、幽香は溜め息を吐いてレンの隣へと座った。ムスッとしている幽香を見て、やはりレンはおかしそうにクスクスと笑ってみせた。
「はたかれたわ」
「……うん、ふふ」
「『幽香さんらしく無い』ですって。ホント、私らしさを他人が語るのよ? オカシナ話だわ」
「……うん」
「だから、私らしく言うわ」
そこで幽香は息を吸い込んで、自然と、まるで当然の様に、言葉と一緒に吐き出す。
「アナタは私のモノなんだから、黙って私に従いなさい」
「……うん」
レンは笑いを止めて、綻ぶ様に微笑んだ。その手はしっかりと幽香に握られている。そして、幽香の顔をジッと見ていたレンが、やっぱり可笑しそうに吹き出すのも、時間の問題なのである。
レンが居住を移す、という行動は以前のときよりも素早く終わった。
正直な話、彼の持ち物の殆どが守谷神社に依存しているから、彼が置いていくと言ってしまえば、それで終わりなのだ。
故に、彼は守谷神社へと来たときと同じ、いや、日記を一冊追加しただけの身一つ本一つで風見幽香の下へと移動することになった。
急いで移動することもない、という引き止めの結果、もう一泊守谷にお世話になることとなり、幽香も神様達といろいろ話があったのか泊まることになった。
そうして、守谷最終日、レンとの添い寝権を勝ち取った幽香。
「んぅ……?」
そんな幽香は月が高く昇った時間に目を覚ました。そうして、横にあった温もりが消えていることに気がついた。
レンが消えてしまった。
寝ぼけていた頭は一気に覚めて、同時にゾクリとした想像が頭の中を過ぎり背筋が凍った。
「レン?」
声を出して呼んでも、彼は返事は返ってこなかった。
余計に強くなる悪寒。鼓動が嫌に鳴り響く。
視線を這わして、見つけたのは影だった。障子に写った、月に照らされた彼だ。それはとても小さくまとまり、障子の隙間からレンだと見えなければ、まるで人だとは思わない程、縮こまっていた。
「……レン」
「ッ……」
肩を揺らして反応したレンは少しだけ潤んだ瞳を幽香へと向けた。
泣いていたのか、はたまた別の理由なのか、それは幽香にはわからなかったけれど、彼を包むように抱きしめて頭を撫でた。
彼が安心するように、月に照らされてまるで消えてしまうかのような彼を逃がさない様に。
泡沫の存在。自身も一度逃した、虚ろすぎる存在。
ソレを次は逃がさない様に、しっかりと抱きしめた。
そんな強く抱いている幽香に苦笑して、レンはその手を幽香の手にそっと添えて、体重を幽香へと預けた。
「さぁ、寝ましょう。明日は早い訳ではないけれど、寒いわ」
「……うん」
縁側から立ち上がり、レンと幽香は部屋に入って障子を閉めた。
そしてレンが眠るまで幽香はしっかりと確認して、ようやく寝息を立て始める。
レンは幽香という安心と、そして寝不足からくる瞼の重さに負けて、眠ってしまう。
ゆっくりと、微睡みに落ちていった。