コツコツと窓を打ち付ける水滴と太陽が見えないせいかションボリとしている向日葵達。
昼下がりだと言うのに、太陽の光なんて物はなくて、薄暗い世界が窓の外に広がっている。
瞼を閉じてしまえば思い出される、あちらでの日常。
『コレがいいんだろ!?』
『おいおい、随分と具合がいいじゃねぇか!!』
散々に彼らに犯された日常。それが普通である僕にとって、苦痛でもあり、日常でもあった。
雨だから、思い出される訳でもない。晴れた日も、雨の日も、それこそ嵐の日だったとしても。ソレは行われた。
夕方から、朝にかけて行われていたソレ。この前の情欲もアレの癖の様なモノだ。
口の中に押し込まれ、苦い液体を無理やり飲まされ、菊門に彼らの逸物が押し当てられる。
ただ、それだけの事だった。
僕はそれだけの存在だった。
汚れた血と罵られ、犯され、いつしか犯すために汚れた身と罵られる事になっていた。
その日常の開始は、雨なのだ。
両親を喪い。叔父に育てられることになったあの雨の日だ。
あの日から、僕の日常は激変して、普通が普通では無くなり、日常が進むにつれて苦痛が苦痛ではなくなった。
骨張った手が身体を這い、飲みたくもない白濁液を飲まされ、出口が入口に代わってしまう日常。
無理やり絶頂へと押し上げられることもなく。奉仕する事が普通であり、出来なければ殴られ、気を失ってもソレは続く。
ソレが当然なのだ。僕は汚れているのだから。汚れたのだから。
『誰がお前を愛するというのだ!?愛玩人形に感情が必要か!?』
何度も言い聞かされた言葉を頭の中で反芻して、肯定する。
僕に価値はない。愛玩人形としては優秀。餌としても。
それだけなのだ。
飼う価値も買う価値もあるのに、価値など一切ない。ソレが僕。
そういえば、幽香に過去の話をしていない。別に聞かせたい訳でもないし、聞いた所で楽しくもなければ、同情して欲しいわけでもない。
ならどうして話すのだろう。自己問答した所で答えは出ない。
知られた所で、変化など無い。あれは過去なのだ。故に、幽香に言う。コレは確定しておこう。
と、思考した所で幽香の帰宅が遅い事に気が付く。
傘は持っていた筈だ。そんな自己完結した所で結果は分からない。
ギシリ、と外の木板が軋み、ゆっくりと扉が開く。開いた本人は、少しだけ俯いていて、緑色の髪からポタリポタリと水滴を落としていた。
傘があるというのに、ずぶ濡れで、そんな幽香を見てパタパタと動いて布を持って幽香の顔を拭いていく。
「風邪、ひくよ」
「出て行きなさい」
僕の手が止まった。
ナニヲイッテルンダ……?
思考が停止して、どうしてか、嫌だ、という感情が湧いて出た。ソレがココが安全だからという理由なのか……それとも別の何かなのか。
僕にはソレが分からない。
ソレでも、僕には一つだけわかる。
「わかった」
そう、たった一つだけ、理解してしまったのだ。
身一つで居た僕は何も持たずに幽香の隣を抜けて外に出た。
どうしてか、息を飲んだ彼女を振り返ることもせずに。
随分と強く降っていたらしい雨が身体を冷やす。
冷たい。冷たい。
冷たい。
「あぁ……当たり前か」
思わず笑いが溢れた。
何がかは分からない。けれどもそう言わなければ僕の中の大切な何かが、壊れてしまう気がした。
自分の中で湧いて出てくる疑問も、葛藤も、自分の責任にして。ほら、これで先送りに出来る。
雨は激しく僕の身体を打ち、髪からも、瞳からも水滴が落ちていった。
~~
傘を壁に投げつける。
椅子を蹴り潰して、机を拳で叩きつけて砕いた。
幾つかの家具が使い物にならなくなってから壊した椅子の代わりにベッドへと座り、荒くなった息を整える。
『わかった』
私が帰ってきて、少しだけ表情が緩んだ彼が一気に無表情へと代わって私の横をスルリと抜けてしまった。
自分の横を通り過ぎたレンを掴む事の出来なかった自分が憎い。殺したいほどに。
元を正せば、スキマが悪いのだ。いや、私が悪いのだろう。どこをどう考えても、私が悪かった。
『追いかければまだ間に合う』
『僕が許すと思う?』
『唆されて、僕を追い払ったって正直にいいなよ!!』
『最悪、って返してあげるからさ!!』
「五月蝿い!!」
『あの時に僕を掴めば冗談で済んだのに』
レンが数人いる様に、頭の中に彼の声が聞こえる。
声を荒げ、耳を塞ぐように枕に顔を埋める。
レンの匂いがした。あぁ、ダメだ。コレは重症かもしれない。
スキマの口車に乗って変な賭けをしなければ良かったのだ。もうすでに遅い事なのだけど。
連れ戻しに行こう。今行けばまだ大丈夫な筈だ。
幸い、彼の着流しに花の種は仕込んでいる。ソレを目指して飛べば、レンに辿り着く。
床に落ちた傘を拾い、もう一度雨の振る外に出た。
~~
森に入って少しの時間が経った。
案の定、というには在り来たりすぎるけれど、襲われている。
「……はぁ」
恐らく、僕を追いかけているのは妖怪なのだろうけど。その姿は見ていない。
必死で逃げる僕を追いかけて楽しんでいる、という感じでもない。
幽香と比べてしまい、違いを感じてしまう。幽香の言っていた、力関係についてようやく納得をした。
泥を踏みしめて、走る。
枝に着流しの裾を引き裂かれ、幾分かボロボロに成ってしまったけれど、そんな事も気にせずに。
ただ、走る。
走って、少しだけ隆起した根に躓いたけれど、なんとか二の足を踏み出した。
グリュリと嫌な音がして、右足首が熱くなる。
泥を這いながら、近くの木に背を預ける。
荒くなった息を整えながら、目の前に迫る妖怪を見てしまう。
隆々とした身体、醜く歪んだ顔、蜘蛛の様に幾本も足がある。
その妖怪はコチラを見て、ニヤリと更に顔を歪めた。まるで楽しむかのように。
死んだ。
思わずそう思えば、必死に支えていた腰が、ストンと地面に着いた。
瞼を閉じて、深く息を吐く。
痛みのない死を望んでいたけれど、どうやらそうもいかないらしい。
走り疲れた。
どうしようも無い。だからだろうか、自然に口が開いた。
「さようなら、幽香」