STGならこれがオープニングなんでしょうね……
飛んでいる間に雨は止んだけれど、未だにどんよりとした雲が空を覆っている。
本を手に持った私はスピードを殺しながら永遠亭の庭へと降り立った。縁側には竹取姫と薬師が立っていて、まるで私を待っていた様なそんな面持ちだ。
「ようやく来たわね」
「そう言うなら、要件はわかっているんでしょ?」
「ええ、アナタで二件目だからね」
二件目? という言葉に疑問が生じたけれど、その疑問は容易く解けた。私の髪が風で揺れて、そよ風が何時しか突風に成り果て、そしてその中心に一匹の天狗が立っていた。
ただ直立して、閉じていた瞼を開き何の感情も持たずに竹取姫を見ていた。
「天狗が私よりも先に?」
「それは当然ですよ。私は彼をずっと見てましたから。貴女が自宅へ消えてから直ぐにここに到着しました。今登場した理由は役者を揃える為です」
「役者?」
「私です」
次は音すら立てずに地面へと降りてきた黄緑色。東風谷早苗。いつもの巫女服を着て、他人から分かるほど玉串を握る手に力が入っている。
これで揃ったのだろう、と薬師が「さて、」と口を開く。
「彼が八雲紫に攫われたらしいわね」
「それは問題じゃないわ。取り返すから」
「そうなら次の問題に移りましょう」
「いやいや、十二分に問題でしょ!!」
声を荒立てた東風谷早苗をチラリと見てから、事の重要性を理解していないことに気付いた。けれど、私にとってそんなことはどうでもいいのだ。なんせ彼女は名前を呼ばれていたのだから。
「レンさんが攫われているんですよ!?」
「いいのよ、取り返すのだから」
「いいって……!! レンさんはアナタを待ってるかもッ」
「黙れ、小娘」
自然と伸びていた手が東風谷早苗の首を捉えた。そのレンに誰かを問われた私にとってそれは禁句なのだ。彼に求められる事もなく、手放すしか、捕まえる事が出来なかった私にとって。
捉えた首に力を加えているとその腕が烏天狗の手によって掴まれる。私は手を離して烏天狗の腕を払う。ゲホゲホと東風谷早苗が咳き込んでいるがそんな事はどうでもいい。
「せっかく私が連れて来たんです。簡単に殺さないでくださいよ」
「次はもっとマシなモノを連れてきなさい。肥料にするわよ?」
「ハハハ、糞でも撒き散らしてあげますよ」
舌打ちをして軽口を終わらせる。役者とか言ったけれど、そんなモノは必要ないのだ。私だけでいい。
「で、いいかしら?」
「えぇ、さっさと説明しなさい」
「あら、そう頭に血を上らせていると早死するわよ?」
「知るか。それに治療をミスした薬師の言葉なんて信じるに値しないわ」
「……どういうことかしら?」
薬師が低い声を出した。それは同時に私をイラつかせる原因にもなり、今でさえシラを切り通せると思っている事に感服さえしてしまう。
「アンタが治療をミスしたから、レンは記憶を失っているんじゃないの?」
「……記憶を?」
「違うのかしら? それ以外に覚えはないわよ?」
「……」
何かを思案する様に薬師は顎に手を置いた。
「えっと、幽香さん?」
「何かしら?」
「記憶が無くなっていたんですか?」
「……私の事を『誰?』と聞いてきたわ」
「……冗談とか」
「あの子が冗談を言える性格?」
「いいえ、そうは思いませんけど……でも、幽香さんだけを忘れるってあるんですかね?」
「……どういうこと?」
「流石に私も専門家、というわけでは無いので詳しいことはわかりませんけど。例えば永琳さんの治療でレンさんの記憶が飛んでしまったとします。それなら、私の事も忘れている筈でしょう? そんな幽香さんだけをピンポイントで忘れる様な事は少ないと思うんですよ」
「……なら、あなたの事も」
「それはありえません。彼は私を呼んでくれましたし、それこそ、幽香さんの所に行く時に私の事を『お姉ちゃん』……と……」
そこで東風谷早苗の言葉が詰まった。頭を掴んで何度も確認するように、記憶を掘り起こしているのだろう。
そんな東風谷早苗を放置して、薬師の口が開いた。
「東風谷さんの言う通り、断片的に記憶喪失に陥る事はあってもアナタだけを忘れ去せる、なんて事普通は出来ないわ」
「それを薬師ならやってそうだからココに来たんでしょ」
「それなら、彼はどうしてこの永遠亭から離れて守谷神社へ行ったのかしら」
「……」
「私の治療は薬で行う事もできるのだから、あとから彼の脳内から東風谷早苗という記憶を消す事も出来たはずでしょう? あの治療は完璧に、十全に、当然のように終わったわ。それこそ失敗する方がオカシイ治療なのだから」
「ならあの時に言った言葉は?」
「彼の存在を手元に置きたかったから言っただけよ」
悪気なんてなかったように言ってのけた薬師。尤も彼女に悪気なんて求めている時点で私の落ち度だろう。
「永琳の言う通りよ。あの日、アナタが帰ってから永琳自身が言ってたし」
「身内を庇っているの?」
「庇うような従者はいないわよ。それにピンポイントでアナタを忘れさせるんだったら、それこそ催眠術とかでもない限り………………」
そう言って竹取姫は口を止めて、そして薬師は頭を抱えた。私は察してしまい、竹取姫を睨む。
「そういえば、アナタ……レンに何かしてたわよね?」
「輝夜……」
「いやいや、ちょっと待った。待ってくださいお願いします」
「なるほど、蓬莱山輝夜さんが犯人なら全て合点がいきますね」
「ちょっと待ちなさい天狗。 そんな証拠も提出せずに」
「異議あり!! くぅー、一回言ってみたかったんですよねぇ」
「2Pは黙ってろ!!」
「黙りません! 輝夜さんは『何もしていない』証拠を提出できるんですか!!」
「悪魔の証明よ!」
「フフフ、甘い、甘いですよ輝夜さん!! こっちには証拠があるんですッ!!」
「しょ、証拠なんてあるわけが……」
「正確には証言です。 ねぇ! 鈴仙さん!」
「あはははは……ごめんなさい姫様」
「ッッッッッ!?」
驚きのあまり口をあんぐりと開けた竹取姫とフンスと鼻で息を吐いた東風谷早苗。そして申し訳なさそうに頭を掻いて登場した発情ウサギ。薬師は淡々と状況を見ている。
「ぐぬぬ……えぇ、いいわ、認めましょう。 確かに私はレンに催眠術を掛けた、掛けたわ」
「なら、」
「でもソレが解けていたら?」
「……え?」
「いいこと、ナルホドー・早苗!! 私は彼に催眠を掛けた。けれどもそれは解除されていた!!」
「な、なんですってー!!」
次は東風谷早苗が驚きを隠せず、そして肩を揺らして笑う輝夜。そして東風谷早苗の隣で烏天狗が「よく思い出してナルホドーくん!」とか言っている。私はため息を吐いて、薬師に寄った。
「で、この茶番はいつまで続くのかしら?」
「さぁ? 二人が満足するまで続くのじゃないかしら?」
「そう。ならさっさと話をしましょう。時間の無駄は嫌いよ」
「そうね。では話を戻しましょう。
今しがた輝夜の言った通り、彼に催眠術を掛けていた事は否定しないわ」
「やけにあっさり認めるじゃない」
「アナタだって知っていたことでしょう?」
正確には催眠術ということは知らなかったけれど、ここの住人に何かしらの事をされた事は私は知っていた。それでレンの表情が柔らかくなっているのを目撃している。
私は眉間を寄せながら薬師の話を促す。
「じゃぁ、やっぱり」
「いいえ、それは違う。輝夜は記憶を消していない」
「……言い切るわね」
「ええ、言い切るわ。 あの子がそれほどの度胸を持っているとは思えないし、それにもしも消すのなら花の掃除で忙しかったアナタもだけれど、東風谷早苗の記憶を消していても可笑しくはないでしょう?」
確かにそうだ。けれども、あの時点では東風谷早苗の事は覚えていた。私を忘れていたかどうかは不明だ。
少し不明な点が多すぎる。私は溜め息を吐いてから情報を一度整理していく。いったい彼がいつから私を忘れていたのか。それこそ、最初から私の事なんて忘れていたなら……彼の幸せを考えてしまえば私の元よりも、守谷にいるべきだった。
けれども、私は守谷から彼を離し、連れ去った。
ガチン、と何かが私の中で嵌り、可笑しくて笑いが溢れてきた。クツクツと嗤う私を訝しげに、どこかオカシクなってしまったのか、と見てくる薬師を手で止めて、私はニヤリと笑ってみせる。
「今更責任の追求なんて馬鹿げた事をしている事が可笑しくて」
実は、嘘である。
実際、彼女らが犯人ならば何度か殺していただろう。今ですら「私が犯人よ」と名乗り出ていれば殺しているだろう。
私が笑ってしまったのは私自身の事だ。彼の事になるとどうも思考がオカシクなるらしい。心が彼に偏っているのか、それともスキマの言っていた贄としての力なのか。
まぁ、どうでもいいことだ。
「その本……」
「ん? あぁ、レンが置いていったのよ」
「それ、彼の日記よ」
「…………」
そしてこうして真実を辿る為の必需品は私の手に持っている事が判明する。
呆れと疲れからか、薬師は溜め息を吐いてしまった。私も自身の呆れに溜め息が出てくる。
変わらずも茶番をしている三人を放置して私は本を開く。
箇条書きみたいに必要最低限しか書いていない文章。筆やペンで書かれていて、彼らしい几帳面な文字が書かれている。
『一日目。
八意永琳にこの本を渡される。
パチュリー・ノーレッジに義眼を移植される。
フランに綺麗な色と言われた。瞳の色は翠色。
二日目。
よく眠れた。起きた時の感覚はよく知っているモノだ。
因幡のてゐはどうやら贄を恨んでいるらしい。
台所で調理をした。久しい調理だ。
輝夜はキス(接吻)をすると起きるらしい。起きた時に不満顔だったけれど。
今夜に上白沢慧音という人物が勉強を教えてくれるらしい。いつかに僕を助けてくれたらしい。
三日目。
寝坊。どうやら上白沢慧音という妖怪と交わったらしい。
まったく記憶に無い。置かれていた手紙と自身が裸だった事からの判断だ。
近頃夜の記憶が無い。まるで昔のようだ。
スキマ妖怪と呼ばれていた八雲紫に呼ばれ、彼女の邸宅へと向かう。確認の為に日記を少し書いておこう。
八雲邸での話を纏めれば、贄の在り方の話だ。重々に承知している事を言われた。
八雲藍と名乗った狐の妖怪とも交わったらしい。まったく記憶が無い。
こうして落ち着いて考えれば僕の記憶はどれほど正しいモノなのだろうか。忘れている夜を思い出そうとしてもザリザリと何かが擦れる。
これは催眠。けれども、催眠ではない部分、それこそ、ゴッソリとその日を忘れている所がある。
こうして日記を読めば、こういう事があるというのは理解できる。出来るだけで、鮮明にその情景を思い出せない。
八雲紫にはどうやら気がつかれているらしい。どうでもいい。
四日目。
先日の日記から、どうやら僕は記憶を失っているらしい。
こうして自覚すればわかる事だ。その事すら忘れていたのだから。
朝食の時に文がやってきた。どうやら彼女の事は覚えていたようだ。
人の事は忘れない。昨晩の事だけならば、日記がある。
どうやら催眠は輝夜に掛けられていたらしい。まさかの事だ。
居住を守谷神社に移す。
神奈子と諏訪子に迎えられて、僕は守谷に住む。
絶対に、バレてはいけない。
もしも、バレたなら、僕は捨てられるかもしれない。いいや、捨てられてしまうだろう。
五日目。
髪を切る事になった。
散髪の途中に霧雨魔理沙が来訪し、同時にアリス・マーガトロイドという魔法使いまで来た。
蓬莱人形と呼ばれていた人形を抱きしめさせてもらった。
柔らかい感触とサラサラな髪だった。
きっとこれも忘れてしまうんだろう。
一度読んだ事のある本を読んでしまっていたらしい。
僕にとって初めてだったけれど、どうやら僕にとって二度目だったらしい。
諏訪子にバレたかもしれない。明日から本を読まない様にしよう。
六日目。
早苗と諏訪子がじゃれていた。どうやら早苗が寝坊したらしい。
僕が抱かれていたのが原因なのだけれど。起きなかった早苗が悪いのだろうか。
この日は燐が守谷神社にやってきた。
そして、博麗霊夢も。あった時に思い出す事をしてようやく彼女の名前を出したのだけれどどうやら勘違いしてくれたらしい。
明日は宴会をするらしい。楽しみだ。
七日目。
宴会。五月蝿い。
こうして忘れてしまう事だけを書いている。なんとも味気なんてない日記。
アリス・マーガトロイドに会った。そして、緑色の髪を前で結った、誰かに会った。
思わず出てしまった言葉を取り繕うように、まるで八雲紫や輝夜の様に嘘を吐いてみる。騙されてくれたらしい。
同時に、誰かを忘れて―――――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
八日目。
まだ焦燥とした気持ちを保っている。つまり、忘れていないのだ。
宴会の事は記憶に鮮明に残っている。逆に言えば、ソレ以前の事が綺麗に消えている。
眠る事でどうやら記憶が消えているらしい。たぶん。
逆に言えば眠らなければ、という話だ。
今日はアリスの所で服を大量に着せられた。
疲れた。
同時に文に写真を渡してもらえるように頼んでおいた。
きっとそれがあれば僕はその光景を鮮明に思い出せる筈だ。
覚えていたい。忘れたくない。
九日目。
覚えている。
けれども、眠気が僕を襲う。もうダメかもしれない。
僕の住むところが変わる。
■―彼女の所だ。
先日の日記からここには忘れてしまうことだけを書けばいいと書いていた。つまり、僕が彼女の名前を書く事はない。
十日目。
この日記の持ち主は、僕なのだろう。
こうして書いていると疑問だ。
けれども、どうやらここに書いている事は本当らしい。
先日に書かれた日記ある上白沢慧音が現れたけれど、おそらく日記がなければ僕の症状が彼女にバレていた筈だ。
きっとこのままだと、彼女も忘れてしまうだろう。
忘れて捨てられるというならば、僕は価値もない存在だ。
彼女の事を忘れてしまったなら、この家から出て行け。
ここに存在しているのは、彼女と僕でなければいけない。
さようなら。』
「……」
口を開いてしまうと、ふざけるなと叫んでいただろう。
日記を掴んでいた手が揺れて、グシャリと紙が歪んだ。
彼の思っていた事も、削られていく記憶も私にはわからない。けれど、言ってくれても、私は捨てなかった。
いいや、私が一度捨ててしまったから彼はこういう選択をして、私を忘れてしまったのだろう。
ならば、なおさらの話だ。
彼を、レンを私は取り戻さないといけない。
彼が全て忘れてしまっても、彼が生きているなら。
淡い希望すらも捨てたくない。捨てれる訳が無い。
「おいおい、なんだか楽しそうなんだぜ」
ブワリと風を巻き起こして、白黒魔法使いが地面に降りた。
深く被った帽子からは彼女の目が見えないけれど、口はニヤリと笑っている。
「アナタには関係ないわ。白黒」
「おいおい、関係ない事ないんだぜ。 私だってアイツの事は心配なんだよ」
「事情は知ってるのね……」
「飛んでた射命丸に気づいたからな。ずっと上で話だけは聞いてたんだぜ」
「なら尚更帰りなさい、邪魔よ」
「帰れって言われても、私は好きな様にするんだぜ」
「……アナタはあの子に執着することもないでしょ」
「…………執着はしてないさ」
「なら、」
「友達が攫われて黙ってる人間なんかにはなりたくないんだぜ」
やはりニヤリと笑った普通の魔法使いの少女。屈託のない笑顔はきっと誰にでもこうなのだろう。だからこそ、レンの日記に名前が書かれた。レンが彼女の事を覚えていたかった。
「……勝手にしなさい」
「おう、勝手にするぜ」
こうして私はフワリと浮かぶ。
曇天で薄暗い空だというのに、小高く、開けた場所にあるスキマが指差した場所がボンヤリと光っている。
きっと術式が始まるのだろう。リミットが近づいている。私は向かうしかないのだ。
「待ってなさい……レン」
~~
レンは空を見上げていた。
「不安かしら?」
「…………」
術式を行使していた八雲紫からの言葉すら無視して彼は空を見続けた。
八雲紫は知っていた。だからこそ、言う事はなかった。彼が記憶を失っている事も。彼がこういう選択肢を取ることも。
だからこそ、彼を攫って自身に選択の主導権が移るように動いたのだ。
八雲紫は彼に気づかれない様に溜め息を吐いた。
そして手に持った紙を見た。
内容はこの計画、つまり彼を幻想郷に捧げてしまうことが書かれている。誰が書いたか、彼である。
手紙の表紙に書かれた『助けてゆかりん!』の文字は彼らしく随分と整った文字だった。
個人的には呼ばれたかったなぁなんて思いつつも、けれども彼は八雲紫を頼ることを望んだのだ。
尤も、そのことを彼は忘れてしまっているだろうけれど。
客観的に、それこそ、彼でもその手紙の内容を知っている八雲紫以外には彼の選択はとても崇高なモノだ。
まるで贄として正しい選択。世界に捧げられる事でその命を落とすのだ。
けれども、八雲紫は知っている。
これはエゴの塊だ。人間らしい、とても汚い、イビツな願いだ。
「…………」
そのことを知りながらも、紫はそのことを否定することはない。
世界の管理者、という役職を除いても、紫はそのことを否定することはないだろう。
「……じゃぁ、始めましょうか」
「……うん」
そして術式は始まる。
彼の願いはゆっくりと進行していく。