※この作品はR-18です。

東方色贄録   作:猫毛布

66 / 68
63 ヘリクリサム

 ゴポリと口から気泡が溢れ出た。

 おそらく落ちているであろう私。おそらく上であろうソコからは光が差し込んでいる。

 水の中。私は落ちている。沈んでいる。

 流れもない、心地いい水の中。私は瞼を開けて沈んでいる。

 

 

 スキマから出た私はこの状態である。

 水の中である事は唐突に理解する事が出来たし、慌てる様な事でもなかった。

 流れも無い水中はとても心地よく、ずっとここに浸っていたくなる。そんな所であった。

 とんでもない所である。

 私は溜め息を吐いて気泡を見送る。

 視線を上から下へ、水底へと向けてしまえばソコは暗闇に閉ざされている。

 光の通らない水底。奇形の深海魚でもいるのだろうか。頭はどうやら冷静らしい。らしいだけであって、心は焦っている。

 

 視界の端、それこそ暗闇の中、白い、暗い部分には似つかわしくないモノが見えた。

 沈んでいる私は足を動かしてその白いモノへと接近する。

 近づけばわかったけれど、コレは白い立方体だ。

 立方体の周りを泳げば上面に扉があることに気づいた。白い扉が白い壁にあるから分かりにくい。

 私はドアノブに手を掛けて、捻る。予想していたよりも簡単にドアは開き、私は立方体の中へと入る事が出来た。

 

 ベチャリ、と濡れた私の足が床に触れた。ぐっしょり濡れた服が肌に張り付いて髪から水滴が落ちた。

 上を見れば扉は未だに開いているけれどソコから水が落ちてくる気配が無いどころか、水滴すらも落ちてこない。

 私は溜め息を吐いて内開きだったドアを傘で叩いて閉める。閉めた途端に私の服が乾き、髪から水滴が消えた。

 そういう世界なのだ。

 と私は無理やり納得した。

 ようやく私は周りを見渡す。入ったのは確かに立方体だった筈だ。その面の真ん中にある扉に入ったのだから、私の前後左右の距離は一緒でなくてはいけない。

 けれど、どうだろうか。

 私の前は途方もなく遠く、そして後ろも霞んでしまう程遠い。そのくせ、左右には一歩動いて手を伸ばせば届いてしまう。

 随分と勝手な作りだ。

 私はもう一度溜め息を吐いて横へ一歩動く。壁に触れれば、ザラリとした布の感触。サラリとした革の感触。ツルリとした紙の感触。ソレらが指先に当たり入れ替わっていく。

 私は足と手を止めて、壁を見る。

 

 ソレは本棚だった。

 

 そう理解した瞬間に本達が色付いていく。白だった背表紙達がまるで色を取り戻したように、私の触れていた部分を始まりにして、色が広がっていく。

 白い板木の本棚。横へ数えてしまえばきっと永遠の時間が掛かるかもしれない。上から数える為に私は上を向いた。そしてそのまま視線を移動させて横を向き、下を向いてから、触れている本に戻ってきた。

 終点も始点もない。天地も無い。床も壁も天井すらも、本棚で形成され、本は所狭しと並んでいた。

 

 私はテキトウに一冊の本を手に取った。

 草色の表紙に赤い装飾、タイトルは……ない。これまたテキトウにページを開く。

 

 開いた瞬間に目の前が木々に包まれた。

 少しだけ、惚けてしまった。

 木々に包まれたそこは静かな所でとても居心地がいい。

 居心地がいいと感じたのは本当に数秒で、スグにソレは消え去る。彼の嬌声が聞こえたからだ。

 

 後ろを振り向けば、幻想郷で何度か見た厄神が彼を襲っていた。対面座位で彼を抱きしめながら浅ましくも腰を振っている。

 ぐちゅぐちゅと鳴る愛液と厄神の喘ぎ、そして彼の嬌声。

 静かすぎる森には似合わない情事が目の前で繰り広げられている。

 私はカッとなってしまった。助けに来たというのに、私だけのモノなのに。

 私は手を伸ばす。伸ばした手が厄神に貫通した。けれども厄神は何事もなかった様に絶頂し、彼は厄神を見て硬直している。

 厄神に突き刺した手を引いて、私は自分の手を見つめる。変哲もない、見覚えのある手だ。近くにあった木に触れてみる。すり抜けた。

 

 力の抜けた手から本が滑り落ちた。地面に落ちた本は一度バウンドして、閉じられる。本が閉じた瞬間に私の視界はまた本棚の世界へと戻ってきた。

 

 私は深く呼吸をして、大きく息を吐き出した。

 あの世界に私は存在していなかった、と思う。考察は色々あるけれど、少しだけ頭を冷静にする。

 落ちた本を元の場所に戻して、その場所から離れている別の本を手に取った。

 青い花弁の模様が付いた、小さな手帳だ。私はソレを開く。

 また世界は変わる。

 私の目の前には着物を着た女が居た。女は淡い青の着物を着ていて隣にいる男の腕を抱いている。男の方は草臥れた濃い草色の着流しを纏っている。

 見覚えはある。けれど、会った事の無い男女だ。

 声がした。ソレは二人を呼ぶ声で、幼い子供特有の高い声だ。

 男女はその声に気づいて振り返った。私もそちらへと視線を向ける。そこには淡い青の着流しを纏った少年が居た。少年というのもオカシイほど、幼い男の子だ。

 あぁ、そうか。アレはレンだ。そうすると、あの男女はレンの両親という事になるのだろう。見覚えがあると感じたのは、レンの容姿がしっかりと引き継がれているからだろう。無愛想な男の顔とソレを見て綻んでいる女の顔はやはりレンに似ている。いいや、こういう時はレンが似ている、と言えばいいのだろう。

 二人に抱き締められた彼は子供らしく笑っている。二人の服にシワを付ける様に握り込んでいる。そして、私に気付いたのか彼はパチクリと瞬きをして私を向いている。

 男女に抱き上げられて連れて行かれていく幼い彼に私は苦笑して手をヒラヒラと振ってみる。彼はやっぱりキョトンとして、満面の笑みを浮かべて小さな手をヒラヒラと振ってくれた。

 

 同時に本が閉じられる。

 

 やばい、可愛すぎる。やっぱり子供は【ああ】でないといけない。いいや、アレは無表情な彼が昔に【ああ】だったからいいのだ。そうに違いない。

 私の予想はおそらく当たっているだろう。けれどあやふやだ。あやふやだからこそ、確かめなくてはいけない。別に幼い彼を見たいという理由ではない。決して、断じて、そんな理由じゃない。

 私は手帳を戻して少しだけホッコリした気分を味わいながら隣の本へと手を向ける。その本に手が触れる前に、視界に入った黒い背表紙の本。七つ隣にあるその本。

 私は惹かれる様にその本を手に取る。黒い表紙でタイトルも何も書かれていない本。私は、本を開く。

 

 世界は変わる。

 

 私に触れる事はないけれど、ソコは雨だった。

 勢いの強い雨と暗い世界。そして聞こえてきたのは彼の叫び声だった。

 彼とも思えない程、獣の様な咆哮。理解したくない事を必死で否定している声。彼の目の前には肉が転がっていた。思わず眉間を寄せてしまう。

 手帳の世界と同じ服装が肉に被さっている。頭の中で理解したのは、彼が否定したい事実だ。

 ジャリ、と地面を鳴らして一人の男が来た。傘を持って、ソレを彼に差し出している。彼は男へと叫ぶ、どうして殺したのだ、と。

 男は口を開いた。曰く、血の保全の為だと。理解されようとは思っていない、と。恨むのなら恨めばいい、と。

 レンはただ泣くだけで、男はソレを見下している。ふぅ、と男は溜め息を吐いた。

 そして男はもう一度口を開く。よくお聞き、憎ましいあの女の血を引く愛しい甥よ。さぁ、深呼吸を始めなさい。

 しゃくりあげながらも、ゆっくりと呼吸を始めるレン。それを見て男は優しく笑ってみせる。そして、次には全ての感情を押し殺してしまう。

 

――私を恨め。殺したのは兄を妬ましく思ってだ。私は今からお前を堕とす。許しは乞うまい。私を恨め。恨め、恨んでしまえ。

 

 パンッと男が手を打ち鳴らしてレンは倒れ込んだ。倒れ込んだのと同時に場面は切り替わる。

 壁に穴の開いた、屋根すらない、古びた小屋。

 その小屋にレンと男が居た。

 レンは光の灯らない瞳で男を見ている。男はまた口を開く。さぁ深呼吸を始めろ。何も感じない人形になるために。さぁ、深呼吸を始めろ。

 あの笑顔を見せた男とは決して思えない、無表情で男はそう口にした。

 

 男が出て行くと、違う男達がドカドカと小屋へと入ってきた。

 男達はレンの身ぐるみを剥ぎ、自分の好きなように、まるでおもちゃの様に、レンを扱う。

 私は急いで本を閉じた。

 

 本は閉じられる。

 

 雨が嫌いだと言っていたレンの理由がようやくわかった。そしてソレを誤魔化す為に、あの男がレンに暗示を掛けた。そして悪循環は生じる。

 レンは乱れてしまい、男達はレンをさらに酷く扱うだろう。レンはソレを享受する。

 彼の過去、だろうそれ等に思わず頭を抱えた。

 私は先を見る。黒い表紙が続いている。

 そして、黒い表紙が終わり、白い背表紙に変わる。彼の陵辱の日々がここで終わったのだろう。

 私はソレを手にして、本を開く。

 

 そして世界は変わる。

 

 あの男を前にレンは頭を下げていた。年齢は、たぶん私と出会った時ぐらいだろう。

 男の家から出たレンはあの小屋に戻り、数分後に現れた男達と一緒に移動をする。

 注連縄のされた洞窟。あの男が仰々しく、儀式的な口上を述べている。そうして男の知らない内にレンは水を掛けられてしまう。

 レンは洞穴に入っていく。私はレンを追わずにココに残る、きっと彼は今から幻想郷へと送られる筈だ。

 男は早々に戻り、そうして残った村人達は洞穴に藁を積み、ソコに火を灯した。視界を遮る程の煙が出る。

 わかっているけれど、これでは彼が死んでしまうかもしれない。私は火をすり抜けて洞穴の中へと入る。後ろからあの男の叫び声が聞こえた。

 

 

 

 洞穴を少し進めば白い着流しを着た彼が倒れていた。もうすでに諦めた様な顔をしていて、もう終わったと呟いている。

 彼が瞼を閉じると洞穴の闇からスキマ妖怪が現れる。彼を見下したスキマ妖怪は淡々と、いい逸材だ、と零してスキマを開いた。

 そうして、彼は幻想郷へと落ちていく。

 ドサリ、と音がして彼が白い空間へと落ちた。落ちた彼は起きることはない。

 私は手に持った本を見る。どうやら先は破られているようだ。几帳面に真っ直ぐ破られた先のページを見ることはなく、私は本を閉じた。

 

 そして本棚の世界が広がる。

 

 隣を見れば、本が幾つも抜けている。

 私は思わず溜め息を吐いてしまった。ここまで徹底しているのか、と。彼らしいと言えば彼らしい。

 その空いた部分を撫でて、拳を握る。

 どこかを叩こうとしている訳ではない。ただ、悔しいのだ。

 気づいてやれなかった。ヒントは幾つも出ていた筈なのに、冷静でなかった。自分の事だけしか考えていなかった。いいや、ちょっとした優越感があったのだろう。

 それでも、気づくべきだった。

 

 瞬きをすれば目の前に扉が現れていた。

 そこは本のなかった場所だ。幻想郷に来てからすぐの時間が削り取られている部分。

 他の記憶はあったのに、ソコだけない。

 私は一度深呼吸をして、扉を開く。

 

 開いたソコは真っ白い空間だった。

 そして、目の前には空間と同じ色……いいや、赤で少し汚れた着流しを着たレンが居た。その後ろには深い緑色の髪をした女が横になっている。おそらく眠っているのだろう。

 レンはその女を守る様に両手を広げている。

 

 そうして、私はようやく口を開く。

 

「見つけたわよ、レン」




あれ? なんかこういう話書いた、というか全く同じ文章をどこかで書いた様な気がする。いいや…………


まぁいいか。


こうして彼の出来事を辿ると面白いです。

ちなみに叔父様の性格はアッチも素で、あっちも本心なので別に深く考えなくてもいいと思います。
誰も悪くナインデスヨー、って話にしたかっただけなのです。

こういう話を書くと私の矛盾点がいっぱい出てくるのでなんとも言えないんですが、一応ある程度は矛盾していないと思います。
たぶん。
叔父様に関しては矛盾しまくりなので、なんとも言えません。レン君の記憶なんて催眠を前にすればうんたらかんたら。
どうして今は知ってるの? と言われたらパンドラさんの影響で思い出せるようになったとしか言えません。記憶をバリバリしている途中で催眠もごっそり食べちゃったんですねー。




次回予告。

 分かりにくい視点移動! 唐突やってくる絶望!
 はたしてレン君は目の前の妖怪が誰か知っているのか?! いったい目の前の妖怪の名前は?!
 究極のジャイアニズムを提言する妖怪! お前は私のモノだぁああああ!
 次回! 東方色贄録!
「いや、その理屈はオカシイ」

 ねぇ、■■。僕は、ずっと――

※なおエロはない模様


 たぶん、大体そんな感じになると思う。きっと、いや、どうだろうか。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。