ふたなり和風ファンタジー
【蛭女紅殻】(前編)
その存在は本来神性に由来するものであった。
八百万の神々が一神、狩猟と生け贄の神、血を啜り獲物を喰らうもの。
かつて彼女は意のままに獲物を狩り山野を支配し、愉悦を極めた。
果たしてそれに終止符を打ったのは一人の人間である。
南北に帝が分かれ相争った時代であった。
男の名は剣之城鳳頑、古今無双に比類なき武者であった。
神は敗れ、その血も肉も魂までも男の所有する玩具の一つとして列挙された。
ある時は呪符の原動力として用いられ、ある時は使い魔として使役される。
この数十年といえば、新たな肉体を与えられ名を付けられた。
蛭女紅殻、当代の剣之城家当主轟獣郎の忠実なる下僕である。
「あぁ、素敵ですわ……とても、とても……♡」
蕩けるような甘い妖しい声、赤い髪を揺らし、紅殻は豊かな身をくねらせる。
紅殻の前には、彼女の妖艶さでさえ霞むような美しい女が二人いた。
天井より下がる蛭の繋がり合った肉紐により両手首を戒められた母娘。
凛豪宗近とその母龍姫である。
一糸纏わぬ裸身と引き剥かれた母娘の肢体は、完璧、そうとしか形容のできぬ肉体であった。
乳房も尻もこれ以上ないほどの肉を詰め込み、しかし同時に絶妙なバランスと張りを持って揺れている。
くびれた腰、肉感的曲線を描く太腿、黒い髪と深遠な美貌。
男なら誰もが欲しい、奪いたいと願うような造形の極地。
つんと張りの強い娘の凛と、たっぷりとしっとりと脂を乗せた母龍姫の爛熟した四十女の体。
その二つの趣向の違いもまた、見る者の審美眼を楽しませる。
とりわけ淫乱この上ない、両性愛者の紅殻からすればなおの事。
「やめ、やめて……お願い、凛だけは……ふぁああ!」
両手を吊るされたまま小刻みに震え、懇願しようとする龍姫の肉体が、声が、跳ね上がった。
いやらしくくねり伸びた蛭の触手が下腹から上へと這い回り、たっぷりと淫ら肉を蓄えた乳を捏ね回したのだ。
二十年以上犯し犯され続けた仲だ、紅殻はこの熟女の肢体の全てを知り尽くしていた。
乳腺を刺激しつつ下乳から揉みしだき、ぷっくり膨らんだ乳輪から乳首までを触手で絞る。
あっという間に龍姫の目は蕩け、声は掠れ、桃色の美味しそうな乳首から、本当に甘く美味な母乳が溢れた。
そんな母の痴態を、凛は愕然とし、同時に食い入るように見てしまう。
一度抱いた母の姿は、あまりに美しく淫靡だった。
「あ、ああ……だめ……あぁッ♡ 凛、見ないで……見ちゃだめ……あッ♡」
「何を申されるのですか。あんなに激しく母娘で睦み合っておいでだったのに。宗近様にも見せて差し上げればよろしいじゃありませんの? おたつ様が、こんなにやらしい、辱められるのが大好きな淫売だと」
「いや……いやぁ……あ、だめ、乳首……そこも、挿れちゃ……お゛ぉぉぉおッ♡」
清楚で気品ある美女、その形骸的な体面が、妖艶な蛭女の愛撫によって溶け崩されていく。
語尾を野太く裏返し、長い黒髪を乱し、真っ白な豊かな肉が波打つ。
乳を、尻を、くしゃくしゃになる美貌を、娘は生唾を飲んで見つめてしまった。
粘液を纏わりつかせながら這いずる長い蛭の枝が、なんとも妖しく肌を舐める。
乳に食い込み、尻を割り、ぐちゅぐちゅ音を立てて膣や菊座を抉るのだ。
その度に魅せる母の痴態は、たとえ凛に同性愛の気がなくとも子宮が疼きだしてしまいそうな淫らさと美しさの極みであった。
今や深くねじ込まれた触手は龍姫の膣内で暴れ回り、子宮の口をちろちろと舐め回し、菊座でもうねって開発された粘膜を摩擦し尽くす。
紅殻自身も体と繋がった触手と感覚を共有しており、龍姫の締め付けを存分に感じて喘いでいた。
白い頬を上気させ、赤い着物に包まれた豊かな身を震わせて。
後ろから、触手に責められる龍姫に抱きつくと、熟女の首筋を舐め、腕を絡みつかせた。
目の前で昨夜抱いた母が別の女の玩具にされる様に、嫉妬と強烈な情欲が凛の中で生まれる。
「ほら、見てくださいまし宗近様。おたつ様の、このお顔。すっごくやらしくて、綺麗でしょう? わたくし達、もうずっとこうして愛し合っておりますのよ」
「あ、あいしてなど……ひゃおぉぉおッ♡ お、おしり、えぐっちゃ……あ゛ぁあああ♡」
「うふふ♡ ほぉら、お尻とっても弱いですわね、ほんと体中やらしいんだから♡ おたつ様の体、もう隅々まで遊んでしまってますのよ?」
「母上……」
凛の前で紅殻は龍姫の頬に手を掛け、強引に振り向かせると、その唇へ自分の唇を重ねる。
すかさずねじこまれた舌先がねじ込まれ、ぴちゃぴちゃと音を立てて唾液を流し込む。
龍姫は最初は拒もうとしたが、すぐに与えられる快楽の凄まじさに蕩け、とろんと潤んだ目を細めて自分からも舌を浅ましく突き出してしまう。
そのあまりに扇情的な姿に、強烈に凛の下半身が疼いた。
子宮が熱くなり、そして、陰核がむずむずとして、一気に怒張した。
「んくッ」
肉の竿がずるりと体から出てしまい、つい声が出る。
へその上まで反り返った剛直、並の男など話にならないほど大きな両性具有の証がまろび出る。
紅殻は龍姫の唇との間に唾液の橋をかけつつ顔を離すと、その見事な肉竿にからかうような笑みと、真の驚きと愉悦を交えた。
「まあまあ、なんと大きな。普段男装しておりますけれど、そこは男以上ですわね。化け物みたいな魔羅ですこと♪」
「……ッ」
見せたくもない相手に自分の秘部を見られ、凛はかぁと赤くなる。
紅殻の笑みが深まった。
新しい玩具を見つけた悪童、あるいは、極上の獲物を見つけた狩猟者の顔。
部屋の隅から蠢く赤い肉の海が湧き出す、紅殻の身の一部であり、彼女の使役する使い魔でもある、蛭の群。
蛭のより合った触手は媚薬効果の粘液でぬめりながら宙でのたうち、ゆっくりと新たな獲物に襲いかかる。
「ひゃん!」
普段の凛々しい男姿が嘘のように、凛は女としての声を出した。
太腿に纏わり付いた触手がぬめぬめと粘液を刷り込みつつ這いまわる。
それは恥毛へと、さらに肉棒へと絡みつき、竿へ扱きを加え始めた。
凛はその快感に思わず膝が笑った。
よほどの苦痛でも顔色を変えぬ剣者である凛をして、耐え難いほどの恍惚感だった。
「や、やめ、やめろ……ぅああ!」
ぐちゅぐちゅと絞られ扱かれ、軟体のもたらす摩擦に声が上ずる。
さらに触手は凛のくびれた腰、量感たっぷりの乳房、首筋まで舐め始める。
たちどころに美剣士の肉体は女としての反応を示し、しとどに膣口が潤いだした。
肉棒もすっかり我慢汁にまみれ、にちゃにちゃとぐちゃぐちゃと淫らな水音を奏ではじめる。
紅殻は淫虐の笑みを浮かべ、ぶるりと身を震わせた。
触手全ての触覚は神経を繋げ快楽を妖しき蛭女の脳髄へと送っている。
世にも美しい母娘の豊満な白い肉体を好きなように貪るその愉悦、なんと甘美な事だろうか。
支配と嗜虐の法悦、触れる肌のなめらかさ、耳に良い喘ぎの響き。
紅殻は自らの秘所へと手を向ける。
赤い着物を掻き分け、しっとりと愛液に濡れた、髪と同じ色の茂みが現れた。
茂みと割れ目を左右に割ると勃起して赤く膨らんだ陰核が垣間見えた。
その豆へ、びちびちと蛭が吸い付き、繋がる。
「んッ」
紅殻も甘い声を漏らす、神経を繋げ広げ、肉に血を流す。
幾重にもイボと繊毛を波打たせた異形の肉棒が紅殻の美しい肌の上に屹立した。
生まれつきふたなりである凛とはまた違った形の、術や自身の特性による後天的な肉体の増築だ。
ねっとりと淫液にまみれる蛭の肉棒を、紅殻はぴたりと触手で嬲られていた龍姫の膣口へ宛てがった。
何年も何年もまぐわい続けた、互いに慣れきった愛しい肉へ。
「ああ! や、だめ! だめぇ! やめて……凜の前で、だめ……いやぁ」
愛する娘の前で紅殻に手籠めにされる羞恥心に、快楽を振りきって必死に首を振り、黒髪を振り乱して叫ぶ龍姫。
だがむしろ、そんな彼女の仕草、髪から香る甘い匂い、しとどに溢れる愛液の熱さ、何もかもが、余計に紅殻をそそらせる。
「だぁめ♡」
「あ゛あ゛ぁあああ!!」
しっかりと腰を手で掴み、紅殻は一気に腰を叩きつけた。
背後から、ぶつかる。
肉と肉、肌と肌。
巨大な脂を乗せきった四十女の尻に、同じくらい白い女の腰が勢い良く叩きつけられ、汗と愛液の飛沫を散らして波打った。
触手に絞られた乳も快楽の為か勢い良く乳汁を撒き散らす。
後はもう、めちゃくちゃだった。
「ひゃひぃい♡ だめ、だめなのに……あッ♡ ちんぽ……蛭チンポ、いいとこ、抉ってる……ああ♡ 凛、みないで……みちゃだめぇえ♡」
肌に吸い付く娘に視線にゾクゾクと被虐心をくすぐられ、龍姫は乱れに乱れた。
彼女の乳房に指を沈め、シコシコと乳首を抓り、扱き立て、母乳を搾りながら、紅殻はこれでもかと意地悪く膣壁を掻き回した。
「何言ってますの? 見られる方が感じる変態女の癖に、ほんとうに恥ずかしいお方だこと♡ ほら、宗近様もあんなにチンポを硬くして嬉しそうですわよ? 母娘そろって、本当に変態なんだから」
「ああ……凛のチンポ、ああ……」
「母上……ひゃう! や……やめろ、やめ、あああ♡」
犯される母の前で、娘の肉棒もひっきりなしに暴れまわる。
蛭の触手は吸い付き、繊毛でくすぐり、しゃぶり、扱き、舐め回す。
手や乳房、膣内とはまた違った淫靡な刺激に、凛は腰を戦慄かせ目尻に涙を浮かべた。
母娘は互いの視線で互いの痴態を高め合い、どうしようもなく身を疼かせてしまう。
蛭の湧き出す媚薬粘液のせいなのか、それとも生来の性癖なのか、どちらとも知れなかった。
紅殻の脳裏にふと淫らな想像が浮かぶ。
妖女は背後から抱いていた龍姫の体を、触手で持ち上げて位置を変えた。
「あふう!」
膣内でぐるりと向きを変えねじれる肉棒に声を上げる龍姫。
同時に、彼女の体は紅殻と向かい合うような形に、凛へ背中を向ける形になった。
「あッ」
そこで気付く。
突き上げられ、子宮口を蛭の触手肉棒で舐められながら、自分の巨大な尻が凛に向いている事に。
凜の視線が、今まで以上の熱さで吸い付いた。
細い触手が入りこみ、にちゃにちゃと広げ掻き回す尻の穴が、娘に見られていた。
龍姫はぞっと背筋が冷たくなった。
彼女の思った想像通り、紅殻は抱きかかえた龍姫を持ったまま、凛へと近付いていった。
「な、なにを……」
「やめて、だめ……そんな」
「そんな怖がる事ありませんわよ。せっかくわたくしの開発した不浄の穴、どうせだから宗近様にもご相伴させてあげようと思っただけですわ。ほぉら」
「あ、ああ……だめ、あ……ああぁあああッ♡ お゛ぉぉ♡」
手で広げ触手で広げた菊座に、触手で扱かれていた凜の肉棒がぴたりと宛てがわれ、入った。
互いに細い触手に絡まれた肉と肉が繋がる快感は、想像を絶した。
「母上、母上の、お尻……あひ♡ あああ♡ し、締まる! 締まるぅうう!」
凛はあまりの快感に目を白黒させ、髪を振り乱して悶え狂った。
巨大な肉棒で前後から串刺しにされた龍姫の内部は素晴らしいものだった。
絡みつく肉、締め付ける肉、摩擦する肉。
愛液と腸液、触手の粘液でこれ以上なくぬめり尽くし、娘の剛直を愛撫する。
膣とはまた違った根本だけでみっちりと締めあげる感触に、自然と凛の腰は動いてしまう。
当然紅殻も動く、激しさと執拗さ、淫らさを持った腰使いで。
「どうです? 自分の母の尻を犯す具合は、まあ……聞くまでもありませんわね、なんて酷い顔かしら、まるきり娼婦ですわよ?」
「うる、ひゃい……みるな、みるな、ああッ♡ ふぁあああ♡」
凛は目尻にいっぱい涙を溜めながら叫ぶ。
叫ぶが、とうてい迫力などなかった。
表情はすっかり蕩け尽くし、そのくせ腰だけは必死に動いて母を犯すのに夢中だった。
自分の豊かな胸を龍姫の背中に押し付けながら、凛は自由になっている足腰だけをしゃにむに動かす。
龍姫はというと、前後から深く己を串刺しにする二本の肉に、もうすっかり意識を白熱させていた。
忘我の極みだ。
「ちんぽ、ちんぽぉ♡ あ、あひぃッ♡ おしりも、おまんこも……良いッ♡ とろけるぅう♡」
紅殻はすっかり自分の思い通りに乱れ狂う母娘の有様に、喜悦の極みだった。
しかしふと、おかしな違和感を覚える。
(あら……?)
しっかりと両脇に龍姫の太腿を挟み、尻を掴み、持ち上げる形で突き上げる。
いつもなら長い剛直は子宮口をこじ開け最奥まで至るのだが、今日に限ってはがっちりとそこが閉じており、入る事ができない。
眉根を歪め、紅殻は人一倍力を込めて突く、突きまくる。
だが一向にそこは緩まない。
きゅっと唇を噛んで腰に力を入れるが、駄目だ。
もっと酷烈に攻めようかと思ったが、その前に限界が来た。
極上の肉壁に扱かれ続ける快楽に、紅殻の中で快感が弾けた。
「出しますわよ、受け取りなさい……く、ぅう!」
腰が戦慄き、精液をぶち撒ける。
白濁は膣内を満たし、愛液と混ざり合って飛沫を上げた。
その熱と勢いに、龍姫も呆気無く果て、母に締まりに娘も気をやる。
「でてる♡ 精液、出てる♡ イクぅうう!!」
「母上……ははうぇええ!」
母娘は互いに重なり合い、融け合い、意識を失った。
びくびくと震える白い肉体を、触手は解き放つ。
木の床の上に、美しい母娘の裸身は重なり合った。
その二人を見下ろしつつ、紅殻は着物を整え、触手を伸ばした。
龍姫の首筋に吸い付いた蛭は繊毛で肌を舐め、汗や愛液ごと吸い上げて血を飲む。
今までと違った味の変化に、紅殻は目を細めた。
「これは……」
それまでの余裕を以って他者を辱め、嘲り弄う妖女が、驚きの声を上げた。
□
「失礼いたします主様」
剣之城家当主の座敷へ、従順なる下僕の妖女は一礼して訪れた。
かつての家祖、剣之城鳳頑の鎧と武器が、今も奥で全てを睥睨するように鎮座している。
鎧の前に座す男、当主轟獣郎はいつものように冷たく威圧的な視線を向けた。
「折檻の具合はどうだ」
嗜虐癖のある紅殻に龍姫と凛を預けたのは轟獣郎の下知である。
自分を裏切り逃げた妻、その逃亡を幇助した娘への当然の差配だと考えたからだ。
たっぷりと辱めの極みを味わわせた後で、生かすも殺すも自由にすれば良い。
ただ龍姫に関してはさほど殺すまでの事もなかろうと思ってはいた。
二十年かけて仕込んだ術ももう完成間近であり、そろそろ種付けを行う頃合いであった。
すると紅殻が顔を上げた、その顔には、怯えと媚がないまぜになっていた。
「主様にご報告いたしたき儀がございます」
「申せ」
「おたつ様が孕んでおいでです」
「……なに?」
さしもの轟獣郎が、眉根を歪めた。
ありえぬ、龍姫の排卵も受精も、何もかも、術をかけ霊氣の流れの全てを彼が支配し、操作してきたのだ。
妊娠する機会は絶対にありえないのだ。
その絶対が突き崩されたというのか。
しかしその種は誰のものか。
「今まで抱かせた妖魔神仏の類か、まさかお前という事はあるまい」
「それが……」
一瞬言葉に迷い、しかし、主に告げぬわけにもいかず、紅殻は言った。
「おそらく、凛豪宗近様かと」
「……」
轟獣郎が絶句する。
あの母娘がまぐわったという話は紅殻より報告を受けていた。
だが、たった一夜の、一回限りの契りで孕ませるとは。
龍の巫女の血を引く龍姫の氣、その女の氣脈を操作し産ませた娘。
血を分け合った母娘の行為、轟獣郎の仕込みが噛み合わさった結果かもしれない。
あるいは単なる運命の気まぐれだろうか。
静かに、轟獣郎の中で泥沼のような怒りがこみ上げる。
二十年近くかけて仕込んだ術がこれでご破算だった。
自分が種付けする筈だった龍姫という器は、もうこれでおしまいだろう。
また同じように時間をかけて仕込むにはあまりに熟れ過ぎているし、凛の氣を帯びて自分の術通りに操れるか知れたものではない。
「愚図が」
「ぎゃああああああ!!」
まずは憂さを晴らした。
手を振り、腰の脇差を投げた、刃は紅殻の肩から肺を貫いた。
血飛沫を上げながら転げまわる美女。
紅殻は主の言われたままにしたに過ぎない、かといって、轟獣郎が斟酌するわけもない。
「己がとっととおたつを連れ帰らなかったからだ。どうしてくれる」
「ひい! ひいい!! お、おゆるしを、おゆるしを、あぎゃあああ!!」
轟獣郎はさらに太刀を抜き紅殻の両手を落とし、腹に突き立て抉り回し肝臓と腎臓をさくりさくりと刻み。
生きたまま腑分けされる地獄の苦しみに絶叫し絶望し哀願する様は、先ほどまでの余裕ぶった妖艶さとは程遠いものだった。
ひとしきり紅殻の体で鬱憤を晴らすと、最後に胸郭を踏み下ろしてぐしゃぐしゃに砕き、ようやく轟獣郎の気は張れる。
つまらないものでも見るように見下ろし、老武士は元の場所へ座る。
やがて彼の意思の元、氣を送られた紅殻の肉体はすぐさま修復された。
生かされては殺され、また殺されては生かされる、それがこの屋敷で轟獣郎に使役される魔性の者達の逃れられぬさだめであった。
自分の血にまみれ、まだ苦痛の残滓に喘ぎながら、紅殻はふらふらと正座しなおす。
「さて、どうするかな」
轟獣郎は長い髭を指で撫でつつ考えた。
しかし選択肢は少なく、かつ明快であった。
使える器で満足するしかない、それだけだ。
「おたつは始末する。だが子を産ませてからだ、それはそれでまた使い道もあろう」
「む、宗近様は、如何なさいますか……」
「あれを次の器に致す」
「……」
絶句し、紅殻が顔を上げた。
主はいつもと変わらぬ冷たい顔をしていた。
「宗近様は、主様の実の娘ですが」
「構わぬ。本来なら避けたいところであるが、一代きりならまあ、良しとしよう。どうせまた次代、次次代で新たな血を混ぜる」
どこか不可思議な言い回しであった。
まるで自分の子や跡継ぎでなく、この剣之城の家の系譜全てを俯瞰したような。
いや、下僕の分際で立ち入った事は考えまい。
「下がれ。そろそろあの薄汚い蛙と、狼の娘が来よう」
果たしてどこまでその冷たい目は見通すのか。
夕の訪れと共に、轟獣郎の眼差しは障子を通し、屋敷へ近づく二つの気配を捉えていた。
紅殻は深々と頭を下げ、部屋を出た。
ちらりと肩越しに見た轟獣郎の姿、その後ろに控えた鎧の放つ妖気にぶるりと身震いして。
□
「どういたしますか」
屋敷を見下ろせる山の木の上で、蝦蟇兵衛が問う。
白い髪と尾、耳を持つ少女、ゆきは応えた。
「私が正面から行くから貴方が裏から回って凛と凛のお母さんを助けてあげて」
「ふうむ」
蝦蟇兵衛は唸った。
たしかに屋敷の内部に詳しい彼が裏から回るのが最善かもしれないが、問題は正面からぶつかると言うゆきの力が知れない事だ。
「ご無礼ながら、貴女様のお力は如何ほど」
「んー、母者に鍛えられたから、けっこう自信あるかな」
顎先に手を当て、ゆきはどことなく曖昧に言う。
かつては人間に捕まったように、か弱く繊細な子であったが、言葉通りゆきは母であるまふゆにあれから相当鍛えられた。
白狼神の長じきじきの修行である、この十年でもはやかつての幼子の貧弱さは微塵もなかった。
しかしそれをどう言葉で伝えれば良いか分からない。
「まあ、良いから気にしないで。大丈夫だよ!」
「はあ……」
ぐっと腕を曲げて力こぶを作るような格好をして笑うゆき。
蝦蟇兵衛は困ったように頭を掻く。
「早くしないと二人がどんな目に合うか分からないから、ね」
「ですな」
結局のところ、そうなる。
二人は静かに山を下った。
門の手前でいつの間にか蝦蟇兵衛は消えていた、流石は名にし負う伊賀忍である。
ゆきはというと、そんな事は既に頓着せず、門の前で仁王立つ。
既に門前では具足を付けた護衛武者が槍を構え「止まれ!」「動くな!」と叫んでいた。
が、当然これも気にしない。
ゆきはぐるりと腕を振り回す。
そして、腹の底から五体総身に流した霊氣を開放した。
閃光、爆音、炸裂。
夜の薄闇が支配し始めた世界が覆る。
後には濛々と立ち込める白煙、粉砕され原型を失った門の跡が残されていた。
ゆきの突進と打撃である。
長く伸びた爪と牙、目は爛々と輝き、髪と尾は燦然と光り輝く。
吐く息の温度が凄まじい高さを誇るのか、呼吸のたびに白く煙った。
相対する屋敷の護衛のほとんどが恐怖に絶句し、ある者など立ったまま失禁した。
成長した白狼神の実力からすれば人の武者など恐るるに足らぬ。
妖魔の兵や使い魔でさえ同じである。
恐慌状態になりながら襲いかかる護衛武者、調伏された鬼や魔物。
旋風となったゆきの鉤爪がその全てを引き裂いた。
「なるほどな、それなりに使えるか」
己の配下が次々とひき肉になる様を、さもつまらなそうに見つめて呟く影が一つ。
ゆきは視線を向けた。
老武士は悠然と前庭に一歩踏み出し、腰の一刀を抜いた。
ぬらりと妖しく波打つ刃紋が、照らしだした月光を浴びて濡れるように光った。
「己は良い素材だ。斬り刻んだ上で新しい使い魔にこしらえてくれよう」
愛する者の父であり、絶対の敵、剣之城轟獣郎が今、ゆきに前に立ちはだかった。
□
「大丈夫でございますか」
その一声で凛は目を覚ました。
体を起こす。
目の前には蝦蟇兵衛がいた。
慌てて身を隠す、彼女は素っ裸のまま放置されていた。
蝦蟇兵衛は委細承知と、凛の着物を差し出した。
どこで入手したのか、凛が着ていたものである、屋敷の中で見つけたのだろうか。
ご丁寧に愛刀まで一緒だった。
「ありがとうございます。母上は」
「そこに」
見れば、母も同じように裸身を晒して気を失っていた。
ふと頭に先ほど犯し狂った母の痴態が蘇り、凛は慌てて赤くなった顔をそらす。
龍姫も凛と同じように身を起こし、羞恥の中で着替えを行った。
噎せ返るような汗と精液と愛液と母乳の淫臭が立ち込める部屋にいては、またおかしな気分になってしまう。
慌てて凛は部屋を出た、龍姫も蝦蟇兵衛も続いた。
廊下に出ると、斬りつけるような冷たい妖気が吹いてきた。
誰何するまでもなかった、そこには赤い妖女が立っていた。
「紅殻」
凛は腰の大刀の柄へ手をかける。
それを制したのは蝦蟇兵衛だった。
「あれの始末は身共におまかせを」
「蝦蟇兵衛様」
「良いから、ゆき様の元へお行きください」
「かたじけない」
短く応答を済ませ、凛は踵を返して母の手を取り、その場を去った。
後には蛙の妖魔忍と、かつて神であった蛭の女が残された。
「ふふ、醜い蛙風情が、わたくしとやりあうつもりですか?」
「粋がるな、轟獣郎めの下僕に成り果てた神の身で」
「……」
自身の過去を、一体どこで嗅ぎつけたのか、蝦蟇兵衛の言葉に紅殻の笑顔が消える。
そして怒りがこみ上げた。
羞恥心、己の過去は恥でしかなかった。
思い出したくもないし思い出せない。
鬱憤を晴らす対象は、前の前の肉で済ませよう。
「血の一滴まで吸い尽くして殺してさしあげますわ」
「やれるものならやってみい」
続く