俺の精子を舐めとると、間壁は俺の目をじっと見た。
「連太郎くんは…誰かに身請けされたい?」
「…分からないです…」
間壁に真っ直ぐ見つめられ、緊張してしまった。
「俺は、君が欲しいんだ」
間壁はいつになく真剣な表情で呟いた。
「連太郎、君が好きだ。俺はここの常連だけど、ここまで好きになった子は初めてなんだ」
突然の告白に、俺は返事ができなかった。間壁の丸い目に、困惑する俺の顔が映っている。
「……俺、は………」
「……ごめん、困らせたよね。返事はすぐじゃなくてもいいよ。イースターイベントの時にまた来るから…」
間壁は立ち上がり、スーツを着始めた。
「今日はありがとう、連太郎くんに会えて楽しかった。また来週ね、おやすみ」
軽く俺の額にキスをして、間壁は部屋を去った。
「……好き、って言われてもなぁ……」
大学を中退してからというもの、彼女も好きな子もいなかった俺は、突然男に告白され戸惑うしかなかった。
間壁が帰った後も、下のフロアはまだ盛り上がっていた。告白されてからは頭の中がもやもやして、俺はなんとなく部屋を出た。
フロアに入ると、ユーミットの‘旦那様’である城崎とぶつかりそうになった。
「うわっ…城崎さま、申し訳ありません」
「あぁ、いや、ごめんね連太郎くん…ユーミット見なかった?」
城崎は慌てた様子で俺に尋ねた。
「えっ?…ユーミットさんは見てませんが…」
「そうか、ありがとう」
そう言うと城崎は俺の横をすり抜け、急いで螺旋階段を上がって行った。
最近ユーミットの様子がおかしかったこともあり、俺は気になってこっそり城崎のあとをつけた。
2階へ上がると、ユーミットの部屋の前で二人が何やら言い争っている。俺は階段の影に隠れて話を聞いた。
「……違うんだ、ユーミット。君の勘違いなんだ」
「それならなんであんな相談をしてたんですか!?」
ユーミットは泣きながら城崎に訴えている。
「しばらく男娼館に来れないって君に言ったのは嘘じゃない」
「じゃあなんで、今日ここに来てるんですか?僕にこそこそ隠れて、僕に会いたくないならはっきり言えばいいじゃないですか!」
城崎は溜め息をついて頭を抱えた。
「僕に隠れて、オーナーと何を相談してたんですか?違う子の‘旦那様’になりたいなら、まずは僕を避けずに言うべきじゃないんですか?」
「違う…違うんだよ。僕が君以外の子の‘旦那様’になるわけないだろ」
城崎がユーミットの肩に手を置き、引き寄せようとした。しかし、ユーミットは城崎の手を乱暴に払ってしまった。
「今さら触らないでください!メイドイベントのときだって途中でいなくなっちゃうし…僕、ずっと一人で城崎さまのこと待ってたんですよ!?……僕のこと飽きたんでしょ?仕方ないですよね、貴方の担当はずっと僕だったし。他にも可愛い子たくさんいるし…」
城崎は目を真っ赤にし、肩を震わせている。
「お前は何も分かってないんだよ!!」
城崎は怒鳴り、平手でユーミットのほうを殴った。ユーミットの細い体は、殴られた拍子に床に倒れ込んだ。
「………………」
「………違うんだ…ユーミット、……」
ユーミットの体が震えている。
「………すまなかった……立てるか?」
ユーミットはむくりと立ち上がり、城崎を睨み付けた。
「何すんだよ!!!」
いきなり城崎に殴りかかり、倒れたところを足で何度も蹴り始めた。
「あんたが悪いんだろ。来るって言ったり来ないって言ったり…僕がどんな思いで毎日あんたを待ってたと思うんだよ!」
ユーミットに腹を蹴られながら、城崎はうずくまって何かを言おうとした。
「…ち、が…う、」
「だから何が違うんだよ!あんたにとっては僕達なんてどうせ都合の良い遊び道具でしかないんだろ?僕だってそんなこと分かってるよ!遊び道具になるのが僕の仕事だって……でも、僕だって人間なんだよ!あんたと同じで、感情のある人間なんだよ!」
城崎はユーミットに対抗しようとし、二人は殴り合いのケンカを始めた。
「…とっ…止めなきゃ…」
ヒートアップする二人のもとに駆け寄り、間に割って入った。
「ふ、二人とも!止めてください!」
「連は下がってろ!」
ユーミットは城崎への暴力を止めなかった。
「ダメだって!もう止めろよ!」
ユーミットを羽交い締めにして引き離し、なんとか二人の距離を遠ざけた。
城崎はユーミットに腹を蹴られたためか、ゲホゲホとむせている。ユーミットは目やほうが紫色になって腫れ、むき出しの上半身にも痣があった。
羽交い締めにしていた俺の手を払い、ユーミットは吐き捨てるように言った。
「…やってらんねぇよ、こんな仕事。あんたら身勝手な金持ちに喰われるだけ喰われて、いらなくなったらポイかよ。僕の気持ちなんて、あんたには関係ないもんな」
城崎は床に座って項垂れたまま呟いた。
「……ユーミット……君だって、僕の気持ちなんか全然知らないじゃないか…」
ユーミットは城崎を睨み付け、部屋に入ってドアを乱暴に閉めてしまった。
「あの……城崎さま、ケガしてますから、手当てしましょう」
俺は城崎の肩を抱えようとした。
「…ありがとう。ごめんね…みっともない所を見せてしまったね」
城崎を2階ロビーのソファーに座らせ、俺は部屋に備え付けの救急箱を取りに行った。殴られた部分を保冷剤で冷やし、蹴られた傷の手当てをした。
「…連太郎くん、なんか手慣れてるね」
「そうですか?ああ、高校時代サッカー部のマネージャーやってたんで、確かに手当ては慣れてるかも…」
城崎は溜め息をつき、泣きそうな表情でぽつりと呟いた。
「…ユーミットの言う通りかもしれない」
「あの…聞いていいのか分からないですけど、一体何でもめてるんですか?」
唇を噛み、城崎は保冷剤を手で転がしながら話し始めた。
「……僕はね、あの子に内緒で身請け式の準備をしているんだ」
「身請け式…?」
城崎は頷き、少し微笑んだ。
「そのことをユーミットに内緒でオーナーと相談してたんだ。結構色々な手続きとか、計画に時間がかかっててね。ここには来てても、あの子に会えないことも多かったから、僕が他の子に乗り換えたがってるって勘違いしてるんだ」
「そうだったんですか…」
「ユーミットがここに初めて来たとき、僕はあの子に一目惚れしたんだ。あの子の‘旦那様’になって、水揚げも全部僕がやらせてもらった。三年間ずっと、ユーミットにとって特別な‘旦那様’ になるために、あの子と 距離を縮めてきたつもりだった」
城崎はふぅと息を吐いて、情けなさそうに首を横に振る。
「でも、僕は当たり前のことが分かってなかった。あの子が不安に思ってたなんて。僕は自分の計画しか眼中になかった。最低だよ」
「…………あの、ユーミットさんって、あんな風に怒るんですね。穏やかそうに見えるから、ちょっと意外でした」
「僕も初めて見たよ。………あの子のことは、まだ知らないことばかりだったのに…。なんでも分かってるような気になって、あの子の気持ちを考えもしなかった。ユーミットだって僕の知らない過去があって、知らない性格がある一人の人間だっていう当たり前のことを見失ってたんだ。ユーミットを愛してる気持ちだけが先走って、あの子を手に入れることばかり考えてたよ。あの子はただの綺麗なお人形、ていうわけじゃないのに」
「………ユーミットさんは……たぶん、城崎さまのことがすごく好きなんですよ。だから怒るんだと思います」
城崎は、はははと乾いた笑いをもらした。
「そうなら嬉しいんだけどね…。あの子の気持ちをちゃんと聞かないとね…」
城崎がソファーから立ち上がったため、俺はよろめいた彼の腕を支えた。
「まずはオーナーにきちんと説明して、謝罪してくるよ。男娼館の売れっ子に傷を付けてしまったからね。ユーミットは今話しかけても、応えてくれないだろうから…」
「それなら、俺も付いていきます」
「ありがとう…でも、僕は大丈夫だよ。できればユーミットのケガをみてやってほしいんだ。ごめんね、君に迷惑かけて…」
城崎は俺に笑いかけ、ゆっくりとエレベーターに向かい、一階へと下りていった。
「ユーミットさん……俺です、入りますよ……」
ノックしても返事がないため、俺はそっと部屋のドアを開けて中に入った。
ユーミットはベッドの上で肩を震わせて泣いていた。
「…ユーミットさん……城崎さまが心配してました。ケガさせたから、って…」
涙で濡れた顔を上げると、ユーミットの目やほうは青黒くなって腫れていた。
「とりあえず冷やしましょう、保冷剤とかありますか?」
備え付けの冷蔵庫を開け、俺は保冷剤や氷を探したが見当たらなかった。仕方なく近くにあったタオルを濡らし、ユーミットに渡した。
「……ありがとう……」
「あの…城崎さまが、オーナーに事情を説明しに行ってます」
「…そう……じゃあ、僕も行くよ……」
俺たちはオーナー室に向かった。
「失礼します」
オーナー室に入ると、ルイと城崎が真剣な表情で話し合っていた。
「…ユーミット……」
ユーミットは城崎の座るソファーの近くで立ったまま、俯いて何も言わなかった。
「ユーミット、城崎さまの隣に座りなさい。連も見ていたみたいだから、一応そこにいて」
ルイは机に肘をつき、険しい顔で溜め息をついた。
「…ユーミット、自分のしたことが分かっているね?」
ユーミットは俯いたまま、小さな声で返事をした。
「はい、オーナー…。申し訳ありませんでした…」
「いくら君が腹を立てたからといって、‘旦那様’に暴力を振るうとは言語道断だ。男娼館が始まって以来だよ、こんなことは」
一筋の涙を流しながら、こくんと頷いた。
「城崎さまに謝罪して、しっかり話し合いなさい。それから、君はしばらく謹慎だ。イースターイベントも欠席していいから、よく自分自身で考えるんだよ。顔の傷も治しなさい」
「はい…申し訳ありませんでした…」
「…城崎さま、申し訳ありませんでした。僕の指導が行き届いていなかったせいです。ケガまでさせてしまい、この償いは必ずいたします……ですが、貴方様も男娼館で守っていただくべきルールは、守っていただかなくてはいけません。彼らに暴力を振るうことはルールに違反しています」
城崎は深く頷いた。
「ユーミットを殴ってしまったことは、絶対に許されることではなかったと深く反省しています。本当に申し訳ありませんでした」
城崎は頭を下げた。ユーミットは城崎の方をちらりと見たが、また俯いてしまった。
「理解していただければ、それで十分です。城崎さまとは長いお付き合いですし、これからも城崎さまには男娼館でよい時間を過ごしていただきたいと思っております。あとは、ユーミットとしっかり話し合ってください。…それからね、ユーミット」
ルイは椅子から立ち上がり、ユーミットの側へ行った。
「城崎さまはちゃんと君を愛してくださっているよ。他の子に乗り換えるなんてとんでもない」
「…じゃあ、オーナーとはなんの相談をされてたんですか?」
「…うーん、それはまだ内緒。そのうち分かるよ」
ルイはにっこりと笑って言った。
「城崎さま、今夜はいかがいたしますか?」
「…ユーミットとよく話します。…いいかな?ユーミット…」
二人はルイと俺に再度頭を下げ、オーナー室を出ていった。
「……ふぅ~、やれやれ…。連、ケンカを止めてくれてありがとう」
「いえ、いろいろありますね」
ルイは手を頭の後ろで手を組んで、ニヤニヤ笑って俺を見た。
「な、なんですか?」
「いやぁ、君も気付いてないのかなーと思って」
意味がわからず、俺は首をかしげた。
「何がですか?」
「ふふ…間壁さまからイースターイベントのこと聞いた?」
「イースターイベントにいらっしゃることは聞きましたが…」
「間壁さまはね、君の身請けをめぐって龍ヶ崎さまと勝負するおつもりだよ」
俺は理解できなくて、つい「はぁ?」と変な声を出してしまった。
「身請けをめぐって、って…和人さまが身請けしたいかどうかも分からないじゃないですか。それに…」
間壁からの告白を思い出して、言葉に詰まった。
「それに?」
「まだ返事も…してないし…」
ルイは目を輝かせた。
「間壁さまは君に夢中だよ。あと、龍ヶ崎さまもね」
「和人さまも?…それはないと思いますけど…」
「龍ヶ崎さまが君に会いにいらっしゃる頻度を考えてごらん。まだ君は新人で、龍ヶ崎さまもまだご新規と言っていい。それなのに、常連の間壁さま以上に君に会いにいらっしゃるだろう?しかも、龍ヶ崎さまは君以外の子と一夜を過ごしたことはないよ」
困惑する俺に、ルイは身を乗り出して言った。
「イースターイベントで優勝した方が、君を身請けするおつもりだ。この勝負を許可するかは、君が一晩しっかり考えて僕に教えてね」
俺は妙なことになったと、目を泳がせた。
翌日、俺はオーナー室に向かった。
「……あの、俺、自分の気持ちはまだよく分からないですけど…」
俺は、イースターイベントの勝負を許可すると伝えた。
「じゃあ、間壁さまに伝えておくよ。連、どうなるかは僕も分からないけど、二人もの‘旦那様’が君を取り合っているのは喜ばしいことだよ」
「はい……」
「イベントももうすぐだから、連もしっかりがんばってね!」
ルイに背中を叩かれたが、俺はイースターイベントが不安でたまらなかった。
(第11話に続く)