「どうして俺は女の子の部屋で寝てるんだっけ?」
自分の部屋ならまたしも、女の子のベッドを我が物顔で使うような記憶はないぞ。起きてから数時間しかたってないのに……家に帰った記憶もないのに。
待て、俺はゾンビの家に捜査に行ったその記憶はあるんだ。で、家に入って、レムとラムがいた。その後……後に……
「記憶がはっきりとしないな」
「お気を確かに、お客様」
俺の耳に、聞き覚えのある声が思考をかき分けて入って来る。
「レム……?」
部屋の隅、気配を消していたのか今の今までいたことに気が付かなかった。彼女によく似合うメイド服、いつもならテンションが上がっていたかもしれないが今は困惑の気持ちしかない。
いよいよ意味が分からない。どうして、あいつの家にいた筈のレムに見守られて眠っていたんだ?
とここで、俺の左手に何か書かれていることに気が付いた。何かに追い立てられて走り書きしたような、いつもの俺の字に比べるとみるに堪えない、氷が解けてしまったような文字だ。
だがそこに書いてある文字は、俺に事態を把握させるのに十分すぎるものだった。
「っ!!」
【ジェイル・ハウス・ロック】
ジェイル・ハウス・ロック―――スタンド攻撃されているんだッ!
ジェイル・ハウス・ロック。その能力は『物事を3つまでしか覚えられなくする』というもの。今までの知識、思い出には影響がなく、新しく覚える物事にのみ作用する。そして、スタンド能力にかけられる前後の記憶があいまいになる。たとえ本体を見ていたとしても、記憶には残らない。
「この文字はいつでも視界に入れておこう」
もしも何かの拍子に忘れてしまっても、目に入る位置にあればある程度はカバーできるはずだ。仕組みの分かっている俺ならば。問題は、この状態で本体を倒さなければならないという所だが……
その前に、この場所から離れよう。ジェイル・ハウス・ロックの効果範囲から離れることが出来れば、この不自由な状態からも抜け出せるはずだ。
『ここがいったいどこかはわからない』が、とにもかくにも思い切り離れれば行けるはずだ。ジェイル・ハウス・ロックにはこの島全体をカバーするだけの力はないんだからな。
俺は体に力を込めた。闇の魔法で体を強化、余計な情報を頭に入れないために体当たりで壁をぶち抜いて飛び上がる。
まさに飛び上がろうとしたその瞬間、
「お待ちください、お客様」
聞こえてきた声に集中力が霧散する。
「レ、レム……!?」
極力外界の情報を入れないことがあだになってしまっていたのか、すぐ横に来ているというのに気が付けなかった。レムもあの男に召喚された女の子なのだろうか。それとも、もともと世界にいる……?
「あ」
「お手を失礼します」
レムは濡れたタオルを使って、俺の左手を拭いていた。ちょうど人肌の温度に調節されているのか、タオルと肌の温度の違いに驚くことはなかった。
つか、俺……『何で飛び上がろうとしてたんだ?』。なんでこんなにレムに世話を焼かれているんだっけ?
「先ほどお貸ししたペンですが、もうよろしいですか?」
「え? あ、ああ……?」
ペンなんて握ってたのか。でもなんでだっけ?
言われるがままにペンを返す。
俺、ここで何をやってたんだっけ?
――――――――――――――――――――――――――――
第1級犯罪者『ライ』は静かに荷物をまとめていた。彼女にあてがわれた―――かつてはこの家に召喚された少女のものであった部屋で。
小さめの防弾キャリーバッグに几帳面に詰められた荷物はごくごく一般的で、何も不自然なところはなかった。空港の厳しいセキュリティも楽々と突破出来てしまうものしか入っていない。
彼女の私物なんて言うのはそんなものだ。別に目立ちたいわけではないから特別なブランド品や化粧品はいらない。無意味に自分を目立たせるアクセサリーもだ。目標を殺す獲物も、自分の拳さえあれば十分だ。
「あとは、これかな」
持ち運びができるCDラック。その中身はびっしりと入ったホワイトスネイクの『DISC』だ。それと、この家に置いてあった特殊な道具をいくつか。これはしっかりと回収して来いと言われている。
「目立つから持ちたくないのに」
明らかな異物。ライはそんなものと一緒の空間にいることすら嫌だった。ホワイトスネイクが作り出したDISCをこの場所にため込んでいた。まるでコレクションするように。
コレクションと言っても、ゾンビがDISCを見に来るときなんてほとんどなかった。ブラドと取引するようになってからスタンドDISCをいくつか取りに来たことがあったが、一方的にため込んだと言っていい状態だ。
スタンドだけではなく、相手から奪った身体機能の一部や、魔力などもある。それらを合わせて場、大きめのボストンバッグ2つ分の量がある。そんなものを持っていては、どうしても周りの視線を集めてしまうだろう。
「最悪」
自分の荷物も持たないといけないと考えると、顔をしかめてしまうのは仕方ないことだと言える。
だが、これをもっていかなければならない理由が彼女にはあった。
ため息をこぼしつつ、ボストンバッグの長い紐を両肩にかける。ズシッとした重量が肩にのしかかり、思わず落としてしまいそうになる。
「……」
後はキャリーケースを引いて出るだけでよい。
「1人くらい、殺そうかな……」
だが、ふと立ち止まってそんなことを言い出した。まるで自動販売機で飲み物を吟味するように、人差し指を唇に当てる。
「やっぱり、やめておこう。スタンド使いもいるみたいだし」
まだまだ抑えられないほどじゃない。危険を冒してまで殺そうとしなくてもよいだろう。その口調は軽い。食後のデザートを我慢するかしないか、その程度の重みだ。
「あ、あの……」
「……? どうしたの?」
そこにはライの身の回りの世話をしていた少女がいた。ライは名前は憶えていなかったが、顔は憶えていた。他人との接触を好まないライにとって、一番顔を見た少女であり、ゾンビがこの家にあまり寄り付かなくなってから召喚された、彼の暴力を受けていない数少ない少女の1人だ。
そんな少女が、遠慮がちに聞いてきた。
「お出かけ、ですか?」
「あ」
ライは何かに気が付いたように、ボストンバッグを下ろした。
「はい、これ」
そこからDISCの束を取り出して少女に渡した。少女は突然のことに目を白黒させている。
「もう帰ってこないから。さようなら」
その言葉に驚いて顔を上げた時には、すでにライの姿はどこにもなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
結論から言うと、俺は何もできなかった。
気が付いて廊下に出た時には本体はいなくなっていた。それは桜もフェイトさんも同じだ。
捜査に来たはずがいつの間にか、アイツの家にある女の子の部屋で眠らされていた。傷一つつけられず、放置されて逃走された。
建物に入ってからデバイスで撮影されていた映像にも、敵の映像は映っていなかった。リビングでの喋り声は収音されているにもかかわらずだ。音声データから、敵の正体が第1級犯罪者『ライ』だということが分かった。
話によると、能力は光の屈折を利用して姿を消すことが出来る透明人間――――それを利用した暗殺を生業にした犯罪者らしい。
廊下には、今この建物にいる少女たちの意思を縛るためのDISCが束になって置かれていたようだ。DISCが縛っているのは、特定の人物への敵意と、建物から外に出ようとする意志だ。中には敵意が抜かれていない娘もいたが、まあ、それも楽しむための余興なのだろう。
相手に攻撃をする意思がなかったとはいえ、俺たちは全員手も足も出なかった。しかも、人質を解放してくれるおまけつきだ。俺はもちろん、桜もハラオウンさんも他の局員も同じだ。気が付いた時には全員ベッドで寝ていた。建物の中をくまなく調べまわっても、何の痕跡も出てこなかった。
戦うことはなかったが、何をされたのかわからなかったため、次に戦うことになってもまともに戦えないだろう。戦いやすい暗殺者なんていないとは思うが。
「翔君? どこに行くんですか?」
正気に戻ったテスタロッサさん達が上階を調べている間、俺はあえて下の階を調べることにした。具体的にはあのゾンビにあてがわれた部屋だ。
「ここが俺たちが住んでいるところと同じ作りなら……」
俺たち異世界人の部屋の場所は同じのはず。そして、俺の部屋には異世界から召喚された武器や道具が収められている可能性がとても高い。
扉を開けると埃っぽい空気に肺がやられた。カーテンは閉め切られ、埃がうっすらと積もっている。だが、部屋に常備されている机は意外にも汚れていない。あいつが片づけを……するわけないよな。誰かにやらせていたんだろう。
「ここで見つけたものはテスタロッサさんに言う前に俺に言ってほしい」
「分かりました、翔君」
召喚した武器のテクノロジーが無意味に広がるのは避けたい。それに起因した新しい争いが起こる可能性がある。だからほかの誰かよりも先に、どんなものがあるのかを確認しておきたかったんだけど……
「桜、さ」
「何ですか?」
「一応今俺が言ったことって、上司命令に完全に違反してるんだけど」
「でも翔君、悪い人じゃないですか。悪用されないなら問題ないですよ?」
そりゃそうだけどね。
桜からの重い信頼を感じつつ、物色をはじめ―――すぐに終わってしまった。
「何もなかった……」
「ですね……」
アイツの私物というものがほとんど存在しなかった。本棚は空で武器庫も空。あいつの年齢なんて知ったことではないが、学校や受けた依頼に関する資料もゼロ。本当に住んでいたのか疑いたくなるレベルだ。
それにしても妙だよな。あいつの口ぶりだとすげーヤリまくってるって感じだったのに、まったくないなんて。そんなことあるか? 実際スタンドの矢とかゾンビゲーマーはあったわけだし。
「まさか、どっか別の場所に置いてあるのか?」
「何か探し物があるんですか?」
「や、ちょっとな……」
「私に言えないことですか?」
はっとして顔を上げる。しゃがみ込むようにして俺をのぞき込む桜の顔が目に入ってきた。少し目じりが下がっている。
「そういう訳じゃ……」
桜は俺を信頼してくれているし、好意も寄せてくれている。だったら、それに応えることが人として当然のことだ。
「いいんですよ、翔君。嫌なことは無理して言わなくても。翔君には翔君の事情がありますもんね?」
「いや、言っておこうと思う。頓珍漢なことかもしれないけど、俺とコイツはこの世界の人間じゃないんだ」
俺は「コイツ」の部分で、指を使ってこの部屋の主のことを指し示す。すると当然のように桜に疑問の表情が浮かんだ。
「この世界の人じゃないっていうのは、並行世界という意味ですか?」
「違う、と思う。どちらかというと異世界だと思う」
流石に並行世界だというには、この世界と元の世界とでは違いすぎている。はるか昔の枝分かれしたとしても、ここまでの変化はあり得ないだろう。
「そもそも翔君は、どうしてこの世界に来たんですか? この人を追って来たんですか?」
「こいつのことはこの世界に来て初めて知った。理由は、特にない。偶然、何故かはわからない」
思い出してみれば、突然だった。いつも通りスマホでネットサーフィンをしていたら、普段なら目も向けないような広告に興味がわいて……
「気が付いたら、ここにいたんだ」
「この人と同郷だと思ったのはなぜですか?」
「こいつが俺の知っている、この世界にはない能力や道具を持っていたからだ。スタンドもだよ」
スタンドという言葉に、桜が息をのむ。流石優等生。スタンドのことも知っているんだな。今この島で渦の中心になりつつあるスタンドのことを。
「スタンドは翔君の世界の能力だったんですか?」
「俺の世界の、っていうか……俺の世界の漫画の話なんだよね」
「はぁ……?」
桜は意味が分からないといったように首をかしげている。
「それについては後で詳しく聞くとして……それだけなんですか? もっと重要なことがあったりはしないんですか?」
「……」
あるにはある。セックスすると能力が増えるということだ。一番センシティブなところだ。でも、これを説明しないと、ここに来た理由を説明しきれない。
「スタンドが元は漫画の話だってことにつながるんだけどな……俺と、たぶんこいつも……女性と性行為すると新しい能力が手に入るんだよ。漫画とかアニメにある、現実には存在しない能力を」
「……ふんふん?」
当然の様に意味を理解していない桜。俺は表現に注意しつつ、事情の説明を試みる。だがその前に、桜が目を反らしつつ口を開いた。
「つ、つまり、昨日の私との、でも……?」
「そうなる。正確には俺が
「……」
「……」
「す、すみません。ちょっと理解が追い付かなくて……」
「突然のことで混乱するとは思うけど、むしろ忘れてくれても良いから」
言ってしまったことを取り戻すことは出来ない。いや、この世界なら記憶を消去すればいけるんだろうか。
もはや俺たちは調査どころの空気ではなくなってしまっている。一度落ち着かなければ。話してしまったのは迂闊だっただろうか。
結局俺たちは、撤収するまでずっと気まずいままだった。
――――――――――――――――――――――――――――
「重い……」
玉の汗をかき、足取りは重い。両肩を圧迫する重量に彼女の体力はどんどん削られていた。
「こんな重いなら置いてくればよかったかも……」
その場合は取引が出来なくなるが、正直言ってその対価は自分でも簡単に手に入れることが出来る。ただ、他人が用意することと自分が用意することの労力の差を考えれば、DISCを渡すだけというのはとても楽だ。
そう思った結果がこれなわけだが。
「よし、捨てよう」
決断は早かった。不要な筋トレ器具になっていたボストンバッグを下ろした。中に入っているのはDISCだけではなく、ゾンビが集めていた武器や道具もあった。知る人に渡せばとてつもない金額になるものだったが、お金には執着がないようだ。
物理的に軽くなった足取りで、あてもなく踏み出した。
「お、おい! アレ……」
「人が浮いてるぞ……」
「こんなところで能力を使うのって、取り締まりの対象なんじゃないのか?」
その時、突如周りがどよめいた。優秀な武偵はその変化に素早く対応し、目を細める。
「ちょっとちょっと! 置いていってもらっちゃ困るよ!」
「篠ノ之束……」
ウサミミに胸元が大きく開いたエプロンドレスという、どこかのお店から出てきたようなファッションをした女性が、空から舞い降りてきたのだ。
降り立った中心から人が引いていく。周りの人間の目を気にしない束の行動に、ライはため息をつく。
「目立つからそういうことはしないで」
「だってぇ~、久しぶりに会えると思ったらいてもたってもいられなかったんだもーん」
ライは無言でボストンバッグを差し出した。するとバッグは誰も触れていないにもかかわらずひとりでに浮き上がり、束の手に収まった。
「じゃ行こーかー」
「はいはい」
―――――私たちの名探偵のところに。