たらふく肉をお腹に詰め込んだ後に待っているのは、最高の自然の中にある温泉、もとい露天風呂である。
ルーテシアがノリノリで改造しつくしたらしい温泉は、温泉大国である日本にあるものに負けていない素晴らしいものだった。資料で勉強したのか、それとも実際に行って取材したのかはわからないが、見事な『和』の空間が作られている。
ただひとつ言うことがあるとすれば、
「人数と広さがあってないよなー……」
「そうですよね……」
俺はエリオと並んで温泉に入っていた。湯加減は最高だ。しかも場所によって温度が微妙に違うらしく、好みによって調節できるみたいだ。奥には滝湯なんかも設置されている。設備は完全だ。
でも広すぎる。人数のわりにスペースがあると、独占状態というよりも若干のむなしさが出てくる。
とにかく2人で入るには広すぎるんだよなぁ……
はいそこ、どうせ温泉ならだれか女の子が突入してくるんだろ、とか思ってるんだろ。わかってるわかってる。そう思うのはわかるよ。
でもあえて言わせてもらおう。その考えは甘いと。
そもそも、今回の旅行は俺だけではなくてエリオがいる。男が2人いるのだ。部屋割りもそうだが、そりゃ基本ペアで行動するよな。そこに女の子が突撃してくると思うか? 答えはノーだ。
そして、怖い怖いお目付け役もいるからな。アスナや桜がそうだが、あの2人は責めるときは責める女の子だ。一番大きいのはなのはさんとメガーヌさんだ。大人2人の監視の目があれば、そうそう間違いは起こらない。
少なくとも今回はね。
そんなわけで今はエリオと2人きりだ。きわめて健全である。
「翔さんは、武偵なんですよね?」
「ん、ああ、まあね」
「今までどんな事件を解決してきたんですか?」
それはね、人には言えない事件だよ。
興味津々と言った様子で目を輝かせているエリオには悪いが、言えない秘密がいっぱいあって何を説明すればよいのかわからなかった。
「あっ、すみません……色々と言えないこともありますよね……」
「ま、まあね!」
察してくれたのか、エリオは一度落ち着いた。少し恥ずかしそうにする姿は、一部のお姉さんに本当に人気が出そうだ。そこに俺は含まれてないぞ。
でもここは良い機会だな。何か変化があるのか聞いてみるか。
「何でそんなに気になるんだ? エリオも武偵を目指しているのか?」
「いえ、僕の場合はどちらかというと管理局ですね。今まで育ててくれたフェイトさんに恩返しがしたくて」
エリオは、エリオだけではなくキャロもフェイトの実子ではない。やむを得ない事情でフェイトに引き取られた訳アリの子だ。自分に手を差し伸べてくれた人に恩返ししたいというのは当然と言ってもいい。
フェイトはそういう子供を積極的に保護している。里親を探したり、時には自分で育てたり。そこにはどんな考えがあるのか、予想できる所はある。それについては今度にするけど。
「それは立派なことだよ。でも、テスタロッサさんはもっと平和に生きてほしいって考えてるかもよ?」
「アハハ……正直反対されてました。でも最後には応援してくれるようになったんです! それからは時間がある時に魔法についても色々と教えてくれるようになって」
「ふーん、じゃあ腕には自信があるんだ?」
「いえいえ! 現役の方に比べればまだまだですよ!」
「ちなみに師匠はテスタロッサさんだけ?」
「その他にも高町さん、今日は来てませんけれどシグナムさんとヴィータさんにも少し」
「……」
メンツがエグくて笑える。
後半の2人には俺も会ったことはないが存在は知っている。2人とも相当の実力者だ。講師としては黄金の布陣と言っていいだろう。そしてその天才に育てられても全然心がすれていないことを考えると、エリオも天才だ。しかもエリオは今14歳。
末恐ろしいとはこいつのためにある言葉なんじゃないのか?
「今は六課の隊舎に住んでます。前回の六課には参加できなかったので、今回こそはって思って―――」
「ちょい待ち、前回の六課には参加できなかった?」
流石に気になることがあったため、聞いてしまった。
「はい、年齢的に難しかったので。あっ、そうですよ、六課の設立って今回が初めてじゃないんです。特務六課は『JS事件』を解決した機動六課が集められてできた組織で……」
そりゃ知ってる。『JS事件』(事件の首謀者のジェイル・スカリエッティの頭文字を取ってできた名称)云々の大枠はな。俺が聞きたいのは、
「前は参加してなかったのか?」
「そうなんですよ。流石に10歳じゃ無理でした」
当たり前だと言いたいところだけど、俺の疑問のためにもう少ししゃべってもらうことにする。
「じゃあ部隊の構成はどうなってたんだ? え、っと、高町さんとテスタロッサさんでそれぞれチームを組んでたんじゃないのか?」
慎重に言葉を選んで問いかける。
「ごめんなさい。僕もそこまで詳しいことまではわからなくて……でもそれぞれチームを持っていたのは間違いないと思いますよ? スバルさんとティアナさんに聞けばもっとわかると思いますけど……」
「ありがとう。後で聞いてみるわ」
どんな変化があるのか知っておくのは大切なことだしな。たとえそれが過ぎ去った過去のことであっても。
「わー! いい湯加減!」
「お」
「隣も入ったみたいですね」
しきりに遮られた向こう側、女湯という花園から、何人もの女性の声が聞こえてきた。人数と着替えの関係で、俺たち男よりも温泉に来るのが遅くなっていたらしい。
俺たち以外が女性の今回の旅行、温泉は広いはずなんだけど、おしゃべりの声が結構はっきりと聞こえてくる。
ルーテシアはプライバシー的なモノには気を配らなかったんだろうか。防音の結界を張ればいいのに。
「いや、ルーテシアならわざとって事もあり得ますよ」
「やりそうだな、あの子なら」
ほんの少し接するだけでも、ルーテシアの性格は理解できた。あの子は結構人をからかうし、遊び心がある奴だ。
「普段は聞けない女の子の秘密の会話が聞けるチャンスってことだ」
「しゅ、趣味悪いですよ、翔さん」
「ここでビビることはないんだよ! ルーテシアが作ったってことはあいつも想定してるんだから」
「ただ抜けてるだけかもしれないじゃないですか! ダメですって、聞き耳たてちゃ!」
「まじめな奴め。こんな修学旅行のような時間に優等生ぶるなんてお前は性欲が枯れているのか!? 俺なんて満たされて溢れてしまっているのにそこに過剰に注ぐような奴だぞ!?」
「結局それじゃないですか!」
「でも、お前だって気になるだろ? キャロが何言ってるのか。それに、聞こえるんだから仕方がないじゃないか」
「なななな何でここでキャロの名前が出てくるんですか! 関係ないじゃないですか!」
「っていうか、こんなに騒いだら向こうに聞こえてるんじゃないか?」
「僕の話聞いてますか!?」
がっとエリオの口を塞ぎ、無理やり黙らせる。
「気が付いてないみたいですね……」
「おしゃべりに夢中だから気が付かないんじゃないですか?」
「そうかな―――おーーーい!!! 聞こえるかーーー!!!」
試しに大声を出してみる。だが返答はない。
「このレベルで聞こえないなんてことあるか?」
「うーん……」
エリオも首をひねっている。
「どうしましょうか。早めに上がりますか?」
「嫌だ嫌だ! 俺は一万数えるまでお風呂から出ないぞ!」
「のぼせますよ、それ」
「むしろ気づかせてお互い声のボリュームに気を付けるようにすればいいだろ」
「まともな意見でよかったです」
「お前、俺が年上なのに遠慮ないのな。おーーーい!!!」
「でも安心しました。覗いたりしないんだなーって思って……決して! 覗きたかったわけではありませんが!」
思春期エリオ君の渾身の否定はともかく、俺は覗きをしようなんてこれっぽっちも考えていない。なぜなら、
「覗いたら殺されるだろ」
「あぁ……」
察したな。そういうことだ。
「でもぶっちゃけ覗きたい」
「素直だ……」
「は? エリオがだぞ? キャロだったら覗きたいやろ?」
「いえっ、ですから……ッ」
完全にパワハラだが、この業界に働き方改革はない。そしてこの男(エリオ)とても分かりやすい。そりゃね、諸々境遇が複雑で同年代の子供がずっと同じところで育ってれば、そういう感情にもなるよね。
「それじゃあ、少し早いけど、旅行のメイン、始めちゃおっか?」
「メイン? ルールー、何のことー?」
そうしている間も、向こうからは声が聞こえてくる。
「流石におかしいよな?」
「はい?」
「今の声、いくらなんでもはっきり聞こえすぎじゃないか?」
「そういえば……」
全然大きな声ではなかった。普通のトーンにしてははっきりと聞こえすぎている。今の声が聞こえるなら、俺の声にとっくに反応しているはずだ。
まさかとの思いもありつつ、湯船から立ち上がる。こんなところに敵が出るとは想像しにくいが、もしものことがある。
そしてその時、俺たちの前に現れたのは――――大きさ10センチほどのカブトムシだった。しかし色は紫を主体とし、目は赤い。もっと驚くことは、細い足を使ってディスプレイを持っているということだ。いくら軽量になっているとはいえ、大きさによらず力持ちらしい。
ディスプレイには当然何かしらの文字が書かれているものだ。
「この子、ルーテシアの召喚獣ですよ」
「あ、そうなの?」
敵ではないとわかり、
「え、っとなになに……『ルーテシア・アルピーノプレゼンツ! ドキドキ! 秘密の花園へのご招待!』……だそうです」
何だか知らないが、始まってしまったらしい。エリオは読み進めていく。
「えー……『これより、女の子の赤裸々なお話を男湯の皆様にプレゼント! 夜月さん、エリオ、目の前にあるディスプレイに、女の子に聞きたい質問を打ち込んでください! わたくしルーテシア・アルピーノがその要望に見事応えて見せましょう!』」
何だってこんな大掛かりなことを……ばれたら何をされるのかわかったもんじゃないぞ? 君の周りにいるのはそれなりの実力者なんだからね? 俺は責任取らないよ?
「翔さん。ダメですよ」
「何もやってないだろ?」
「『まだ』何もやってないんですよね? ディスプレイを手に取っている時点で言い逃れできないですからね?」
せっかく用意してくれたんだぞ? 俺たちを歓迎するためにここまでしてくれたんだ。それを邪険にしてしまっては人としてどうかと思う。
「でもバレたら、話を聞いていた僕達もお仕置きされますよね?」
「……計画変更だ。おとなしく風呂を出るとしようか」
「それは英断ですね! そうしましょう!」
俺とエリオは余計なとばっちを食らわないためにも、さっさと温泉から上がるのだった。
飯食って風呂入って寝る。それ以上に最高な過ごし方があるだろうか。
しかもここ、風呂上がりのコーヒー牛乳まで完備してるんだぜ。もう至福。至福の時間だよ。
マッサージチェアに体をもみほぐされながら、夢見ごちになっていると、女の子の集団が休憩室に入ってきた。
「翔君」
「お、みんな、上がった、のか……あ、あれ?」
そんなに怒ってどうしたんでしょうか?
「戦闘のどさくさでヤミちゃんのパンツを見て、大声で叫んだって本当?」
「な、何で?」
アスナさん? な、何でそんなに昔の話を?
「ヤミさんから聞いたんです」
「否定しないってことは、事実な訳?」
雪菜とアリアに詰め寄られる。
「とりあえず、正座しましょうか」
「……はい」
こってり絞られることになってしまったのだった。
おいエリオ、そんなご愁傷様ですみたいな顔しても無駄だからな。明日のトレーニング、覚えておけよ。
―――――――――――――――――――――
明日があるからとみんなが寝静まった深夜12時。俺はまた温泉に向かっていた。寝れなくなってもうひとっ風呂浴びに来た、訳ではない。俺も何もなければ素直に寝てたと思う。
でも、女の子に呼び出されたらどうしようもない。
傍らに並ぶ女の子―――理子は、貸し出されている薄い浴衣に身を包んでいる。俺は左手で理子と恋人繋ぎしている。その手を理子は両手で包み込むように持ち、体を密着させていた。
俺の左手がおっぱいに挟まれるくらい密着されると歩いているだけでもドキドキしてしまう。この柔らかさ、上をつけていないのは確実だ。
「ま、最初に呼び出すのはどっちかじゃないかと思ってたよ」
「どっちかって?」
「理子か狂三のどっちか」
「えへへ、当たってたね、それ」
理子がこちらを向いた。緩いウェーブを描く金髪が、ふわりと広がる。
「えっち、こんなところで期待してたんだ」
「えっちなのはそっちだろ。誘ったのはそっちなんだから」
「ノリノリだったのはそっちだもーん」
そんな意味のない擦り付け合いをしていると、温泉にたどり着いた。
「どっちに入る?」
理子が指さすのは隣り合った2つの扉。それを隠すように垂れている『男湯』、『女湯』の文字だ。別々に入るなんてそんなことをするわけがない。
「男湯のほうがいいだろ。俺以外にはエリオしかいないんだし。こんな夜遅くに入ろうなんて思わないだろ」
「じゃあもしもエリオ君が入ってきたら、私が裸見られちゃうんだね」
「別に女湯にでもいいけど、入ってて大人が入ってきたら色々終わるよ、俺が」
「その時は、犯罪者でおそろいだね」
「そんなおそろいは嫌だよ……」
武偵ルールで罪が3倍になるんだから。
俺たちは男湯ののれんをくぐった。
「へー、構造は女湯と変わらないんだね」
理子は物珍しそうに、きょろきょろと中を見回した。だがそんな無邪気な理子はすぐにいなくなった。
「理子?」
立ち止まった理子の背中に呼びかける。するとくるりと振り返った。俺を正面から見るのと、浴衣の帯が床に落ちるのは同時だった。
「翔君」
浴衣がはだける。肩からずり落ち、わずかにその双丘に支えられている。理子は上どころか下も付けていなかった。隠す様子もなく妖艶にほほ笑んだ。
「まずはいっしょに入ってゆっくりしよっか?」
1日目の夜はまだ終わらない。
ちなみに女湯編もあります。次回が女湯編になります。