時間は入浴まで巻き戻る。男湯ではエリオと翔がいそいそと退散してしまう少し前。女湯には一糸まとわぬ女性が続々と入ってきていた。2人しかいない男湯とは違い、その広さというスペックを完全に発揮している。
湯船に入る前、体を洗うのすらもどかしいとばかりに、いつもよりも少々雑になる。
「わーい! 一番乗りー!」
「リオ待ってー!」
そして子供たちが元気よく湯船に飛び込んだ。子供たちの仲でも一番の元気っ子であるリオが一番先頭だ。それを追ってヴィヴィオが飛び込む。
「こらヴィヴィオ! そんなことしちゃダメでしょ!」
そんなはしたない行動を、ティアナが諫める。なのはとフェイトは片づけの手伝いをしているため一緒には入っていない。なので、この中ではティアナとスバル、ノーヴェが一番の年長者だ。
「まあまあ、今くらい許してやれよ」
「そんなわけにはいかないでしょ、ノーヴェ。同い年でもコロナとクロとは大違いなんだから」
比較的落ち着いている2人を見てため息を漏らす。
「アハハ……でも、そこがあの2人のいいところでもありますし」
「私だってわくわくはしてるけど、あそこまで子供みたいにはしゃいだりしないわよ」
それに比べて落ち着いた様子のコロナとクロ。なんだかんだ、これであのグループはこれでバランスが取れているのだ。
「わー! いい湯加減!」
ティアナの注意に元気に返した2人は、湯船に足をつけた。その温かさに一瞬ブルリと震え、一気に肩までつかった。
次いで続々と温泉に浸かっていく。みんな反応は同じようなものだ。体を伸ばして、伸び切ったら脱力する。家にあるお風呂とは違い存分に手足を伸ばすことのできる最高の温泉に、女性がときめかないわけがない。
「はぁ……生き返るぅ……」
その中でもスバルのくつろぎ方は目に毒だった。仕事で鍛えられたしなやかな肢体を反らし、お湯にぷかぷかと浮かぶ2つの大きなカタマリが数人の殺気を集める。
「みんな湯加減はどう?」
「「「「「最高でーす!!!」」」」」
「場所によって温度が違うから、あと向こうには滝湯があったりするからね」
少し後に入ってきたルーテシアがみんなに問い、百点満点、三ツ星の返答をする。
その反応に満足そうに頷き、次いでニヤリと笑った。
「それじゃあ少し早いけど、旅行のメイン、始めちゃおっか?」
ルーテシアがアクションを起こした。この時間のメインディッシュとして入念な準備をしてきた。
「メイン? ルールー、何のことー?」
「確かに、温泉が旅行のメインって言ってもいいかもしれないけど……」
「ノンノン! 違いますよアスナさん! そして察しが悪いですよ! 旅行のメインなんて古今東西1つしかありません! ズバリ、恋バナでしょう!」
「あー……」
アスナがなるほどと言った様子で顔を引きつらせる。自分たちの事情を考えた時、自分から話を振るのは少し難しいと考えたからだ。しかし、年頃の女の子として、そして周りの多くがライバルであるという立場上、話さないわけにはいかない。
恋という戦いにおいて情報は大切なのだ。
極めて冷静を装いながら、湯船に浸かる。
(ふふふ、術式は問題なく発動中。さあさあ! どんな反応するのかな!)
全ての犯人はこの娘、ルーテシアだった。
この露天風呂にはいくつかの魔法がかけられている。
1つは翔も考えていた防音の魔法。音を完全に遮断する高性能なものだ。問題は男湯から女湯への音しか遮断されないという事。つまり女湯の声は駄々洩れなのだ。
そしてもう1つは収音の魔法。これは離れた場所にいる相手の声を拾うためのものだ。この魔法のおかげで、普通の話声だろうと、余すところなく男湯に届けることが出来る。
今頃、男湯ではルーテシアの召喚獣がネタ晴らししているころだろう。温泉から上がった後、エリオはさぞ面白い反応をしてくれるのだろうという考えからの行動だったが、それ以上の獲物が控えている。
(まさか追加のお客さんがこんなに面白い人だとは!)
まさかの男女比率だった。エリオのことも大概だと思っていたルーテシアだったが、まさかそれを超える人がいたとは! しかも、一途なエリオとは違いリアルハーレムだ。年頃の女の子として、興味を持たない筈がない。
まずは王道から攻めてみる。
「それでキャロ、エリオとは何か進展はあったの?」
「わ、私ですか? 言え特には……そもそもエリオ君とそんな話しませんし……」
「キャロからアプローチすることはないの?」
「したことはないですね……」
どうやらまだまだエリオの道のりは遠いようだ。これ以上言っても何か面白い反応は得られそうにない。ルーテシアは次に目を向けた。
「ヴィヴィオ達は誰かいい人いたりしないの?」
「えー! そんなのいないよー」
「そうだよー。今はみんなで格闘技してるのが楽しいし!」
「クラスの子が話しているのは聞きますけどね……」
ヴィヴィオ、リオ、コロナの順番に答える。3人とも小学生。まだまだそういったことには疎いのだろう。ませている子供は入口に入るくらいか。
「ちなみに、アインハルトさんは?」
「いえ、私もそういったことはあまり……ずっと覇王流の鍛錬がありましたし」
「そっかー……」
ルーテシアは思ったような答えが得られず少し肩を落とす。
「でもでも! クロちゃんは違うんだよ!」
「ほほう! つまり気になっている男の子がいると!」
待っていましたと言わんばかりにルーテシアは飛びつく。
「気になっているじゃないわ! 好きな人よ!」
「その人とは!?」
「お兄ちゃんに決まってるじゃない!」
(((((デスヨネー)))))
みんなの心の声が一つになる。
「でも兄弟なんじゃないの?」
ティアナは当然の疑問を浮かべる。
「血は繋がってないし、養子になっているわけでもないから。法的な繋がりは何もないのよ。だから問題ないわ」
「でも夜月君が手を出したらいろいろと問題になるよ?」
「関係ないの。お互いに愛さえあれば」
完全に暴走特急になっている。翔もさすがに法を犯すつもりはないのだが。
「ま、ライバルも多いけどね」
その言葉に顔を伏せる者、あいまいな笑みを浮かべる者、ニコニコと挑発的な笑みを浮かべる者と様々だ。
ライバルが多いというのはBBQでの様子を見ていれば分かっていた。これはこれは愉しくなってきたとルーテシアはノリノリになるが、そこに水を差す女の子がいた。いつもの小さい角のようなヘアピンを外し、ピンク色の髪がお湯に濡れないようにしている女の子―――アリアだ。
「はぁ……みんな揃いも揃って。恋愛なんてくだらないのに」
アリアは大きなため息を吐いた。
「あれ、神崎さんはそういう気持ちはないんですか?」
「当たり前でしょ! この世界にそんな感情を持ち込んだら危険が増えるだけよ。アイツはただのパートナー! それ以上でもそれ以下でもないわ!」
「「「「「パートナー!?」」」」」
この時、アリアは家訓的な意味での『パートナー』の考えで言った。つまりはホームズとワトソンのように共に事件を解決する関係だ。決して恋愛的な意味は含まれていない。しかし、何も知らない人が聞けば言っていることが矛盾しまくりになっているだろう。好きではないが、パートナーであるなんて意味不明だ。
アリアにそんな気がなくとも、誤解を生んでしまう
「パ、パートナーって、どういうこと何ですか? もしかして、子供の恋愛なんてくだらない、私たちはすでに相手を人生のパートナーとして愛している、と?」
「は――――ははははははぁぁぁ!? そそそそそんなわけないじゃない! 何言ってんのよこのガキは!!」
本当にそんな気が全くないのかと言われれば、それは本人すらもわからないことだった。少なくとも、顔を真っ赤にしてまくしたてるその姿から想像されるのは1つだったが。
誰もそこには指摘を入れない。するとすればもっと別の方向からだ。
「もー、ルールーかわいそーだよ? アリアを見れば、そんな年じゃないなんてことすぐにわかるでしょ?」
「え? あ、で、でも……あれ?」
理子にそう言われてルーテシアは納得しかけて―――首をかしげる。BBQでは確かに武偵高校の制服を着ていた。しかし、目の前にいるアリアの背格好、発達具合は正直自分と比べても幼すぎるという印象が……
「私、アンタと同い年でしょうが……ッ!」
「あれー? そうだっけ? でもこうしてみると、本当にペッタンコなんだねぇ。寄せるものが無かったら、寄せてあげるブラなんて使っても意味ない―――」
「殺すわ!」
取っ組み合い、全裸のキャットファイトが始まった。
そんな2人を放っておいて、ルーテシア話を進める。
「ちなみに、この中で一番その翔さんと付き合いが古いのって誰なんですか?」
「あ、それは私ですよ」
「もちろん私ですよ」
「「「「うん?」」」」
雪菜と桜が同時に名乗りを上げる。
「えっと、桜さん、私ですよね? この島に来てからずっと私が一緒にいたわけですし」
「この島に来てからは、そうかもしれないですね? でも私、5歳のころに命を救われていますから。それからだと考えると、もう10年間ずっと……ということになりますよね?」
「う、っく……」
桜の言い分に、雪菜の勢いが弱まる。なお、一番早く召喚されたのは雪菜だったが、次に召喚されたクロとは数時間の違いしかなかったりする。なので、クロからしてみれば、
(桜はともかく、こんなことでムキになるのね。雪菜も案外そういうプライドがあったってことかしら)
と思ってしまうのだった。
雪菜にとっても翔にとっても、お互いがお互い初めての人なので、特別な人というのは間違いではないのだが。
「愛情を長さで捉えているようではまだまだお子様だろう」
ここに割って入るのはオルタだ。他人よりも色素の薄い肌がほんの少しだけ色づいている。
「その程度の些事でいちいち競うなど、程度が知れるぞ?」
「そういうオルタこそ、競い合っているのですが……」
ぼそりとセイバーが言う。どうやらこの2人、抜けているところが少しずつ違うらしい。オルタが姉なところがあれば、セイバーが姉なところもある。
言い争う姿を見たルーテシアは、ふと気になったことを尋ねた。
「ちなみに、誰も告白とかしてないんですか?」
ルーテシアの何気ない一言に、今までの言い争いが嘘のように静まり返る。
告白。もちろん罪の告白ではなく愛の告白だ。これにはどう答えたものか。翔はすでに少女たちの気持ちを知っている。それどころか体を重ねているのだ。しかしそれは他人には言えない特殊な事情があってのこと。
(((((ここは素直にしてないって言う方が……)))))
「何を言っている。私が一番であることには変わりないが、他の者も――――お、おい! 何をする!」
オルタが下手なことを言おうとした途端、全員で取り押さえにかかる。突然の無礼にオルタもそれ以上続けられなくなる。
「時間が関係していることで、わたくしが出遅れてしまうとは思いませんでしたわ」
「狂三ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいね?」
何かと余裕のあるアスナと狂三の2人は少し離れた場所から、事の成り行きを見守っていた。
「あらあら、わたくしにだって、そういうプライドはありますわ。アスナさんは違いまして?」
「そりゃあ、そうなんだけど……」
余裕の持ち方にもずいぶん違いがあるようだ。
「夜月翔がそんなに良い男性とは思えませんが」
「は? 何でよ」
その言葉に、辺りは再び静まり返ることになった。
今度は違う方面からの声だ。ヴィヴィオに引っ張られる形でみんなで入ることになったヤミである。アリアとは違った冷めた目で、会話を聞き流している。
その言い方に、クロはケンカ腰になる。意外にも、オルタは何も言わない。
「何か気に入らないことがあるわけ?」
「あるに決まっているでしょう……あろうことかあの男は、戦闘中に私の下着を覗いてきたんです」
「「「「「……は?」」」」」
あまりにも斜め上のカミングアウトに、全員の思考が真っ白になる。
「戦闘中にあんな屈辱を受けたのは初めてです。しかもその隙をついて攻撃してくるなんて……ッ!」
そんな昔のことをいつまでも、と思うかもしれないが、女性にとってその記憶は強烈だったというわけだ。
これはフォローできないと女性陣も苦笑いする。そしてお仕置き決定だ。
「あんなえっちぃ男のどこがいいのか私にはわかりません」
翔の名誉のために言うが、見ようと思ってみたわけではない。短いスカートで飛び回るヤミにも一定の責任はあるはずである。そして、闇の世界で暗殺者として名を馳せてきたヤミがパンツ程度で動揺するほうが悪いのだ。
「そ、そんなことないですよ!」
ここで気丈にも否定の言葉を上げるのは綺凛だった。立ち上がり、胸の前で両手を握りしめている。普段なら絶対に口を出したりしない。相手が多少知っている仲で、なおかつ翔のことでもなければ。
全員の視線が綺凛に集中する。興奮しているのか、その視線にひるむことはない。もっとも、
「翔さんに胸を触っていいって言っても! 触られなかったんですから!」
「「「「「ええええっ!!!」」」」」
そのセリフは言わないほうが良かったのかもしれないが。
「き、綺凛ちゃん? いつそんなこと言ったのかな……?」
こんなところにも伏兵がいた。や、いたのは綺凛の反応から丸わかりだったが、まさかそんな手段に打って出る性格だとはみんな思っていなかったのだ。
アスナも慎重になる。
ちなみに、綺凛のセリフを聞いても、『まさか翔は男の方が……?』とならないのは、当然のことだと言い添えておく。そして、その話を聞いて、女性陣にある種の安心感が芽生えた。複数の女性と関係を持っている翔だが、そういった線引きはしっかりとされているのだと。
「え、あれ? わ、私、いったい何を……なんてことを……あわ、わわわ、ぷしゅぅ」
真っ赤になった綺凛が、しぼんでいく風船のようにお湯に沈んでいく。
「わー! 綺凛ちゃんがのぼせたよー!」
「早く引き上げて! 溺れちゃうよ!」
周りにいた女の子たちが騒ぎ出した。
「なんて言うか……あの子、本当にすごいわね……」
「ねー、でもさ、結局付き合えるのは1人だけなんだし、これから大変なんだろうね」
恋する乙女のパワーに押されて途中から全く話に混ざれていなかったティアナと、そもそもあまり興味がないスバルはそんな感想を漏らすのだった。