「ヴィヴィオー、タオル置いておくねー」
「ありがと!」
リオから渡されたタオルで、体についた水滴を拭き取っていくヴィヴィオ。まだまだ起伏に乏しい、しかしスポーツ少女特有のしなやかな体は、川遊びの疲労をまるで感じさせない。
時刻はそろそろお昼になる。翔たちは、食事を作っていたメガーヌに呼ばれ、川遊びを中断してロッジに戻っていた。川遊びで冷えた体を温めるために、温泉に設置されているシャワーを浴びていたのだ。
ノーヴェやヤミがいるとはいえ、いたいけな少女たちが下着姿できゃぴきゃぴしている姿は、見る人が見れば卒倒してしまうかもしれない。そのくらい危険な光景が広がっていた。翔でも危ないかもしれない。
「やっぱりすごかったね、クロのお兄ちゃん!」
「そうだよね。あんな短時間で水斬りできるようになっちゃうなんて。私は1週間かかったのに」
「そりゃそうよ! なんたって、わたしのお兄ちゃんなんだからね!」
クロは誇らしげに胸を張った。翔と魔力補給してから、少し上機嫌になっている。
「違いますよ。私たちのお兄さんです」
対抗するようにティナが言う。こちらもキスしてから上機嫌になっている。
「高町ヴィヴィオ、先に行ってます」
「あ、はい! わかりました!」
もくもくと着替えをしていたヤミはそう言い残して、脱衣所を後にした。その後ろ姿を見ていたヴィヴィオは、頬に指を添えて首を傾げた。
「うーん……ヤミさん、楽しんでくれてるかな?」
「どうだろうね?」
「ヤミさん、クールな人で、笑ってるところ見たことないもんね」
「でも、翔さんと仲が悪いとは思っていませんでした」
ヴィヴィオたちは仲良くなりつつあると言っても、まだまだすべての心の壁を完全に壊せるほどではないのだ。
「先輩、何か怒らせるようなことしたんでしょうか……」
「ですが、翔さんがそんなことして、いつまでもそのままにしておくでしょうか?」
綺凛とアインハルトは首をひねっている。
事情を知っているクロとティナは、苦い顔で目を逸らしていた。ヤミは聖天子の暗殺未遂の犯人、一度は翔と殺しあった仲だ。もっとも、ヤミが嫌っているのはその時の『勝ち方』なのだが。
「どうせだったら2人を仲直りさせたいよね」
「そうだよね! せっかくの旅行なんだし、仲が悪いままじゃつまらないもんね!」
子供らしい単純な考えだ。人と人とのいざこざの厄介さをあまり知らないからこその、真っすぐな意見である。
いくらほだされているヤミといえども、正攻法で何でも言うことを聞くほどチョロくはない。
しかし、そこに人が加われば話は変わって来る。具体的には今まで訓練をしていた人たちが加われば。
「あっ! ママ!」
「ヴィヴィオ! みんなはもうお風呂入ったの?」
今回の教官である高町なのはを先頭に、トレーニング組が脱衣所になだれ込んでくる。
午前中の基礎トレーニング(走り込みや柔軟などの体作り中心のメニュー)を済ませたこちらのグループも、お昼ご飯前に一度汗を流そうとここに足を運んだのだ。
「うん! もうみんな上がったよ!」
「夜月君はもう外で準備してたから、ヴィヴィオたちも手伝ってあげてね。お料理はもう出来てるから」
「「「「はーい!」」」」
元気な返事を返す子供たち。と、ここで、ヴィヴィオが気が付いたように言う。
「お姉さんたちに、少しご相談があるんですけれど、いいですか?」
「もちろんいいよ。何かなヴィヴィオちゃん」
アスナが笑顔で応じる。
「翔さんとヤミさんを仲直りさせるにはどうすればいいでしょうかっ!?」
「「「「あ~……」」」」
皆が言葉に詰まる。1日目の入浴で聞いた話によると、だいぶ根に持っていることがわかっている。翔の家でも、あまりなじめていない部分がある。逆にどうやって仲良くなったのかを、ヴィヴィオに聞きたい気分だ。
「そうですわね、そろそろヤミさんにも心を開いてもらわないと、皆さんもそう思いませんか?」
「え、あ、まあ、そうは思いますけど……」
自信満々に言う狂三に対して、雪菜は言外に『具体的にはどうやって?』と告げている。
「それはもちろん、いかなる手段を使っても、ですわ。わたくしとしたことが皆さんと過ごすうちに、考え方がずいぶんとお利口になってしまっていたようですわ」
何人かが、君はいったい今まで何をしていたんだと言いたげな顔をする。
そして何人かは、これは何か始まったなという顔をする。
「時崎さん、何か考えがあるんですね!」
「はい―――翔さんとヤミさんを仲良くさせたい。気持ちを同じくする同志として、わたくしも協力させていただきますわ」
「ありがとうございます!」
狂三とヴィヴィオががっちりと握手を交わす。すかさずアスナは狂三に確認を取る。
「狂三ちゃん? わかってるとは思うけれど」
「はい。相手は子供。『そういう』作戦は取りませんわ」
「それなら、いいけれど……」
アスナはヤミの態度と、狂三が先頭に立って何かをするというリスクを比べ、折れた。
「話は聞いた」
「耀さん、あなた何処から……?」
「私の面白そうなことを嗅ぎつける能力を甘く見ないでほしい」
「みんなで頑張りましょう!」
「……本当に大丈夫でしょうか?」
「……わかんない」
やる気満々の耀も加わり、作戦が開始されたのだった。
――――――――――――――――――――――
「何か企んでるだろ」
「何を言っているのかわからない」
風呂から上がってきた耀を見て、開口一番に断言する。
「バレバレなんだぞ。先に上がってきてた子供達の中にいるからな」
俺達の方をちらちら見てくすくす笑ってるんだ。絶対何かあったはずだ。そう俺『達』の方を見て、だ。ヤミと交互に見られているんだよ。
ほとんど勘だけど、この世界に来て鍛えられた俺の勘はバカにできないぞ。
「強引な推理だね。らしくないよ。自信過剰なのはいつものことだけど」
「あっそ、了解了解。そこまで言うなら、そういうことにしようか」
何を言っても白状することは無いんだろうな。何をされても俺は動じないし、何ならその前に看破してやろう。
「ほら、みんな座って。ご飯出来たんだから、いただきますしよ!」
「「「「はーい!!」」」」
子供たちは元気に返事をする。
昼は外にあるテーブルで食べることになっている。長い机にはお昼ご飯の焼うどんが大皿に山盛りになっている。椅子は丸太を縦切りにしてそのまま横たえたような、長いものだ。
座る場所は特に決まっているわけではないが、昨日や今日の朝では年代ごとに固まることが多かった。多かったんだけど……
「はいはい。詰めて詰めて」
「はいはい」
「ごめんなさい、ヤミさん! もう少し横にずれて下さい!」
「……わかりました」
横から耀に押され、どんどん席の真ん中へ。隣の人と肩が触れるほど近くになってしまった。
「……」
「……」
言った通り、片方の隣は耀だ。どんどん俺を押してきた、何か企んでいる問題児。そしてもう片方の隣は、ヤミだった。
ヴィヴィオに押されてここまで流されてしまったようだ。俺と同じように―――
ッ! なるほど、そういうことかッ! もうすべてを察してしまった。
偶然こうなるとは考えにくい。ヴィヴィオが協力しているのは、ヤミ越しに見えたあの顔でわかる。つまり俺とヤミの仲をどうにかしよう、みたいな話になったんだろう。
そして耀が悪ノリしたと。そういうわけだ。
「……あまりくっつかないでください」
「悪い悪い」
ヤミも察したようだ。居心地が悪そうに身じろぎしている。
「高町ヴィヴィオ、あなたは余計なことを……」
「まあまあ! 翔さんとケンカしてるなら仲直りしましょうよ! ね!」
真っすぐすぎる言い方に少しめまいがしそうだ。最近アインハルトと仲良くなったという例があったからか、積極的だ。
「仲良くするか?」
「お断りします」
作戦は全く効果がなかったのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「いやー、本当に助かるわ。こんなにたくさん来てくれるなんてねー」
「今日のお買い物は荷物持ちがいるからねー」
「おいルーテシア、俺しか見てないのはなんでだ。追加された人材は俺だけじゃないだろ?」
「え?」
え、じゃねーだろ。真顔で首を傾げるんじゃないよ。
俺達は今、夜ご飯の買い物をするために、車を使って街まで買い物に出かけている。本当だったら、午後の訓練に参加する予定だったんだけど、高町さんに『×』を出されてしまった。
なんでも、午後の訓練は午前の訓練をベースにやりたいからとかなんとか。今朝聞いたときはいいって言われたのに。どういうことなんだろうか……なんて考えるまでもない。高町さんもグルだってことだろうな、この作戦の。
付いてきているメンバーを見ればわかる。
メガーヌさん運転のワンボックスカーに乗っているのは、俺、メガーヌさん、ルーテシア、ヤミ、ヴィヴィオちゃん、テスタロッサさん、耀だ。
なるべく一緒に行動させて、仲良くさせようという魂胆なのだろう。
周りのほとんどが仕掛け人と言ってもよいこの状況。ヤミはヤミで警戒している。
なぜかテスタロッサさんもこっちに付いてきている。訓練しなくても良いのだろうか。
「高町ヴィヴィオ、あなたの考えはわかりました。しかし、もうやめてください」
「ぇ、でも……」
ヴィヴィオが目尻を下げると、ヤミはバツが悪くなったのか目をそらし気味に
「別に夜月翔のことを信用してないわけではありません」
「え、そうなんですか?」
「悪人だとは思っていないというだけです。そもそも、相手が悪人だろうと善人だろうと、私は特に興味がありませんから」
ヤミはヴィヴィオたちに、自分のことをどのように話しているのだろうか。暗殺者だったことは話しているのだろうか。
「ふーん、じゃあどうして翔を嫌ってるの?」
「女性に対して淫らだからです」
「はい、やめようか」
ここにいるのは関係者じゃない方がほとんどだ。一緒に住んでいるヤミには俺たちの間柄は筒抜けだろうし、下手なことを言われたら困る。
「いやいやいや、ここはすっきり出し切ってもらわないと」
「耀、お前……っ、わかってるだろ……!」
こ、の、問題児めぇぇぇっぇ!! 俺を破滅させるつもりか!
「全然わからない。さあさあ、続きをどうぞ」
「それ以上でもそれ以下でもないです。戦闘に関しては信用しています。それ以上何が必要ですか?」
「好感度?」
「春日部耀、冗談でもつまらないですよ」
もうここまでくると、仲良くなるのは不可能なんじゃないの? そう思えてしまう。
みんな忘れているかもしれないけど、こっちはつい数か月前まで一般人だぞ。暗殺者として生きてきたヤミ相手だと、余計にそう思ってしまう。
「へぇ~、やっぱり翔君はモテるのね~」
「はい。モテモテです」
勘違いするなよ。これは耀のセリフだ。
「そうよねー、昨日のBBQでも話してたのよ? あの子モテモテねって。でも女の子には誠実な態度を取ってあげてね?」
誠実とは俺から最もかけ離れた言葉だ。
「誠実にね」
「おめーうるさいぞ」
後ろから茶化してくる耀にデコピン。ヒラリと躱される。
「じゃあ、どうやってヴィヴィオちゃんは仲良くなったんだ?」
話を変える意味で、今まで触れてこなかったところに触れてみる。
「そうですね……そう言われると難しいです……きっかけは間違いなく、覗きの犯人を捕まえた時ですね!」
「……かもしれませんね」
ヤミも言葉短く同意を示した。
覗き事件とは、ノーヴェさんが連れて行っていたプールで起こった事件らしい。そこはお風呂やサウナも完備されている場所らしく、ヤミもそこは頻繁に利用していたようだ。
「つまり一緒に事件を解決すればいいってこと?」
「そう簡単にはいかないだろ。おい、やめろよ問題児」
そうしているうちに、俺達の乗った車は街に到着するのだった。
―――――――――――――――――――――――――
大きな駐車場に翔たちが乗った車が入ってきた。このリゾート地で一番大きなデパートの駐車場はそれに見合ったサイズを持っている。
意外と空いている駐車スペースに止め、翔たちは順番に車から降りていく。
そんな翔達を観察する目があった。ミラー越しにいる人影は3人。そのうち2人の目には深い憎しみの色が見える。
そんな目線に気が付くことなく、幸せそうな家族そのものといった様子の一行。家族というには男女比の偏りがひどいものであるが。
それを見た2つの影は歯ぎしりと恨み言を漏らす。
「やっと見つけたよぉ、金色の闇……っ!」
「金色の死神め……あの日の借りを返してやる……ッ!」
金色の闇はヤミのこと、金色の死神はフェイトのことだ。どちらも、裏の世界で恐れられている2人の異名である。
ヤミに恨みがあるのは、女性だ。女性にしては上背があり、体にも細かい傷がいくつもある。そんな褐色の張りのある肌を、惜しげも無く晒すような煽情的なデザインの服に身を包んでいる。
フェイトに恨みがあるのは男性だ。その男性は対照的に、最前線で戦う兵士のように全身に装備を身に着けていた。片目はつぶれているのか眼帯を付けている。歴戦の兵士だ。
「どっちも金色つながりで恨みを持ってるんだね~」
そんな2人とは対照的に、軽い感想を持つ女性が1人。黒いフードを被った小柄な影があった。フードの首元には穴が開いている。そこから、長い赤毛の三つ編みが尻尾のように揺れていた。
服装はもう1人の女性のように過激だった。黒を基調とした戦闘服。どことなくヤミと似た雰囲気を感じるが、彼女とは違い、おへそを出し、下はホットパンツだ。
「当たり前だろ! あいつのせいで私がどんな目にあったか……っ」
「仲間全員をあいつに奪われたんだ!」
明らかに場違いなテンションで話しかけてしまったせいか、食いつかれてしまう。
「フン……まあいい。それじゃあ、手筈通りにやるよ」
「ああ。俺の獲物には手を出すなよ?」
「あんたこそ、忘れるんじゃないよ。復讐出来るのは私の能力のおかげってことをね」
言い争う2人を見て、赤毛の少女は首を傾げた。
(復讐出来るのって、マスターが今回の旅行の情報を掴んだからじゃないの?)
(ふっ、細かいことは気にするな。好きにやらせればいいさ。お前もうまくやれ)
(はーい)
血走った眼をした2人を視界から外し、赤毛の少女は歩き出した。
最後に出てきた人のうち男性はオリキャラです。特にモデルはありません。