「ルーテシアッ! そんなこと止めなさい!」
「だから動くなって言ってんだろうがババア! こいつは脅しじゃねーぞッ!」
ルーテシアは持っているナイフを自らの首筋に添えた。薄皮が切れ、少量だが血が流れ始める。アゼンダが一声かければ、赤い液体をまき散らしてしまうだろう。
「ッ! わ、わかったわ。言う通りにする。言うとおりにするから……っ」
「てめぇは何もしなければそれでいい。ただ、次動いたときにはそこのガキがどうなるか、わかるよなぁ?」
メガーヌは苦々しい表情で頷いた。拳を握り締め、体を震わせている。本当なら、今すぐにでも飛び出したいのだ。
しかし、背中に感じる耀の重みがギリギリのところで体を押しとどめていた。
遠くでは銃撃の音が聞こえてくる。
「っち、アイツ、無駄弾撃ちすぎて、負けんじゃねーぞ。あたしは責任取らないからな」
そう吐き捨てるアゼンダに襲い掛かる影があった。
「おっと、危ない危ない」
隙をついて殴り掛かったヤミだったが、間に入ったヴィヴィオに簡単に受け止められてしまった。
「おいおい、言ったよな。金色の闇の凌辱ショーの始まりだって。テメェはもう食材なんだよ。私に調理される肉袋なんだ。わかるか?」
「……承諾した覚えはありません」
「違うんだよな。そうじゃないんだよ、金色の闇。この世界に来て、最初にこの小娘をブン殴れなかった時点で。もうテメェは承諾してるんだよ」
ヴィヴィオの膝蹴りが、ヤミの内臓を圧迫した。大切な臓器が嫌な悲鳴を上げる。
操られている状態でも、身体能力を魔力でサポートすることはできる。ヴィヴィオはストライクアーツとしての、スポーツとしての格闘技は好きでも、何の意味もない暴力を振るうことは絶対にない。
「―――か、はっ」
今までになく無防備に、攻撃を受ける態勢になっていなかったヤミ。蹴りの衝撃でつま先が地面から離れる。
着地した両足には力が入っていない。お腹を押さえその場に四つん這いになった。悲鳴すら上げることができず、ひたすらに空気を取り込む。
そんなヤミの傍らに、アゼンダはしゃがみこんだ。
「助けは来ないよ。お前と仲良くしてるあの男も、今頃は別の奴に襲われてるからね」
「仲良く、なんて……してません……っ」
「へぇ? そうかいそうかい。そいつはアテが外れたね。まぁ、万に一つも、自力でここにたどり着けるわけがないけどね」
やけに自信たっぷりに言う。
「ここは私が作った世界。私のスタンド、『マン・イン・ザ・ミラー』の作り出した鏡の中の世界さ!」
「スタンド……!?」
レット・ホット・チリ・ペッパーとの苦い戦闘の記憶が蘇ってくる。高圧電撃によって、一時的に
しかしあの時とは違い、電撃は浴びていない。
「言っているだろう? ここは私の世界だ。出るものも入るものも、私が決めることが出来る。
いったいどういうことかと首を捻るばかりのメガーヌ。アゼンダは理解が足りないと首を振る。
「私が何のためにお前達をここに引き摺り込んだと思う? お前達と一緒に『闘えるモノ』を引き摺り込んじゃあ、私が危険になっちまうだろう?」
「闘えるモノ?……ッ!? ま、まさか!?」
やっと自分の置かれてる現状を把握したのか、メガーヌは顔を真っ青にした。
メガーヌが少し息苦しいと感じたのは、普段から少しとはいえ、魔力のサポートによって体をサポートしてたから。
耀がいきなり体調を崩したのは、
ヤミが
「ここには、私が許可した力以外は入る事は出来ない……お前達の『本体』だけを入る事を許可した……他の特別な力は一切許可していないのさ……安全で無敵に振る舞える『鏡の中』……それが私のスタンド―――」
スタンドのヴィジョンが現れ、ヤミの顔面を蹴りぬいた。
「あぐっ!」
「―――『マン・イン・ザ・ミラー』だッ!!」
地面に転がるヤミ。真っ白だったワンピースは、すっかり汚れ、破れてしまっている。そればかりか、下半身が危険なところまでめくれてしまっているが、ヤミには気にする余裕はない。
「前に戦った時は、もっと冷たい機械みたいなやつだった。それが何だい―――」
アゼンダはヴィヴィオの顔を舐めるように触る。顔を近づけ、豊満な肉体にふさわしい肉厚な舌が、ヴィヴィをに触れそうになる。
「こんな小娘に絆されちまって、こんなに無様な姿になってる。ハハッ! 笑いが止まらないってのはこのことかね!」
それを見たヤミは、握りしめた拳を地面に叩きつけつつ、震える足で立ち上がった。ダメージは大きいようで、まだお腹を押さえている。
まだ抵抗する意思があるヤミを見て、この世界の主であるアゼンダは嗜虐的な笑みを浮かべた。
一思いに楽にしてやろうなんて気持ちは微塵もなかった。時間の許す限り、思いつく方法の限り、徹底的に壊してやろう。
「ただ殺すだけじゃ満足できない―――見せてもらおうか、金色の闇の泣きっ面をねぇ……!」
応戦するヤミの動きは、ずいぶんと重くなってしまっていた。
――――――――――――――――――――――――――――
フェイトは銃口から逃れるために、商品棚に身を隠していた。突然放り込まれた、左右反転した世界。戸惑いはあったが、銃を持った巨漢の男に襲われれば、ゆっくり考えている暇はない。
フェイトは男の顔に見覚えがあった。六課結成前に捕まえた犯罪者グループの1人。単純に利益でつながった集団ではなく、家族1つが丸々犯罪者グループになっているのだ。
残念ながら、1人捕まえ損ねてしまったが、一番厄介だった母親を捕まえ、現場を引き継いだ。
襲われる理由は復讐だろうということはすぐに分かった。そして、やり残した仕事を終わらせる良い機会だということも。
しかし、
(全く魔力を感じない……私の体、どうしちゃったの?)
反撃しようにも、向こうは完全防備。対するフェイトは、相棒のデバイスであるバルディッシュが手元になく、一番の力であった魔法を使えない。
(デバイスがなくても魔法は使えるはずなのに、こんなことって……)
なぜ襲われているのか、一緒にいた翔は無事なのか、そういう思考は、目の前に転がってきた手榴弾で強制的に終わりを迎える。
「ッ!!」
いつもならバリアジャケットとプロテクションで防いでいるが、今は生身だ。転がるように回避する。しかし、動きやすいとは言えないデニムパンツだったため避けきることが出来ず、破片が足に突き刺さった。
(大丈夫、深くないッ!)
多少の痛みは感じるが、動けないほどではない。
煙が晴れてくると、走って近づいてくる足音が聞こえる。大量の装備を持っているため、静かに襲い掛かろうというつもりは全くないのだ。
(だったら、何か他の物を武器に……っ!)
周りには様々なものがある。商品棚に陳列している物を投げつけるだけでも、目くらまし程度にはなるだろう。
(どうして!? なんで動かないの!?)
押しても引っ張っても、最後までチョコたっぷりなお菓子の箱はびくともしない。
それもそのはずだ。『マン・イン・ザ・ミラー』の中にある物体は、本体であるアゼンダかマン・イン・ザ・ミラーのスタンドヴィビョンしか動かすことしかできない。
そしてアゼンダは、鏡の中に引きずり込むときに、入る対象を決めることができる。
『マン・イン・ザ・ミラー』の中には、本体であるアゼンダが許可したものしか持ち込む事が出来ない。それは物理的なものだけではない。フェイトの魔力、デバイスの機能、戦うための武器がことごとく封じられていた。
ただしそれは、男が持っている武器についても同じだ。これらはすべてアゼンダが許可したものだが、すべてを使い切ってしまえば、仲間である男も丸腰になる。
男もそれはわかっている。ゆえに、アゼンダのように遊ぶようなことは無い。
魔力が使えなければ、男とフェイトの条件はフラット。そこにスタンドの仕組みをあらかじめ知っているという強みが合わされば、男に負けはない。
「無駄な抵抗はやめたほうが自分のためだぞ、金色の死神」
「くっ……!」
油断なく銃を突き付けてくる男。装填されている弾丸は、1秒とかからずフェイトに無数の穴をあけるだろう。
肉食獣に睨まれたように動けなくなるフェイト。
「すごいものだな、スタンドというのは。あの金色の死神が目の前に這いつくばる日が来るとは……ようやくだ。ようやく家族の仇を取ることができる」
「(スタンド……こんなところでも)やはり、家族の敵討ちが目的ですか!」
武器は何もなくとも、スタンドという言葉に不安になりそうだった心を押さえつけ、気丈に男をにらみつけるフェイト。
「こんなことをしても無駄です! 私を人質に取ったとしても、捕まっているあなたの家族を釈放することなんて……」
「勘違いするな。釈放のために力を尽くすのはお前たちの方だ」
「え?」
男の言っていることをフェイトは理解できない。
「従えないというならしょうがない。お前は、俺と同じように家族を失うことになる」
「ッ! あ、あなたは……っ!」
「調べはついている。この旅行に、この場にお前の娘がいることはな。そして、あの女は貴様の娘もこの世界に捕らえる」
「ヴィヴィオは関係ない! 何かするなら私だけにして!」
「先に仕掛けたのは貴様だ。俺から家族を奪ったのは。ならば、同じ目にあってもらわなければ対等とは言えない」
勝手すぎる言い分だ。そもそも、男の一家が犯罪者でなければ捕まえられることは無かったのだ。
だが、価値観の違う相手に常識を解いても仕方がない。
交渉の余地はない。
武器のない状態でも、どうにかしないといけない。
フェイトの視界に閃光が走った。次いで感じるのは生暖かい、ぬるっとした液体。それが、右肩から流れてくる。
「―――っ!!」
男は何のためらいもなく引き金を引いていた。
「殺しはしない。ここは確かにあの女の無敵の空間だが、どういうところからボロが出るかわからないからな」
「ぅ、ぐぅぅっ」
右肩の銃創を抑える。唇を嚙み、悲鳴が漏れないようにする。額には脂汗が浮かび、視界がにじんでくる。それでも、視線だけは外さない。
「抵抗されては面倒だからな。四肢は使い物にならなくしておくとしよう。場合によってはこの後すぐに、エース・オブ・エースともやり合うかもしれない」
「なのは……っ!」
この場にいない幼馴染の顔が頭に浮かぶ。
しかし、彼女がここにいたとしても、状況は変わらなかっただろう。フェイトと同じく魔力を主戦力としている彼女では。
次いで思い浮かんだのは、つい先ほどまで一緒にいた男の子だ。スタンドが出たら自分に任せろと言った男の子。
「次はここだ」
右足に向けられた銃口が、火を噴いた。