現実世界に吐き出された男は、人のいなくなったお店から脱出していた。目立つ装備はすべて捨て、最低限の装備だけを持って。
鏡の世界から強制的に吐き出されたということは、アゼンダに何かあったのか、それとももう用済みだと判断され捨てられたのか。
どちらにせよ、この場に留まっているのは危険すぎる。
「アゼンダはもちろん、あの女とも連絡が取れない……クソッ!」
逆探知の危険を考え、端末も捨てる。今回の計画のために使っていたものだ。惜しくはない。
アゼンダと男が島に来れたのは、赤毛の少女の手引きがあったからだ。フェイトによって壊滅した犯罪者グループの生き残りには、指名手配をかいくぐって装備を整える余力などなかった。
「とにかく、この場から離れなければ。援軍を呼ばれれば逃げ切れない」
アゼンダのスタンド能力さえあれば、その援軍すらも全員無力化出来ていた。だが、無いものねだりしていてもしょうがない。今回の作戦は失敗だったと諦め、次の機会をうかがうしかない。
問題は、すっかり人払いされてしまったこの場所から、どう逃げ出すのかということだ。虎の尾を踏んでしまった男が、逃げきれるのかということだ。
着実に狭まっていく包囲網。翔が連絡してそこまで時間は立っていないはずだが、よほど優秀な人間がいるらしい。男には心当たりがあった。
とうとうその時が来た。
「管理局の高町なのはです。少しお話、よろしいでしょうか?」
白を基調としたBJ(バリアジャケット)に身を包み、手には科学による魔法の杖、レイジングハートを持つ、犯罪者の恐怖の象徴、高町なのはが空から降りてきた。
男は震えそうになる声を押さえつけ、出まかせで乗り切ろうとする。
「ッ!! (し、白い悪魔だと!? よりにもよってこいつに見付かるなんて……ッ!!)い、いや、避難勧告も出ている。ここで立ち話というのは少々危険なのでは?」
「問題はありません……画像照合、終わりました。あなたを拘束します」
「クッ―――なっ!!」
なのはには最初から話し合う気などなかったのだ。
桃色の輪っかが、男の体を拘束していた。すっかり簀巻きにされ、身動き一つとれなくなってしまった。
拘束用の『バインド』の魔法、魔力を使った手錠だ。込める魔力によって性能が変化する。なのはの魔力で編まれたバインドで拘束されてしまえば、逃げ出すのは不可能だ。
しかも、この量は普通に拘束する時に比べても明らかに多い。どれだけ気合が入っているのか分かるというものだ。
絶対に逃がさないという鉄の意志が。
男は身動きが取れない以上に、なのはの意思に圧倒され、逃げるという選択肢を取れなかった。
「こちら高町なのは。目標の人物を捕えました。これより連行します」
男は引き渡されるまで、全く抵抗することは無かったのだった。
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俺が戦った少女と、フェイトさんを襲っていた男を取り逃してしまったとはいえ、俺が関われることは終わりのようだ。
訓練を切り上げて駆けつけてくれた高町さん達が、あの後すぐにその場を引き継いでくれた。俺は気絶したアゼンダを送り届け、事情聴取に応じる形になった。
特にアゼンダは拘束してもスタンド能力で逃げてしまうため、鏡のない部屋に閉じ込める必要がある。そのあたりの説明も必要だ。
それにしても、今回は3人中2人を取り逃してしまうとは。何たる失態……でもないな。こんな街中で襲われて死者が0人だったんだ。戦っているんだから、多少のケガで落ち込んではいられない。
ま、ウォズを名乗るあいつがいなかったら、死んでいた人がいたのは間違いない。それによる二次破壊も。すごい微妙な気持ちだ。次に会ったら話さないといけないことがたくさんだな。
怪我人はヤミとテスタロッサさん―――もといフェイトさんの2人だ。
フェイトさんは肩を撃たれていたため、すぐに病院に行ってもらわなければ。フェイトさんのことを見た高町さんの顔は……まあ、敵に回したくはないとだけ言っておきましょうか。
そしてもう1人の怪我人のヤミだけど、彼女も病院行きだ。でも、フェイトさんとは違い、そこまで深い傷はなかった。外から見ると痛々しいけど。
戦っていた俺たちは、そろって救急車に乗って移動した。ちなみにアゼンダも。俺の攻撃で顔を火傷したからな。
みんな揃って治療を受けている間、俺は聴取を済ませた。
途中、男の方が捕まったと連絡が入ったが、結局俺が戦った少女が捕まることは無かった。あのメンバーでも捕まえることが出来ないとはね。
洗脳されていた2人には特に傷はなかった。アゼンダが気を失ったことで、能力も途切れたんだろう。
「1日が終わるねー」
「そうだなー」
せっかくの旅行の午後を丸々消費してしまった。あいつらマジ許さない。
今は病院のソファーに座って、耀と一緒にぽかーっとしている。
「全く、とんだ目に遭っちゃったわね」
「そうですね……ヤミさん、大丈夫かな……」
首に傷が残らないようにテープを張っているルーテシアは、すでにケロッとしている。図太い根性してるよ。母親のメガーヌさんは、すでに帰って夕飯の準備だ。買い物どころではなくなってしまったため、残っている材料で何とかすると言っていた。
対するヴィヴィオは見るからに気分が下がっている。もうサゲサゲだ。
操られていたんだからしょうがないが、ヤミをぼこぼこにしたんだ。それも、試合じゃなくてただの暴力で。気分も落ち込むというものだ。
処置が終わったヤミが、角から顔を出した。
あの白いワンピースはすでにボロ布になっていたため、お店から適当に買ってきた紺のジャージを着ている。
「もう少し良いの無かったの?」
「贅沢言ってるんじゃないよ」
まさか、そういうのに無頓着な耀にも微妙な顔をされるとは。でも、ヤミにもこだわりはないだろ。将来的にはわからないけど今は。
ヤミは俺達、正確にはヴィヴィオを見て、こちらに走り寄ってきた。座っていたヴィヴィオも立ち上がる。
「ヤ、ヤミさん! お身体は……うわあ! ヤミさん!? ど、どうしたんですか!?」
そのまま、ヴィヴィオの背に両手を回して力を込めた。
「良かった……! あなたが無事で。本当に良かったです……!」
「……はい。ごめんなさい。私のせいで、ケガさせちゃって」
「違います。私のせいなんです。今回あなたが狙われたのは。全部私のせいで……っ」
涙こそ流していないが、その声は震えている。しばらくするとヤミは体を離す。
「夜月 翔。ドクター・ミカドには申し訳ないと言っておいてください」
「出ていくつもりなのか?」
「え!? そ、そんな!?」
今度はヴィヴィオが涙目になる。出ていくという言葉だけですべてを悟ったらしい。聡い娘だ。
「今回のことでよくわかりました。やはり私は、こんなところにいるべきではありません。周りに迷惑が掛かります」
「そんな! 全然迷惑なんて思ってないですからっ! 夜月さんも止めてくださいっ!」
「どうしてもって言うなら、止めないけど」
「ちょ! 翔さん!? どうして……っ」
「……」
どうしてもこうしてもない。
「俺だって、いつまでも守ってやることは出来ないからな」
「守る? あなたが、私を?」
わざと少し挑発する。
「今日の戦いを、それ以外の言葉でどうやって表現すればいいのか、俺にはわからないな」
その言葉にヤミは悔しそうな顔をする。言ってる俺も俺だけどな。さっきも言った通り、今回みんなが助かったのはウォズのおかげなんだから。でも、使えるものは有効に使ってやるさ。
「ヤミが昔のあれこれで狙われるのはわかった。で、今回怪我人も出たよ。でも良かった」
「良い……っ!? そんな馬鹿な! 怪我人が出たんですよ!」
「怪我が良いわけじゃない! 誰も死ななくて良かったって言ったんだ」
「ッ!!」
叫んだ俺に全員が怯む。
「出ていくのは勝手だ。でも、今回逃げた奴がヴィヴィオの情報を流したら、お前を狙う奴が利用するかもしれない。いてもいなくても、狙われるのは変わりないんだよ。ここにいてもいなくても、変わらないんだ」
「それ、は……」
こんな簡単なこともわからなかったんだな。今まで、ずっと一人だったから。
「1人って楽だよな。何をしても全部自分のせいで済む。でも、もう無理なんだよ。昔みたいな一人に戻るのは。周りと関わったんだから。不自由な関係を持ったんだ」
不自由かもしれないが、心地よい関係を築いていたんだ。一度築いてしまえば、そう簡単に捨てられるものではない。ヤミのような娘であればなおさらだ。
「じゃあ、どうすれば」
「守ればいいだろうが」
「人を守るということですか?」
最終的にはそうなってほしいとは思うけど。
「違う」
今は否定しておく。
「ヴィヴィオを守るんだよ。お前はヴィヴィオを守るだけでいいんだ。わけわからない他人を守れって言ったって、ヤル気でないだろ」
そんなこと出来るのはもっとお人よしなヤツだ。ヤミは違う。
「周りは気にしなくていい。それは俺が「俺たちが」……俺たちがカバーする」
耀が俺の間違ったところを訂正してくる。
「小難しいことは考える必要はない。本人の我が儘が、一番の正解だ」
「我が儘が……」
ヤミはヴィヴィオに向き直った。
「高町ヴィヴィオ、ごめんなさい。これからも迷惑をかけることになるかもしれません。ですが私は、この関係を投げ出したりしません。だから、その、これからも……」
「はい! 仲良くしてくださいね!」
ヴィヴィオは目尻に浮かんだ涙を拭い、今度はヴィヴィオから抱き着いた。
「悪い男だね、翔は」
「うるさいぞ」
「そうやって女の子を落としてるんだもんね」
「はいはい」
ルーテシアと耀、いたずらっ子が2人揃うと相手をする俺も大変だが、もうその程度では慌てないのである。
「む、つまらないなー」
「ま、ヤミさんに言った通り、私たちのことは守ってくれたもんね?」
「もうボロボロだった私を助けてくれたよねー?」
「まあ……」
スタンドがなければ、今回の戦いはどれだけ楽だったか。結局のところ、俺達異邦人がこの世界に迷惑をかけているんだもんな。
「やらなきゃいけないって気持ちになるさ。誰だって」
結果論じゃない。次こそはしっかり守ってみせる。
――――――――――――――――――――――
アゼンダは、反射するものがない特別な部屋に閉じ込められていた。そのせいで、マン・イン・ザ・ミラーを使って鏡の世界に逃げることも出来ない。これは翔のアドバイスのおかげだった。
「いったい何が……」
何やら外が騒がしい。
やがて、騒ぎの大元が姿を現した。
「ッチ、クソが。あんたかい」
「こんにちは、暴虐のアゼンタ」
扉の上部にある小さな窓から見えたのは、赤毛の少女だった。
「まさか、あんたが助けに来るとはね。それとも始末しに来たのかい?」
「そんな顔しないでよー。どっちかって言うと助けに来たんだよ?」
わざわざ、暗殺に失敗した暗殺者を救出するなんて、そんなリスクのあることを行うわけがない。そもそもアゼンダと少女は仲間ではないのだ。お互いに利用しあう、ビジネスパートナー。
「けっ、そうかいそうかい。あの男も助けるのかい?」
「ううん、あっちの方は助けろとは言われてないかなー。それに、あなたを助けに来たっていうのも、正確じゃないんだよね。どちらかというと、あなたの能力を回収しておきたいと思って」
「なんだと?」
扉がブチ壊される。バトルスーツ姿の少女が一歩踏み出してくる。いつもと違うのは、手に見慣れない装置が付けられている点だ。
「じゃ、返してもらうね」
「ま、待って―――」
アゼンダの意思は聞いていなかった。
丸腰のアゼンダに抵抗は出来なかった。頭に刺さっていたDISCを抜き取られ、気を失う。
(メア、そろそろ脱出しろ。時間をかけすぎだぞ。港に向かえ。篠ノ之博士が待っているぞ)
(はーい、マスター)
メアと呼ばれた少女は元来た道を戻るようなことはせず、変形させた腕から撃ち出したバスターライフルで道をこじ開ける。
外はすっかり暗くなっている。
(それにしても、どうしちゃったんだろうね、お姉ちゃん。変身能力が使えないからって、こんな奴に負けちゃうなんて)
(予想以上に高町ヴィヴィオへ気を許しているのだろう。日々の生活も影響しているのかもしれないが)
(試しに高町ヴィヴィオを殺してみる? そうすれば、元に戻ってくれるかも)
(その場合、金色の闇と我々の対立は避けられなくなるだろうな)
(そっかぁ……じゃあやめたほうがいいかもね)
複数人の足跡が、どんどん部屋に近づいてくる。
「また会おうね。お姉ちゃん」
夜に身を躍らせ、闇に溶けていくのだった。
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また別の場所、ビルの上から眼下の雑踏を見下ろす男がいた。翔にジクウドライバーを渡した男―――ウォズだ。
「かくして、夜月 翔は予定よりも早く仮面ライダージオウの力を手にした。そのおかげで助かった命があり、回避された悲劇があった」
ウォズの持つ本には今回の事件の顛末が書かれていた。フェイトが助かり、ヴィヴィオとルーテシアの洗脳が説かれ、ヤミが自分の在り方について考えるようになり、翔が敵を打倒した。
それとは真逆のことが書かれている。分厚い本に記されているのはこの世界の出来事ではなかった。
「これからの悲劇すらも打ち砕けるのか……ただ、一つ言える事は―――彼の歩むべき覇道には、多くの困難が待ち受けているということだ」
楽しそうに言うウォズの体は、徐々に透けてその場からいなくなった。