訪れる転校生
結局、家でゆっくりしていることが、一番体を休めることに繋がった。旅行に行っているはずだった残りの日数、家でゴロゴロして過ごしたのだ。
そして、久しぶりの登校日になった。全員が制服に着替え、次々に学校に出発する。
クロとティナはヴィヴィオちゃん達との待ち合わせの場所に向かい、中等部ということで意外に仲が良い雪菜と耀は、嫌々な耀の腕を引っ張り家を出た。一番多い高等部組は俺、アスナ、狂三、アリア、理子、桜。そして、
「行きましょう」
「おう」
防弾制服に身を包んだヤミだった。学校に行くのは嫌々、しかも、行く時は絶対に1人で家を出ていたヤミだったが、今日はみんなで行くことになった。
旅行は散々な結果に終わったけど、こうした変化があったのは、良かったのかもしれない。前に比べれば、絶対に良くなっている。
「じゃ、行ってくる」
「はい、気を付けて」
「何かあったらすぐに呼べ」
あ、ちなみに、セイバー2人組はお家でお留守番です。サーヴァントを学校に編入させるの
は無理でした。
「最近、扱いが雑じゃないか?」
「同感です」
――――――――――――――――――――――――
俺達が学校に到着したのは、始業時間ギリギリだった。席について一息つくと、時間丁度に先生はやってきた。
しかし、やってきた先生は、教室にいる誰よりも小柄な女の子だった。
「さっさと席に着け、馬鹿ども」
とても教師とは思えない高圧的な言葉とともに教室に入ってきたのは、俺たちの担任である『南宮 那月』だ。
自称する年齢は26歳だが、背格好はギリギリ中学生に届くかどうかというもの。その童顔をこれまた教師とは思えないほどフリルとレースをあしらった黒のワンピースが飾っている。見ていてこっちが暑くなってしまいそうだ。本人は汗一つかいていないというのだから、卑怯である。
陰で『那月ちゃん』という愛称で呼ばれては、出席簿の角をお見舞いする一種の名物教師だが、現場では『空隙の魔女』と恐れられる一面も持っている。
もっとも、ヤクザ一歩手前の武偵を育てるための学校だ。廊下で普通に銃をぶっぱなす先生もいれば、能力を使わない素手で大型バスを横転させる怪力の持ち主もいる。
あまりにも言うことを聞かない生徒には、この先生方によるありがたい体罰が待っている。
生徒の行動は迅速だった。統率の取れた軍隊のように席に座り、無駄話する生徒は一人もいない。
「よし。まず初めに、今日から貴様らのクラスメートになる転校生を紹介する」
満足そうに頷いた那月ちゃんは、事務的に告げた。
この学校、実はとても転校生が多い。この学校に来る人も、去る人も多いのだ。実際ここに来てから2ヶ月ほどしか経っていないが、俺のクラスだけですでに3人ほど入れ替わっている。
場所的に俺の家に召喚された女の子は全員入学するが、それ以外にも転校したり、退学したり、転校してきたりする生徒は何人かいる。
そしてその転校(特にいなくなる方)理由を知る人はあまりいない。どっか遠くの依頼を受けに行くとか、武偵を引退したとか、はたまたヤバい事件に首を突っ込んで死んでしまったとか。
危ないことをしているからね。その辺りはしょうがないことだろう。
「転校生、入ってこい」
それにしても、どういう子なんだろうか。事前リサーチ部が全く騒がないなんて珍しいこともあったな。
扉を開けて入ってきた人物に、俺は驚愕することになった。
「黒咲メアです。よろしくお願いします」
赤毛のショートヘア……かと思えば、長い三つ編みに編み込まれていることがわかる。どこから調達してきたのか、防弾制服をしっかり着て、笑顔を浮かべている女の子だ。
黒咲メア―――メアがそこに立っていた。
「嘘だろ!?」
俺は思わず立ち上がっていた。
あいつと戦ってから、数日しか経ってないんだぞ? や、違うな。ヤミのことを調べたうえでのあの計画の実行だとすれば、もっと前々から準備されていた可能性は高い。
しかし、だからと言っても、わざわざこんなに早く仕掛けてくるとは。確かに俺と戦った時はフードで顔を隠していた。とはいえ、俺と普通に会話している。無防備すぎるだろう。
目的はヤミだろうか。メアがいるということは、もう1人にも気を付けないと。
「どうした夜月」
「どうしたって―――」
那月ちゃんの鋭い視線で我に返る。
クラス全員の視線が俺に向いていた。あのヤミですら、怪訝な表情を浮かべている。
「―――どうしたんでしょうね」
「馬鹿か貴様は。さっさと座れ」
「はい」
言われた通り、俺は席に座り直した。めちゃめちゃ恥ずかしいわ!
「黒崎、適当に座れ」
「はい。適当に座ります」
適当すぎるだろ。
メアはちょうど空いていた席、廊下側の前から3番目の席に座った。俺ともヤミともほどほどに離れた席だ。授業を受けるならば、毒にも薬にもならない距離。戦うとすればすでに間合いだ。
「それでは、ホームルームを始める」
那月ちゃんの声は、右から左へと通り過ぎていく。普段ならとてつもない愚行だと絶対にしないことだが、この時ばかりはしょうがない。
俺の視線はメアに釘付けになっていた。
持っていた鞄を机のわきにあるフックにかけ、那月ちゃんの方を見ている。こうしてみると普通に学校に来たように見えるけど……
「油断は出来ないな」
久しぶりの学校生活に早くも暗雲が立ち込めてしまった。これはお昼の時間に集合して情報を共有しないといけないな。や、みんなの周りで何か変わったことがないかも聞いておいた方がいいか?
「―――……君?」
それにしても、今回も証拠がないせいで歯がゆい思いをすることになるとは。
「―――……月君?」
しかし、この学校で事を起こすつもりなら、あの鬼教師の目を突破しないといけない。あまりにもリスキーだろう。ならば、警戒するべきは学校の外。
「夜月君!」
「っ! な、何―――」
目の前にメアがいた。
目線が低い。顎を机に乗せて首を傾げているからだ。吸い込まれそうな瞳の引力から逃れるようにのけぞる。いつの間にかホームルームは終了し、他の生徒は教室移動を始めていた。
「夜月君は行かないの?」
「い、いや。行くよ。もちろん」
メアに注意されることになるとは思わなかった。俺は急いで筆記用具と教科書を取り出す。
「ねえ、さっきはどうしたの?」
「見たことのあるヤツに似てただけだ。人違いだから気にしないでくれ」
「それ、勘違いじゃないかもしれないよ?」
いきなりの自白に、俺の意識が切り替わる。しばらくにらみ合っていた俺達だったが、やがてメアは我慢できなくなったとばかりに笑い出した。
「な~んて。冗談だよ」
「は?」
「ふふ、変なの。先に行ってるね?」
そう言うと、メアは教室から出て行ってしまった。変なのはお前だと言いたい。
いまいち警戒するべきなのか、それとも大丈夫なのか判断しにくい奴だ。しないわけにはいなかないんだけどな。
とにかく、お昼にはみんなに言っておいたほうがいいな。
――――――――――――――――――――――――
「メア、対象との不用意な接触は避けろ」
「はーい。ごめんなさい」
先に行くと言って教室を出たメアだったが、屋上へ続く階段の踊り場、陰になって見えないようになっている場所にいた。
壁に寄りかかり、自分の軽率な行動を全く悪びれない。
メアの話し相手は人ではなかった。黒い靄のようなものから、少女の声が聞こえてくる。メアはさも当然のようにその靄と話している。
「メア、我々の目的を忘れたのか?」
「まっさかー。忘れるわけないよ」
空洞のように、ぽっかりと空いた穴が光を飲み込んでしまうような暗い目をしたメア。
「ヤミお姉ちゃんを元に戻す。そうでしょ?」
「ああ。その通りだ。そのために、あの男に従っているんだ。あの男からの頼みは義理立て程度には聞いてやれ。敵に回すのは面倒だ」
「うーん……面倒だなぁ」
メアたちの目的は、ヤミを元に戻すこと。暗殺者として活躍していたころのキリングマシーンのようなヤミに戻すことだ。
そしてその先にある禁断の
しかし、ここまで来る過程で少し力を借りた男からの依頼もある。すなわちそれは、夜月翔の監視、さらにその力の調査だ。
「変な人だよね。邪魔なんだったら殺しちゃえばいいのに」
「実際、私たちには邪魔になった場合は殺しても良いと言っているからな。何を考えているのかわからん男だ。しかし、好きにやれと言っているんだ。遠慮せずにやらせてもらうさ」
この2人の後ろについている男は翔を気にしてはいるが、積極的に排除しようともしていない。味方になるかどうかを図っているかのようだ。
「ともかく、これ以上、無意味に夜月 翔を挑発するのはやめろ。都合のよい立場が手に入ったのだ。無くすのは惜しい」
「うん。マスターがそう言うならそうする。あ! もう行くね!」
チャイムを聞いたメアは、最後まで軽い様子でその場を後にするのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
「あ、翔君! こっちこっち!」
午前中の授業を適当にこなし、お昼になった。
初等部と中等部は建物が違うために集まることは出来なかったが、一つ上の学年のアスナ、アリア、理子、狂三、桜は食堂に集合した。
そこにヤミと俺を加えた7人でテーブル席に座った。
みんなそれぞれ個性が出るものを注文していた。野菜中心のメニュー、がっつり肉が中心のメニュー、食事ではなく、始めからデザートを食べている娘もいる。
俺は無難にカツカレー。いつもよりも集中する事柄があったせいか、お腹が空いてしまったのだ。
早速だが、本題に入る。
「メールに書いた通り、また面倒なことになった」
「こんなに早く向こうからくるなんて思わないよ」
すでにメールには書いたことだが、改めて口にする。
「今日、転校してきた黒咲メアは、ついこの間の襲撃に関与している可能性が非常に高い。あの時、俺と戦った女の子、それは間違いないと思う」
「タイミングから見て間違いはありませんわね。わたくし達のテリトリーに自ら入って来るとは、無謀もいいところですわ」
狂三の笑顔、どっちが悪役かわからないな。
「でも、犯罪に協力していた証拠はない」
「え? でも、あの時襲われたんでしょ?」
襲われはしたけど、あの時捕まえたアゼンダ達と関係していたかと言われると、限りなくクロに近いとはいえ、明確な証拠がない。
「それどころか、鏡っていうヒントまでもらってるし」
「それは証拠になりませんか? 適当に言ったにしては、アゼンダのスタンド能力をピンポイントに当てすぎていると思いますけれど、っと」
仕事モードになった桜は、少し話が変わりますが、と前を置きして言う。
「翔君。今朝フェイトさんから、アゼンダの取り調べをするっていう連絡があったんですけれど、参加しますか? フェイトさんからも良ければってメールが来ているんですけれど」
「ん、あー……どうしようかな」
今ヤミから目を離してもよいのだろうか。と、俺から離されない視線がいくつもあることに気が付いた。
「翔君、テスタロッサ執務官から随分と信頼されてますね?」
「別に、こんな報告義務じゃないのに、よく報告されてるね?」
「それについては説明した通りなんだけど……」
不利な話題は早々に切り上げ、話を進める。
「ちなみにヤミ、午後の予定は?」
「午後一番にビデオ講義があって、そのあとは
テスト? そんなのあったっけ? そもそも、テストが終わりの休みを使ってあの旅行に行ってたはずだったんだけど……
「……受けていなかったんです。だから、追試になってしまって」
そう言うことね。
「わたくし達、午後には予定がありませんので、良ければヤミさんと一緒にいましょうか?」
「貴重な機会だもん。取り調べに参加したほうがいいよ」
「ん。じゃあそうさせてもらおうかな」
午後は桜についていくことにする。
「メア……黒咲メア……翔、ちょっといいか」
理子には何か心当たりがあるみたいだ。口調が『裏』のものに変わり、目つきも鋭くなっている。
「赤毛のメア……私がイ・ウーから出た時とほとんど入れ替わりになって、参加してきた娘だったはずだ。入れ替わりになったから話したことなんてないし、どんな能力なのかわからないけどな」
「つまり、イ・ウーの手先ってことなのね?」
イ・ウーという単語を聞いて、アリアが犬歯をむき出しにする。
「そうかもしれないねぇ。でも、あいつを捕まえても、アリアのお母さんの冤罪は解けないと思うよ? あの娘が入ってきたときにはもうあの状態だったわけだし」
「だったら、あいつを捕まえてそこから芋づる式に捕まえるだけよ」
そんなにうまくいけばいいが。
「そもそも、イ・ウーという組織の目的とは一体何ですか? それが分かれば、ある程度対策が取れると思いますが」
大昔の偉大な軍師も言っているように相手のことを知らなければ、戦いようがない。ヤミの疑問は当然のものだ。
「組織全体の目的はない。各々が自分の目的に向かって、自己を研鑽する超人の集まり。それがイ・ウーだよ。だから、予測することなんてできない。たまに上の人から命令されることはあるけどね。従うかどうかは自由だし」
「そ、そんなに緩い組織だったの?」
「うん。私も完全に自分の目的のために動いてたでしょ? そんなもんなんだよ」
超人が集まって互いに研鑽するというのは結構な話だが、その過程で迷惑を被る人がいることは確かだ。
「その活動で冤罪を着せられたのが、私のママって事ね」
アリアは憎々しげにつぶやくが、理子には軽く流されてしまう。
「そーそー。だから、目的云々なら本人に聞いた方が早いんじゃないかな? ヤミちゃんの方こそ、何か心当たりはないの?」
「残念ながら、記憶にありませんね―――
この間の戦闘で得られた情報についてはすでに共有されている。
それに。
俺はアスナと目配せする。
召喚された女の子にはヤミとメアの関係性と、メアの背後にいるマスターのこともメールで説明してある。
「高町ヴィヴィオではなく私の方に来る分には問題ありません。降りかかる火の粉は払うまでです」
「イ・ウーが絡んでるなら、私の獲物でもあるわ」
「しばらくは、みんなで固まってたほうがいいよ」
「……はい。わかりました」
前だったら拒否していただろうことだが、ヤミは素直に頷いた。この分なら、任せても大丈夫だな。
午後のことはみんなに任せ、俺は桜とともに学校を出たのだった。