ヤミは真面目に授業を受けていた。
ノートを広げ、ペンを持ち、必要なことをメモしていく。受けている授業は『要人護衛学Ⅱ』。ヤミの目的に沿った授業だ。
場所は視聴覚室。大学の講義室のように席が段になって配置されている。特に座席が指定されているわけではないので、生徒は互いに間隔をあけて座っているが、その顔は皆真剣だ。
照明は落とされ、黒板付近に設置された巨大なスクリーンに映像が映し出されている。映像では具体的なケースや場面が紹介されている。
今まで襲撃する側だったヤミにとって、その知識はどれも新鮮だった。
今回は一般的な銃火器への対処方法しか紹介されていないが、次回以降で能力者の対処法についても学べる。
目標のためにも、しっかりと集中して授業を受けたいヤミだったが、どうしても気になってしまうものがあった。
「……」
昼食が終わり、いったんアスナたちと別れてから、ずっと付きまとっている気配があったのだ。
しかし、何かを仕掛けてくる気配はない。殺気どころか敵意すらない。復讐のためにこちらを観察しているというわけでもないらしい。本当にただ『見ている』だけだ。
(いったい何が目的なんですか……?)
考えてもわからない。
結局、時間いっぱいに考えてもわからないままだった。
――――――――――――――――――――――
「あ、ヤミちゃん!」
「……」
授業が終わり、ヤミはアスナ、狂三と合流した。アリアと理子は裁判関係の別件だ。時間が微妙に合わなかったため、一緒になるのはヤミのテスト終わりになる。
「ずっと見られています」
「それは例の?」
「何かされたんですの?」
「特に何も。ただ見てくるだけです」
向こうが手を出してこないうちは、下手なことは出来ない。生徒同士の殴り合いはしょっちゅうだと言っても、教師の前でやれば止められるのだ。道徳ではなくうるさいという理由で。
「時間がありません。行きましょう」
あいも変わらず視線は追いかけてくるが、時間に遅れるわけにはいかない。
武偵高の教師など、そのほとんどが、教師にふさわしくない粗暴な性格だ。特に
「確か、残りの2人はこの後合流でしたね。何かするならその時です」
ヤミの発言に頷いた2人は、おとなしくヤミについていくのだった。
理由はもちろん、
「オラァ!!! 死ぬまで
ガキュンガキュン!!
常日頃から銃弾が飛び交っているからだ。
「ここ、いつ来てもこうだよね……」
「皆さん、元気なことで」
飛び交う怒声と銃撃。打ち合わされる刃物と拳。
一番楽しそうに声を張り上げていたのは主任の蘭豹。ヤミを視界に捉えると、号令を出し、乱闘を止めさせた。
「ん? 夜月の女も一緒か。あいつはどうした?」
「今日は別の用事があったので……」
「あん? 別の用事……管理局がらみの用事か?」
「そうですわ」
狂三が肯定すると、蘭豹は憎々しげに拳を壁にたたきつけた。壁が少しへこむ。
「ちっ! あいつは管理局の狗に成り下がったからなぁ! 今度来たら、徹底的に痛めつけないとな!」
ちなみに、血の気が多い一部の武偵(
「あはは……」
「ご愁傷さまです」
「他人事と思ってんなよヤミ。私らに再テストなんて面倒なことをさせる奴にはなぁ、2倍キツイもん受けてもらうからな。覚悟しとけや」
「ああ、だから……」
アスナは合点がいったと頷いた。周りの生徒が妙に浮かない表情をしているのだ。さっきまで訓練していた生徒は全員再テストの受験者だった。皆同じように、これからどんな地獄が始まるのかを考えて震えていた。
「問題ありません。鈍った体を叩きなおすには丁度いいでしょう」
ヤミは、そんな脅しに顔色一つ変えずに、訓練スペースへと入っていくのだった。
―――――――――――――――――――――――
結論から言うと、ヤミは全く大丈夫だった。最後には死屍累々と言ったありさまだったが、ヤミは多少息を切らすだけで、最後まで立っていた。
今はシャワーを浴びて、誰よりも早く
ヤミは、しばらく歩き回っていた。後ろにこっそりとつけている影があることを確認すると、一気に速度を上げる。
それだけではない。
校舎の壁を蹴り、一瞬で屋上のフェンスを乗り越える。軽やかに着地したヤミ。スカートでこんなことをしているから、色々と見えてしまうのだが、そこに突っ込むのは野暮というものだ。
「出てきたらどうですか、黒咲メア」
「……」
屋上まで飛んだヤミは、自分を見ていた視線もしっかりとついて来ているのを確認し、そう告げた。
「ずっと付きまとわれるのは迷惑です。いい加減にして下さい」
「流石ヤミお姉ちゃん。気が付いてたんだね」
メアはあっさりと姿を現した。ヤミの超人的な動きに付き合うだけの能力を備えている。彼女も十分に超人だ。
手を後ろに組み、赤毛の三つ編みを揺らしている。ヤミが凄んで見せるが、メアは全く動じない。並みの武偵なら腰を抜かすほどの殺気だというのに。
ヤミはつま先で自分の影を叩いた。ここに潜んでいる人物にまだ出てこなくてもよいと伝える。
他の場所にも、何人か潜んでいる。ピンク色のツインテールが少し見え隠れしている。が、すぐに引っ込んだ。一緒にいる人物が、何とか抑え込んだんだろう。メアの真後ろだったため、彼女の視界には入っていない。
「貴方の目的は何ですか?」
「目的だなんて、そんな寂しいこと言わないでよ―――お姉ちゃん」
「……
メアが
「あー、夜月君に聞いたんだ」
メアのおさげが不自然に蠢いた。鞭のように、尻尾のように。丸い髪留めから先、おさげが変形する。鋭い爪を持つ手がヤミに向けられた。
「夜月君に何を言われたの?」
「何を?」
「ヤミお姉ちゃん、急に今日からヤル気出したよね?」
それは間違いではなかった。
この前の事件があり、翔の説得(挑発)のおかげで、翔の家にとどまり、ヴィヴィオたちとの関係を続けようと決めた。あれがなければ、間違いなく以前の生活に戻っていただろう。
「私たちの予想では、もうこの学校には来ないんじゃないかなーって思ってたんだけどね? 準備が無駄にならなくてよかったけど」
「それで? 結局、目的は何なんですか」
メアは最初の質問には答えていない。だが、そう簡単に答えが得られるとは思っていなかった。あくまで会話を続けるための問いかけに過ぎない。
しかし、意外にもメアは簡単に口を開いた。
「この学校に来たのはね。ヤミお姉ちゃんのことを知るためなの」
「私を知る……?」
「そうなの。ヤミお姉ちゃん、私たちは『何』なのか、忘れちゃってるんじゃない?」
メアは一歩前に踏み出した。
「私たちは兵器。
メアは本当に分からないと言いたげな顔をする。
「うん。わかるよ。兵器は負けたら壊れるはずなのに、夜月 翔に負けたのに生きてるから、おかしくなっちゃったんだよね? だから人間の友達を作って、人間のまねごとをしてるんだよね?」
「勝手なことを……っ!」
そうではないと否定するがまるで効果はなかった。
「だから、ヤミお姉ちゃんが学んだこと、知ったことを私も知って、最後に全部壊してあげる。そうすれば、ヤミお姉ちゃんも元に戻ってくれるよね?」
メアは歌うように告げる。
「ヤミお姉ちゃんを本当の姿に戻すの。家族なら当然だよね―――素敵!」
「……」
ヤミはメアの言ったことを咀嚼し、一言。
「もういいですね」
「え?」
「もういいですと言ったんです」
「全く、合図がわかりずらいですわよ!」
ヤミの陰に潜んでいた狂三が飛び出してきた。
それを合図に、隠れていた女の子たちが姿を現す。
屋上への扉を開けてアスナが、校舎の壁面に張り付いていたアリアと理子も。各々すでに戦闘態勢になっている。各々の武器を構え、メアを四方から取り囲む。
「ごめんねぇ? でも転校してきた娘に、ここのルールを教えるのは武偵の文化だからぁ、くふっ」
理子は楽しそうに笑う。
「きひ、ええ、ええ、わたくしたちのやり方、教えて差し上げないといけないですわね」
狂三も自らの天使―――時間を操る最強の武装、
「黒咲メア、イ・ウーについて知っている事を、洗いざらい吐いてもらうわよッ!!」
アリアは二丁拳銃を突き付ける。
「ああ……夜月翔の女たちだね。やっぱり、ヤミお姉ちゃんに張り付いてたんだ」
ヤミは順番に指さしていく。
「峰理子・リュパン4世。神崎・ホームズ・アリア。結城アスナ。時崎狂三……間桐桜と肝心の夜月翔はいないんだね。どこかで様子見してるのかな?」
イ・ウーに所属しているだけあって、名前と容姿については頭に入っていた。能力についても同様だ。
「みんな揃って、どうしたの?」
「戯言を言わないで。ヤミちゃんとの会話は全部聞いてたのよ」
「……それで? それで、どうしたいの? 私は自分の考えを話しただけだよ? まだ何もしてないのに? 戦うの?」
そう言われるとアスナも困る。無抵抗な人を痛めつける趣味はない。
「そんなの関係ないわ。イ・ウーに所属しているってだけで、超法規的な逮捕権が行使できるのよ」
今後はアリアが吠える。
実を言うと、いくら暴力が横行している武偵高でも、先輩が複数人で下級生をいじめるというのは格好が悪かった。逆なら何も言われないのだが。
「そう? そんなに言うならやるよ? 『敵意を向けてきた相手には容赦するな』。それがマスターの教えだからね」
空気が泡立つ。
「何人死ぬのかな。ここには無関係な人もたくさんいるけど……」
「……」
(アリア、ここでやりあうのはマズイ。教師の目もあるし、立場から見たら私たちが悪者になるぞ)
理子に諭され、引き金から人差し指を放す。
「うん。その方がいいよね。お互いに―――」
直後、メアのいた場所を銀の刃が一閃する。
「これは警告です」
それはヤミの
「黒崎メア、あなたが何を考えているのかわかりませんが、手を出す人には気を付けてください。高町ヴィヴィオに何かあれば、私はあなたを殺します」
「すっごい良い目……っ! 素敵っ!」
殺気が心地よいと武者震いするメア。だが、当のメアには戦う気がないようだ。髪の毛にかけてあった
「でも、私には戦う気はないよ。すごくおもしろそうだけど、この学校にいられなくなるのは困るからね」
屋上の扉をふさいでいるアスナの方に歩いていく。
「あ、そうそう、イ・ウーについてだっけ? 私、特に知ってることとかないんだよね。イ・ウーに入ったのだって、お姉ちゃんに近づくためだし。一応夜月翔を監視しろっては言われてるけど、こっちはついで。本命はお姉ちゃんだから」
アスナは獲物の先端をメアに突きつける。
「ちょっと待って。どうして翔君が狙われないといけないの!?」
「さあ? それ以上は私は知らないよ」
切っ先をものともせず、メアは歩みを進める。
「それじゃあお姉ちゃん。私たちと一緒に来たくなったら、いつでも言ってね? 待ってるから」
そう言い残し、メアは屋上を去っていったのだった。