俺と桜は一緒に、フェイトさんに指定された場所に到着した。今回は六課の隊舎ではなく、特別留置場だ。アゼンダが収容されているからな。
「翔君はここに来るのは初めてですか?」
「や、前に1回だけ来たことある」
実はここ、アリアのお母さんが収容されている場所でもある。
「翔君、まさかとは思いますけれど、前科があるわけじゃ……」
「お前バカにしてんだろ!」
確かに女の子関係で罪に問われそうなことをしているけれど!
「ここに来るなんてよっぽどやばいことをした奴だけだ」
アリアのお母さんでわかるかもしれないが、この留置所は島でもかなり警備が厳しいものになっている。そんなところに、アゼンダは収容されているのだ。
アゼンダは、実はというとそこまですごい罪を犯したわけではない。過去のことはわからないが、あの事件で犯した罪はヤミに対する暴行と、少女2人に対する洗脳。殺意はあったので殺人未遂にはなるが、本来はここに来るほどの罪ではない。
ではなぜこの留置場にいるのか。それはスタンド使いだからだ。万に一つも逃げられるわけにはいかない。とにかくスタンドに関する情報が欲しい管理局の心情を表していると言えた。
「あっ! お疲れー、よ・る・つ・き・く・ん」
「……なんであんたがここにいるんだ」
「ひどいなー、そんな言われ方されると、お姉さん、傷ついちゃうっ!」
下手な泣きマネまでし始めたこの女性は、もちろんフェイトさんではない。『ようこそ』という文字の書かれた扇子で口元を隠した、俺よりも少し年上の女性だ。
「お久しぶりです、更識さん」
更識楯無がそこに立っていた。隣にはフェイトさんも立っている。見たところ、傷は完全に癒えたようだ。動きにもぎこちなさは無い。
「もーつまんないなー。久しぶりに会ったっていうのにー」
フェイトさんばかり見ていたせいか、楯無さんはぶーぶーと文句を言い始めた。確かに、会うのは2週間ぶりだ。
もう忘れそうだけど、過去の聖杯戦争に参加する直前まで、俺は楯無さんに粘着されていた。いつの間にかそこにいて、適当なことを言ってどこかに行ってしまう。
悪質極まりない行為だったが、ここ最近はぴたりとそんなことは無くなっていた。まさかこんなところで再会するとは思わなかったけどな。
「翔君? この女の人とも知り合いなんですか?」
「そうだけど、特に何もないからね。この人とは」
「うぅ、そんなこと言わなくてもいいじゃない?」
「実際あなたと俺にそんな個人的な関係なんてないでしょうが」
話が進まないので、ここは黙っていたフェイトさんに話を持って行く。
「フェイトさん、早く行きましょう」
「うーん、確かに翔君、女の子のお友達多いよね」
「こっちまで!?」
フェイトさんまで混ざって来るとは予想外だ。
「そうよねぇ。パーティを組んでいるのは女の子ばっかりだし、やっぱりあの子たちの中の誰かと付き合ってたりするのかな?」
「そっかぁ。やっぱりそうだよね」
「テスタロッサ執務官は、見たことあるんですか? 夜月君のハーレム」
ほとんど全員と付き合っていますけどね。ハーレム言うのはやめてもらえませんかね! ほら、警備員さんが俺を見て目を細めてますから!
「それよりも! どうして楯無さんがここに?」
「あれ? 知らなかったの? 特務六課の設立をサポートした後援者の1つ。それが更識家なのよ。そして当主である私は、今回の一連の事件について、特別な権限が与えられてるの」
「今回の事件?」
ヤミとアゼンダの事件に?
「そう、スタンドの件よ」
「そっちか」
「今回の報告書はもう読ませてもらったわ。上もようやく重い腰を上げる気になったみたいね。管理局でも指折りの実力者のフェイト・T・ハラオウンと、裏世界で名の知れた暗殺者だった金色の闇。この2人が簡単に無力化されるような能力が出回っているんですもの」
楯無さんはヤミについてもしっかりご存じのようだ。
「でもおかげで、今以上に簡単に動けるようになると思うわ。夜月君も協力してくれるわよね?」
「それはもちろん」
出来ることがあるのなら、積極的に行動するつもりでいる。
「それはよかったわ」
「それじゃあとりあえずは、今日一番の目的を消化するとしましょうか」
俺達は、アゼンダの取調室へと向かうのだった。
――――――――――――――――――――――
そこはまさにTVで見た取調室だった。
息が詰まりそうなくらい狭い部屋の真ん中に簡素な机が置かれ、部屋の隅にもう1つ置かれている。
しかし、何かを反射しそうなものはすべて取り除かれている。マン・イン・ザ・ミラー対策だ。
隅の机には書記の男性が、真ん中にはアゼンダとフェイトさんが座っていた。楯無さんは立ったまま、扇子で首元を叩いている。
今まさに、取り調べが始まろうとしていた。
「それでは、始めます」
メインに話すのはフェイトさんだ。書記は黙って筆を動かし始め、楯無さんはニコニコとしたままだ。
それにしても、今回襲われたフェイトさんが取り調べるとは。珍しいこともあるもんだ。普通他の人が調べるものなんじゃないのか? そのくらいスタンドのことは機密になっているって事だろうか。
「はっ! 始めますったってね、知ってることなんざ、もう全部しゃべっちまったよ」
開始早々、アゼンダはそう吐き捨てる。
「経歴は我々が調べたことと差がない。今回の依頼主の素性は知らず、ただ金色の闇を紹介してもらっただけ……これだけですか?」
「本当に? 後で調べて何かわかったら怖いわよ? スタンドの事とか、いろいろと知ってるんじゃない?」
「ああそうさ! 今回の件であんたらが知りたいことは全部話したよ。スタンドも、今回の事の為にあいつに渡されただけだッ! 最も、あの日の夜に取られちまったけどね。それ以上―――アタシの薄っぺらい人生について語ってほしいなら、もっと上等な部屋を用意しなって言ってんだよ」
「ずいぶん強気ですね」
「もう失う物なんて何もないからね。金色の闇のせいでまともに仕事も無くて、復讐にも失敗したんだ。外に出たところで、野垂れ死ぬのがオチさ」
罪を償ってまっとうに働こうって意思はないのかよ。
「司法取引すれば、管理局員として取り立ててもらえるかもよ?」
「私に、世のため人のために働けって? はっ、冗談よしなよ」
「その気はないということですか?」
「願い下げだね!」
アゼンダがだいぶ苛立っている。狭い部屋に閉じ込められればこうもなるか。
「んー、でもなー、スタンドって、そんなに簡単につけたり外したり出来るものなのかな? 私たちの調べだと、スタンドは特殊な矢がないと発現しないはずなんだけど?」
「知らないよ、そんなことは! アタシは頭にDISCを刺されたんだ! 何度も言わせるんじゃないよ!」
この問答は何度も繰り返されたのだろう。アゼンダは机に拳を叩きつけた。
「そこまで素直に話されると、逆に騙そうとしてるんじゃないのかって思うのよねぇ」
「しつこいね! そんなに疑うのなら、自白剤でも能力で頭の中を覗くでも、好きにすればいいじゃないか!」
犯罪者と言えど、精神系能力者での取り調べは、かなりの書類審査を通さなければいけない。人の心に踏み入るというのは、それだけ扱いが難しく、忌避される行為だ。
そして、薬物を使った捜査も同様だ。
「そう? だったらこっちも話が速いわ」
しかし、更識楯無は軽い調子で腕を叩いた。
それに合わせるように、通路の奥から1人の人物が歩いてきた。制服に身を包む、小柄な女の子だ。その小柄な体躯には似合わないほど、制服を押し上げる双丘。桜に足を踏まれる。
そのお山を2つに分断するように斜め掛けにされる小さいバッグ。大変目によろしくない。桜に腕をつねられる。
ボリュームのある金髪の前髪から覗く瞳には、特徴的な十字模様が浮かんでいる。
『食蜂 操祈』が何の前触れもなくそこに現れた。
「は、ぇ……?」
「……っ」
いくら俺でも面食らってしまう。食蜂は何かを察したのか、俺を無理やり視界から外し、扉を開けた。取調室に続く扉だ。
「ご紹介しま~す。こちら、食蜂 操祈。
「は、はは、とんだ大物がお出ましだ……っ」
「はい、それじゃあ食蜂さん、よろしくね~……どうしたの? そわそわしちゃって」
「べぇつにぃ~? お仕事はしっかりとするから心配しないでほしいんだゾ?」
バッグから取り出したのは、デコられたスマホ――――ではなく、どこにでもあるようなTVのリモコンだ。
まるで銃を突きつけるようにアゼンダに向けられる。白い手袋に包まれた指が、ボタンを押した。次の瞬間、アゼンダの目には食蜂と同じような模様が浮かんでいた。
「それじゃあ、『質問には素直に答えてね?』」
「はい」
突然従順になったアゼンダは、口調も穏やかにしゃべりだすのだった。
もっとも、新しい情報は得られなかったのだが。
―――――――――――――――――――――
「はー、ダメだったわねー」
「そうだね。彼女本当に正直にしゃべってたみたいだね」
取り調べを終えた俺たちは、休憩室で一服していた。
六課の隊舎にあるものがどれだけ上等だったのかわかる設備だ。自販機が3つと、安物4人掛けのテーブルが3つ。部屋の隅にはアクセントのつもりか、背の高い観葉植物があった。
俺、桜、フェイトさん、楯無さんで1つのテーブルを囲み、食蜂は肘をついて携帯をいじっている。
「じゃあつまり、アゼンダはもうスタンド使いじゃないって事で良いのでしょうか?」
「決めつけるのは難しいと思うわ。外から記憶を上書きされている、っていう可能性だってあるのよ」
「うん。もうしばらくはここで様子を見ないとね」
DISCについても、すでに情報共有されていた。というか、デンジャラスゾンビからの聴取で判っていたらしい。
そこで割り込む声があった。
「私の支配力よりも強力な能力を使える能力者、ないし魔法使いなんて、そうそういるものじゃあないわよぉ?」
電源を落としたスマホをテーブルに置いた食蜂がこっちを向いていった。
「あの女、アゼンダって言ったかしら? 頭の中ざっとさらっても、特に違和感はないし、改ざんされた後も無かった……これ以上は時間の無駄だと思うわぁ」
食蜂操祈。『とある』シリーズの登場人物で。超能力者としては最高位、レベル5の能力を持っている。精神系能力としては最強の
そんな能力を持つ彼女が言うなら、間違いないのかもしれない。
しかし、これほどまでに強力な能力者を、楯無さんは動かせるというのだろうか。これが権力という物だろうか。
「まさか、彼女の機嫌を損ねたら、私の方が大変な目に遭っちゃうもの」
「更識さんにはぁ、色々と言いたいことはあるけどぉ、私の意志でこの仕事をしているのよぉ」
「自分の意志で……?」
そんなことをする性格だったとは思えないんだけど。
「ブラド関連の捜査にもだいぶ協力してもらっているの」
「それはもう熱心にね」
「はぁ……?」
ますますに謎だ。
「スタンド関連の仕事……?」
「察しが良いね」
しかし理由が全く分からない。しかし、ちらちらとこっちを見て、俺の反応をうかがっていることはわかる。むむむ。
「まさかとは思うけど、俺関連で何か理由があったりするのか?」
「……」
食蜂は何も言わない。代わりに反応したのは楯無さんだ。
「あら? 何か心当たりがあるのかしら? そんなフラグを立てたような心当たりが?」
「そんな心当たりは全くないんですが……っ!」
桜にキリキリと足を踏まれる感覚。
しかし俺の場合、過去に戻って事件を解決するという行為まですることがある。今、心当たりがないというのは全く意味がないのだ。
「……そう、まだなのね」
そのつぶやきを聞いて俺は思う。多分、今回もそういうことなんだろうなぁ、と。
―――――――――――――――――――――――
「夜月さぁん」
話し合いも終わりもう帰ろうとした俺は、入り口付近で食蜂に呼び止められた。通路の曲がり角で手招きしている。
「ちょっと、こっちに来てもらえるかしらぁ」
「……どうして?」
「いいから。つべこべ言わずに。私の誘いを断ろうなんて、無礼力が高すぎるんじゃないかしらぁ」
「はいはい、行くよ……」
ため息をつきつつも、言われた通りにする。しかし、警戒を緩めることは出来ない。なんせ相手はあの
もっとも、今回、不意を突こうとしなかったから、警戒度は少し下がっているんだけどな。もしくは、すでに術中か。
「それで、何の用なんだ?」
「その前にぃ、確認させてほしいことがあるんだけれどぉ。本当に何も覚えていないのかしら?」
「……覚えてない。俺の体感では、これが初対面のはずだ」
「そう。流石にアレを忘れることなんて出来ないだろうしぃ? 本当なのねぇ……」
少し寂しそうな顔をするが、すぐに元に戻る。
「昔、と言っても1年前なんだけれどぉ、私、あなたに頼みごとをされているのよぉ」
1年前ね。これで過去に会っていたことが確定になった。俺がこの世界に来て、まだ2ヶ月ほどしか経っていない。
「もし今後、新谷航平という男に能力を使う機会があったら、次に自分と会った時そのことを伝えてほしいって」
「新谷航平……デンジャラスゾンビか」
思い出すことも忌々しいゾンビのことだったが、アイツの残した影響は大きい。どのような活動をしてきたのかを知ることで、対策出来ることもあるかもしれない。
「それで、その『機会』ってのはあったのか?」
「……一応、頼まれごとだものねぇ。義理力もあるし、新谷航平の事件の取り調べには参加しておいたわぁ。まったく、忙しいレベル5を私的にこき使うなんて、ありえないんだゾ」
「そんなに忙しいのに、義理は果たしてくれたんだな」
「は? ぁ、や、それは……~~~~っ! とにかく!」
リモコンが俺に向けられる。
「どうするの!? 見るの!? 見ないの!? ……言っておいてなんだけど、気持ちのいいものじゃなかったわぁ。だから、おすすめはしない。それでも見たいのかしら?」
「それは理解してるよ」
しかし、目を背けることは出来ない。
「見せてくれ」
「……後悔しないでねぇ?」
食蜂がボタンを押すと同時に、俺の頭に大量の情報が流れ込んできた。
次回からクズが今まで何をしてきたかという話になります。