「新谷さん、やりすぎです!」
「はあ? 誰も死んでないんだからいいだろうが! 向こうは銃をぶっぱなしてんだぞ!? せーとー防衛だっつーの!」
「だからと言って、こんな……」
血の海になっているアジト。あちこちから人の呻き声が聞こえてくる。死なないように手加減したわけじゃない。適当になぶったらこうなっているというだけだ。
本当に全員死んでいないのは只の奇跡だ。
サンドバックにできる相手がいなくなり、航平は変身を解いて座っていた。
ケンカ殺法もいいところだったが、それ以上に今の戦いは異常だった。
(しかし、その力は本物……!)
いくら攻撃を食らっても立ち上がり、執拗に相手をいたぶるその力。おまけに兵隊(バクスター)も召喚することができる。
(この男は危険すぎる……!)
そして、楽しみつつ人をいたぶるその精神。もしも自分たちに向けられれば、何もできずに屈することになる。
「何してんだ。さっさと引き渡して帰んぞ」
(しかし、いったいどうすれば……!)
何も思いつかないまま、帰路に就くのだった。
――――――――――――――――――――
「おかえりなさい。航平君、■ちゃん」
言われたように料理を作っていた■■は、エプロン姿で出迎えた。
「メシは出来てんのか?」
「もうちょっとだよ!」
「じゃあ先に風呂入るわ」
そう言うと、航平は着替えを取りに自分の部屋に引っ込んでいった。
扉が完全に締まるのを確認すると、■は口を開いた。
「貴方は彼と長いんですか? どう思っていますか」
「……もう何も考えてないよ」
「ッ! ここにいれば私たちは不幸になります! ここにいては―――」
「でも」
肩を掴んで必死に呼びかける。しかし■■はかぶりを振った。
「私は自分の意志でここにいるの。ここ以外じゃ生きていけないもん……■ちゃんも着替えて、もう少しかかりそうだから、お風呂にも入っちゃったほうがいいよ」
平坦な言葉を並べ、■■はキッチンへと引っ込んでいったのだった。
―――――――――――――――――――――
言われた通り、■は入浴を済ませた。
正直言うと、男の性格や■■の言動から色々と想像できることはあったため、無防備にお風呂に入るのは抵抗があったが、今日一日で出来事がありすぎた。そのせいで疲労は限界だった。また、任務のせいで汚れていたこともあって我慢することができなかった。
昨日一晩で、全く何もなかったため少し油断していたということもある。
幸い、何も起こることなく入浴を済ませることができたが、問題があったのはその後、リビングに行った時だった。
「―――っ、―――っ、―――っ!」
「う、ん? いったい何が―――っ」
真っ白になった思考が一瞬で整う。考えていた最悪の可能性が的中したのだ。
「■■さん! だい、じょうぶ―――」
当たってほしくない予想ほど当たるものだ。おそらくは■がお風呂から上がるのを待っていたのだろう。手が付けられない夕食が並んでいる。
しかしそのテーブルに座っている人はいない。
TVを見るためのソファー。そこで裸の男女が抱き合っていた。男はソファーでくつろいでいる。両手を背もたれにかけ、まるで風呂にでも入っているかのようだ。
必死に腰を動かしているのは女の子の方だった。顔を惚けさせ、男の首に手を回している。
「何、を」
言葉がそれ以上出てこなかった。
■は言葉を失う。■■は■が入ってきたことがわかっているはずなのに、動きを止めない。
航平は後ろに気配を感じ、首だけを動かす。
「ああ。上がったのか。ちょっと待ってろ、すぐに出しちまう」
男が腰を揺らすと、またがっている少女の動きが止まる。完全に腰が抜けてしまい、力が入らなくなってしまったのだ。
「何をしているんですか、あなたは!!」
「はぁ? 何って見れば―――ああ、お前も分かんない感じなのね。セックスだよ。性行為。ほんとに分かんねぇのか?」
「っ……!」
誰が誰と付き合っていようが、行為をしていようが■には関係ない。しかしだからと言って、こんな風に共同スペースでするものではないはずだ。
「■■さん! あなたもどうして!」
「ばーか。こいつが頼んできたんだよ。もう待ちきれないってな」
「そんな―――」
そんな馬鹿なという声は、沸騰した頭のせいで口から出る前に霧散してしまった。
ここに召喚されてから1週間で、何も知らなかった無垢な少女は、夜の街の女性も裸足で逃げだすような『好き者』にされてしまった。
元々経験がなかったということもあったが、それに対して刻まれたものが大きすぎたのだ。
涙と鼻水で汚れた顔は、同じ女性とは思えない。吐き気すら催すほどだ。。
口を押えた■は背を向けた。こんな異常な空間に、これ以上いたくはなかったのだ。
「もういいです。今日の夕飯はいりません。1人にしてください……っ!」
「おいおい、飯は食わなくてもいいのかよ」
「結構です! もう休みます!」
大声で言うと、逃げるようにその場を後にして、部屋にこもった。
――――――――――――――――――――――
「おかしい、絶対におかしい。■■さんも、どうして……何か弱みを握られているのでしょうか……?」
考えがまとまらないでいた。他人の情事、いや、あれはもはや獣のそれと同じだ。子供を作るための儀式でも、愛を確かめ合う神聖なものでもない。
ただ己の肉欲を満たすためだけの穢れた行為だった。
ドアをノックする音が聞こえた。
「っ! だ、誰ですか!?」
「私だよ、■ちゃん。晩御飯、食べてなかったから。お腹減ってるんじゃないかと思って」
扉を少しだけ開いて様子を確認すると、確かに外にいるのは1人だった。■■の手には今日の夕飯が乗せられたお盆がある。温め直したのか湯気も立っている。
散々動いた後にご飯を抜いたため、空腹は限界だった。おいしそうな匂いに負け、入室を許可する。
備え付けられた机に座り、ご飯を口に運ぶ。
「何か言いたいことがあるんですか?」
「……うん」
運び込んでも部屋を出ず、思いつめた顔をしている■■に問いかける。ぎこちなく頷く表情は何かに怯えているようだ。
「ごめんね、■さん。驚かせちゃって」
「はい……あの時のことは」
「うん。私の意志だよ。えへへ。人に見られるのってやっぱり恥ずかしいんだね」
隠していた秘密がばれてしまったと言いたげに、顔を赤らめる。
「■■さんは、あなたはあの人のこと、好きなんですか?」
「え? 全然? あってからそんなに経ってないんだもん。友達って感じかなぁ?」
「(私としては友達も遠慮したいですが)だったらどうして、その、彼と、しているのですか?」
「え? 気持ちいいからだけど。どうして?」
「……」
「本当はね。新しい女の子を呼ぶの、あたし反対だったんだ。私の番が減っちゃうんじゃないかって思ってて。航平君、もうしてくれないじゃないかと思って」
「……私には、その気はありませんよ」
どんな目に合わせられれば、ここまで盲目になれるのか。『そういう人もいる』という考え方でも許容できそうもない。
「私は今夜の内にここを出るつもりです」
「どうしても?」
「はい」
この2人の価値観を理解できないし、染まりたいとも思えない。だったらもう関係を断ち切るしかない。幸い、召喚された女の子は男に絶対服従、というわけではないのだ。
「貴方とはもっと早くに出会いたかったです」
「じゃあ、やっぱりしょうがないね」
「え―――っ」
■は体に力が入らなくなっていることに気が付いた。
「ああ、しょうがねえなぁ」
「新谷 航平……っ!」
待ち構えていたかのように、航平が部屋の中に入ってきた。口ではしょうがないと言いつつ、その表情はニヤニヤと、この状況を楽しんでいるとしか思えない。
己の意志では動かない体はしかし恐怖で震えていた。いくら睨みつけても、それは航平を楽しませるスパイスにしかならない。
「ごめんね、■さん。私も正直最初は嫌だったけど、慣れればすごくよくなるから」
動けない原因はただ1つ。今口にした料理以外はない。■■は航平の命令で動いていたのだ。
「口封じをするつもりですか……!?」
「はぁ? 何言ってんだよお前。お前は俺の所有物だろうがよ。俺がこの世界に生み出してやったんだ。俺を喜ばすために存在してる奴が、逃げるなんて許されるわけねぇだろ?」
相も変わらず会話の通じない男だ。
「そもそも、だとしてもだ。お前みたいないい女、みすみす逃す手はねぇよ。どうせまだ処女なんだろ? こいつもそうだったんぜ? 今じゃチンポ見たら腰ふるビッチになっちまったけどな」
「もう、航平君がこうしたのに……」
「ひひっ、そうだったなぁ」
少女はもう抵抗できない。男の悪意に飲まれるだけだ。
―――――――――――――――――
「ぅ、ん……」
ボーっとする頭がだんだんはっきりとしてくる。肌に伝わる感覚がいつもとは違うことに違和感を覚えて確認する。
すると、自分がなにも身に着けていないとわかった
「ぃ、っ……」
股間から鈍痛が走る。昨晩の記憶が徐々によみがえってくる。女性にとっては一生のトラウマだ。気丈なはずの彼女の両目からは涙があふれてきた。
隣には同じくなにも身に着けていない■■が横になっていた。体中に白いものがこびりついている。それどころか、ひどい悪臭までする。行為をしてそのままになっていることがよく分かった。
しかし、その表情は■とは対照的に穏やかだった。
「こんなところにいられない―――」
ここにいては、あの男に何をされるのかわからない。いや、もうされてしまった後だが、まだ逃げ出せる。
たった一晩犯された程度では、■の心は折れなかった。航平の悪行を憎む気持ちは変わらない。
シャワー浴びる時間すら惜しい。手早く服を着る。行為の最中に破かれてしまい無駄に扇情的な格好になってしまっているが、かまってはいられない。
今すぐに警察に駆け込み、今あったことを洗いざらいぶちまけてやる。これ以上犠牲者を出してはいけない。
だが、運はどこまでも彼女に味方しなかった。
玄関へ行くには、どうしてもリビングを通らなければならない。そのリビングにいたのだ。シャワーを浴びて、一息ついた航平が。
「―――っ」
「おう、起きたのか」
航平の顔を見たことで、昨日のことをより鮮明に思い出してしまった。
「ほら、見ろよ。多分こいつが一番の当たりだ」
航平は手に持った物を軽く振ってテーブルに放った。
■はこの世界のシステムについてはすでに理解していた。
昨日の行為の結果生み出されたものがこれだというのかと■は思ったが、合意でなければ意味がないため、■■の行為の結果だ。
「んで、そんな格好して、どうしたんだ?」
「っ、それ、は……」
良い言い訳が思い浮かばない。
(いや、思いついた)
しかしそれは自分のプライドをぶち壊すくらい屈辱的なものだ。しかし確実に油断させることができる。
「見てわからないの、航平?」
全力で婀娜っぽい仕草をする。■は自分の中にあるいやらしい女性をイメージし、演じる。腰をくねらせ、破れた服から肌を露出させる。
無理やり作った笑顔は引きつっている。だが、男は揺れる胸に夢中で気が付かない。
「おいおいなんだよ。たった一晩で堕ちちまったのか? しょうがねえ奴だな……ほら、来いよ」
その猫なで声に、鳥肌が立つ。しかし、強靭な意思で演技はやめない。
目の端にちらりと光るものが映る。
テーブルに置いてあった凶器を手に掴んで後ろに隠した。航平が一番の当たりだと言っていたモノだ。
航平との距離はもう無い。しかしニヤニヤと航平は笑ったままだ。あくまで■自身にやらせたいらしい。
歯を食いしばりつつも、応えるふりをする。
そして決心がついた。
「航平」
「なんだ?」
穏便にやり過ごす必要はない。むしろ騒ぎを起こして、警察に踏み込んでもらったほうが良い。■も無罪とはいかないかもしれないが、この男を刑務所にぶち込めるなら、
(この先、召喚される女の子全員を救えるのなら……!)
右手に持った物に力を込め、振り上げた―――!
「なっ! お、おい! やめ―――」
完全に不意を突かれた航平は慌てて自分の顔を守ろうとするが、もう遅い。
「うわああああああああぁぁぁっ!!!」
無様に転がった航平は、何もできずに喉をぶち抜かれた。
「てめ、ぇ……クソ、クソがぁ!! クソクソクソクソ!! 何しやがんだよォ! クソッ! 痛てぇ、痛てぇよぉ……!」
傷口を抑え、泣き叫ぶ。今まで殴られた経験はあっても、刃物がのどを貫通する痛みは経験したことがない。
「はぁ、はぁ、はぁ、警察に……!」
■の目論見は成功した。あとは近くの交番でも管理局にでも行けば完璧だ。
今突き刺したのが『スタンドの矢』ではなかったらの話だが。
扉に向かっていた足が、力を失った。受け身を取ることもできず、床に転がる。
「は、ぇ……?」
間抜けな声が出てしまう。そのくらいに、意味が分からなかった。昨日薬で体の自由を奪われたのとはわけが違う。まるで本当になくなってしまったかのように、足そのものを『奪われた』かのような錯覚に陥ってしまう。
「っ!!」
■は後ろにおぞましい邪気を感じて振り返った。倒れていたはずの航平が立ち上がっている。真っ青になっていたはずの顔には生気が宿り、むしろ前よりも力に満ち溢れていた。
凄まじい形相で■を睨んでいた。
「やってくれたなぁ、クソアマがぁ……!」
■からは見えていなかったが、ホワイトスネイクは1枚のDISCを持っていた。■の足の機能を奪ったDISCをだ。
「『ホワイトスネイク』……俺はついてるよなぁ。こんな最強の能力を手に入れちまうなんてよぉ。テメェみたいな生意気な女を教育するにはうってつけの能力だッ!!」
足の機能を奪われた■は何とか、這ってでもその場を離れようとしていた。作戦は失敗、無駄な努力だとしても、少しでも離れようと。
その後■の姿を見た人はいない。ただし、ホワイトスネイクの実践に『使われた』のだけは確かだろう。
新谷航平はこれから1年間、学園島を騒がせることになる。