さてさて。忙しいお仕事も、何もない平和な日常というものも、過ぎるのは早いものだ。久しぶりの学校となった1週間も平穏無事に終了した。
授業を受け、勉学に励み、運動をして、トレーニングした。自分がまるで全く普通な学生であるのかと錯覚するくらいには平穏な1週間だった。もっとも、銃器刃物のトレーニングは普通とはかけ離れたものだったが。
何かあったことと言えば、那月ちゃんには身に覚えのないことで怒られてしまったことだろうか。なんで俺が不純異性交遊なんてしなくちゃいけないんだろうか。俺はただ昼寝をしていただけだというのに。怒るのなら、授業のサボりのことで怒ってほしいものだ。
そしてメアだけど、意外にもクラスに馴染めていた。
友人もでき始め、楽しい学校生活を送っているようだ。
宣言通り、ヤミのことを観察している。一挙手一投足とまではいかずとも、常に視界の端には捉えている。
そして俺とも、なんだかんだ言って仲良くしていた。敵意や害意は全く感じない。むしろ仲良くしたいのかと言いたくなるほど、馴れ馴れしく絡んでくるほどだ。
そのせいで余計な勘繰りをされることになってしまった。俺の女遊びぶりが学校に広まるのも時間の問題だろう。すでに複数人の女性と毎日一緒に登校しているんだ。今更だ。
どこかに行くのも女性と一緒。関わる事件にも女性がつきもの。そして、今日一緒にいる人も、女性なんだからな。
今日は、完成したアインハルトのデバイスを取りに、特務六課の部隊長『八神 はやて』の自宅まで来た。アスナも一緒だ。例によって、俺を1人にしないようにという取り決めだ。
よってメンバーは、俺、アインハルト、アスナ。そして、付き添いとしてノーヴェさんの姉妹である『チンク・ナカジマ』さんの4人だ。
チンクさんはノーヴェさんの姉妹だが、これでもかというほど似ていない。ノーヴェさんがハキハキとした、女性にしては身長の高い快活な女性であるのに対して、チンクさんはちっこく、お人形さんのようなロングの銀髪にアイパッチという、物静かな女性だ。
ここに来るのにチンクさんの車に乗せてもらったが、その身長でどうやって運転するのだという無礼な考えもあったくらいだ。車は自動運転だった。
八神さんの自宅があるのは学園島でも1等地。海辺に建てられた一軒家だ。近くに砂浜もある。常夏のこの島だが、人工島であるがゆえにビーチというのはとても貴重なものだ。その近くの家となれば、いったいどれほどの値段になるのか。
この島に来て、海を見たのは初めてだ。
「どうせだったら、水着持ってくればよかったかもな」
「ねー。私たち、戦ってばっかりだから、たまには息抜きしたいよね。旅行とか?」
「そうだな。色々片付いたら行きたいな」
「……色々片付くのっていつなんだろう?」
「旅行行っても、行った先で事件に巻き込まれそうだな」
「確かに」
チンクさんがチャイムを鳴らして応答を待っている間、玄関付近で適当な会話をしている。でも、微妙に居心地が悪い。その理由もわかっていた。
「アインハルト、どうした?」
「いえ、何でもありません」
「そうか?」
この娘、今日はずっとこんな調子なのだ。今日ずっと、待ち合わせの公園から、車に乗ってここに来るまでずっとだ。勘違いしないでほしいが、俺が何かしたわけじゃない。
始めのうちは、今日八神さんに初めて会うため緊張しているのかとも思っていた。だが、この娘はどう見ても俺を避けている様子がある。
心当たりがなくて困ってしまう。かと言って、馬鹿正直に理由を聞いてみるのも逆効果になりそうだ。
ここはそっとしておくことにしよう。
心に決めたところで、インターフォンから返答があった。チンクさんを先頭に俺たちは家の中に入っていく。
出迎えてくれたのは、ピンク色のポニーテールの長身の女性だ。切れ長の目に、伸びた背筋。一言で言うなら『かっこいい女性』。どうしてこういう女性は、悉く俺の身長を超えているのだろうか。服装は髪と同じ色のジャージだが、部屋着というわけではない。今から運動でもしに行こうという出で立ちだ。
俺はこの人の名前を知っていた。
「よく来たな、チンク」
「シグナムか、久しぶりだな。元気にしていたか?」
『魔法少女リリカルなのはA's』の登場人物。烈火の将とも呼ばれているヴォルケンリッター。シグナムだ。
「彼らが?」
「そうだ。デバイスを受け取るのはこっちの」
「アインハルト・ストラトスです」
「話は聞いている。インターミドルに出場するらしいな」
「はい」
アインハルトは真っすぐにシグナムを見て返事をする。
「それなら、君は私のライバルということになるな」
ライバル? や、流石にシグナムが出場するということはあるまい。弱い者いじめになってしまうし、年齢的に出場資格も持っていない。
「正確には私の道場の生徒達だがな。強いぞ」
「これから訓練なのか?」
「ああ。良かったら、帰りに少し参加していくと良い。デバイスの慣らしにもなるだろう」
「機会があれば、ぜひ」
「楽しみにしている」
クールに流したシグナムさんは靴を履いた。
「それと、君が夜月翔か。と、確か君は結城アスナだったな」
「初めまして」
「初めまして。桜ちゃんに聞いたんですか?」
名前を知られていたことは驚くことではない。捜査に協力して、一緒に旅行にも行っているんだ。名前知られている程度、驚くほうが馬鹿というものだ。
「いや、そういうわけではないが……うむ、一つアドバイスをしておく」
アインハルトに向けたものとは別の色を持った目を向けてくる。
「主が言うことは、あまり真に受けるな。ほどほどにまじめに、半分は流す程度に聞いておけばいい。今日は張り切っているからな」
「はぁ……?」
理解の難しいアドバイスを乗せたセリフを吐いて、シグナムさんは外に出ていった。
「ど、どういう意味だろう?」
「つまり気をつけろって意味だろ」
「え、な、何に?」
「だから、八神さんに」
言ってる意味が分からないとばかりに頭を振るアスナ。
「悪いようにはされないさ、多分ね」
取って食われるなんてことにはならないよ。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫さ。今日の目的はアインハルトのデバイスを受け取ることなんだからな。
チンクさんの後に続いて、リビングに入っていく。その足には迷いがない。
「よう来たなぁ、みんな。ささ、適当に座ってな。リイン、アギト~お茶出すの手伝って?」
「はいです!」
似非味のある関西弁を使う女性と、彼女の子供にしては大きすぎる、そして似てなさすぎる銀髪の少女、赤髪の少女がそこにいた。
てきぱきと紅茶とクッキーがテーブルに並べられる。俺達は全員そろってソファーに並んで座る。その対面には上記の女性3人が座った。
この人が、
「それじゃあ、まずは自己紹介からしとこか? ウチは『八神 はやて』。管理局勤務。今は特務六課の部隊長をしてます」
「そして! はやてちゃんのユニゾンデバイス、リインフォースⅡです!」
「同じく、アギトだ!」
八神さん。きれいな人なんだけど、どこかタヌキを思わせる顔なんだよな。や、それは勝手なイメージで幻覚が見えているだけかもしれないな。
『八神はやて』も『魔法少女リリカルなのは』の登場人物だ。正確には2期からの登場人物だけど、詳しいシナリオの紹介は避けておく。
同作の主人公で、俺とも面識のあるなのはさん。最近よくしてもらっているフェイトさん。その2人と並び称される『リリカルなのはシリーズ』の顔ともいえる人だ。
夜天の書と呼ばれる高度な魔導書の主であり、さっき見たシグナムさんを含めたヴォルケンリッターと呼ばれる騎士を4人も個人戦力として保有している。
なのはさんとフェイトさんも年齢に対してだいぶ出世しているが、部隊長にもなると、だいぶなどという言葉では不十分だ。異常なペースとも言える。
そのせいで作中ではタヌキだなんだと言われ、俺に余計な先入観を与えてしまったわけなんだけど。
「今日は待っとったよ」
「は、はいっ。お忙しいのにお願いしてしまい……」
頭を下げるアインハルトに、八神さんは笑って手を振る。
「やめてぇな、そういうの」
「とっても楽しいデバイス作りだったですよー」
「作ったのはお二人で?」
「ユニットベースはリインが組んで―――」
「―――はやてちゃんがAIシステムの仕上げと調整をやってくれたですよ」
アギト、リインが繋ぐ。
「で、外装はアギトの手作り」
つまりこの一家は、1週間でデバイスを組み上げてしまうというのか。なんて人たちだ。
「や、そんなん褒めんといてーな」
言い方に少し腹が立つが、すごいことはすごい。
「ちなみに、モチーフにはこだわってる。ルールーとかヴィヴィオに歴史について聞いてな。色々調べたんだぜ!」
人の目につく外装担当のアギトは、かなりの凝り性のようだ。突然入った、仕事とも言えない仕事にここまで本気になってくれるとは。
「そうそう、最終的にな。ほら、初代覇王様、クラウス陛下は豹を飼ってたって話を見つけてな」
俺も歴史についてはあらかた頭に叩き込んだ。完全記憶能力は本当に便利だ。それにしても、豹ね。確かにそんな記述があったな。
「あ、はい」
流石ご先祖様のお話とあって、いつもよりも少し饒舌にアインハルトが頷く。
「雪原豹は優秀な兵士でしたから。クラウス達も大切にしていました」
「そんなわけで、その雪原豹をモチーフにしてみたんだ!」
「動物の形で、動くってこと?」
「え、で、ですが、あまり大きいと連れて歩くのが大変では?」
目の前に、小学生と同じくらいの背格好のリインとアギトと言う例があるものの、それが豹となると話が違うというより、言語が違う。
「その辺りはしっかりと考えて作ったから、ノープロブレムだ!」
「あんまり待たせてもアレやし……そろそろお披露目といこか。これや」
八神さんは白い箱を机の上に置いた。この中にアインハルトのデバイスが入っているのだろう。
「開けてみ?」
「はい」
新しいおもちゃを貰った子供のように、アインハルトは一切の躊躇もなく箱を手に取り、開いた。
そこには確かにデバイスが入っていた。
「……え?」
「……猫」
「ま、これは予想通り」
しかし周りにとっては予想を大きく外されたものだったらしい。
それもそうだろう。
箱の中では、丸まった猫が寝息を立てて眠っていたのだから。
猫だ。黄色に黒縞の。デフォルメされた顔に、胴体と顔に対して大分短い四足。ぬいぐるみだ。ヴィヴィオちゃんも持っているデバイスと似たり寄ったりだ。
それにしても猫だ。これは絶対に。
「これは豹と言うよりも、猫なのでは?」
思ったことを口に出すのはアインハルトだ。
「ま、ぬいぐるみ外装はちょっとしたお茶目なんやけどな。中身はしっかりしてるから安心してな?」
箱の中のぬいぐるみがもぞもぞと動いた。
初めて見るものを親だと思ったのか、それとも登録が済んでいないのにアインハルトがマスターだとわかっていたのか
まん丸の目でアインハルトを見て、にゃあ、と鳴いた。
「かわいい……」
隣でアスナがぼそりと呟いた。
「触れたげて、アインハルト」
言われたアインハルトは、そっと抱き上げる。
「こんな可愛らしい子を、私が頂いてもよろしいんでしょうか?」
「もちろん!」
「アインハルトさんのために生み出した子ですからね! 大切にしてあげてください!」
「あ、マスター認証がまだやから……良かったら名前つけたげてな」
「はい」
「認証は庭でやりましょう」
俺たちはみんな揃って外に出た。
若くして部隊長を任せられているだけあって、持っている敷地の面積も尋常ではない。今は10人ほどの少年少女が、その敷地の中で汗を流していた。
シグナムさんが師匠をしているトレーニング道場の門下生たちだろう。みんな楽しそうにトレーニングにいそしんでいた。
家から出てきた俺たちに向けられる視線がいくつかあった。これからやることを考えれば、この視線はもっと増えるだろう。
しかし、デバイスとはいえ名付けか。なかなか決まるもんじゃないよな。ぱっと決めろって言われても。俺はつい考えこんでしまう質だ。
でも、アインハルトが悩んだのは10秒ほどだった。
「個体名称登録」
アインハルトの足元に、古代ベルカ時代の魔法陣が現れる。
「あなたの名前は『アスティオン』。
その言葉に、なんと驚くべきことに、猫―――アスティオン―――の表情が笑顔になった。そんなところまでこだわっているのか。
「アスティオン、セットアップ」
その言葉とともに光に包まれ、晴れる頃には変身魔法で大人になったアインハルトがそこに立っていた。
身長も体のいたるところも成長した姿になる。今後どれだけ成長すればここまでになるのか想像もつかない。魔法は偉大だなぁ。
「あれ? アインハルトちゃん、髪形少し変わった?」
「あ、そういえば」
変わっている。そういうのに興味がないから具体的な表現が難しいけど、なんかこう、左側のツインテールの根元でぐるぐると髪が編み込まれている。
「アスティオンが調整してくれたんですよ! そっちの方がいいよって」
「さてさて、ほんなら、ここから少し調整しよか? どうせなら、動かしながらの方が早く済むし……シグナムー!」
遠くで子供たち相手に指導していたシグナムさんを近くに呼ぶ。
「何か御用でしょうか?」
「そっちの子、何人か貸してくれへん? この娘のデバイスの微調整したいと思って」
「なるほど、少々お待ちを。ぴったりの2人を連れてきましょう」
そう言って、シグナムさんが連れてきた2人は、
「さっきも言った、インターミドルに出場するウチの生徒だ。覇王の実力を少し見せてやってほしい」
「ミ、ミウラ・リナルディです。よろしくお願いします!」
「紺野ユウキです。よろしくお願いします!」
こんな2人だった。