「いらっしゃいませー!! 空いてるお席へどうぞ~」
ウエイトレスさんの言葉に従い、俺達3人は店に入って案内された席に腰掛ける。
ここはカフェだが、ただのカフェではない。
「じゃあ……俺はとりあえずコーヒーでも……」
「私はここからここまで」
「太る」
メニューのケーキすべてを指差している耀に、俺は残酷に告げる。
「そんなことはない。私は成長期だし」
「糖分は血肉にはならないんだよなぁ……」
ま、耀は肉もモリモリ食べてるんだけど。最近、食費が跳ね上がって頭が痛い。
「でも、脂肪は蓄えないといけない場所があるから……そろそろ大きくなり始めないと、マズい気がするし……」
耀は自分の胸に手を当ててつぶやく。確かに耀の胸は小さい。というか、無い。散々小さい小さいと理子にからかわれているアリアよりもさらに小さい。アリアが緋弾の影響で、12歳から成長が遅くなっていることを考えると……うん。ごめんなさいと言いたくなってしまう。
「頑張ってくれ」
としか言えません。
「頑張る。1年……いや、半年後にはナイスバディになってるから」
「そうですか……」
まあ夢を見るのは自由だ。可能性がないわけじゃないんだしな。あんなに食べているのに体形に変化が現れないのは、一種の病気なんじゃないのかとも思えてしまう。
で、だ。もう1人、ウエイトレスを呼び止めて注文している耀の隣にいる、見ていて心配になりそうなくらいソワソワしている女の子に目を向ける。
「あのさ、そんなに気になるならさっさと行ってきていいぞ?」
「そ、そうですの? そ、それでは……」
そう言って、黒いゴスロリ姿の狂三はそさくさと席を立つ。
向かう場所はもちろんわかっている。
俺たちが座るテーブル席から少し離れたところに、靴を抜いで入るガラスで囲まれた空間がある。その中にはクッションやたくさんの動物が遊ぶような遊具、何よりこの場所の主役というべき存在がいた。
猫だ。
週末、土日の土曜日はアインハルトのデバイスを取りに八神家に行った。そして日曜日である今日は、狂三たっての希望により、猫カフェに来たのだ。最近の週末はいつも、大会に出るみんなのトレーニングに付き合っている。そのため久々の休日だ。
耀のほうも、興味があると言ってついてきた。
後姿からもわかるほど興奮した様子の狂三は、さっそく猫と戯れ始めた。猫を抱きしめてゴロゴロと転がっている。やめなさいって、そんなこと。店員さんも生暖かい目で見てるぞ。ほら、俺や耀に写真を撮られてる。後で大変だぞ。
コーヒーにミルクと砂糖を入れ、かき混ぜながらぼんやりとそんなことを考える。まことに穏やかなり。
「そういえば、翔は向こうにはいかないの?」
注文したケーキを半分ほど平らげてしまった耀がそんなことを聞いてくる。10皿くらいあったはずなんだけど……?
「どっちでもいいんだけどな。耀は行くのか?」
「モグッ、うん、食べ終わったから私も行こうかな」
食べ、終わった? 俺と話し始めたときは確かにまだ5皿残っていたはずなんだけど?
君、食べるの早すぎない?
しかしケロリとした顔をしているんだから問題ないんだろう。
「じゃ、俺も行こうかな……昨日は色々と疲れたし」
「お疲れ様」
珍しく何の嫌味もないお疲れさまだ。
「それにしても、昨日はみんな大荒れだったね」
「ま、あんなに意見が合わないのは初めてだったな。俺もうかつだったと思うよ」
昨日は六課―――管理局―――への入局をみんなに報告したわけなんだけど、それがもう荒れに荒れた。
荷物を持って、猫ブースに足を踏み入れた。
「ゴロゴロー、ふふ、ここがいいんでちゅかー?」
耀が撮影を開始した。もちろん俺も。これを動画におさめないなんてありえない。
普段なら絶対に見せないだろう姿だ。なんて迂闊なことをしてしまっているんだろうねぇ、狂三さん? ここには俺だけじゃなくて問題児の耀もいるんだぜ?
みんなのグループラインに動画を乗せた耀は、自分もしゃがんで猫を呼び始めた。
「でも、耀が入るなんて予想外だったよ。そういう組織とか嫌なもんだと思ってたよ」
「入局したら手帳貰えるでしょ? ほら、所属を証明する」
「そりゃ、な」
「それを使って権力を振りかざしたい」
「そんな目的なのか!?」
あんまりな目的に叫んでしまい、周りの猫を遠ざけてしまう。
「翔さん……」
「翔……」
「悪かったよ。るーるるる……」
悪いことをしたのは分かっている。俺は無心で猫を集めつつ、昨日の会議について思い返すのだった。
―――――――――――――――――――
「……翔? もう1回言ってもらえるかしら?」
アリアに問われ同じセリフを繰り返した。この時点で、アリアが爆発寸前であることは分かっていたため、出来るだけ心の準備をして。
「特務六課に入隊することにした」
「はぁぁぁぁ~~~~……」
意外にも爆発はしなかった。代わりに長い長い溜息をついた。
「そうなんですか!? じゃあ翔君も同僚になるかもしれないんですね!」
桜はアリアとは違って素直に喜んでくれている。桜はもう六課に所属してるからな。や、特待生枠だって話があったし、もしかすると桜も八神さんの計らいなのかもしれない。
「で、それってアンタだけなのかしら?」
「一応みんなだよ? あのね、特務六課って例の『3年後』の事件に対抗するために設立されたんだって。だからあそこにいれば、そういう事件に積極的にかかわっていけるって思ってね?」
一緒に来ていたアスナがフォローしてくれる。
「ああ、うん、それは分かってるわ。でも……はぁ、いろいろと面倒なのよねぇ……」
「そもそも、その八神さん、というのは信用できる方なんですの?」
「それはまあ、出来るよ」
「んん? 根拠があるのかなぁ? 翔君にしては、少しふわふわしすぎじゃないのかなぁ?」
信じられるのは、作品に出てくるキャラクターとしての『八神 はやて』を知っているからだ。もちろんいうこの世界の住人には説明しづらいことだ。俺が召喚した女の子は察してくれたみたいだけど。
でも、俺の信用だけでは納得しきれないこともあるんだろう。理子は少し否定的だ。
「まず私から言わせてもらうけど、立場的にそう簡単に決められないわね」
まず話始めるのはアリアだ。
「私の家はホームズ家、イギリスでは一応貴族ってことになってるし、私は長女。何でもかんでも自由に決められる立場にはないわ」
「落ちぶれ始めてるけどね? 今はむしろ助手のワトソン家のほうが裕福だし」
銃弾が理子に放たれる。いつものことだ。
「で、理子だけど、理子もあんまり管理局には入りたくないなぁ。翔君を信用できないわけじゃないけど、性格的にね。長続きしなさそうだし」
確かに、理子は組織に入るよりも自由な立場である武偵でいたほうが良いことが多いだろう。
「私もパスです。私の目的にそんなに重要ではなさそうなので」
そして、ヴィヴィオを守ることが第一目標のヤミも辞退した。職務のせいでヴィヴィオと一緒にいれないことが多くなるかもしれないからな。
「それに、3年後に向けて無理やり設立された部隊ってことは、いろいろ無理して作られたんでしょ? その辺りのくだらないごたごたに巻き込まれたら、無為に時間を消費することになりかねないわよ?」
「ああ……確かになぁ」
アリアの言葉に、納得させられてしまう。
人類とて一枚岩ではない。特に優秀な人材を片っ端から集めるのは反感を買うだろうし、部隊長は出世頭の若造だ。方々からのヘイトを集めているのは想像に難くない。
知っている人が運営していると言っても、それが絶対ではないのだ。
うーむ、そう言われると確かに焦っていたのかもしれないな。でも、おいしい立場であることには変わりないんだよなぁ……
「翔、おいしい蜜だけを吸う方法を考えてる?」
「そうそう。言い方悪いけどな」
何か手段はないかと考えるが、そんなうまい裏技が簡単に浮かんでくるわけがない。二手に分かれるじゃないけど、自由な立場で動ける人を作っておくことも重要なんじゃないのか?
「とりあえず、私はお兄ちゃんに任せるわ」
「はい。私もそうします」
「私はもともと参加することにしてたから」
「頑張ります」
「私は参加するよ」
「マスターの判断に任せる」
「はい。私たちはあなたの剣です。好きにお使いください」
クロ、雪菜、アスナ、ティナ、耀、セイバー達、俺が召喚した女の子の大半は所属しても良いと言ってくれた。
ただ1人、
「わたくしは、今回は遠慮させていただきますわ」
狂三だけが参加しないことになった。
「じゃあこういたしましょう。翔さんたちは六課に入ってそっちの方面から調べて下さいまし。わたくし達は皆さんの手が届かない、込み入ったところを調査いたしますわ。幸い、わたくしも理子さんも、そういうことは得意ですから」
「ねー。むしろそっちの方が、私たちは役に立つと思うよ?」
確かにこの2人なら、そのスキルに長けてるな。そうしてもらうか。
こうして俺たちは、六課に参加する組とそうでない組に分かれることになった。
――――――――――――――――――――――――
「よーしよしよしよしよしよし……で、そうなったって八神さんに連絡したんだよ。昨日の夜にさ」
猫のあごの下を撫でる。撫でられた猫は目を細め、その場に崩れ落ちるように横になった。
俺たちは3人そろって猫と戯れていた。流石にガチの会話ができる耀には敵わないが、俺の周りにも、しっかりと猫が集まってきている。
「相変わらずすごいテクニックですのね……それで、どうなったんですの?」
「どうもこうもないよ。別に問題ないって。ただし、小学生以下の採用は流石に難しいし、中学生は候補生って形になるんだってさ。でも、入らない人も模擬戦には参加しても良いって。この前の旅行が途中で終わったお詫びに」
「……まあそのくらいなら。別に相手も敵というわけではありませんし。いつ敵になるか分からないですけれど」
「気を付けるよ」
「そうしてくださいまし。翔さんの先輩の件もありますし、向こうも戦力以外の『何か』を翔さんに求めているのかもしれませんわ」
「……そうだよな」
相手が知っているキャラクターだとしても、みんなの過去をある程度分かっているとしても、それは知っているだけだ。
実際に話すことで印象なんていくらでも変わるし、知った顔で話すと不快感を与えてしまうかもしれない。
「もちろん、わたくしも外から色々とサポートは致しますわ。そのために今回は入局しないことにしたんですもの。内側はアスナさんにお任せいたしますわ」
狂三が猫を抱いてこちらに向き直った。黒のゴスロリ衣装とデブ猫がなんとも微妙なコントラストを醸し出している。
「頼りにしてるよ、狂三」
「はい、翔さん♪」
「仲良くしてるところ悪いけど」
「なんかすごいところ見ちゃってるのカナ?」
2人の声が俺たちを正気に戻した。って、2人?
「ちょっ! メ、メア!?」
「あ、あなた、どうしてここに……っ!?」
特徴的なおさげはいつも通り。違うのは制服が私服になっている点だ。メアにファッションのセンスがあるとは少し意外だけど、なかなかにキマっている。服装の説明をすると……って、どうでもいいんだよ、そんなことは!
「な、何でここに?」
耀もどうしてここに連れてきたんだ!
「だって私、実際に見たことなかったから。どんな人なのかなー、って」
「別に? ちょっと外から翔君たちが見えてね。せっかくだしちょっと声をかけてみたんだけど、迷惑だったみたいだね」
2人ともあっけらかんと答えてくる。
この2人、どこか似た空気を感じるぞ。その場をひっかきまわすって性格が。
「……少なくとも、一緒にお話しできるほど、仲良くはありませんね」
狂三はニコニコとはしているが、抱いていた猫を下ろして、せっかく集めた猫が逃げ出すほどの空気を纏い始めた。
「あはは、ここでやり合ったらかわいそうだよ……何人死んじゃうか分かんないもんね。猫ちゃんもいるし。戦っても、お互い得るものは何もないよ?」
「……」
メアには本当に戦闘の意思はないみたいだ。でも戦闘の意思が無くても害意がないとは限らない。
「本当に何もするつもりはないって。少なくとも今はね。今は観察してるから。お姉ちゃんの周りを」
「おいメア! お前なんか変なこと企んでないよな!」
「あはは、企んでないわけないでしょ? だって、ヤミお姉ちゃんには元に戻ってもらわないといけないんだもん。翔君がお姉ちゃんを変えたから、私は元に戻さないといけないんだよ?」
いたって普通の顔で、考えを曲げるつもりはないと言われてしまう。ヤミを変えた大部分の理由は、どちらかというとヴィヴィオだと思うんだけど。でも、ヴィヴィオにちょっかいを出されるよりは何倍もマシだ。
「だから、気を付けてね。油断してるとヤミお姉ちゃんを取っちゃうから」
そう言い残して、メアはお店を後にした。