「ここは……?」
艶のある長い金髪。挑発的な黒い戦闘服を着る少女は、ぼんやりと意識を浮上させた。定まらない思考を必死にまとめようとする。暗殺者になってからこんなにも無防備な姿をさらしたのは、それこそ数えるほどしかない。
少女―――ヤミは、今自分が座っていることを認識した。上等なクッションがあるわけではない。簡素なプラスチックの椅子に座っている。
しかも高さがあった。地面までの距離は、50メートルはある。巨大な観覧車のゴンドラに1つに、彼女は座っていた。
「なぜ、こんなところに……?」
ヤミは首を傾げた。
おおよそ自分が来るとは思えない場所、しかも爆睡しているなんてありえない。
ありえない。
絶対にありえない。
つまり、
「誰かの攻撃を受けている」
それしか考えられない。
立ち上がり、辺りを見回す。質感は本物だ。空気の匂いから観覧車が回転する振動まで。もしもこれが催眠系の能力ならば、相当高いレベルの能力者ということになる。
「フヒ、ッヒヒヒヒ! さすがはヤミちゃんだねぇ。鋭いよっ! 肉食獣の爪なんかよりもずっと鋭いよっ!」
「何処にいるんですか。姿を見せてください」
突然聞こえてきた声にも動じずに、全身の神経を研ぎ澄ませる。
(まったく気配を感じないわけじゃない……すぐそこにいるのに何もいない?)
「ん? ん~……ああ! そっか、そっか! ヤミちゃんはスタンド使いじゃあないから、僕のスタンドは見えないんだね!」
「スタンド使い……」
ヤミは翔の説明を思い出し、顔をこわばらせる。スタンドはスタンドでなければ攻撃出来ない。そしてヤミには、保脇のスタンドに手ひどくやられたことがある。
苦手意識を持つには十分な相手だ。
(とにかく本体を見つけなければいけませんね。でも今はどんな罠が仕掛けられているのかわからない。もっと広い場所に出ないと)
幸い、拘束されているわけではない。
「
いつもの通り手を変形させる。数センチの鉄板をも切り裂くヤミの愛刀だ。ゴンドラの扉など、何ら問題なく切り裂ける。はずだった。
「つッ、ぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」
扉には傷1つつかなかった。
手は刀ではなくハンマーになっていた。打ち所が悪かったのか、手はしびれてしまっている。
「
「違うよヤミちゃん。たとえ不発だったとしても、ヤミちゃんなら今の攻撃で扉を破壊しているはずだもんね?」
そう言われればそうだ。しかしそのことが、ますますヤミを混乱させた。
「簡単な話なんだよ。とっても簡単なんだ。ここは僕の世界。僕の思い通りになる世界。ヤミちゃんは、僕の可愛い可愛いお人形なんだよ」
「ふざけたことをッ!」
とっさに髪を
「なっ! これは……っ!」
髪の毛を拳に変えて相手に叩き込むはずだった。しかし向かった先は、ヤミの体のほうだった。
自らの髪の毛に拘束されるヤミ。四肢を張りつけにされ、完全に動きを止められてしまう。複雑に絡まった髪の毛一本一本が、鋼鉄のワイヤーのような強度だった。
「だから言ったじゃないか、ヤミちゃん。君は僕のお人形なんだよ? どんな抵抗も無駄なんだから」
体の自由が奪われていないとはいえ、自身の髪の毛に拘束されてしまい、動かせるのは指先と視線くらいになった。
小さいゴンドラの中で足がつかないように空中に固定されたヤミだが、どこにいるかもわからない声の主を睨みつける。だがそれも、犯人にこの状況を楽しませるスパイスにしかならない。
「それにしても、こうして明るいところで見ると、えっちな恰好なんだねヤミちゃんは。フヒッ。下着にはあんまりこだわりがないのかな? 図分とシンプルなものをつけてるんだねぇ?」
ヤミの背中にゾワゾワと嫌な震えが走る。
(下にだれかいる!?)
見えない何かにスカートの中をのぞき込まれている。何も見えないが確かに下賤な視線を感じていた。
「とんだ変態ですね。人のスカートの中を覗き込んで喜ぶなんて」
「そうかもしれないね。でもしょうがないんだ。僕はヤミちゃんを一目見た時から忘れられないんだから。君を―――僕だけの人形にしたいってね。人形のことは隅々まで知っておかなければいけないだろ?」
「なに―――んっ! ―――っはぁぁ、んんぅ、ふぅ、ひっ、や、ニュルニュル……ッ!」
いつも着ているはずの黒い戦闘服、それに包まれたヤミの体が何かに這いずられていた。
乳房がぐねぐねと揉みしだかれ形を変えている。外からは何もされていないように見える。
しかしその実、戦闘服の中には無数の触手とヒダが、その粘液をぬりたくっているのだ。
「ヤミちゃん、本当にニュルニュルしたものが苦手なんだね。あいつの情報通りだ。そんなにえっちな顔になって……っ、写真が取れないのが残念だよぉ!」
「んはぁぁぁ……っ、はぅっ! ふぅぅ、んっ!!」
何とか声を出すのをこらえようとするヤミだったが、代わりに腰が仰け反った。
すっかりと自己主張を始めた胸の頂点に触手が一斉に群がったからだ。その小さな突起に触手は吸い付き、コリコリと転がし始めた。外見にも、女性の指ほどのミミズが2つのふくらみ、その頂点に群がっているような、生理的な嫌悪感を感じる絵面になっている。
トロリと口の端から涎をこぼし、全身を引き攣らせる。痙攣すらもできないくらいに体を押さえつけられ、快楽を逃がすことが出来ない。
「あふっ、ふっ、んぁぁぁ……、はぅんっ!!」
「エッチな声を我慢してるんだね。こんなにビンビンにしてるのに、いまさら我慢なんて意味ないんじゃないのかな」
「はっ、はっ、はっ……、ひぎゅ、ふぅっ、んんっ……ぁ、ぁ、ぁ!」
ヤミの声が切羽詰まってきた。ビリビリと体中に快感電流が走り、一気に弛緩して体を明け渡しそうになるのを、必死に理性でつなぎとめる。
(く……は……ぜ、たい……たえ……る……たえ……るぅぅ……! こん、な……こんなもの、にぃ……っ)
苦手なニュルニュル触手による攻めは、理性の壁をあっさりと押し流し、頂点まで体を高ぶらせていく。
その様子に気をよくしたのか、声はますます饒舌になる。
「もしかしてイッちゃうの? もしかして、顔もわからない、名前も知らない、それどころか、人でもないものにちょっと体をいじられただけで、それでピクピクしちゃうのかな? ヤミちゃんは、そんなにエッチな娘だったのかな? 私は全然そういう娘でも大丈夫だよ?」
「わたし、はっ! えっちぃ娘じゃ、ありません……!」
反論している最中も、こりこり、こりこりとしごかれ続ける乳首は、じんじんとした刺激をヤミに与え続けている。
そんなふうに、快楽を受け取るために触ったことなどないヤミがここまで耐えているのは、ひとえにヤミの精神力が成せることだ。
挑発を受けた相手が返すのは、より辛い、拷問のような時間だ。
「ふーん、そうなんだぁ? じゃあ、こっちの方も触っちゃおうかなぁ?」
「っ!」
スカートの奥、少し湿り気を帯びてきた下着が。ただの布切れのはずのそれが、かすかに、しかし確実に動いた。
次はそこに行くという宣言だ。
とうとう来るところに来た。ヤミは少しでも抵抗しようと、口を堅く結ぶ。
「ヤミちゃんはまだしたことないよね? でも知ってるかな? ま、裏世界にいて全く知らないなんてことあるわけないよね」
「……するなら、勝手にすればいいです」
「ふふ、経験ないのに、そんな強気なこと言っても大丈夫? もしかして、ここは現実じゃないからされても大丈夫、なんて思ってるのかな? だったら甘いよ?」
ヤミの下着が勝手に動きだした。その内側に、バトルスーツと同じような触手が大量に表れたのだ。寝起きの生物が体を揺らすように、生まれたばかりの動物が足を震わせながら立つように、ふやけ始めた肉ビラをゆるゆると舐められる。
その感覚が、全身が泡立つような不快感となってヤミを襲った。
「ここで起きたことは全部現実世界に反映されるんだよ? もしヤミちゃんが初めてだったら、もしも初めてだったら、この世界でされちゃったら、現実でも初めてが奪われちゃうことになるんだよ?」
「……」
さわさわと、耐えがたい嫌悪感がヤミの下着の内側を這いまわる。周辺のお肉を柔らかくして、貫く準備をしているのだ。
声の主は少し指先に力を込めただけで、少女の純潔を守っている薄皮が貫かれてしまうことになる。
「……それが、なんだっていうんですか」
「―――はぁ。なんか違うなー」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「おい。ヤミ、起きろって! 学校遅刻するぞ!」
俺は床で寝息を立てるヤミの体を揺すっていた。
それにしても、なんでこの子はベッドで寝ていないんだ。いつもだったら、誰よりも早く起きているのに。少なくとも、寝顔を俺に見せるほど無防備じゃないのに。
リトパターンは嫌で念入りにドアをノックした甲斐があって、お着換えシーンに突撃することはなかったけど、まさかまだ寝ているとは。
ノックは素晴らしいな。無用なラッキースケベを回避できるんだからな。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ、は、ぁっ」
「うん?」
なんでこの子はこんなに艶めかしい寝息を立てているのかな? 心なしか顔も赤い気がするし。
「おいっ! ヤミ起きろ!」
ただ事ではない。俺の直感がそう判断した。ここは後で怒られること覚悟で頬をたたく。4,5回叩くと、かすかに長いまつ毛が揺れた。
「ぁ、ん……」
「ヤミ、大丈夫か? 俺がわかる――――」
「ッ!!」
「――――ワッシャーーー!!!」
飛び出した刃が天井に突き刺さった。俺が聖杯戦争を潜り抜けていなかったら死んでいた。
いったい何があったのか。自分の体を抱くようにして臨戦態勢になっているヤミだったが、部屋への侵入者が俺であることを確認すると
「申し訳ありません。つい、やってしまいました」
「つい、じゃねーだろ! 殺す気か!」
「そもそも、私の部屋に勝手に入るあなたが悪いんでしょう」
「それはそうかもしれないけど。寝坊するほうも悪いと思うぞ」
「私が寝坊……?」
困惑した様子で時計を見るヤミ。俺の言ったことが間違いではないことを確認すると、ますます首をかしげる。
「あなた、昨日の食事に何か薬でも入れましたか?」
「疑いがひどすぎる!! 仲間に薬を盛って一体何の得があるんだよ!!」
起きることが出来ない女性を夜にこっそり、とか? そんなことやったら捕まるよ。捕まればいいほうだよ。普通に殺されかねないよ。
「何人もの女性と関係のあるあなたの言う事ではありませんね」
「ごもっとも」
もう目を逸らすしかない。
「本当に何でもないのか?」
「はい。何か、はい、そうですね……嫌な夢を見た、だけですから」
煮え切らない、要領を得ない、ヤミにしてははっきりとしない返事だ。
「とにかく、もう目は覚めましたから」
「嫌な夢、ね……はいはい、出ていくよ。さっさと下に来いよ」
俺はそう言って扉を閉めた。
―――――――――――――――――――
旅行から帰ってきて2週間が経とうとしてた。
まさか2週間も何もないままで過ごせることになるとは。もちろん細かいアレコレはあったが、この世界で生活していて銃弾の1発や2発で事件だ何だと騒いでいたら、永遠にゆっくりできない。
あれから八神さんからの連絡はない。結局、管理局組と武偵組、そうでない組に分かれることになったとはいえ、俺が管理局に入ることは許可が下りた。
つまり今朝、ヤミに殺されかけたことを除けば、すこぶる順調に過ごせていたということだ。
つまり平和だった。
今は休み時間。男友達と他愛もないおしゃべりをしていると、女子の会話が耳に入って来る。
聞き耳を立てているのだ。そのグループにはメアがいるからな。
「んでんで? 黒咲さんは今気になる男子とかいないの?」
「気になる男子? そうだなぁ……今一番気になるのは、夜月君かなぁ?」
俺の名前が出た瞬間に足をめちゃめちゃに踏まれた。犯人はもちろん話していた男友達にだ。テメェらも聞き耳立ててんのかい。
メアもメアだ。適当に答えてんだろ。興味っていうか、監視対処になってるから答えた的な。
「えー? でも夜月は、ねぇ?」
「ねー? あいつかなり遊んでるってウワサだよ? 先輩にも後輩にも、
「やめといたほうがいいって! そりゃ全然経験ないよりはいいかもだけどさ。だからってあいつは無いよ!」
「そうそう! 夜月なんてありえないって! むしろ男なんて無理だよ! 女の子は女の子同士……フヒ、ヤミちゃん……」
「そんなに気になることかな? そういうのって、生物としては本能的な欲求でしょ? 私はあんまり気にならないなぁ」
「えー!? マジで!? ……あ、ちょっとアンタは離れてね」
……いったい何を話してるんだよ。全く。ずいぶんな言われようだけど、それは甘んじて受け入れよう。事実だしな。
「まあでも、経験って大事だよね?」
「わかる。いいお店知ってたり、あっちのテクもヤバかったりね。同年代とか、ガキ過ぎてないわー」
「あっちのテク……みんなは経験あるの?」
メアがとんでもないことを言い始めた。そんなこと言うから、教室中の男が聞き耳を立て始めたじゃないか!
いくら男勝りな女子が多い武偵高でも、そんな話題を大っぴらに話す女子はいない。
「は? や、いやいや! ここで話すようなことじゃないっしょ!」
「そうそう! 黒咲さん大胆すぎだって!」
「そっか。そうだね! ……もう少し勉強しないとな」
区切りのいいところで、チャイムが鳴る。次の授業は化学。お昼までひと踏ん張りだ。
授業中には何も起こらない。これといった事件が起こることもなく、学校が終わり、そして―――夜になった。