この島は、思った以上に広いものだ。
そう思うのはこれで何度目だろうか。実際の面積もあるだろうが、空間を拡張する魔法や、高層ビルを建てる技術、海底に建物を建設する技術もあるのだ。
平面だけを見ていてはこの島のすべては見えない。
しかしだからと言って、和洋折衷、人魔混合、科学と魔法と魔術が入り混じるこの島だと言っても、この建物はヤバい。わざわざこんな立派な石階段、門構え、瓦屋根の日本家屋を作り出してしまうなんて。
どれだけお金があったらこんな家が作れるのだろうか。
俺達―――俺とアインハルト、それに綺凛―――は、見事な日本家屋の道場にいた。
ノーヴェさんの紹介で今日2人が練習試合の相手とするのは、この道場の師範代『ミカヤ・シェベル』さんだ。この場にふさわしい和装―――この場合は道着と言ったほうが正しいのだろう―――で、柄のないシンプルな白鞘に収められた大太刀を持っている。
剣の道を行く、凛とした女性。そのイメージがぴったりとハマる人だ。
ミカヤさんの使う天童流は、綺凛の使う刀藤流と同じくらいの規模の剣術流派だ。刀藤流が精密な連続斬撃が売りならば、天童流は一撃必殺の抜刀術を売りにしている。
格闘型にとっての難敵、斬撃武器の対策として選ばれたのがミカヤさんだったというわけだ。
「練習相手にご指名いただいて、光栄に思うよ」
正座をしている2人の前に、ミカヤさんが立つ。
「ただし私も出場選手だ。大会までの貴重な時間を無駄には出来ない。あまり手加減はしてあげられないよ。集中していなければ、ケガをする」
「構いません」
「望むところです」
アインハルトだけではなく綺凛も堂々と返す。
もちろんアインハルトは常日頃から、クロや綺凛と言った剣の達人たちと戦い、経験を積んでいる。しかし今回の相手であるミカヤさんは剣の達人でも、抜刀居合の達人だ。いつもとはまた違った経験を得ることが出来る。
ノーヴェさんはそう判断したようだ。さらに言えば、ミカヤさんの最高戦績は本戦3位入賞。順調に勝ち進めば、間違いなく対戦することになる相手だ。
「ナカジマちゃんから聞いた話では、君は
アインハルト、綺凛を順番に見る。
「私としては、
流派的に対抗意識はあるのか、珍しく綺凛からも闘志が漲っているように思う。
問題はアインハルトだ。八神さんの家にデバイスを取りに行った時と同じように、心ここにあらずと言った様子。
あの時は俺だけを避けていたのに、今は綺凛のことも避けているように見える。
この前はそっとしておくという選択をしたが、1週間も引っ張っているとなると多少強引にも理由を聞きださなくてはならないかもしれない。
今回の週末練習試合は、土日この道場に泊りがけで行うことになっている。食事や寝床なんかも準備してもらっている。もう至れり尽くせりだ。
ノーヴェさんには2人のことをよろしくと言われているが、俺が特にすることはない。俺は試合に出ないので、やるとしたら雑用くらいだ。その雑用も、家のお手伝いさんがほとんどやってしまうため、本当に見ているだけだ。
「でも、これはさすがに予想外だったなぁ」
「何がですか?」
「いえいえ、何でもないですよ」
同じように俺の横に正座するのは、この道場のもう1人の師範代にして本家の1人娘、『天童 木更』さんだった。
『ブラックブレット』の登場人物である天童さん。姫カットのストレートヘア。武偵高のではないセーラー服を着ている。
この人、原作では『天童式抜刀術』と言う剣術を使う。
や、まあね、そう来るかと思ったよ。細かいことまで気が付いた人がいたかはわからないけど、カミヤさんが使う剣術の名前は『天瞳流抜刀術』だ。確かに『天童』と『天瞳』、どっちも読み方が『てんどう』だからね。
この世界ではこの2つの存在は統合されているみたいだ。じゃないとややこしくなるからって言う事もあるんだろう。
ユウキの件然り、最近、悉く予想外の人に会うと思う。意図せずに事件に関わるフラグを立てているような、歩きながら地雷をばらまいているような。
ま、地雷を踏みぬこうが突っ走るしかないのだけど。
「あなたは出場しないんですか? インターミドルでなくても、
「特に予定はないですね」
事件に対応出来るように、フリーになって置かないといけないし。賞金は少し惜しい気がするけど。
「そういう天童さんは? 大会には出ないんですか? そもそも、武偵ですらないですよね?」
そんなことを言ったら、ミカヤさんも武偵ではない。俺が聞きたいのは、原作でもあった『要素』の1つが、この世界でもあるのかと言うことだ。
「ええ。私は、ちょっと体が悪くて。師範代ですけれど、あまり長くは刀を振っていられないんです」
天童さんは能力を使わず10メートル離れた先にあるものを切断できる。いわゆる飛ぶ斬撃をはじめとして、新しい『型』の開発も出来る才能の持ち主だ。
しかし、腎臓に持病を抱えていて長時間の戦闘は出来ないという設定が原作にあった。
その設定はこの世界でも生きているらしい。
確認が出来た俺は「なるほど」と、話題を変える。
「俺は競技者っていう感じじゃないですからね。技を極めるとか、試合をするとかにはあまり興味が無くて」
「結局は目的を達成する手段だと?」
「深い話をするつもりはないですけど、そんなところです。現金な性格なので」
「……いえ、私には咎める権利はありませんよ。私も同じようなものですから」
「……」
そしてもう一つ大きな設定があるんだけど、これはそう簡単に聞けるもんじゃないし、ここでは何も言えないな。
俺たちがおしゃべりしていると、立ち合いが始まっていた。
まず初めはミカヤさんと綺凛の様だ。
激しく剣が打ち合わされる。
やー、でもこうしてみると、素人目にも全然違うってわかるな。
綺凛の剣はさんざん見てきたが、抜刀術を見るのは初めてだ。確かに早い。あの綺凛が受けるので精一杯とは。ミカヤさんの実力はとんでもないな。
よーく、見ておくことにしよう。俺の目は写輪眼、もとい完全記憶能力の目だ。見たまんま完コピしてやるぜ。
あまりにも凝視していたからか、横に座っている天童さんがくすくすと笑い始めた。
「なんだかんだ言って、熱心に見てますね」
「や、まあ、綺凛は自分の
実際にはこっそり技を盗もうとしていたんだけど。
「あの2人は良く鍛えられていますね。あの年の私と比べても互角くらいですよ」
そこで互角と言ってしまうのか。
「同じくらいになったら、追い抜かされてると思いますよ?」
今度はアインハルトの番になった。ミカヤさんも綺凛もまだまだ余裕を残している。どうやら、準備運動代わりの軽い手合わせだったみたいだ。
綺凛の代わりにアインハルトが前に出る。その肩には猫のぬいぐるみ―――八神さんに作ってもらったデバイス、アスティオン―――が乗っていた。
手合わせが始まる。
平気な顔をしてあの速度の刀を素手で受け止めるのは流石としか言いようがない。一歩間違ったら、腕がなくなってるぞ。
だが、
「あの子、どうしたんですか?」
天童さんも違和感に気が付いたようだ。
「勘違いだったら申し訳ないと思いますが……あの子、ストラトスさん。あんまり集中出来ていないように思うんですけれど……?」
「天童さんもそう思いますか?」
感情が表に出にくいアインハルトだけど、行動にまで出ないわけじゃない。
体の動きが硬すぎる。ミカヤさんの速度に反応出来ていない、のではなく体が思うように動いてくれていないという印象を受ける。
戦いに集中出来ていない。何か別のことに気を取られている。
初見のはずの天童さんも気が付くのだから相当だ。
そしてとうとう、
「天童流抜刀居合、水月ッ!!」
「ッ!!」
ミカヤさんの繰り出した神速の一撃によって壁に叩きつけられ、気を失ってしまったのだった。
幸い5分ほどで目を覚ましたが、その後も謎の緊張が解けることはなく、その日の訓練は身になるような状態ではなかった。
――――――――――――――――――――――――
《んで、どうだったよ。2人の様子は》
「ふむ、腕は悪くないが、気になることはあったな」
その夜。ミカヤとノーヴェは電話をしていた。この2人は友人だ。友人だからこそ、今回の練習試合を組むことが出来た。
しかし、コーチを買って出ている者として、投げっぱなしというわけにはいかない。こうして、その日あったことを報告してもらっているのだ。
和室に半透明のディスプレイが浮いている様子は部屋の景観には合っていなかったが、本人たちは特に気にする様子もなく会話を続ける。
《気になることぉ? ああ、2人とも翔に惚れてるって話か?》
「うん? や、そうではなく、君がよこした
《アインハルトが?》
2人の話が食い違う。
「ああ。今日一日、ずっと心ここにあらずだ。鍛錬にも身が入っていない。あの調子で試合に出ると怪我をするぞ?」
《うーん? 学校でなんかあったのか? さすがにそこまでは面倒見きれないからな》
「そもそも、あの2人が夜月君に惚れている? 断言出来るのか?」
《出来んだろ。見てれば丸分かりだよ》
「そうか……?」
《つーか、その程度じゃねーよアイツのタラシぶりは。実際見たら腹がよじれるぜ》
「あいにく、この年齢までそういったものとは無縁な人生を送ってきたからね。見たところで楽しめるかどうか」
翔の女遊びぶりに話が逸れてしまったが、本題はそちらではない。
「しかし、ならば、だ。問題の原因は中心の男性である夜月君だということになるのではないか?」
《それもないと思うぜ? ……このくらいで拗れるようなら、アイツもう刺されてるよ》
「……そうなのか?」
そう言われると流石に興味が出てくる。
「話が進まない。色恋はともかくとして、どうすればよい? このままでは、貴重な休日をお互い棒に振るとこになるぞ?」
《それはもう、色恋をどうにかするしかねぇだろ》
「……無理だと思うが、無謀だとは思うが、一応、私が何をすればよいのか聞いておこうか」
ミカヤもせっかくの週末練習の時間を有効に使えないのは痛い。多少不得手なことでも、協力しようという姿勢を見せた。
《そんなに難しくはないさ。相手は中学生だぜ。惚れてる相手もわかってて、今日は一晩お前の家にお泊りだ。ちょっと焚きつけてやれば勝手に事が進むさ》
「本当か?」
ミカヤは首を傾げる。ちょっと焚きつける、という行動自体が未経験だがキューピット役になれと言われるよりはマシだ。焚きつけるほうが難易度が低いだろう。うん。おそらくは。
ノーヴェも経験がないため、2人を焚きつけてそのまま翔がどうにかしてくれるだろうという丸投げスタイルだ。
「はぁ、まあ、木更もこういうことには疎いからな。やってみるさ」
《おうよ! 報告よろしくな!》
「君、少し楽しんでいるな?」
通話を終了したミカヤは重い腰を上げるのだった。
――――――――――――――――――――――――
「はぁ……」
湯船に浸かりながら、アインハルトはため息をついた。
ホテルアルピーノと比べれば少し劣るかもしれないが、とても広々とした浴室だった。建物に合わせてあるのか、浴槽は大きな檜風呂だ。
道場を運営するだけなら、簡単なシャワーがあればよいが、木更はここに住んでいる。ミカヤもよく泊まるためお風呂は必須の設備だった。
そんなお風呂に、アインハルトと綺凛が2人で入っていた。
「あの……私何かアインハルトさんの気に障るようなことしましたか?」
明らかに翔と自分を避けているアインハルトに、綺凛はおずおずと声をかけた。
「はい? い、いえ! そういうわけでは……」
「でも、アインハルトさん調子が悪そうです……悩み事があるのなら相談して下さい。人に相談すれば、少しは楽になるかもしれませんから」
「そう、ですね……最近色々と雑念が多いんです。少し前までは平気だったんですけれど、今は色々と、その、鍛錬の時にも落ち着かなくなってしまって」
「うーん……」
綺凛も鈍いわけではない。アインハルトが翔のことを考えているのはすぐに分かった。実際翔に対しての態度がぎこちなかった。
しかし、それならば説明がつかないことがある。綺凛のことも避けているというのはどうしてだろうか。
「やあ、2人とも、湯加減はどうかな?」
浴室の扉が開く音がして、ミカヤが入ってきた。恰好は言うまでもなく裸にタオル。とある目的があってわざと2人の入浴時間に突撃したのだ。
「あ、ちょうどよいです!」
「はい。とても立派なお風呂で」
「はは。うん。それは良かった」
ミカヤは体を洗い、湯船に身を沈めた。綺凛以上のグラマラスなボディが、お湯の中で気持ちが良さそうに伸びる。
「ふうぅ~……」
大きな浴槽は、3人で入ってもまだ余裕がある。
ふと、アインハルトが申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、今日は申し訳ありませんでした。全然集中出来てなくて、ご迷惑をかけてしまって……」
さて、どうやって恋愛の話に持っていこうか、普通に話題にしても良いのか、それともさりげなく『好きな人いるのかい?』なんて聞いたほうが良いのか。いつもの表情の裏でそんなことを考えていたミカヤにとって、アインハルトから話を振ってくれたのは、本当にありがたいことだった。
「ん、ああ。そういうこともあるだろう。うん。だが、そのままでは大会に支障があるぞ?」
「はい、そうですよね……」
「何かいい方法知っていますか? 物事に集中出来るような良い方法を」
「それはもうシンプルに。原因を取り除くのが一番だろう」
ここだと言わんばかりにミカヤは口を開く。
「今日の様子を観察するに―――君たち、夜月君に何か思うことがあるんじゃないかい?」
「「っ!!」」
(……まさかノーヴェが言っていたことが本当だったとは)
ミカヤでもわかるほど、2人の顔が真っ赤に染まっていた。挙動不審になり、パタパタと手で顔を扇いでいる。
「あははー、そんなにわかりやすかったですか?」
「わ、私は別に……っ!」
本当は全く気が付いてはいなかったが、大会前の練習に集中していただけだ。普段なら気が付いていたはず。
ミカヤは自分にそう言い聞かせる。
「う、うむ。だから、だね。その悩みの種というものを伐採するのが一番だと思うんだ」
もはや話している言語すら怪しくなっているが、それっぽいことを続ける。
「つまり、想いを告げてしまえばいいんだよ」
出てきたのは直球勝負のど真ん中だった。
友達と好きな人の話になって、『えー! じゃあ告っちゃいないよー!』というノリそのままだ。
ノーヴェも焚きつけろとは言ったが、ここまで直球に突き落とせとは言っていなかった。しかし、このミカヤ・シェベル。恋の駆け引きなどまどろっこしいものとは無縁だった。
「そ、それは……難しいですよぅ」
「しかし、そういう気持ちに決着をつけてしまわなければ、集中するのは難しいだろう?」
「それは、確かにそうかもしれませんが……」
いつの間にか綺凛だけではなくアインハルトもしっかりと会話に参加していた。
「あの、失礼でなければお聞きしたいのですが、ミカヤさんにも、そういう経験があるんですか」
「え!? あー、いや、まあ、そんなものかな……」
「そうなんですか!? 意外です……」
ここで年長者のミカヤは見栄を張った。生まれてこの方、誰かと恋人関係どころか、男性に好意を持ったことすらない。
しかし、吐いた唾は吞み込めない。
「そうだな。やはりその時も、告白することでスッキリしたな。結果としてはフラれてしまったが、その悔しさを練習にぶつけることが出来た……うん、そんなところだ」
「で、でもっ、フラれるのは嫌ですよっ!」
「あー……うん。そうだね。大切なのは気持ちをスッキリさせることだよ。フラれたら私の様にバネにすればよいし、受け入れられたときは……そうだな……受け入れられたとしても、君たちはそれで鍛錬や試合を疎かにするような娘ではないだろう?」
「それは、どうなんでしょうか……初めてのことで私でもこの気持ちが良く分からなくて……」
「気持ちをスッキリ……スッキリ、ですか……うん、そうですよね」
(うん? 何か間違ったか? 予想していたものとは少し違うか?)
何を間違ったのかといえば、色々と間違えていた。
焚きつけることには成功していたが、その相手を盛大に間違えている。
恋愛相談などしたことがなかった綺凛は、それはもう簡単に決心してしまった。元が流されやすい性格だということもあったかもしれない。
お風呂での恋愛相談は、その日の夜の流れを決めることになった。