「さてさて、始まったなぁ~」
「そうですね」
「八神部隊長ならその内引き入れるとは思っていましたけど、こんなに早いとは思いませんでしたよ」
「誉め言葉として受け取っとくわ」
訓練場の、今は模擬戦闘の闘技場になっている結界の外。内部の様子をあちこちに設置されたカメラを使って観戦できる一番の特等席には、3人の女性がいた。
1人はこの特務六課の部隊長であり、翔たちをこの部隊に誘った張本人である『八神 はやて』。
1人は、六課の後援者の1人であり、翔に対して強い警戒心を持っている『更識 楯無』。
1人は、楯無とは反対に翔に対して妙に信頼を置いている『クローディア・エンフィールド』。
悪の幹部勢ぞろいと言ったところだ。もちろん所属しているのは正義の機関で、志はまっとうだが。
「それにしても、まさか部外者の子供たちまで今回参加するとは思いませんでしたよ。流石に私的利用が過ぎるんじゃありませんか、部隊長」
「まあまあ、そう言わんといてな楯無。特例に特例を重ねとるんやし。いまさらこの程度、やろ?」
「ですが、余計な弱みを作っていることには変わりありませんね。今後はこう言ったことは控えるべきかと」
特別な権限を持たされた人が疎まれるというのは、どの世界であっても同じことだ。
しかもそれが権力者の支援によるものだとしたら、戦う相手は敵だけではなく味方も対象になる。
そう言った意味で、六課はその条件をすべて満たしていると言えた。
「はいはい、以後気を付けますよーっと」
「そう言ってるあなたこそ、夜月翔にはずいぶんと肩入れしてるじゃない」
楯無は、今度はクローディアに口を出す。
「そうでしょうか? 実力、人格共に問題ないと思っただけですよ?」
「その割には、身辺調査をほとんどしてないわ。新谷航平の供述にだって不自然な点はあるし、2人には共通する点がある」
普通の人ならば世界の修正力で違和感を持ってもすぐに忘れてしまう。だが、楯無は違った。理論的に証拠を集めることで、それに抵抗していた。
そして、この場にいるのはそんな彼女に匹敵するほどの能力を持った女性たちだ。
「そうやね。『ある時期から突然名前が売れ始める』ってところが特に引っかかるなぁ」
ある時期とはもちろん、翔たちがこの世界に来た時だ。記録上は問題なく修正されるが、違和感だけは残ってしまう。
「言うて夜月君はなんも悪いことしてへんし? 捕まえるのは無理やろ?」
さらりと言うはやてに、楯無は続ける。
「手元において、観察しておこうってことかしら?」
「そこまで露骨な物や無いけど……でも、みすみす手放す手も無いやろ? 味方ならバンザイ、敵ならその時はって感じや」
「まったくお二人は。夜月さんの周りの人を見れば、そんな悪い人じゃないってことくらいすぐわかると思いますけれど……」
クローディアの言うことはもっともだったが、理論で動き、未来の人命を左右する話をしている場面だ。その意見は流されることになった。
こういうことを言うから、クローディアは翔に肩入れしていると言われるのだが、本人が気にしている様子はない。
「ま、今はそない難しい話は忘れて、この模擬戦を楽しむことにしよか?」
3人は仕事の会話を打ち切り、モニターへ目を向けた。画面では、各々が自分たちのポジションへ散り、今まさに戦闘が始まろうとする場面だった。
――――――――――――――――――
チームを支えるセンターガード。人間でいえば背骨、扇子で言えば要に当たる部分に位置するポジションにいるのは、Aチーム『高町 なのは』、Bチーム『ティアナ・ランスター』だ。
中距離支援を主とする彼女たちは、魔力を充填しつつ思考していた。
「終盤、なのはさんに大きいのを撃たれたら一気に全滅するかもしれない。勝負を分ける一撃は―――」
「ティアナの鉄鋼狙撃弾は、私のよりも早くて重い。むやみやたらに
お互いに相手の強みを想定し作戦を立てるが、行きついた結論は同じだった。
「「―――数の均衡が崩れた時ッ!!」」
―――――――――――――――――
今回唯一のスナイパーであるティナは、誰とも相対せずにビルの屋上に伏せていた。フィールドの隅、その中でも一番背の高いビルだ。ここからならフィールドのほとんどを射程に収めることが出来る。
「ティアナさん、ポジショニング終わりました」
《そこからなのはさんは見える?》
「はい。見えます」
白いバリアジャケットを身につけた女性をスコープ越しに見る。
《無暗に撃たないでね。ここぞっていう時に指示するわ》
「了解です」
スナイパーは位置がばれてしまうと途端に弱くなってしまう。この狭いフィールドで有効な狙撃ポイントは限られているため、無暗に射撃するわけにはいかない。
ティアナの言ったように、的確な一撃でなければいけないのだ。
「お兄さんとのデート権を勝ち取るのは私です」
自分の身長よりも大きいスナイパーライフルを構え、宣言した。
―――――――――――――――
チームを支える縁の下の力持ち、フルバックはAチーム『ルーテシア・アルピーノ』、Bチーム『キャロ・ル・ルシエ』。
直接前に出ることは少ないが、野球のキャッチャーのようにチーム全体を見渡せる位置にいる。重要度もキャッチャーのそれと同じかそれ以上だ。
「さてさて、どっちがうまくチームを支えられるかなぁ?」
「負けないんだから!」
意気込む2人。
ルーテシアは実に楽しそうに試合に臨んでいた。
「私にとっては、勝敗は他の人以上に重要だものねぇ? じゃ、ギャンブルスタートよ、夜月君♪」
―――――――――――――――――――
悠々と空を飛びつつも、相手を見据えるのはBチーム『フェイト・T・ハラオウン』だ。機動力を生かして攻撃と防御両方をこなすガードウィングのポジションについている。
そしてAチーム『エリオ・モンディアル』も同じポジションについている。
奇しくも息子と義母の戦いになった。
「エリオとの1対1なんて久しぶりだなぁ。油断してたら落とされちゃうかも」
「行くよストラーダ! 今日こそはフェイトさんを打ち落とす!」
気合も十分に、両者は激突する。
――――――――――――――――――――
「「おおおおおおおっ!!!」」
拳と蹴りがぶつかり合い、火花が散る。
こちらではすでに戦いが始まっていた。常に前線に立って戦うフロントアタッカーの2人だ。Aチーム『スバル・ナカジマ』、Bチーム『ノーヴェ・ナカジマ』だ。
フェイトとエリオが親子なら、こちらは姉妹対決といったところだ。
2人の装備も似通っている。2人とも足にはローラースケートのように車輪のついた靴を履き、空中にある道を高速で滑っている。
スバルは右手に、ノーヴェは両足にドリルの様に回転するパーツを装着しており、そこから生まれる螺旋のエネルギーが、打撃の威力を底上げしている。
「流石にやるねぇ、ノーヴェ……ッ!」
「当たりめえよ! こちとらいつもチビ共の練習に付き合ってんだ!」
この鍔迫り合いはノーヴェが押し切る。
「仕事ではともかく格闘技では―――」
「でも私もお姉ちゃんだし―――」
「「―――負けられない!!」」
金属のぶつかる音が、フィールドに響き渡った。その音は、2人の打撃の重さを物語っているのだった。
――――――――――――――――――
魔力弾が雨あられと降り注ぐ。単純な魔力弾だけではなく、炎と雷の属性が付与されたものもある。
複数の魔法を同時に使う所にあふれる才能を感じる。
しかし、その弾幕は相手の槍によって、すべて打ち払われていた。
槍をふるうのは雪菜だ。魔力を無効化させる特殊な術式が編み込まれた愛槍『雪霞狼』は、的確に攻撃を無力化していた。
「コロナちゃん! 準備はどうですか!?」
「もう少しです! もう少しで……っ!」
「春日部さん! モタモタしてるとコロナの魔法が完成しますッ!」
「それはそれで見てみたいかも」
Aチーム『リオ・ウェズリー』と『春日部 耀』Bチーム『コロナ・ティミル』と『姫柊 雪菜』だ。
コロナの魔法の性質上、多少の準備が必要になる。完成すれば強力な戦力になるが、それを知っている相手チームが黙ってみているわけはない。
そのために雪菜が護衛としてついていたのだ。
「創主コロナと魔導器ブランセルの名のもとに!」
「叩いて砕け『ゴライアス』ッ!!」
その掛け声とともに、15メートルサイズの巨人が現れた。
道路、周囲の建物に仕込んだ
だが術式が完成しても、耀もリオも全く臆さない。むしろ笑みすら浮かべている。
「行くよコロナッ! 双龍円舞ッ!!」
リオの背後に炎と雷の竜が現れる。
「正々堂々、闇討ちする」
「普通に正々堂々行きましょう!」
コロナはゴーレム『ゴライアス』の肩に乗る。
「それじゃあ行きましょう、コロナちゃんッ!」
「はい! 攻撃には巻き込まれないようにしてくださいね!」
―――――――――――――――――
「最近、わたくしの影が薄くなっているような気がしますの」
「そうですか?」
「そうですわ」
Aチーム『間桐 桜』と向かい合うのは、Bチーム『時崎 狂三』だ。
狂三は闇色の光を編んだような特別なドレス、霊装に身を包んで腕を組んでいた。
桜も管理局の制服ではない。彼女の魔力を編んで作った、バリアジャケットとも違う特別な衣服だ。
知っている人なら、弓道着とBBの服を足して2で割ったような服と言えば通じるかもしれない。もしくはFGOの礼装『イマジナリ・アラウンド』で着ている服装か。
基本は弓道着だが、肩から先は黒を基調として赤いラインが走っている。肩から肘まではダボっとしているが、肘から体にフィットするように作られており、そのまま人差し指と中指を覆っていた。その黒いパーツは大きな襟になっていた。
「てっきり狂三さんは色々と裏でこそこそと、いちゃいちゃとしているのかと思ってました。猫カフェにだって行ってたじゃないですか」
「行くには行きましたが……猫に夢中になってしまって……」
「ああー……」
こっそり、狂三が猫と戯れている時の画像と動画を共有された時の暴れっぷりを思い出して、桜は苦笑いする。
「……今回は本気で行きますわ―――
狂三の背後に巨大な時計が出現する。長針と短針がそれぞれ銃として狂三の手に収まる。だが、今回はそれだけではない。
「ッ!? これは……っ!?」
狂三を中心に黒い何かが広がり始める。それを踏む桜の体には未知のプレッシャーがかかる。
「なるほど……っ。この影はあなたの領域というわけですね……っ」
「その通りですわ」
『時喰みの城』。狂三が天使のほかに所有しているもう一つの能力。自らの影を広げて張り巡らせることで、その影を踏んでいる人間の時間を吸い上げることが出来る。
「安心して下さい、桜さん。寿命を吸い取って殺してしまおうなんて考えはありませんので。あくまで、わたくし達の戦いの補助、少し苦しい足枷程度のもとの思って下さいまし」
狂三は凄惨な表情を浮かべる。自らの狩場に誘い込み、ここからは一方的に攻撃するだけ。狂三は冗談なく、本当に相手チームを全滅させるつもりだ。
「でも」
そこで狂三も異変に気が付く。
「私を舐めないでくださいよ、狂三さん?」
いつの間にか、桜の体が『時喰みの城』の影響から解放されていた。それどころか『時喰みの城』が逆に侵食されている。
「影を使うというのは、何もあなただけの、狂三さんだけの専売特許じゃないんですよ? 私の得意分野でもあるんですから」
流石に完全に場の支配権を奪われるようなことは無いが、完全に拮抗している。
「(精霊であるわたくしの力と正面から戦えるなんて、少しプライドが傷ついてしまいますわ)規格外も良いところですわね」
「ふふ、忘れているかもしれないですけれど、私は六課の推薦でこの島に来ることになったんですよ?」
桜は何でもないように言うが、尋常ではない。類まれな才能を存分に伸ばすことが出来た桜は、六課実働部隊のエースとして抜擢されていたのだ。
「やっぱり、最大の障害はあなたの様ですわ」
「私も、狂三さんのことをそう思ってますよ?」
狂三は自分と相手に銃を構え、桜は影の刃を狂三に差し向けた。
――――――――――――――――――
戦場にいるほかのメンツに比べて、この2人が持つ獲物は普通だった。強力な異能を使うわけでも、巨大なゴーレムを召喚するわけでも、身の丈以上の武器を持っている訳でも無い。
その腰にあるのはそれぞれ1本の刀と
Aチーム『刀堂 綺凛』とBチーム『結城 アスナ』が相対していた。
2人はそろって鞘から武器を引き抜いた。武器の種類は違うが、同じ鈍色の輝きが光りを反射する。
「アスナさん、お手合わせお願いします」
「うん。よろしくね、綺凛ちゃん」
じりじりと間合いを測るその姿は、極めて普通の剣術だ。しかし次の瞬間に交わされる剣劇は、常人の目で追うことは出来ない超速のもの。
空気を切り裂き、空間に風穴を開ける両者の武器がつばぜり合いでようやく常人にも見えるようになる。
「つかぬ事お聞きしますが……っ」
「なにかな……っ」
「アスナさんも先輩とお付き合いしているんですかっ?」
「……アスナさん『も』? ほ、他にも誰かに聞いたってことかなぁ?」
誰々『も』といういい方には2つの解釈の方法がある。この場にいない誰かを指している場合。もう1つは問いかけをした本人を含む場合だ。
一応とぼけた答えを返したが、アスナも察しが悪いわけじゃない。
「私、先輩とお付き合いすることになったんです!」
「そうだよねぇ!」
力を込めて一気に距離をとる。
(それはもう、綺凛ちゃんが翔君のこと好きだったのはわかってたけどね! でも、いつの間に、だったのかなぁ? 最近はずっと一緒にいたし、週末だって訓練に付き合って……まさかその時?)
勝負には勝たないといけない、年上のプライドとか、綺凛よりも早く彼女になった立場とか、今回の試合での賭けとか。
それはそうと。
(終わったら翔君に詳しいことを聞かないとだね?)
―――――――――――――――――
「ヴィヴィオさん、それにクロさんも……」
「アインハルトさん! お手合わせ、お願いします!」
「ごめんね? 2人きりにさせてあげられなくて」
アインハルトと相対しているのは、ヴィヴィオとクロだった。2人を前にしても、アインハルトの表情に変化は無い。
「問題ありません」
アインハルトは静かに構える。彼女にあるのは祖先から受け継いだ覇王流だけだ。対するクロは干将・莫邪を投影し、ヴィヴィオは掌に魔力球を出現させた。
(分かってるわね、ヴィヴィオ)
(もちろん!)
クロとヴィヴィオは目配せして頷き合う。
(格闘技じゃまだまだアインハルトさんに敵わないけど……魔法戦だったら負けない!)
(いくらアインハルトでも、何でもアリで私たち2人を捌ききれるかしらッ!!)
まず初めに動いたのはヴィヴィオだ。ほかの2人は動かない。
アインハルトは人数差を見て、相手の攻撃を捌く戦術をとることにしたのだ。しかしクロは違う。何かを待ち構えるような、作戦を立てている者の動きだ。
だからといって、アインハルトの動き方は変わらない。目の前の敵を1人1人屠るだけだ。
ヴィヴィオとアインハルトの距離はもうない。フェイントを交えた独特なステップは練習の成果だ。
アインハルトですら、瞬きの一瞬で見失ってしまうほどだ。
「一閃必中ッ!」
ヴィヴィオは上を取っていた。
保持していた魔力を開放する。その波動を感じたアインハルトは急いで回避を選択する。
「ディバインバスター!!!」
ヴィヴィオの魔力光と同じ虹色の魔力の奔流が、アインアルトに向かって放たれた。母親の使う魔法と同じ魔法。ヴィヴィオなりにアレンジしたこの魔法は、威力ではなくスピードに重きを置いていた。
(高速砲―――!!)
バリアジャケットに掠め、わずかだがライフが削られる。
「(掠っただけでも上出来ッ!! ここからドンドン責める!!)クロちゃん!」
「任せて!!」
着地を狙って2本の刀剣が飛来する。それはもちろん白と黒2振りの夫婦剣。黒の持っていた干将・莫邪だ。
「この攻撃ッ!!」
何をされるのか、アインハルトは過去の記憶から素早く判断するが、しかし、頭でわかっていても防ぐ手立てがない。
刀に対する防御なら、ミカヤや綺凛と戦う中で十分学ぶことが出来た。しかしそれに続く攻撃に対応出来ない。
腕で受け止めた剣を構成する骨格が、一瞬で別のモノへと変わる。武器そのものに蓄えられた魔力を暴発させ、周囲に被害をもたらすもの―――すなわち爆弾へと。
「
起爆した。
剣の破片が飛び散ることはない。宝具を構成する魔力を爆弾に変化させるこの技法は、純粋に爆破による衝撃で相手にダメージを与えるのだ。
「ッ!!!」
以前公園でやられたことの再現だ。意識が飛ぶようなことは無いが、ライフをごっそりと持っていかれる。
すかさず、浮いた体に追撃が入る。
「はああああああッ!!」
ヴィヴィオの綺麗な上段蹴りだ。しかし、これもうまく防ぐ。
一連の連携が終わると、これだけでアインハルトのバリアジャケットがボロボロになってしまっていた。しかし、サポートに特化されたデバイスであるティオによって、そのダメージが0になるまで回復する。
「えー!? 何よそれ、反則じゃない!」
「まさかあそこまで回復するなんて思いませんでした……」
「でも作戦は十分に効いてるわ」
「だね! このまま押していこう!」
打ち合わせをしていたのか、2人の連携には迷いがない。クロが少し本気を出した結果だ。今回の試合、クロにとって賭けているモノが大きい。そのくらいの労力は厭わない。
そうとは知らないアインハルトは回復し、軽くなった体で再び構えをとる。しかし、その構えは以前のモノとは少し違っていた。
(なるほど。この作戦を作ったのはおそらくクロさん……素直なヴィヴィオさんの魔法をうまく生かしている。ですが、覇王流に生半可な射砲撃は通用しません)
「アインハルトさんが構えた? この距離から!?」
「ミドルレンジがあるかもしれないわ! 無暗に突撃しないで、様子を見つつ攻撃して!」
「はい! ソニックシューターッ!」
「……覇王流、『旋衝波』」
少女たちの戦いはまだ始まったばかりだ。