時間は戦闘が開始されてすぐまで巻き戻る。
巨大な岩石の塊とは思えない俊敏な動きで、ゴーレムが拳を振り回す。痛みを感じないゴーレムは、迫っていた炎の竜を容易く貫通し、アスファルトに亀裂を入れた。
そこに立っていたはずのリオは、空へ舞っていた。今度は後ろに控えている、雷で形作られた竜をけしかけた。
「姫柊さん、お願いします!」
「はいっ!」
雪菜が手に持った雪霞狼を一振りすると、神格振動波駆動術式が槍先へ浮かび上がり、竜の体を散らす。
「ゴライアスッ!」
攻撃手段を使い切り空中で動く手段を持たないリオに向かって、ゴライアスの関節が唸りを上げた。腰に当たる部分が無理矢理に回転し、直径5メートルもある腕がリオに叩きつけられた。少女の体は砲弾のようにビルに叩きつけられる。
この戦場でなければ、人の原形を留めるのが難しい威力。この戦場でもライフがゼロになってもおかしくはない攻撃だ。
勢いを殺しきれずに回転をしていたゴライアス。その上に乗っていたゴーレムの創造主であるコロナと雪菜は、そろって目をまわしていた。
「うぅ……この攻撃は乗っているときにはやらないほうが良いのでは……?」
「た、確かにそうですね……っ」
ゴライアスの肩の上で口を押える2人。何とか戻ってきた平衡感覚を頼りに、今の攻撃の結果を見る。
土煙が晴れたそこには、リオが二本の足でしっかりと立っていた。BJは多少破れているが、まだまだ戦闘を続ける意思がある。ライフも、半分も減っていない。
「あれを受けて倒れないんですね」
「リオ、防御もうまいんです」
炎と雷、2種類の魔力変換資質に加えて、格闘技の才能。総合的な才能を見れば、なのはやフェイトにも匹敵するかもしれない。
多彩な魔法に格闘技。大会に出るための特訓でさらに磨きがかかっている。容易に倒せるような相手ではない。
「ッ!!」
霊視によって未来を見た雪菜は、無理矢理体を後ろに反らした。次の瞬間、強烈な踵落としが雪菜の立っていた場所に叩きつけられた。
コンクリートを固めて作られたはずのゴライアスの肩が大きく抉れる。
「おしい」
「よ、うっぷ、耀さん……っ」
風に乗る耀に対して槍を構える。だが間合いの取り方が甘い。槍のリーチなら十分に届く範囲だ。
攻撃されっぱなしでは勝つことが出来ない。一番機動力のある耀がせっかく手の届く範囲に来てくれたのだ。
「やぁっ!」
繰り出される神速の槍。しかし、
「あ、当たらない……っ!?」
「甘い甘い」
スケアリー・モンスターズの反応速度を使う耀は、簡単にあしらう。だが、いつもの雪菜の槍捌きなら十分にとらえることが出来ていた。いくら反応できていても、この距離では体が動かないからだ。
目を回しているこの状況。しかも、
「ふふふ、焦ってるね雪菜。賭けがそんなに気になってる?」
「ッ! そ、そんなわけないじゃないですかーっ!」
「ひ、姫柊さん!」
耀の一言で、雪菜の槍捌きが余計に乱れる。顔はもちろん真っ赤だ。もはやスケアリー・モンスターズの動体視力を使わなくても十分に避けられる。
反対側の肩にいるコロナもあわあわと、どうしようかとうろたえている。賭けの内容を知らないことも大きいだろう。どうしてここまで雪菜が乱れているのか、まるでわかっていない。
耀にも攻撃の意思がないのが幸いだ。それよりも雪菜を煽ることに集中している。
「わかるわかる。わかるよ。最近は主張の激しい女の子が増えてるもんね。こんなことが無かったら、翔をデートに誘うなんて出来ないもんね?」
「絶対面白がってますよね! 自分は勝っても負けてもいいからってそうやって!」
「え? そんなことないよ?」
「……はい?」
その一言で雪菜の槍がぴたりと止まる。
「私が一人勝ちすれば、みんなが殺気立って翔が苦労する。私はそれが見たいから」
「最悪の理由……っ」
場に混乱をもたらしたい。実に問題児らしい理由だ。
そうやって問題児に振り回されていると、今度はリオのことを忘れてしまっていた。
隙を伺っていたリオが動き出した。
「(あんなに早いゴーレム操作は並じゃない。きっとたくさん練習したんだろうな……)雷神装ッ!」
リオが全身に雷を纏う。速度を重視した身体能力強化だ。
「轟雷砲ッ!」
強烈な蹴りがゴライアスの右足を打ち抜く。コロナは耀と交戦する雪菜に気を取られて操作が疎かになっていた。
「わわっ!」
一度体勢を崩されてしまえば、転ばないようにするのが精いっぱいで攻撃に移ることが出来ない。
転ばないように地面についた腕を掴み、
「よい……ッ!!」
腰を入れて、
「しょおーーーッッ!!」
投げ飛ばした。
「「ええーーーーーッ!?」」
お返しと言わんばかりにビルに叩きつける。だが叩きつけられたのは小柄な少女ではなく、巨大なゴライアスだ。ゴライアスの重さで建物が押しつぶされる。
リオはVサインを突き付ける。
「でも、特訓したのはコロナだけじゃないんだからね!」
あまりにも豪快な攻撃に、開いた口が塞がらない2人。
「ふむふむ。あの子、スゴイ力持ちなんだね」
「耀さん、味方だからってなんて呑気な……」
「耀さん! ゴライアスが起きてこないうちに一気に畳みかけましょう!」
「まずい……っ、ゴライアス、起きてっ!」
4人の戦局が傾きかける。特にコロナはゴーレムを主軸にしている。リオに近づかれればひとたまりもない。
迫りくるリオと耀相手に、槍を構える雪菜。そんな戦場に2人の少女が乱入してきた。黒い影を従える桜色の少女と、時間を支配する時の女王だ。
―――――――――――――――――――――――
またもや時間が巻き戻り、試合が始まってすぐ。狂三と桜の戦場だ。
「わたくし達ッ!」
「きひひっ」
「遊んで差し上げますわ」
「ですが、手加減は致しませんわよ?」
「楽しませてくださいね?」
影から出てきた分身の狂三。
しかしそれが30人以上同時に襲ってくれば、常人はひとたまりもない。
しかもフィールドは狂三の時喰みの城。黒く塗りつぶされた地面から無尽蔵に分身が湧いてくる。
対する桜も負けてはいない。足元から延びる平坦な、桜色の鞭。時喰みの城の影響下にあっても桜の動きが鈍らないのは、足元に広がるまた別種の影のおかげだ。
桜の魔術属性は『架空元素・虚数』。間桐の教育で崩れていた魔術回路の調子は完全に回復し、さらに10年間しっかりと戦うための魔術の鍛錬をした桜は、狂三の猛攻を全く寄せ付けない。
鞭のように見えても鉄筋コンクリートを切り裂ける程度の切れ味はある。さらに多少の攻撃なら無効化できる天使の霊装が削られている。
「まったく、その魔術。敵に回すとこれほど恐ろしいものとは思いませんでしたわ。わたくしが相手になって正解でしたわね」
「そうですね。わたしも、今回厄介なのは、翔君よりも絶対に狂三ちゃんだって思ってましたから。私と1on1してくれるならありがたいですよ。ここで足止めが出来るんですから」
「あらあら。こんなに分身がいるのに、本物がしっかりこの場にいると思っているんですの?」
「狂三さんが私を過小評価しているとは思いたくないですね。私だって六課の『特待生』なんですから」
「……きひっ」
2人の戦いは苛烈を極める。銃弾と影の刃が飛び交い、踊るように破壊をまき散らしていく。
場所も移動し、ひと時も同じ場所に留まっていない。そのせいでほかの戦場に衝突してしまう。
そこにいたのは倒れたゴライアスだ。一つの攻防が終わり、ここから戦況が傾くかどうかの微妙な瞬間。
「く、狂三さん!?」
「あら、雪菜さん。少しお邪魔いたしますわ」
一息つく間もなく、空からティアナが放った魔力弾が雨あられと降り注いだ。
「「「ッ!?」」」
しっかりと相手のチームだけを狙い放たれたそれらは、到底すべて避けきれるものではない。
防御に徹するか、回避を試みるか。前者を選んだのは桜とリオ、後者を選んだのは耀だった。
どちらにせよ被弾は免れない。一気に流れが変わる。ゴライアスが起き上がり、圧倒的な威圧感を放っている。
そんな戦いの最中、ルーテシアから通信が入った。
《Aチームの皆さん! 予定とは少し違ってしまいましたが、作戦を開始します!》
作戦。Aチーム逆転の要は桜の魔術だ。
「わかりました。では―――行きます!」
影の兵隊が桜に集まる。集まり、集まり、桜を中心に広がっていた影も吸い込まれていく。育ち切り、一つになった影の兵隊は、もはや巨人というべき様相になった。
そのサイズは巨大だったゴライアスより、更に一回り大きい。巨体に見合うような咆哮を上げることなくそこにそびえ立つ様は、不気味な恐怖を辺りにまき散らしていた。
それを従える少女は、指を振って巨人を敵陣へと導く。
「それじゃあ、一番後ろまでプチッと潰しちゃいましょうか?」
巨体に見合ったゆっくりとした動きで進軍を始める影の巨人。
《コロナ、聞こえる!?》
「ティアナさん!?」
《ホントはここからじりじりとアドバンテージを取ってくはずだったけど予定が変わったわ! フィールドに現れた黒いでっかい奴は見える!?》
「目の前にいます!」
《だったら話が早いわ! コロナのゴーレムで何とかそいつを足止めして!》
ティアナはこの攻撃に覚えがあった。桜が翔たちと同じように実技試験をした時、似た攻撃を見たことがある。魔力を分解して飲み込む桜の虚数魔術だ。
その時見たものよりもはるかに巨大だ。良い予感は微塵も感じない。
《(あんなの持ち出してくるなんて反則よ!)私が隙をついてデカい奴を一発決めるから! その近くにいる人も協力してあげて! そんな大規模な魔術、長い時間保てるわけないから! 限界まで魔力を使わせれば、桜はそこでリタイアよ!》
「分かりました、やってみます!」
コロナは手持ちの
「お願い、頑張って! ゴライアスッ!!」
ゴライアスの体がどんどん肉付けされていく。影の巨人に対抗するように、コンクリートで出来た腕がどんどん太くなる。単純に質量が増えているため、威圧感が影の巨人とは段違いだ。
「ふふふ、すごいですね。でも、私の方が強いですよ?」
2体の巨人が睨み合い、拳が交差した。
「ッ!!」
息を呑んだのはコロナだ。
魔力をそぎ落とし、虚数へと分解する桜の影は、魔力によってパーツを繋ぎとめているがゴライヤスにとって致命傷だ。拳を構成していたパーツがボロボロと崩れていく。
まともにはやり合えない。この一瞬でそれが分かってしまった。
「こういう場合は―――」
「術者本体を狙うのが鉄則だよね?」
巨大にしてしまった代償か、桜を守っていた影は無くなってしまっている。無防備な状態だ。
襲い掛かるのはこれまで桜と戦っていた狂三と、どこから出てきたのか爆弾を携えた理子だ。
「私を振り切れると思ってるのかしらッ!! 理子ぉぉぉぉっ!!」
銃弾のカーテンを作り出しつつ着地するのは、ピンクのツインテールを振り回すアリアだ。戦況の変化を見て脱兎のごとく逃げ出した理子を追ってきたのだ。
狂三を止めるのは同じく飛翔してきたヤミだ。
攻撃を止められたことで、一瞬の空白が生まれる。その隙を桜は見逃さない。
影の巨人は図体が大きくても細かい攻撃が出来なくなったわけではない。その胴体から無数の刃を伸ばした。鋭角に曲がるカミソリのような刃がBチームに襲い掛かる。
射程も恐ろしく、後ろにあったビルがレゴブロックを崩したようにバラバラになってしまった。
「「っ!?」」
コロナ、雪菜、狂三、理子、4人ともティアナのクロスファイヤで稼いだはずのアドバンテージを一気にひっくり返されるほどのダメージを負ってしまう。
「これは……少々マズいかもしれませんわね」
狂三の顔も苦いものに変わる。狂三だけは幸いなことに、分身体が盾になったことで大ダメージは避けることが出来た。代わりに今地上にいた分身は全滅だ。
相対する相手は最強のアタッカーになった桜を筆頭に、リオ、アリア、ヤミ、耀。全員が健在だ。数で負けている上に、火力でも負けている。
そんな戦場を眼下に捕らえらえることが出来るビルの屋上には、狙撃ポイントを移したティナが立っていた。
(ここからなら狙えますね)
スコープの先に見るのはもちろん桜だ。今からでも桜を撃墜することが出来れば、戦況を押し戻すことが出来るかもしれない。
「―――
「―――っ」
引き金を引く直前、ティナのいた場所に捻じれ狂った矢が突き刺さった。避けることも反応することもできなかったティナは、そのままライフ全損―――敗退する。
「狙撃手が自分だけだなんて思わない事ね、ティナ」
撃ったのはもちろんクロだ。ビルから飛び降り、桜たちに合流する。
「上から狙ってたスナイパーは倒したわ。ライフ全損。もう起き上がってこないでしょうね」
人数が増え、さらに絶望的な状況になる。
残ったBチームの面々は助けに行こうとするが、試合開始から戦っていた相手が邪魔をして思うように動けない。
「クッソ! どけって姉さん!」
「やーだよっ! ここを通りたければ、お姉ちゃんを倒していきなさい!」
ノーヴェはスバルに足止めされ。
「エリオ、本当に強くなったね……!」
「行かせませんよ、フェイトさん!」
フェイトはエリオを突破できず。
「まだまだ付き合ってもらいますよ、アスナさん……!」
「この状況じゃなかったら、喜んで付き合うんだけどね……!」
アスナは綺凛を切り伏せることが出来ない。
後方からこの状況を見ていたBチーム、翔、アインハルト、キャロは飛び出しそうになる身を押さえつけていた。その理由はティアナからの指令だ。
《無理に飛び込まないで! みんなはそう簡単にやられたりしないから! それよりも、翔君にやってもらいたいことがあるの!》
「な、何ですか?」
《出来ないなら出来ないって言ってほしい。さっきなのはさんの砲撃を防いだ技。あれは何? 遠目からだったけど、相殺したとか、まともに防いだって感じじゃなかった。魔法そのものを打ち消したって感じだった》
「その通りです! 右手で触れた異能の力を打ち消すことが出来ます」
《それを使って、あの黒い奴は打ち消せる?》
「……! おそらくは」
《あの場にはお互いのチームの約半数ずつが集まってる。そこにデカい奴をお見舞いして戦局をひっくり返したいんだけど、黒い奴がいると思った効果が出ないかもしれないの》
「発射直前に打ち消せばいいんですね! タイミングはそちらに任せます!」
早すぎては、せっかく集まっている敵がまた散ってしまうかもしれない。かと言って出し渋れば味方が全滅、そのまま押し込まれる。
「あれれ? みんなは助けに行かないのかなー?」
余裕たっぷりに現れるのはAチームのルーテシアだ。それもそのはず、彼女と一緒に現れたのは、高町なのはと高町ヴィヴィオ。高町親子だったからだ。
「こ、これは本格的にまずいのでは? 作戦まで生き残れるのか?」
「わ、私もそう思います……」
戦いはクライマックスに近づいていく。