「うわぁ……」
観戦室で観戦していた楯無は思わず声を漏らしていた。目の前のモニターに映し出されているのは、2つの収束砲がぶつかり合った結果だ。
度を越えた光をカットするフィルターが画面にかかる。そのくらいの爆発が起こってしまった。六課自慢の陸戦シュミレーターの中央が更地になった。
「まるで終末の映像ね。これがすぐ外で行われてると思うとゾッとするわ」
中心にいたゴライアスは、材料がそもそも威力に耐え切れなくなり跡形も無く消し飛んだ。壁になっていた影の巨人は、
「それはまあ、収束砲同士がぶつかり合ってしまえば、ねぇ」
「ははは、いやー、私もあれだけは食らいたくないなぁー。いくら非殺傷設定でも死んでしまうわー」
それを実際に受けた部隊員がいるのだが、八神部隊長は呑気なものだ。
「さてさてみんなは……あ、っと、あー、やっぱりかー」
撃ち合ったティアナとなのははお互いに相打ち。中央で戦っていたメンバーはもれなく直撃を食らい全滅。
「はいはい、じゃあ訓練場に担架持ってってなー、ほとんどみんな気ぃ失ってるみたいやし」
全員のライフが0になっている。つまりこの試合は―――引き分けに終わることになった。
――――――――――――――――――――――――
「ん、っ、ぁ……」
目を覚ました。簡素なベッドに寝ていたようだ。周りにはいくつかベッドがあるが、誰も寝ていない。寝てはいないが、ベッドの横に座っている女性がいた。
「あ、目を覚ましましたか、翔」
「クローディア……?」
「あら、『さん』付けはなさらないんですね。うれしいです♪」
かなり久しぶりに見るその顔には、感情の読めない笑顔が張りつけられていた。
「お体にどこか異常はありませんか? 受けたのは魔力ショックのダメージだけで、検査にも異常はありませんでしたけど、万が一ということもありますので」
「特にないぞ。快調だ」
痛みも無ければ、気怠さもない。非殺傷設定バンザイだ。
「あの収束砲に巻き込まれた時はホントに死んだと思ったけどな」
「あれは外から見てても壮絶でしたね。部隊長なんて、自分は絶対に食らいたくないって言ってましたから」
「そりゃそうだろ……」
視界が全部光に包まれて、いつもは暗闇に落ちていくはずの意識が、光に溶けてくんだもん。昇天してるんだと勘違いするよ。
それは魔王って勘違いされてもしょうがない。トラウマになるもん。
「ここは?」
「六課の医務室です。訓練場が近くに併設してある関係で、簡単な治療ならこちらで行えるようになっているんですよ。もっとも、皆さん擦り傷程度しかケガはしていませんけどね」
それは良かった。でも、あの砲撃がトラウマになってるヤツって、絶対他にいるだろうなぁ。もしかするとみんな揃って死屍累々となっているかもしれない。
「他の皆さんはもう目を覚まして食堂にいますよ。一人で立てそうですか?」
「ああ。大丈夫だ」
「では行きましょうか。1試合終えて疲れたでしょうし、甘いものでも食べましょう。試験の結果はもう少しで発表されると思うので」
即日発表とは、どれだけこの試験が特別な物、言ってしまえば形式的な物かって言うことが改めて分かった。
クローディアに連れられるままに食堂へと足を向ける。
「その内、この施設を案内しないといけないですね」
「無事試験に合格出来たらな。俺よりも桜が目立ってただろ」
なんか、全部桜に持っていかれたような気がする。あ奴め、あそこまで強くなってたのか。流石オンリーワンの才能を持っているだけはある。
「間桐さんも翔と同じ特待生ですからね。まさか時計塔からの志願者なんて来ると思っていなかったので、当時はとても驚きました」
時計塔にいるのは、まさに『魔術師』と言った人たちばかりだ。いや、少し違うか。権力争いに従事する時計塔の魔術師は、『根源』を目指す本来の魔術師とは全然違う。
桜の魔術の使い方は、魔術師ではなく『魔術使い』のそれだ。魔術を研究のためではなく、ただの道具として使っている。
多分、聖杯戦争が終わってからずっと、俺と一緒に戦うために魔術を鍛えてきたんだろう。戦うために鍛えたのだ。研究のために魔術を使っている連中とは、こと戦いにおいてはレベルが違うということだ。
時計塔で修業をしていたという事だったが、周りの魔術師からの目は厳しいものだっただろう。魔術使いは基本的に魔術師に軽蔑の視線に晒されることになるからだ。
「ですが翔も、桜さんに負けてないと思いますよ」
「ま……能力の希少性って面では負けてないだろうな」
俺の能力も順調に増えているとはいえ、まだまだだ。サーヴァントと戦ったからって調子に乗っている場合じゃないな。もっと精進しなければ。
「大丈夫ですよ。翔はまだまだ強くなれます」
「それはどうも」
強くなれる(意味深)。
イカンな。どうしてもそっちの方向に思考が流れてしまう。困ったら能力のごり押しで戦ってきたからな。完全記憶能力頼りのコピーじゃなくて、自分でも鍛錬しないと。
そんなことを話していると、食堂に到着した。ここには前、桜と一緒に来たな。特に変化は無い。特に特徴のないテーブルと椅子の並ぶ普通の食堂だ。
そんな椅子に、みんなが座っていた。
「なあ、みんな、本当にケガしてないんだよな?」
「はい。包帯を巻いている人もいませんよ。さっき言った通り、みなさんかすり傷です」
「じゃあ、この惨状はなんなんだ……」
食堂では、確かにみんな死屍累々としていた。クローディアの言う通り、みんなのケガはそれほどでもないのは分かる。
でもそれ以上に、空気が淀んでいる。
「まさか、敵のスタンド攻撃か……!?」
「流石にそれは飛躍しすぎですよ?」
みんなをネガティブにするスタンド……心当たりが無いな。まさか、原作には登場しないスタンド……! あ、はい。ふざけるのはやめにします。
「クローディア、理由は分かったりするか?」
「さぁ……皆さん起きてすぐに試合の勝敗を聞いて、それからあの調子になりましたから。詳しいことは何も聞いてないんです。私はあなたが起きるまでずっとそばにいましたから」
「あ、そうですか」
「はい。ずっと寝顔を堪能してました♪」
「……」
「とっても可愛い寝顔でしたよ?」
「分かったから! もういいから!」
腹黒い笑顔でからかってくるクローディアを遮る。可愛い寝顔って、絶対に収束砲でうなされてたと思うんだけど。
「それにしても勝敗か……」
みんなそんなにこの勝負に真剣だったのか? そんなに力を入れる試合だった……だったんだろう。だからこういうことになってるんだろうし。
「って、そうだ! 試合の勝敗ってどうなったんだ!?」
「ふふふ、翔は皆さんと違って、あまり勝敗にはこだわってないんですね」
「あ、や……」
全く関係ないわけじゃないんだけど、今の今まで忘れてただけで。ルーテシアとの賭け事のことなんて、途中から完全に忘れて試合に熱中していたな。試合前にかっこつけたのが台無しだ。
「試合はドローです」
「ドロー!?」
ってことは引き分けか。
「最後の収束砲で両者ともに全滅しましたから。後でその時の映像を見ますか?」
「絶対に遠慮する」
どうして好き好んでトラウマを呼び覚ますような映像を見ないといけないんだ。
しかしそうなると、ルーテシアとの賭けはどうなるんだ。最悪なのは『どっちも罰ゲームねー』パターンなんだけど。
うやむやにしたい気持ちもあるけど、いつか面倒な時に掘り返されても面倒だ。ここはハッキリとさせておくことにしよう。
適当に飲み物取ってきますねー、と離れていった隙に俺はルーテシアを探す。
「えーと、ルーテシアは……いたいた」
他のみんなと比べると、様子は普通だ。
「おいっす。お疲れ」
「あ~、お疲れ」
俺はルーテシアと同じテーブルに座る。
「まさか、試合がドローになるなんてねぇ」
「そういうこともあるだろ。こっちのチームは危なかったし、俺としてはありがたいけどな。賭けはどうするんだ?」
「ドローだし、無効でいいよ。ちぇー、あとちょっとだったんだけどなー。夜月君の嬉し恥ずかし恋愛事情」
口をとがらせてぶーぶーと文句を言う。だが、文句を言う割にはあっさりと引き下がってくれた。
「あ、起きたんやね、夜月君」
「八神さん」
話していると、八神さんが姿を現した。今日はもちろん六課の制服だ。前に見た私服の時とはまた印象が変わる。そこまで年齢は離れていないはずなのに、着ている制服が妙に似合っている。
食堂に入った八神さんは周りを見回して、小声で聞いてきた。
「あー……みんな、どうしたん? そない落ち込むことあった?」
「俺にもさっぱり」
「またまた、あの子たちが落ち込む原因なんて、君以外に考えられへんやろ? なんか約束でもしてたんとちゃう? 『活躍した娘とデートする』みたいな」
そういうことをしてたのはルーテシアだよ。結局流れることになったけど。
「本当に知らないですって」
「ふーん、まあええわ。部隊長にそういう態度取るって言うなら。これからたっぷりと時間はあるわけやからな」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。子供の初恋に口を出す親か。そんな年齢じゃないし、経験もそんなにないだろ!
「みんなあの調子やし、とりあえず夜月君に言うわ。今回の試験、合格や。はいこれ」
実にあっさりと告げてきた。テーブルには資料の束がどっさりと置かれる。
「色々な記入資料と、教科書や。管理局に入局することになる以上、形だけでも座学は必要やからな。本入局は夜月君、結城さん。候補生は姫柊さん、春日部さん。合っとる?」
「はい。わざわざ部隊長自ら、どうもありがとうございます」
少し大げさなしぐさでお礼を言うと、八神さんも同じように返してくれる。
「そうやで。君はこれから私のことを部隊長って呼ばなあかん」
「それはもちろん」
「組織は上の命令が絶対や。それは分かる?」
「この部隊は無茶しそうですけど、分かります」
「つまり、上司である私の命令は絶対っちゅう訳や!」
「……うん?」
話が不穏になってきた。
「だから私に聞かれたときは、包み隠さず答えることや! 誰と何処にデートに行ったのか、誰に告白されたのか、誰と付き合うことになったのか! 全て! 包み隠さずや!」
「それはおかしい」
「はやてさ~ん。私にも教えてほしいですぅ~」
「くっくっく、えぇよぉ~、ルーテシア~」
「いやいやいや。俺のプライベート!」
悪い顔をした悪魔が2人生まれていた。
「君らは花の高校生。青春したい気持ちが抑えられんかもしれんやん? 時には失恋、三角関係、修羅場……色々と面白―――もとい、人間関係で悩むことがある。でも、部隊としてはそれは困るんよ。だから定期的に報告してもらって、大人として適切なアドバイスをしようかと」
「部隊長、そんなに経験豊富なんですか?」
分かってて聞いてみる。
「……や、経験は、多少、それなりに? ……あんまり?」
「……メンタルケアは俺の知っている六課の隊員にも当てはまるのでは?」
「いや、みんなそういう話が無くてつまんないんやもん」
結局はそっちになるんかい。
「みんな仕事一筋なところありますよね~」
俺よりも皆さんを知っている2人が腕を組んで頷いている。
「皆さん何の話をしているんですか?」
そこに、両手に飲み物のボトルを持ったクローディアが加わったのだからもう大変だ。
話の流れを説明されたクローディアは顔を輝かせて大賛成し始めた。
「それは私もとても興味がありますよ。ぜひぜひ、カウンセラーの役割は私にお任せください」
「いやいや、それじゃあ楽しみが半減―――もとい、適切な対処が出来ないかもしれん。ここは部隊長である私が」
騒ぎが大きくなれば、落ち込んでいた女の子たちも聞きつけるようになっていく。
「大変だね、夜月君」
「お前もさっきまで混ざってただろ。忘れてないからな」
ルーテシアにデコピンを食らわせ、事の行く末を見守るのだった。
―――――――――――――――――――――
俺は夕陽を身に受けながら歩いていた。
疲れただろうということで、みんなには先に帰ってもらっている。買い物当番の俺はというと、夕食の食材を買うためにスーパーに寄り道だ。
レジ袋を両手に持っている。模擬戦終わりの体にはなかなかに応えるな。しかし、特売を見逃すことは出来なかった。おかげで橋を渡った向こう側のスーパーに寄ることになってしまったが。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「ああ、問題ないぞ」
同じく料理当番のクロは全くいつも通りだ。いくら大人びていても、子供らしい元気を兼ね備えているらしい。
「それにしても、そっちでも賭け事してたなんてな」
「ちょっとしたお遊びだったんだけどね。思いのほかみんなヤル気出して、その結果にがっかりってところ」
クロに事情を聴いた俺は謎が解けてスッキリしていた。
どうやら、俺とのデート権をめぐって裏で勝負していたらしい。しかし結果は全員敗北。せっかくの機会を逃したから、あんなに落ち込んでいたというわけだ。
「言ってくれたら断らないのに」
「だから! そう言ったらみんなついて来ちゃうでしょ! そうならないように勝負で人数を絞りたかったの!」
「ああ、そういうね」
「そうじゃないと、お兄ちゃんと遊ぶ時間が減っちゃうじゃない?」
それは否定できないな。
「賭け云々はともかくとして、無事に部隊に入れて良かったね。くれぐれも、無理に女性に手を出したりしないようにね……フェイトさんとかもう危なそうだし。旅行で何かしたんでしょ?」
「それは普通に誤解だ! 向こうは曲がりなりにも大人なんだから」
「どーだかね……(どう考えてもあの人、男性経験なさそうだし、キッカケがあればコロッて堕ちちゃうかもしれないよね。あーもう! どこに行っても安心出来ないじゃない!)……人妻にまで手を出すなんて、ちょっと見境無さすぎなんじゃない?」
「や、だから自分からは出さないって。そもそもヴィヴィオは実の娘じゃないだろ」
クロに深々とため息をつかれる。そりゃそうだ。自分からは手を出さないっていうのは、逆に言えば向こうから出されたときは拒まないってことだからな。
でも、そんなの今さらだ。いったい何人の女性と関係を持っていると思ってるんだ? ……絶対に口には出せないな。
「これ、六課がお兄ちゃんの愛の巣になるのって時間の問題なんじゃないの……?」
「……」
何も言い返せなかった。何度も言うけど、自分からそっち方面のアクションを起こす気はない。でも危ない事件には積極的に関わっていく予定だ。その結果、(主に人間関係で)どうなるかは保証できないな。
「しょうがないけどさ、許可しちゃったのは私達だし。お兄ちゃんのことは信頼してるからさ」
「それは裏切らないようにするよ」
それは絶対だ。みんなのことを裏切るような真似は絶対に出来ない。
軽く笑って歩を進める。ようやく橋が見えてきた。ここを越えれば家まではあと半分。まだ半分あるのか。
レジ袋を握り直して力を入れる。今日の料理当番は俺ではない。家にたどり着いてしまえば、任務完了だ。そこまで何とか踏ん張って―――
「……は?」
―――握ったはずの手から、いつの間にかレジ袋が滑り落ちていた。
橋のちょうど真ん中、2人の女の子が言い争っていた。今日は休日だというのに制服に身を包む2人の少女だ。
2人とも同じ制服というだけではなく、髪形や背格好まで完全に同じだった。茶髪を肩の所で切り揃えている。顔までは確認できないが、この分なら、おそらく顔も見分けがつかないほど似ている……いや、同じなのだろう。
唯一違うのは2人のうちの片方だけが、頭に何やらゴーグルのようなものを引っ掻けているところだ。アクセサリーにしては飾りっ気がない、ファッションに無頓着な俺ですら制服と合わせるのには躊躇するようなデザインのものを。
「……いや、嘘だろ?」
「お兄ちゃん? あの2人がどうか……あ、あれって美琴じゃないの? おーい!」
「は? おま……っ」
まるで知り合いを見つけたかのように声を上げるクロ。だが、それは間違いなく知り合いを見つけたから出した声だ。
少し前にあった
残念ながら俺は蚊帳の外だったが、状況から見て
クロの声に、少女の1人が振り返った。その顔は一目で疲れているとわかる。
「ん、ああ、久しぶりねクロ。って、アンタ!? どうして一緒にいるのよ」
「お兄ちゃん?」
「入院してた時、たまたま、な? またまた、だけど。こういうことは」
「……よくわかんないけど、久しぶりね、クロ。それからあんたも」
覇気がないな。やっぱり疲れているのか。や、それもそうだろう。
「この方たちはお姉さまの知人ですか。と、ミサカは疲れ果てた様子のお姉さまに問いかけます」
「誰のせいで疲れたと思ってんのよ! 誰の!」
「あなた、妹なんていたのね。しかも同じ常盤台中学に」
「え? ええ、まあね……」
「……」
御坂の返事がぎこちない。俺は黙って御坂妹を見ている。姉と瓜二つ。言い訳はできない。これはどう見ても―――
「あの、ミサカに何か。と、ミサカは男性のぶしつけな視線に身の危険を感じます」
「……は?」
あまりに凝視しすぎたからだろう。両手で体を抱くようにした御坂妹が、俺から一歩距離を取る。
「アンタ、人の妹に……」
「……お兄ちゃん、信頼してるよ?」
「何もないって! ほら、あたまに乗っけてるの何かなーって」
俺は誰もが当然疑問に思うことを口にして、話題を反らす。
「これですか。これは軍用の暗視ゴーグルです。と、ミサカは所持品を自慢げに披露します」
「そっかー……」
「こんな街中でするもんなの?」
クロは疑問を、俺は生返事を返しつつ、この場で何をするべきかを考える。
御坂を見る。コイツは知っているのだろうか。知っていたらこの態度は無いか。御坂妹の事情を知っていれば、人に見られた時点でもっと焦るはずだ。いつものはつらつとした受け答えはないが、そこまで深刻な表情をしているわけではない。
「あのさ―――」
「あ! あー……、それじゃあ私達、これから用事があるから! ……ほら、アンタも行くわよ!」
御坂は会話を打ち切るように大声を上げて、瓜二つの妹の腕を掴んだ。されるがままの御坂妹。俺たちが来た方に去っていく。
このまま会話を続けるのは危ないと判断したんだろう。
「なんだったの、アレ」
「……」
大きなしこりを残し、俺たちは別れたのだった。