情報提供
「くそ……っ」
悪態を吐きつつ、PCの電源を落とす。多少検索した程度で出てくれば苦労はしないが、1週間調べ続けて何も成果がないと流石に滅入ってしまう。
暗視ゴーグルを頭に引っ掛けた御坂美琴―――通称御坂妹―――を夕暮れに目撃してから、俺は昼夜関係なく情報を集めようと奔走していた。
あの娘がいるということは、あの口にすることすらおぞましい実験が開始されているのかもしれない。だったらそんな実験は止めなければならない。
だが、そう簡単に情報を得られれば苦労はしない。
俺には高度な情報収集スキルは無い。それこそ、この世界に来る前の俺と大した差はないだろう。出来ることと言えば、グー〇ル先生にお尋ねするくらいだ。
狂三、理子、ジャンヌにも調べてもらってはいるが、なかなか状況は芳しくない。
これまでは事件の方から俺に近づいてくれていたが、今回は俺が追う番だ。これが本来の姿だと言われればそうなのだが、思うように進まなくてやきもきする。
原作では当麻が本当に吸い込まれるように御坂妹に出会い、本来あり得ない実験後の事故処理の場面に出くわすという流れるコンボを決めていた。
俺もそのくらい事件をスムーズに進めたいものだ。
「どうするべきか……」
いっそのこと、御坂に突撃するという最終手段を取りたくなってきた。いる場所は分かっているんだ。出来ないことはない。向こうが素直にしゃべるのかは別だが。
これも原作との比較になるが、俺と御坂の仲にはかなりの差がある。『とある』の原作ではこの事件になるまでに、当麻と美琴はケンカ友達としてじゃれ合う関係だった。
決して仲が良いとは言えないが、美琴が当麻のことを一種の安全地帯として考える程度には心を許していた。学生寮の同室で相棒の『白井 黒子』よりも、心の拠り所としていた。
「ま、それを言うと語弊があるか」
当麻と黒子、どっちをより信頼していたかなんて議題にしてもしょうがないことだ。2人に向ける気持ちが同じな訳が無いんだから。
話題は逸れたが、じゃあ俺がその当麻の立ち位置にいるかということだ。それには『ノー』としか言えない。
繋がりが薄すぎる。
顔を合わせたのは片手で数えられる程度。よくあるようなケンカイベントも、結局経験しなかった。
そんな相手がいきなり現れて
懇切丁寧に説明すればどうにかなるのかもしれないが、実験を止めるために心をすり減らしている御坂が冷静に聞いてくれるかどうか。
だから最後の手段だ。
だから、それまでに色々と策を練って行動を起こさないといけない。いけないんだけど……
「現状、何も出来てないんだよなぁ」
話は冒頭に戻るわけだ。
正直、手詰まりになっている。原作を読んでいると暗部けっこうガバガバだねって思うことがあるけど、現実はそんなボロを出すような甘いものではないということだ。
そしていつも通り何の成果も得られないまま、夕食の時間になった。
食事当番のアスナに呼ばれて、みんなが待っているリビングへ行く。
実はこの事件の捜査は、人数を絞って行っている。具体的には理子、狂三、ジャンヌだ。理由としては、そもそも人を増やした程度でどうにかなるものではないという事。事件の内容がエグすぎるから、耐性のある人だけで解決したいということが挙げられる。
目の前にいるアスナも、事件のことを知らない娘の1人だ。
いつもの通り、表面上何も無いように振る舞う。平穏な日々が流れているのだと錯覚するような、平穏な時間を演出する。
しかし俺の内心は、焦りの感情で満たされつつあるのだった。
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そんな現状を変えたのは、俺に届いた1通のメールだった。
いったいどこで俺のアドレスを知ったのか、六課の連絡用のデバイスではなく、俺個人の端末に送られてきたメールだ。
簡素な文体に用件だけ書かれたメール。直筆なら間違いなく殴り書きだ。
「今夜0時、××××〇〇〇〇-△△△△ □□号室に一人で来てください
あなたの知りたいことを教えます。
クローディア・エンフィールド」
夜の逢引きにしてはそっけないこのメールを受け取った時、思わず名前の欄を二度見してしまった。まさか、そっちの方からアプローチがあるなんて思わなかったよ。
しかしこれは渡りに船だ。こっそりと家を抜け出す。
指定された住所は、この島の高級マンションが立ち並ぶ地区だった。
マンションには到着したが、当然オートロック式の扉だ。こちらからインターフォンを鳴らして、中から開けてもらわないと中に入ることが出来ない。
部屋番号を入力する。
「クローディア? 夜月だけど」
「はい♪ お待ちしてましたよ。しっかり5分前。時間を守る男性は素敵ですよ」
「や、クローディアは上の階だし、部屋につくまでに5分経ちそうだけどな」
「ふふ、あまり早く来られても、女性には準備というものがありますからね。丁度に来ていただける方がありがたいですよ」
「さいですか……」
クローディアに口で勝つことは出来なさそうだな。おとなしく認めて、ロックを外してもらう。
エレベーターに乗り上階へ。
いったいどういう技術を使っているのか、完璧に無音だ。この時間では俺以外に乗り降りする人はいない。
「……」
こう静かだと考えてしまう。今夜クローディアが俺に与える情報というものを。
ここで
どうして俺がそのことを調べていることを知っているのか、とか、そんなこと気にしてもしょうがない。クローディアに加えて、八神部隊長、楯無さんにそんな疑問を持つ方がおバカだ。
敵意は無い、はずだ。せっかくの六課の新戦力。わざわざ自分の部屋に呼んで危害を加えるなんて。クローディアが世界の破滅でも願っていない限りは大丈夫なはず。
だとすれば善意で情報をくれるのか。それとも何か打算があるのか。彼女のメリットは?
いくつか考えが無いわけでも無い。
つらつらと考えていると目的の階に到着する。
エレベーターから降りても無音だ。どの部屋からも音がしない。こんな良いマンションで他に人がいないわけないし、よほど防音に気を使っているんだな。
クローディアがワンフロア全部持ってる可能性もあるか。
ま、今はどうでも良いことだ。
部屋番号の指定があるんだ。ここまで来て時間に遅れる訳にはいかない。
時間に合わせてあるのか、目の刺激にならないくらいに落とされた照明。上質な絨毯のようにふかふかの廊下を歩いて行くと、特に迷うことなく扉の前に到着する。
インターフォンを鳴らす。
さてさて、蛇が出るか、鬼が出るか。
「いらっしゃい、翔。お待ちしてましたよ♪」
「っ、クローディア」
出てきたのは、バスローブ姿の美女だった。
今まさにお風呂から上がったと言われても違和感がない、爽やかな香りが漂ってくる。
クローディアの周りだけ温度と湿度が高いように感じるのは、今、その格好になることが正しいタイミングなのだと、本当にお風呂上りなのだと俺に伝えてくる。
つまりは完全にお風呂上りなのだ。
俺の訪問に合わせて、お風呂に入ったのかシャワーを浴びたのかは知らないけど、とにかく体を洗って、身を清めて、準備万端にしていたということだ。
というか、入り口で言ってた『女性の準備』云々はこのことか! この攻撃が一番効果的になるタイミングを狙ってたって訳なのか。
満面の笑みを浮かべるクローディアだったが、俺の視線はどうしても若干下方向の谷間へと吸い込まれてしまう。
バスローブは手足の裾が長くそこまで露出が多い恰好ではない。しかし胸元だけが、本来なら真っ先に隠されているべき部分が俺を挑発してくる。や、これはサイズの問題で収まりきっていないのだろうか。
こんなイケナイ格好で客人を迎えるのが、クローディアの作法なのだろうか。
「くす、どうしました、翔? どうぞ中へ」
「あ、ああ、うん、そうします」
この時間だしあんまり心配はないかもしれないけど、誰かに見られたら大変だ。
今の一瞬で、一気にクローディアに持っていかれた。
聡いクローディアだ。俺の動揺も狙ってのモノだったはず。
俺は進められるがままにベッドルームにある、小さな、2人分のティーカップを置くのにちょうどよいサイズの丸いテーブルを挟んで、クローディアと向かい合う形で座る。
窓の近くだ。高いビルの最上階にあるこの部屋からなら、それはそれは良い夜景が見えただろう。もう少し時間が早ければ。
日付が変わりそうなこの時間では、それも十分には楽しめないというものだ。
室内は薄暗い。寝る直前の最後のひと時を楽しむための灯りだ。
「女性の部屋は初めてではないですよね? そんなに緊張しないでください」
「あー……どうだろうな。実はあんまり入ったことないかも」
どちらかというと向こうから俺の部屋に来てホニャララが多いからな。
「あら! そうなんですか? 私はてっきり、あの中の女性の誰かとお付き合いしているものだと。それとも、まだ部屋には行かないようなプラトニックな関係なんですか?」
「そ、そんなに気になるのか?」
「私はこれでも女の子ですからね。同僚の恋愛には多少興味がありますよ」
予想外にグイグイ来られて困惑していると、軽く流されてしまう。と思いきや。
「ちょ、っと……!」
身を乗り出してくるクローディア。右手を包み込むように握られる。
圧倒的な質量をもつ谷間が、ぐいっ、と寄ってくる。もちろん目線はクローディアの顔になるように意識してだ。間違っても気付かれてはならない。
そんな俺の苦労はもしかするとクローディアの計算だったのか。まったく気にしない様子のクローディアは笑顔でとんでもないことを言ってくる。
「じゃあ……私と付き合ってみますか?」
「はい!?」
「もちろん冗談です♪」
なんて心臓に悪い冗談だ。
「ごめんなさい。ちょっとからかっちゃいました。でも別に嫌じゃないですよ、あなたとなら。本当に付き合ってみますか?」
「また冗談を……」
「ふふふ、さてさて、どうでしょうね?」
全く変わらない笑顔で言われても、冗談としか受け取れないよ。
息を抜くのはここまでだ。ここからはまじめな話になる。
「さて、今日あなたを呼んだのは他でもありません」
クローディアはざっと10枚ほどの資料の束を俺に渡してくる。
「翔が今知りたいことは、それに記されているはずです」
「……」
俺は無言で資料を受け取り、読み進めた。
読み終わると資料をテーブルに置き、深々とため息をついた。全く予想通り。表面上の違いは全くなかった。
これこそが、今回俺が追っていた事件であり、実験の名前だ。
たった1人の
「はぁ……」
「……初めは驚きました。どうしてあなたがこのことについて調べているのかわからなかったんです」
「たまたま
もっともなことを言う。それでクローディアも納得してくれたらしい。
「それで、どうしますか」
「どうしますか……?」
当然行動するに決まっている。それ以外の選択肢があるのか?
まさか俺の返答次第では、ってやつか。この場合は下手に首を突っ込もうとしたら、痛い目を見るパターンか。
「えっと、何か勘違いしていませんか?」
「え?」
しかし、クローディアの反応は思ったものとは違った。
全く敵意を感じない。
「この事件、解決に動く時は私も協力します。自分には無理だと思った時には、今日のことは忘れてください」
「うん……?」
本当に思っていたものと違うぞ? なんだって? 協力してくれる?
「忘れましたか? 私もそうですけど、あなたはもう管理局員なんですよ? 私達はこういう事件の捜査を行うことが出来るんです」
この学園島はどの国家の領土、領海にも属さない公海上に浮かんでいる。つまりは、どこの国の法律も適用されないのだ。
とはいっても、無法地帯というわけではない。国を飛び越えて公的な権限を行使できる機関がある。それが管理局だ。
管理局は各国が相談して決めた管理局の法律を、全世界地域を問わずに行使できる権限を持っている。
クローンとはいえ人を殺すなんて、十分に逮捕の対象だ。
武偵とは違い、大きな後ろ盾がバックにありサポートしてくれるというのだ。
「六課でもこの実験について掴み始めています。テスタロッサ執務官と、ランスター執務官が捜査を開始しています」
「俺もそこに加われと?」
「いいえ。ご自由にしてください。他の人がいては『やりずらい』手段を取る場合もあるでしょう?」
「……」
クローディアは六課の捜査の中でこの情報を入手したんだろうか。もしかしたら別の手段で入手したんじゃないだろうか。
クローディアは知ってるんじゃないのか。この事件が単純な捜査や逮捕で解決するようなモノじゃないってことを。
この実験の首謀者は誰で、参加しているのがいったい何者なのかということを。
しかし、せっかく見えた光明だ。ここで断るわけにはいかない。
「もちろん。この事件は俺が解決する」