そしてようやく夕食の時間になった。
ここまで本当に大変だった。
一番ヤバかったのは、どうしても避けては通れない生理現象、トイレの時だった。俺とヤミが1回ずつしたが、あんなに心が休まらないトイレは生まれて初めてだったよ。
こんな時に敵に襲われでもしたら危なかったけど、幸運にもそんなことは無かった。ヴィヴィオちゃんたちの特訓が終わりまっすぐ家に帰れば、あっという間に夕食の時間になった。
俺は利き手が使えないため食べるのに苦労したが、ヤミは
そんな夕食を食べ終わってしばらくすると、ヤミはとんでもないことを言い出した。
みんなでTVを見たり、談笑したり、食休みの時間だ。
「アスナ、皆さんが入らないのなら、先にお風呂をいただいてしまってもよいでしょうか」
家にお風呂は1つしかない。この家の人数だと、みんなで順番を決めて入らないと、最後の人は夜中になっているなんてことになってしまう。あまり長風呂をするのもよろしくない。
もちろん厳密に規則があるわけではないが、いつも誰かしら入り始めると、間を空けないように入るのが、我が家のルールになっていた。
そして今日はヤミが一番に手を挙げたというわけだ。
それは良い。
あろうことか俺とくっついて離れないヤミが、言い出したのが問題なだけだ。
「え、は……? 翔君と入るってこと……?」
「この際、やむを得ません」
「えぇ……? 今日1日くらいは我慢しても……」
アスナは困り顔で窘める。
「私は1日に一度はシャワーを浴びると決めています。このままでは寝るときも夜月翔と一緒ですから。女性ならわかるでしょう? それに夜月翔も少し汗臭いです」
ものすごい剣幕でまくしたてられてしまった。
なんでも、衛生とは一番に気を付けなければならないものなのだとか。平和な生活に慣れていると、不衛生で病気になるなんてあまり想像できないかもしれない。しかし、いつも身を清められて、いつも清潔なベッドで就寝出来る環境は貴重なのだとか。
ヤミの話ではな。
そう言う訳で、ヤミは本当によほどの理由がなければ、1日に1回、必ずお風呂に入るようにしているらしい。
今日の事態はその『よほどの理由』にはならないようだ。
「マジで入るのか? わかりにくい冗談じゃなくて?」
「もちろん目隠しはしてもらいます」
多分、命を狙われて警戒し続けないといけない、みたいな状況じゃないとこの意志は曲がらないんだろう。
「まあ、わかったけど……」
けど、どうしようか。
「ばっ、バカ言うんじゃないわよ! そんなのいいわけないでしょ!」
こんなところで口走ってしまったばっかりに、全員の耳に入ってしまったのだ。当然反対する人物……というか、大きく反応する人物がいた。
犬歯をむき出しにして、スカートのホルスターに手を伸ばす寸前。神崎・H・アリアだ。
「男女がそんな……っ、だんじょっ、だんじょ、が……っ、ダメに決まってるでしょ! 私は許さないわよ!」
なんともまっとうな意見を述べてくれる。
とは言っても、ヤミがそう簡単に折れるわけがない。
「しかしこれは緊急ですから。このようなことは、今度2度とありません。今回だけ、見逃していただきたいです。大丈夫です。この男が何かしてきたら―――斬ります」
「ま、そうだろうね……」
いったいナニを斬られるんでしょうかね。
「それは、ヤミだったら心配してないけど……っ、でもっ、うぅぅぅ~……っ!」
その場で地団太を踏むアリア。床が抜けないように、手加減してもらいたい。
ここまでのアリアの発言は、なにもアリアだけの意見というわけではないようだ。この家にいる女性ほとんどと関係を持ってしまっている俺だが、他人の行為にはあまり干渉しないという暗黙の了解のようなものがある。
表立って誘うような行為は控えられている。
お風呂に忍び込むならまだしも、みんながいる前で誘う娘はいなかった。
しかし、1日歩き回った後にお風呂にも入らず、男性と一緒にいるのは、同じ女性としていい気持ちがしないというのはよく理解出来ているのだろう。
共感と反対の気持ちがぶつかり合って、なんとも言えない空気になっていた。
「……監視役」
「……なによ、雪菜」
雪菜がぽつりとつぶやいた言葉に、アリアの眉がピクリと動く。
「お風呂に入る時に、誰かが監視役になれば良いんじゃないですか?」
「……なるほどね。そうすれば、翔だって下手なことはしないでしょうから」
「2人とも、片手がふさがっているんだし、お風呂に入る手伝いをするのも良いよね!」
雪菜の提案に、アリア、アスナが賛同していく。
2人きりにしてしまうことに抵抗があるのなら、だれか1人が見張っていればよいという判断だ。
「でもそれってつまり、誰かが2人と一緒にお風呂に入るってことになるよね? 誰が入るの?」
耀の一言にまたもや全員が固まる。
ただ監視するだけなら良いが、入浴の手伝いもするとなればやっぱり一緒に入ることになる。
これもまた微妙な役だ。
「言い出しっぺの法則でアリアじゃないのかな?」
「バッ、バカじゃないの!? 入るわけないでしょ!」
「え~? じゃあ理子が一緒に入ってもいいのかなぁ?」
「い い わ け な い で し ょ !」
真っ先に理子がアリアをおちょくる。
「言い出しっぺって言うなら、監視役のことを言い出したのは雪菜じゃない!」
「っ!? わ、私ですか?」
「もしくはアスナね。クロとか狂三は翔に甘すぎるし、桜も微妙。王様2人とティナは人のお世話ができる感じじゃないし、耀は場をかき乱すことしか考えないわ。その2人のうちの誰かしか許さないわ!」
「あれ? アリア、理子は?」
「あんたは論外よ」
それはまあ、無難な人選だろう。
「嫌かもしれないけれど、お願いしたいわ。私たちのパーティから犯罪者は出したくないの」
「いえ、その……嫌というか……」
ちらちらと俺達を見る雪菜。
「もし一緒に入るのが嫌なら、見ているだけでも良いから。お願いできない?」
「いえ、分かりました……私が、一緒に入ります」
―――――――――――――――――――――――――――――
「先輩? 見えていませんよね?」
「ああ、見えてないぞ」
「嘘をついていたら、後がひどいですよ?」
「見えていません! サー!」
お風呂場にいるのは俺、ヤミ、雪菜の3人だ。あれからすぐに、俺達は脱衣所に来ていた。
すでに目隠しされ、視覚の情報は遮断されていた。ちなみにこの目隠しをしたのは理子だ。あいつの技術なのか、本当に何も見えない。
「服は切るのか?」
「はい。あとで縫い合わせればよいでしょう」
俺のズボンやヤミのスカートは関係ないが、手を繋いでいるため、どうしても上の服を脱ぐことが出来ない。
ヤミが
外界から取り入れられる情報が制限されると、他の感覚器官が鋭敏になるというのは本当の話のようだ。
ヤミも雪菜も自分からたくさん話す性格ではない。静かな脱衣所に絹擦れの音だけが響く。
「んっ」
おそらく雪菜が上の服を脱いだ。
洗濯かごにシャツが落ちる音も聞こえてきた。服の中に閉じ込められていた雪菜のメスの匂いが部屋に開放された。
「っ」
「どうしましたか、先輩」
「や、なんでもない」
俺はすでに裸―――に、腰にタオルを巻くことで局部を隠している。そして女の子達は完全に裸だ。お風呂に入るから当然だが。
つまりは、すぐそばに立っている女の子はみんな裸で立っているわけで。裸で近くにいるんだよ。
少しくらい前かがみになってしまってもしょうがないと思うんだ。
何でこんなコトになってるんだ。
2人には悟られないまま、浴室に移動することが出来た。
シャワーの音が聞こえ始める。お風呂に入る前だ。一通り体を洗わなければいけない。女の子達が一緒に洗っているのだろう。
斜め下、俺の腕が引っ張られる方向から声も聞こえてくる。
「あ、ヤミさん、私が背中を流しますね」
「ありがとうございます。姫柊雪菜」
「いえいえ、気にしないでください」
そんな楽しそうな声を聴いている俺は、下腹部に血液が集まらないようにするので精一杯だ。
「っ、ぁ、少しくすぐったいです。もう少し力を入れても構いません」
「あ、ごめんなさい! こんな感じでどうでしょうか……」
素数だな。素数を数えて落ち着くとしようか。や、それとも円周率のほうがいいだろうか。
それにしても、視界が塞がれているのが残念でならない。こんな焦らしプレーのようなことをするハメになるとは。下手なことをすれば俺の息子の命が無いから身動き取れないんだけど。
「――ぱい? せ――い? 先輩?」
「っ! あ、なんだ、雪菜」
素数と円周率を数えつつ考え事をしていたから、雪菜に呼ばれてもすぐに反応することが出来なかった。
「先輩はどうしますか? 良ければ、私がお背中を」
「あ、ああ。そうね。お願いしようかな?」
雪菜に手を引いてもらって、椅子に座った。
何も見えないが、後ろに人が立った気配がする。そしてすぐに、背中が擦られ始める。
「んっ、しょ。んっ、しょ……このくらいで大丈夫ですか、先輩?」
「ああ。いい感じだぞ……」
「ふふ、良かったです。このまま続けますね」
「っ、ああ。お願いする」
耳元で囁かれて思わず身震いした。雪菜は雪菜で全くそんな気は無いと思うけど、今の瞬間に、背中にひと肌が近寄った感覚があった。暖かい物体が近寄って来て、触れ合う寸前に離れていった。
あ、ヤバ。
何も見えず、雪菜に体を洗ってもらっているこの状況。いくら無心になっても、無心になろうと別のことを考えるほど、頭の中に浮かび上がるのは裸体の雪菜が俺の背中を洗う映像だ。
「後は自分でも大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。自分でやれるから」
「早く洗ってしまって下さい。体が冷えてしまいます」
男が体を洗っている場面なんて、誰得でもないだろう。手早く済ませてしまう。背中はともかくとして、目が塞がれていても、片手でも、自分の体くらい自分で洗える。
と言うか、今雪菜に目の前に来られるわけにはいかない。
もうすっかり固くなってしまった俺の息子を、2人きりの時ならまだしも、ヤミがいる前で見せつける訳にはいかない。
俺がお風呂に入らなければ、手が離れないヤミも湯船に浸かれない。
ヤミと雪菜が後ろを向いている間に手早く体を洗った。そして、3人そろって湯船につかる。
ウチのお風呂は、外の設定によって大きさを変えられる不思議なお風呂だ。3人で入っても大丈夫なくらいな大きさなので、ぎゅうぎゅうになるということは無い。
俺とヤミは腕を伸ばし、その間に雪菜が入る。雪菜は背を向けて入っている。目隠しをしているとはいえ、俺の方を正面から見て入るのは恥ずかしかったんだろう。
間に入るのは、ヤミの体を隠す役割も含まれている。
俺も腰に巻いていたタオルは取っているので、雪菜がいなければ、俺のイチモツが2人の目に晒されることになってしまう。雪菜の役割は重要なのだ。
しかし、どんなにお風呂が広くても、どんなに腕を伸ばしても、離れられる距離には限界がある。
不意に誰かの腕が俺の突起物に触れる。
「あっ」
場所と声から考えて、この手は雪菜のものだ。
ナニかに触れた腕が、すぐに引っ込められる。しかし、あまりに早く腕をひっこめたからだろう。そのまま俺の方に寄りかかってきた。すっかり反り返った俺の息子の先端が、雪菜の背中に押し付けられる。
「ひゃうっ!?」
背中を逸らして、飛び跳ねるように元の体勢に戻った。
「どうかしましたか?」
「い、いえっ!? 何でもありませんよ!?」
ヤミもいぶかしんで声をかけている。何でもないという割に、雪菜の声は裏返っている。
「せ、先輩!?」
「な、なんだ?」
雪菜が超小声で、詰問してくる。
「どうして大きくなっているんですかっ!? こ、こんなところで!」
「や、こういう状況だからとしか……」
「こ、こういう……? っ! ま、まさか、見えて……!?」
それはとてつもない不名誉だ。見えているのを黙っているなんて、そんなのは単なる覗きと同じだ。
正面から見るのと、こっそり覗くのとでは全く違うのだ。
「違う違う!」
「2人で何を話しているんですか?」
「「っ!?」」
いくら小声でもこの距離だ。内容までは聞き取れなくても、こそこそ話をしているのはわかってしまうのだろう。
「ぅ、っ」
一度は離れた筈の雪菜の背中が、もう一度俺のイチモツに触れた。多分、突然呼ばれたせいで、反射的に俺のモノを隠そうとしたんだろう。
目隠しされている俺にはそれを予想するしか出来ないんだけど。
「な、何でもありませんよ?」
「そうは見えませんが」
俺もそうは聞こえない。本当に雪菜はこういうことをごまかすのが下手だ。俺も人のことは言えないんだけど。
「まあいいです。こんな状況ですから。多少気が動転してもおかしくありませんね」
「そ、そうですよね! せ、先輩と一緒にお風呂に入るなんて……!」
「私はともかく、あなた達はそういうことをしているのではありませんか?」
「えっ!? し、したことありませんよ! そんなことっ!」
「……」
俺はノーコメントだ。
ヤミは別に鈍感なわけじゃないし、知識が無いわけでもない。公言しているわけではないが、こんなにベタベタしている健康的な十代の若者の間に、何もないとは考えにくいだろう。
裏の世界を生きてきたということは、もっとエグイものを見たことだってあるんだろうからな。
「そうなんですか。別に気にしませんよ、あなた達がそういう関係でも。こうしてお風呂に一緒に入らせてしまうのは、申し訳ないと思っていますが」
「い、いえっ! そんな全然! 先輩は本当に見境が無くて。ですから。全然気にしなくていいんです!」
ヤミから何かを察した空気が漂ってくる。
「……夜月翔も、気を付けたほうが良いです。昔の依頼にもありましたが、男女の仲は、こじれる時はとことん拗れますから」
「肝に銘じておくよ」
こうして入浴の時間が終わり、とうとう1日の終わり―――就寝の時間がやってきた。
今年の大みそかは木曜ですが、そこにもう1話投稿したいと思います。